04-05-05:採集と戦闘、もはや切れない関係です
リペルティアはギザギザの葉を持ち、小さな棘のある薬草だ。すり潰すと炎症を抑える塗り薬になる葉だが、まっすぐ大地を穿つ根も優秀な傷薬の材料となる。
根を折った時に出る白い液が薬効の肝なのだ。採取するならば根が綺麗に残っていれば査定評価が高くなる。
(見てくれはタンポポなんだがな)
おもむろに天ぷらパーティーでも始めたくなる葉っぱだ。火にかけたならばきっと鮮やかな緑を返してくれるだろう。
魔法というやつは不思議なもので、之で土も上手く払った状態で採取出来てしまうのだから面白い。
シオンはステラのやり方見て、取り出した
生活に役に立っているのだから、生活魔法以外の何物でもないのだが……こうした使い方をするものは居なかったようだ。
「結構採れるもんだな?」
「早咲きというには運が良かったですね」
思ったより使えそうな株が多く集まりが良い。ひと束10株が2束目も終わりに近い。
反対に一般的な薬草であるアルヒャのほうが姿を見ないくらいだ。ついでと思って採取したものの、使える株が3つしかない。
ステラが都合19株目を手に取った所で……その長耳がぴょんと跳ねた。
「
声にシオンが身構え、シェルタはピクリと震えて周囲を見回す。
「あの、何があったです?」
「シッ! 静かに……」
いつの間にか抜いた双ツ花を構え、ステラが軽く打ち鳴らす。カチンと金属音が響いて、ステラの耳が忙しなくぴこぴこと動いた。
軈て鈴鳴りの声が朗々と状況を告げる。
「――正面距離230、動体7。
2足歩行が5、うち小柄は4で大柄1。高確度でゴブリンとオーク。
4足歩行が2、推定ウルフ系。乗騎かはわからん」
「厄介ですね」
シオンが唸って顎に手をやる。獣と魔物は連れ合わない以上、ステラが観測した四足獣は魔物の一種だ。
獣に近い容姿の魔物は、身体能力を能力を強化した個体となる。例えば嗅覚や聴覚が鋭く、爪は研ぎ澄まされて、牙は刀剣の如き切れ味を誇る。また動作は俊敏であり油断ならない相手だ。
見たところ魔物は群れを組んでいる以上、お互いの能力を理解した上で行動しているのは間違いない。
「ちょい警戒されている……か? 位置は分かってないようだが」
「見つかっている前提で動きましょう、獣の感覚は侮れませんからね」
おもむろに変わった空気に、シェルタもおっかなびっくりイェニスターを抜く。
「だ、大丈夫なんです?」
「問題ない……と言いたいところだが。どうするシオン君」
「狼は先制して潰したいところです。油断させる必要がありますねぇ」
「じゃあわんわんは片方インターセプトする。その後は?」
「迎撃しましょう。僕が前に立ちますので、その前にひと当てお願いします」
「了解した。分断とバックアップはまかせろー!」
あっという間に決まった作戦にシェルタがおずおずと手を上げた。
「あの、ボクは……」
「シェルタちゃんは見ているだけでいいぞ。雰囲気をつかむんだ。
ゴブリン1体を隔離するから、その時に奮戦しておくれ」
「わ、分かったですよ……」
「んじゃ始めるよ?」
頷きを待ってから、彼女は片膝をついてグラジオラスを空に向ける。
「
構えたグラジオラスを中心に、渦を巻く砂がまとわり付いて、2メートルほどの棒状に形成される。狙撃のための砲身だ。
出来上がった砲身を前に向けつつ、左のロスラトゥムで支える。ガチリとはめ込むように砲身に繋がり、巨大な仮想杖を形成した。
「つ、杖を……作ったん、です?」
「いんや? 狙撃に使えるだけの強度しかない、ただの『レール』だよ。
構えた
ステラから笑顔が消え目が見開かれる。
(念のため、
ただでさえ良い視界が更に鋭敏になり、200メートル先の姿を鮮明に捉える。動きがゆっくりに見えるのは集中しきっている証明であり、それ以外に注視出来ていない欠点を表す。
「ウルフ系を『フォレストウルフ』と視認、ライダー2だな。全員準備して」
またゴブリン達と共同し、乗騎として利用されることがある。機敏な動きから放たれるチャージ攻撃に注意が必要だ。
ステラは杖身を構える。狙うのは向かって左を向く狼の鼻先、視線の先の狼が何かに気付いてゆっくり此方を――。
「
レールを通して十二分な『加速』を得た螺旋の矢が『ボ』と音を立てて飛翔する。役目を終えた
魔法の矢弾はフルメタル・ジャケットとは違い風やコリオリの影響をあまり受けない。かわりに空間に漂う魔素の淀みがひどく影響し、軌道に劇的な変化を齎す。
狙った位置より急制動して右にずれ、なお突き進む
ねじ切りの螺旋が毛皮を、頭蓋を、肉を砕いて引きちぎり、首をもぎ取るように吹き飛ばした。
背に乗るゴブリンも余波で投げ出され、運悪く木に頭をぶつかって気絶する。
攻撃に気付いたウルフが吠えて、背のゴブリンが此方を指差した。吠える魔物が駆け出してした。
ステラはすぐさま立ち上がって双ツ花を前に突き出し構える。
「
狙いは付けずに釣瓶撃ち、幕とも言えない弾幕を張る。当然そんな攻撃は当たらず、地面や木、てんでばらばらな方向にぶち当たる。
ステラは魔物が嗤うのを見た。最初がまぐれと踏んだ故だろう。
故に幾つかはオークに
すると鬱陶しく思ったのか、オークが側を走るゴブリンの頭を掴みとり即席の盾にした。
直撃のはずだった魔法はゴブリンを貫通すること無くとどまり、盾としての役目を十全に熟して躯となった。
だが元から小柄な身では、あと2つも受ければ使えなくなる。いや、初撃を受けたから次を受けるのも危ういかもしれない。
オークはすぐさま盾を補充すると、木立の中に3つの影と、先行するウルフの姿を認めた。
出遅れを理解したオークは歯をギリと鳴らすが、魔法が邪魔で中々追いつくことができない。
こうなればもはや集団戦ではなく、ただの2連戦。もはや百に一つの勝ち目もなくなる。
なにせ剣を構えるのは
眼前に迫るウルフライダーを、シオンは霞に構えて待ち伏せる。
逢瀬は刹那。
吶喊に合わせてゴブリンが棍棒を振り上げる。掬い上げの一撃は相手を押し飛ばす筈が、しかし霞の前に刃の上をつるりと滑る。瞬間〈フィジカルブースト〉が剣先を跳ね上げ、巻き込むように回転しながら上段に振り上げた銀光は、
「せええぃ!!」
2体を同時に断ち割った。ゴブリンの内容物がぼしゃりと散らばり、ウルフの下半身は壊れた操り人形のよう暴れ、上半身はバランスを崩した意味を悟る。
故に一矢報いんと目の前の『羽根』に死力を尽くして飛びかかった。鋭いあぎとが迫り、少女の「ひ」という悲鳴が上がるもそれまでだ。
「
ゴン、と音を立てて殴り付けられたウルフは、宙をくるくる回って飛んでいく。迷彩柄は1度地面を跳ねて転がったきり、びくりびくりと痙攣し始めた。
残るオークは始末された事を認めつつ、シオンにひと当たりする前に手の盾を投げ飛ばす。
悲鳴を上げる
犠牲ありても始末せんとする気概はなかなか良いし、視界を塞ぐ手も有効だろう。
だが相手が悪い。
彼が前に一歩て手を前にかざすと、ぶつかるはずの
『併せ』と呼ばれる特殊な回避技能だ。
「ブギュルプァ!!」
しかし何の意味がある?
たっぷりと力を込めた棍棒を振るってさえしまえば、有象無象は忽ち肉片と成り果てる。会心となった棍棒の唸りはもう避けられまい。より一層の力を込めてオークは棍棒を振り抜いた。
「キュエ?!」
されど棍棒は本懐を遂げることができなかった。穿ったはずの姿は、先ほどと同じ位置で健在なのだ。
よく見れば分かるが先程ゴブリンにかざしたのと同じ手からは、軽く煙が立ち上っている。
『併せ』により棍棒をくぐり抜けたなど、オークの目からはわからない。
切り上げる銀光が伸び切ったオークの腱をつぴりと切断する。途端バチンと音がなり、棍棒がすっぽぬけて森の奥へと消えていった。
得物を失い、仲魔を失い。これはまずいと本能が告げる。
オークがなりふり構わず腕を振り回し、シオンを遠ざけようと生き足掻く。身の丈の棍棒を振るう膂力は、振り回すだけでも十分に脅威だ。
急がず慌てず手の届かぬ位置へとシオンが下がる。
「ピィイイキュウゥ!!」
離れたと見るや、オークは即座に逃亡を開始する。全身之筋肉となるオークの全力疾走は、猪めいて通常追いつくことは敵わない。
「ふむん……」
なら逃げ切る前に始末すればよいだけであり、この場に
ただ終焉がそのようなものだとは、想像だにするまい。
「
鋭敏な豚鼻が水場の臭いを感じた。それはどこから?
「
都合7つの衝撃が答えを教えてくれる。何故こんなものが己の胸から生えるのだろう。幾つもの冷たい流線から漂う匂いを感じつつ、ぼやける意識は直ぐに消えて亡くなった。
どう、と倒れる身を確認したシオンはヒュウと息を吐き、ステラに振り返る。
視線に訝しむ疑いを読んだステラは、途端長耳がぺしゃんと垂れ下がってあわあわと身を小さく震わせた。
「あ、その……逃げようとしてたから手を出しちゃった……ご、ごめんね?」
「いえ、構いませんが……」
シオンがびくびくと揺れるオークに目をやる。背中には血に染まらぬ透刃が7つも生えている。まるで
「ステラさんはオークに何か恨みでも?」
「え? 特に無いけど」
それにしては止めの差し方が余りに処刑すぎるのだ。串刺刑に針山刑とくれば、少し心配の1つもするというものである。
「というか今のは
振り返る先のシェルタが立ちすくむ様を見て、ステラは目の前で手を振る。
全く反応がない。
「き、気絶しておる……」
「ええっ?!」
シオンが駆け寄ると、ふわんと後ろに倒れた。慌てて抱きとめる体は酷く軽い。
恐らくフォレストウルフのあぎとを見てショックを受けたのだろうが……。
「やべえ。この子ゴブリン倒せると思う?」
「正直……キツイ気がしてきました」
うーんと眉根を寄せる2人は、伸びた少女を唸りながら介抱するのだった。
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