04-05-07:令嬢メディエは何をしたのか

 気絶したシェルタが目を覚ましたとき、彼女は『ゴブリンを倒した』以上のことを覚えていなかった。


 つまり最後に起きたことが全て抜け落ちていたのだ。戦果としてゴブリンの魔石を渡せば、嬉しそうに喜ぶ有様である。


 明らかにおかしい。


 事実に絶句する2人を彼女はキョトンと見ていたが、事態を重く見て即座にティンダー家に移送した。


 また戦闘中倒れた事を説明し、明日は休養と通達して別れる。それすら、


「なななんで狼にビックリしたことバラすんです?!」


 とまるで気にした様子がない。その後治療院で依頼の品を納品し、ギルドで達成報告を行って帰路に付く。


「依頼は後でも良かったのでは……?」


 そう言うシオンに、ステラは迫真の表情で答える。


「君は腰痛のなんたるかを知らないのだ……!」


 目の前の問題も一杯一杯だが、今まさに苦しむお婆ちゃんも薬を待っているのだ。モノがあるなら届けるべきだし、心残りもなくなって具合が良い。



 用事をすべて済ませた2人は、『幸せの長尻尾亭』に戻ってきた。ベッドに腰掛け対面すると、シオンが深呼吸して口を開く。


「……さて、何があったのか教えてもらえますか?

 メディエ嬢とはどういうことです?」


 ふぅ、と息を吐くステラは腕を組む。胸甲が外された深山渓谷がゆさりと揺れた。


「端的に言うと……。

 我々にとって最高の結果クリティカルを引いて、

 彼女にとって致命的展開クリティカルを引いた」

「なんですって……?」


「今回彼女が刺殺したのはゴブリンだが、しかし彼女の様子が変だったよね?」

「ええ、何か幻覚でも見ているように見えました」


 ステラがばちんと指を弾いて『それな』と指を指した。


「あの瞬間、彼女は『メディエ』だったのだ。

 此処ではないどこか、我々ではない何かを見ていたよ。

 視線が示すのは『恐怖やめて』『後悔ちがうの』『否認わたしじゃない』といった、壊れる程の負の感情だ」

「それって……」


 ステラが留めるようにピッと指を1本立てた。


「更に注目すべきは、先程目を覚ました彼女は事実を忘却しているってことだ」

「驚きましたが、余りに大きなショックを受けると記憶を失うとは聞いたことがあります」


「失うというよりは、が正しい気がする。目を覚ました時、シェルタちゃんは既に『ハーブ』だったからな。

 つまり『少年ハーブ状態』は、メディエちゃんが退と見て良いだろう」


「それって、1人の中に2人もいるということでしょうか……」


「いや、多重人格ではない。シェルタちゃんの状態は、『少女メディエ』が『少年ハーブの仮面』で振る舞うだけの状態だよ」

「なぜわかるんです?」


「彼女が男の子ハーブを騙るにしては、あまりに女の子すぎるからね。

 シオン君、ちょっと立ってくれる?」

「はぁ……」


 首を傾げつつシオンが立ち上がり、ステラがすすすと近づいて隣にぴたりと寄り添った。やけに近いなと思っていると、突如シオンの尻を触りだした。


「……」

「…………」


「……あの」

「何かな?」


「何、しているんです?」

「シオン君の筋肉質だがガチガチに硬いわけでなく程よくしなやかな柔らかさの尻を揉んでい あんっ!」


 脇腹をすこんと打たれ、艶めかしい悲鳴をあげてステラが倒れた。


「いや待って、待って。今のは実験だから」

「へぇ〜? 一体なんの実験です?」


 脇腹を守りつつ立ち上がるステラが、牽制しつつ対面のベッドに戻る。


「つまり……君が、だよ」

「悲鳴? ……ッあ〜〜」


 気づいたシオンが目を見開く。


「君は動じず、シェルタちゃんは飛び上がった。

 もし『男の子の人格』であれば、こんなことはおこらんだろう。よって少女が仮面を被っていると推測したわけだ」



 ステラが指を2本立てて続ける。


「ではなぜそんな状態になったのか。

 視線から見えた感情から、ハーブ君のに立ち会っているのは間違いないだろう」

「今際ですか?」


「今際だ。とはいえ状況を察するに、のは事実だろう」

「ならやはり彼女が?」


 これにステラが首を降った。


「少なくとも『不幸な事故』だと捉えている。

 殺意を持って刺したなら、後悔なんてあるわけがないからな」

「では何故彼女は死者を騙るんです?」


「そうすることで、彼がんだろう。

 転じて罪は消え、思い悩むこともなくなるのだ」

「なかなか強烈ですね……」


 シオンが顎に手をやり、指でトントンと2度叩いた。


「となると、ハーブ氏の一件はでなく、と見たほうがいいかもしれません」



 ステラがにっこり笑って指を3本立てた。


「そう言えば子爵家に関係する事柄において、気になる情報が1つあるな?」


「……門番のケリー氏曰く、初回のティンダー家は事情があって招待されませんでした。

 またサビオ氏はメディエ嬢に近付く、不特定多数を排除しろと依頼条項に挙げていましたね」


「うむ、関連しているか確証はないけど……サビオ氏がメディエ嬢を守る意図を持つ以上、無関係とは言えなさそうだね」




 ステラがパチンと手を叩いた。



「さあ、すすめる前に此処までの情報カードを整理しよう」

「分かりました」


「まずハーブ君の一件は『半年前の』とされるが、『半年前の』と見るべきだ」

「更に隠すという事実は、子爵家にとって醜聞となりうる事件の可能性があります」


「メディエちゃんは間違いなく『半年前の事件』に関係している。またその時『ハーブ君を刺す事故』が起きているようだ」

「同じ場所に居合わせた、というのが気になりますね。一体なぜそんなことになったのでしょうか」


「街ではサビオ・ティンダー氏が頭を悩ます事件が起きている。

 それは秘密裏に捜査され、またメディエちゃんも無関係ではなさそうだ」

「情報は隠されていますが、完全ではないでしょう。

 やり方さえ考えれば知ることは容易です」


「いい感じだね、これを踏まえて進めていこうか」


 シオンの頷きに、ステラは嬉しそうに微笑んだ。

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