04-06-02:Sion>>ギルド職員の証言

 探索者ハンターギルドにやってきたシオンは、相変わらず閑散としたゼーフントの窓口に足を向けた。賑わいの中で唯一憩いとも言える空間である。


 彼はシオンを目にするやぎょっとして、周囲を注意深く見回し……訝しむ目でシオンを見た。


「すみませんが、ステラさんは別行動です」

「なんだと……?!」


 睨むような視線を涼やかにスルーすると、それはそれは深いため息が帰ってきた。


「アンタ、ちゃんと見張っておけよ……」

「手分けしての調べ物です。探索者ハンターなら皆やることでしょう?」


「チッ、まあいい……。で、何のようだ……?」

「ちょっと聞きたいことが有るんですよね」


「世間話なら他所でやれ……と言いたいところだが、少しなら聞いてやる……」

「有難うございます」


 すこし身を乗り出して、小さく囁くように問いかける。


「人攫いが横行している、と聞いたのですが……」


 目尻をピクリと動かすも、動じないのは流石に職員と言ったところか。ゼーフントが同じくシオンにだけ届く声で問いかける。


「何処で聞いた……?」

「教会で少し」

「チッ、ちょっと待ってろ……」


 なかなか事態は重く見られているのか。いや、そうで無くとも窓口で話すことではあるまい。


 ゼーフントに連れられて、ギルドの商談スペースの1つに案内された。ランクとしては最低限の個室だが、防音設備は意外としっかりしている。


 こうした話をするには丁度いい。



「さて、人攫いだったな……。アンタは何処までつかんでいる……?」

「事実として女性や子供が拐われているが、騒ぎにはなっていない事。

 また潜行者ダイバーも消えていると聞いています。

 聞きたいのは後者についてですね」

「成る程、な……」


 太い腕を組み、ゼーフントはシオンを睨む。


「そいつを知ってどうしたい……」

「仰る通り、を知りたいのです」

「なんだと……?」


 ここで関係ない、と断じるのは安い。しかしゼーフントの前に居るのはハイエルフのお守りだ。それが明確に調べに動くとなれば、彼も事態を把握する必要がある。


「僕らはシェルタさんの……いえ、メディエ嬢とハーブ氏について調べています。

 関係性が有るか知っておく必要がありまして」

「……」


 隻眼をぴたりと閉じ、ひげをワシワシと動かす。またを持ってきたものだ。

 遠からず誰かがやるべき事ではあるが、よもやゼーフントに対峙する少年一行がやろうとするなんて。


 いや、いち受付職員たるゼーフントが気にすることではない。探索者ハンターは常に自分の行動に責任を持つからだ。

 巨体を揺らして息を吐いた。


「なら少しだけ話してやる……ただ――」

「他言無用ですか?」

「噂に成ってるとはいえ調査中の案件だ……。不用意に言い触らさなきゃ良い……」



 シオンの頷きを確認したゼーフントが、ゆっくりと口を開いた。


「どうも迷宮ラビリンスの内でようでな……」

「…………はい?」


 キョトンと目を見開き、少しだけ思案してやはり首をかしげる。見上げる隻眼は真剣な光があり、決して冗談を言っているものではない。


「……それって、単純に全滅したという話では?」

「初めはそう判断していたんだがな……。発生数が多いのと……帰ってきた奴らは一律同じ事を吐きやがる……」

「といいますと?」


「仲間が『』ンだとよ……」

「……はい?」


 再びの消失に、さもありなんと息をつく巨漢。全滅でもなく、なぜ人が消えるというのか。


迷宮ラビリンスに潜行中、ふと振り返ると仲間がいねえ……。

 悲鳴が聞こえた訳でもねぇし、何か音がしたわけでもねぇのに、だ……。

 いきなり気配が無くなって、こつ然と姿を消したと言いやがる……」


「その人、よく帰ってこられましたね」

「ああ……。後ろ髪引かれるだろうに、懸命な判断だぜ……」


 更に詳しく聞けばなんとも不気味だ。


 音もなく、気配もなく、また居たという痕跡すら残らない。帰還を果たした者も、決断をしなければ同じ運命を辿っただろう。


 だが氷山の一角だ。


 パーティが全滅した場合、原因が魔物との戦闘なのか、事件に巻き込まれたかは判断が難しいだろう。



「ダンジョン固有のトラップという線は?」

「実際に調査を行ったが、何も見当たらねえんだ……。魔法罠は……事件が起こった区画にゃ確認されてねぇしよ……。

 そもそも音すらしねえ時点で別モノだ……」


「そうなんですか?」

「なんで知らな――ああ、迷宮ラビリンスに潜ってねえんだったな……。

 迷宮ラビリンスのトラップは薄く空気が揺らいだり、動作音がするんだ……魔法罠も独特の臭いが交じる。

 センスがない奴にゃ一生分からねぇが……よく覚えておくんだな……」


「ああそっち系の罠……わかりました、肝に銘じます。

 ただそうなると……食人鬼グールなんかが想像できますが」


 所謂起き上がりアンデッドと呼ばれるものだ。人ならざる死者故か、アンデッドの気配は非常に読みづらい。

 『僻地の墓場で祈りは法度』と言われる故事は、転じて囲まれて危機に陥った者の金言である。


「音もしねぇと言ったろう……。ウェルスの迷宮ラビリンスで出るヤツじゃあねぇな……」

「あれ、死者は出ていますよね?」


「迷宮の死者はアンデッドにゃならねぇだろう……」

「ああ……そうでしたね」


 起き上がりアンデッドは名の通り死体に魔素が溜まり、瘴気を孕むことで魔物と化すのが定説だ。土葬、或いは火葬するのは起き上がりを防ぐ為であり、結果的にまずアンデッドにはならない。

 起き上がるより早く腐るからだ。


 ただ人の場合は棺桶で埋葬される事がままある。更に墓場が人の手の入らぬ地になった場合、屍体は年月により蓄積した魔素を孕んで動き出す。

 これが『僻地の墓場』の真相だ。故事にならって墓場の運営は非常に気を使って行われている。


 例外が迷宮だ。


 迷宮で潜行者ダイバーが死んでもアンデッドにならない。何故ならからだ。


 理由は諸説あるが……迷宮が食った、或いは掃除屋スライムが溶かしたと考えるのが主流と成っている。



「犯罪……と考えるには不気味すぎますね」

「だとしたらだ……引き際を誤るたぁ思えねえ。まことしやかに囁かれる以上、潮時をとっくに超えているだろうよ………」


 これにムムムとシオンが唸る。


「となると……新種の魔物でしょうか?」

「そうだ。ギルドもその線で調査している……」


 魔境の奥でもなければ余り無い事だが、ごく稀に新しい特性の魔物が出没する事がある。迷宮においては未開の階層や最深部の濃い魔素がある場所が該当する。


 今回は事は既知の浅い階層で発生しているが、絶対ないことは無い。あまりに特殊であれば、可能性は十分に有りえた。


 何にせよこの不気味な事件について、早急な対応が望まれるだろう。


「一応、魔法使いマギノディールが狙われる傾向がある……。

 さやらち過去に同じことが起こってねぇか、資料を漁っちゃいるが……」

「司書職員でもわからないんですか?」

「ここは無駄にでかいからな……」

「あぁ〜……」


 実は『ステラの怪霧書』と共に、『ジンツウ式書類分類法』も伝わっている。小〜中規模のギルドで試験的に導入した結果、利用性が向上したとの報告があがっている。


 しかしウェルスのように大規模なギルドだと、やりたくてもできない状態にあるようだ。


 またこれで1つ確定したことがある。


「……少なくともメディエ嬢の1件と、潜行者ダイバーの1件は無関係の様ですね」

「そうだな……そういう意味でも、『行かねぇ』と決めているのは助かったぜ」

「元は……いえ、今もか弱い令嬢ですからねぇ」


 ゼーフントが胃のあたりをぐっと抑えた。やはり思う所がある上に、対応についてきつく言い含められているに違いない。


「しかしとんでもない事になってますねぇ」

「何がだ……」


「いえ……方向性が違えど、人攫いが多すぎだと思いまして」

「そいつぁ犯人に言ってくれ……」


 頭を抱えるゼーフントに、シオンが苦笑しつつ頷いた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る