04-05-06:初陣は晴れやかなると相場は決まってない

 ステラが初撃で気絶させたゴブリンを確保した一行は、場所を移して相談していた。


 なお件のゴブリンは木立に寄りかかって、グギャグギャと寝息を立てている。何かいい夢でも見ているのだろう、頬が緩みきっていた。


「一応聞くけど……やるの?」

「も、もちろんですよ!」


 シェルタは鼻息荒く答える。一体何が彼女を突きうごすのか。頑な彼女であるが、気が気でないのは苦笑いする2人である。


(これは仕方ないとおもうのだが?)


 ステラががチラッとシオンを見た。


(大事より小事です。……うん? 小、事……? うん、小事小事)


 コクリと頷くシオンを認めると、彼女はシェルタの死角で【飛翔魔剣】ウォラーレ・シーカーを瞬間出し入れして、バックアップOKと合図を送った。


 心象魔法はイメージで起動するものであり、本来詠唱を必要としない。つまり思った瞬間発動するので、発動速度は世界最速と言っても過言ではない。


「じゃあ始めるけど……」

「は、はいです!」


「あの、すぐ後ろで見てますから。気楽にどうぞ?」

「わっわわかったですよ……」


 だがシオンの耳をして『ごっきゅん』と生唾を飲み込む音が聞こえるのだ。ステラはウームと思案し、ぽんと手を打って閃いた。



「シェルタちゃん、ちょっと」

「な、なんです?」


 胸甲の留め金をぱちんと弾いて手早く外すと、そのままぎゅっと抱きしめた。巨大な柔峰に顔を埋めるシェルタがびっくりして身を捩る。


「むがっ?!」

「よしよし、大丈夫大丈夫」


 ふわふわが柔らかく心地よい。また傷一つ無い繊手がシェルタの髪を梳いて撫でると、やがて暴れるのをやめた。


「なっ、ふえっ……」

「できるできる、絶対できる! がんばって、君はもっとやれるよ」


 木漏れ日の暖かさがじんわりと胸を打ち、鼻孔に懐かしい花の香が漂う。少し甘くて青臭い、でも嫌いじゃなくて。


「……」

「きっとできる。気持ち次第だ、ちょっとだけ頑張ってみよう?」


 何時か、誰かが、好きだといったその香りはいつ知ったのだったか。


「……」

「絶対に諦められないんだろう? もう1歩踏み出した君はすごい、きっと2歩も3歩も頑張れるよ」


 ああ、その香りは……。


「ッ!!」

「おうっ?」


 くわっと目を見開いたシェルタがトンとステラを突き放した。頬は真っ赤で息が荒く、泣き出しそうで、あまりに辛くて、溢れ出すものを押さえ堪えているようにみえた。


 きっと彼女自身も、湧き上がる感情のがなんなのか理解できていないのだろう。それほどに絡まった想いはしかし数秒後には霧散する。


「むぅ~~!!!」

「何にせよ、元気出たみたいでよかったよかった」


「もうっ! なにするですか!!!」

「いや頑張れそうかなー? って」

「要らない世話ですよ!!」


 ぷくーっと膨れる様は可愛らしく、胸甲を付け直すステラはクスクスと笑った。


「んじゃ今度こそ準備はいいかい?」

「ふんだ! とっくにできてるですよ!」


 ぷりぷり怒りながらイェニスターを構えるシェルタであるが、先ほどと違って余計な力は入っていない。ハラハラしながら見ていたシオンもこれにはハナマル笑顔である。


 シェルタが文句を言いつつ、イェニスターを指揮杖タクトの様に揺らめかせて覚えた魔法を詠唱する。


『来たれ来たれよ石動の剣』クリム・クリムラ・ヴォ・ディア・スフィーア……〈ディア・ラ・シーカー〉!」


 シェルタが呪文の詠唱で出現した石の短剣を浮かべる。剣は細身の刺突剣の形をしており、『切る』よりは『突く』ための形だ。


 こればかりは元が『矢の魔法』なだけあって、形状を整えるには未だ練度が足りない。


 だがゴブリン1匹を殺すだけなら十分だ。


「分かってたですが、けっこうキツイですね……」

「うむ。それが魔法使いマギノディールを諦めてもらう理由だ」


 飛魔剣を呼び出すのは容易だが、動かすとなると途端負荷が高くなる。常時展開が必要な〈ウォラーレ・シーカー〉の欠点だ。


 だが自由度は折り紙付きだし、魔力量が十分なシェルタであれば、何れとなるだろう。



 頷くステラが指をパチンと弾くと、ゴブリンの頭上に【流水】うぉーたの水球が出現する。自由落下する水球がゴブリンの頭上に落ちると、ぱしゃんと音を立てて緑の肌を濡らした。


「ゲギッ?」


 頭を振って起き上がったゴブリンは顔を上げる。正面には剣を構える何かが居て、慌てて周囲を弄り己の得物を拾い上げた。これはとゴブリンは考える。


 若干足取りの怪しいゴブリンがシェルタに襲いかかろうと、彼なりの全力疾走で少女に迫る。


「い、いくですよ」


 シェルタが操れる距離はおおよそ3メートル。ポールアームの穂先が届く距離にゴブリンが入るまでは、静かにイェニスターを構えて揺らすのみ。


 かち、かち、かち、かち。リズムを読んで、相手が殺界へ入るのを待つ。


 ノタノタと歩くゴブリンが境界線を踏んだ時、彼女の心臓がどくんと跳ねた。


「行くです!」


 ヒュンと振るうイェニスターに従い、〈ウォラーレ・シーカー〉が反応してゴブリンへと突き進む。突き進む風切音は、しかし肉断つ鈍音を導かない。


「ギッゲギャァ!!」

「ひっ」


 石刃は身を崩したゴブリンの肩口を削いぐにとどまった。だが中途半端な一撃は朦朧としたゴブリンを覚醒させてしまい、シェルタのアドバンテージを奪いさる。


 爛と光るゴブリンの目がシェルタを射抜いた。


「ゲギギギアォ!」


 息を呑む彼女が慌てて〈ウォラーレ・シーカー〉を引き戻した。くるりと回った短剣の中ほどでゴブリンの後頭部を打ちすえる。しかし刃無き刀身に威力はなく、たんこぶの1つもつくれない。


 ただ効果はあった。れっきとした『背後からの攻撃』に、ゴブリンが一瞬振り向いてしまったのだ。


 距離は2メートル。

 大きな隙、そして手元にはカード。シェルタは再度刃を指揮する。


「もう一度!」


 最初は当たったのだ、だから次は絶対に! はただしく〈ウォラーレ・シーカー〉へと伝わって、回転のブレとなって大きく逸れ飛んだ。青ざめる彼女の目の前で、地面に深々と突き刺さる。


 まずい、と思ったときにはゴブリンが此方に振り向いていた。横長の口ががぱと開いてゴブリンが吠える。


「ギャギガッガアア!」

「あ、あっ……」


 1メートル。ゴブリンは目前で振りかぶられた棍棒がやけにゆっくり見える。


「いっ!」


 顔をかばおうとしてイェニスターを振り上げた。同時に防御に回ろうと動き出した〈ウォラーレ・シーカー〉が力強く引っ張られた。


 だがすぐに戻らない。大地に引き止められた刃はぎしりと音を立て、引き抜かれた勢いはと言うべきものだった。


 豪と音を立てる石刃は単純な命令故に、一直線にシェルタの手元へ戻ろうとする。間には愚かな魔物の腹があり、短剣はシェルタの想像以上の力で突き刺さった。


「ィギャッ!」


 腹を突き破る衝撃で足を止めたゴブリンが、腹から突き出る石刃を抜こうと試みるも、痛みに耐えかねたのかべしゃりと崩れ落ちた。

 同時に短剣がしゅうと音を立ててたち消える。


「っひ、っひっひはっ、ふ……」


 息の荒いシェルタが呼吸を落ち着ける。偶然であったかもしれないが、しかし戦果は戦果だ。彼女がゆっくりと振り向いて笑顔を向ける。


「や、や、やったです!」


 だが背後の2人は喜ぶどころか焦っていた。


「まだ死んでない!」

「えっ?」


 慌てて振り返った先でゴブリンが起き上がり、手を振り上げていた。


「わあっ!!」

「ッ!」


 思わず目を瞑ると、手のイェニスターがぞぶりと何かを貫く感触が帰ってきた。重みがシェルタへとのしかかり、こてんと押し倒される。


 ビクビクと蠢く感触が剣を持つ手から、触れる体から感じられる。

 熱いぬるりとした液体は、流れ出る命そのものだ。


「あっ、あっ、あっ……」


 つぶやく彼女の顔に赤い血がぽたりとたれる。命が消えて、失われていく。


「っぶねぇ~、間に合ったか」


 ステラのつぶやきどおり、ゴブリンの後頭部から禍々しい透刃が生えていた。卑しい思考の全てはもう動きだすことがない。

 刃を消すと傷跡から血が溢れ出し、シェルタの頬をびしゃりと汚した。


 慌てて2人が駆け寄り、イェニスターが刺さるゴブリンを引っぺがした。


「だ、大丈夫――」


「ヒッ、ヒッ、ヒッ、ヒッ、ヒッ」


「――じゃないですね」


 目を開け広げ焦点の定まらぬ彼女は過呼吸に陥っていた。ステラが顔を覗き込むと、頬をひくりと歪ませる。


「シオン君、これからの意識を落とす。離れて」

「なんですって?」


「いいから……よっと!」

「かヒッ」


 極小の雷撃で身を震わせたシェルタは、そのままぐたりと四肢を投げ出す。そのまま胸に長耳を当て心音を確認し、激しい鼓動が収まりつつ有ることを確認する。


 念のため【応急処置】ふぁーすと・えいど【基礎治療】きゅあをかけると、彼女はふぃーと息をついた。


「何が、あったんです……?」

「この場で話してもいいが、まずは直近の憂いタスクを終わらせよう。話は腰落ち着けてからのほうがいいだろう」


 ステラがビシリと1点を指差す。特徴的なギザギザの葉はリペルティア。丁度2束目の最後になる一葉だ。


「アレを回収して早く街に帰ろう。

 ちょっとシェルタちゃんがどうなるかわからん」

「……そう、ですね」


 頷くシオンにシェルタを預け、ステラは手早くリペルティアを採集した。




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