04-05-02:満足にゃんこ達と老紳士は無関係である
インテグラを背負っては流石に猫の道を使うことは出来ない。故に普通に道を小走りで進んでいたのだが、びっくりするほど快適な道行きであった。
なんとフドウ鶴の一鳴きで配下の猫がNPを買って出たのである。NPとはご存知の通りニャンコ・セキュリティ・ポリスの略だ。
NP結成はつい十分ほど前、歴史ある老舗の護衛となれば大安心なのである。
数は30前後、見事な
当然背負われたインテグラも例外ではなく、まるで夢でも見ているような心持ちであった。猫に導かれるのもさることながら、飼い猫が先陣きって駆けているのもまた驚愕である。
まことに見事な隊列には粗野な
こうしてウェルスの街に『猫将軍』の七不思議を刻みつつ、程なくつ治療院へたどりついた。
陣を組む猫達は治療院の入り口前で、ヤの字のお勤めが如くずらりと並ぶ。
「
誇らしげな猫達がニャーと鳴く花道を通って、ステラはドアをトコトコドンドンと叩いた。
「ヴァイセ医師ー! ヴァイセ医師ー!
居りますかー居りますかー!」
「あ゛ぁ゛うるせヒッ!!」
ドアが開くと微妙に意味が通じる悲鳴をあげたヴァイセがいた。彼の目は揺れ怯え、呂布か何かを見たかのようである。実際たちが悪い物体だが、背中の老婦人をみて目の色を変えた。
「ば、婆さんじゃないか! 何があったんだ、です?」
「敬語いらんから。彼女腰をやっちゃったみたいだ、なんとか出来る?」
「とっ、とにかくこっちへ」
「分かった、
「
「?!!」
突如にゃーんなどと言い出し目を白黒させるヴァイセに従い、以前シェルタを運んだ治療室へとインテグラを運び入れた。
ベッドに彼女を横たえると
「い゛ッ!?」
と老婦人の声が響いた。
「痛たた……」
「だから無理するなって言っただろうが」
「それと之は話がちっ……くぅ~~」
「ったく、心配させるんじゃねえよ。世話の焼ける……」
ため息を付いたところで、ステラが「はいはい!」と手を上げた。
「小生もなんか手伝おうか?」
「あっ、アンタは何にもしなくていい! 寧ろ外に居てくれ」
「うーむ、わかった。でも手が必要ならすぐ呼んでおくれよ?」
ステラが足元のフドウに目を向けるが、彼は頑として此処を動かぬつもりらしい。ならば仕方ない、だって猫だもの。
ステラは踵を返して治療院の外へ出ていった。
◇◇◇
ステラが町中でぽやんぽやと佇むと、必ずと言っていいほど発生する現象がある。
「
「
彼女の周囲が猫溜まりになるのだ。
よく見れば行儀よく並び、撫でられるのを待つようにも見える。我故に猫様なにゃんこ達にしては微笑ましくも異質であり、『猫集会』の七不思議を確たる事実として知らしめている。
しかし不気味さがないのは、撫でられ終えて野生を失った猫達の愛嬌ある振る舞い故であろうか。ひっくりかえってすやすやりと眠る猫など、なかなか見られるものではない。
さらに興味を持った子供が寄ってきて、『撫でていい?』という問いに撫で方を教えたりする。
猫も猫で『チッしゃーねーな、宜しくおねがいしまーす』と触れるを許したりなんとも温もりあふれる空間となるのだ。
彼女が『出張にゃんこ村』と呼ぶ集まりは、言ってしまえば即席ふれあい広場であった。
とは言えウェルスにおいて初回となる今日は、珍しい目で見る通行人が通りかかるのみである。参加者は現れず、しかし目尻ははやんわりと垂れ下がって、ほっこりした気持ちを胸に去っていく。
「おや」
にゃんこ村にも遂に客人来たる。ステラの目の前に、白髪の老紳士が現れた。ぱりっと皺のない服を着た、精悍な顔つきのドワーフだ。
「もし、其処の……」
「はい? なんだろうか格好いいお爺さん」
へへっ、わかる、わかるよ? アンタの目的はにゃんこだろ? 上の口ではそんなこと言って、その手がワキワキしてやがるぜェ?
ステラの温かい視線に戸惑う老紳士は、用件を切り出した。
「先程さる御婦人が、ここに運び込まれたと聞いたのだが……」
「ふふふ猫なら撫でるがいい」
「……うん?」
「……おおぅ?!」
客人ではなかったらしい。しばしの沈黙の後、ステラがぽんと手を打って仕切り直した。
にゃんこは気まぐれだが立ち直りも早いのである。
「すまんすまん。ご婦人ってのは、インテグラさんのことか?」
「ッ! だ、大丈夫なのか?!」
慌てる様子にステラが首をかしげた。老紳士の慌てぶりは尋常の様子ではない。
「小生はステラ。貴方は……旦那さんだろうか?」
「いっ、いや、そうではない。うむ、そうではない。
私はテナークス、よかればインテグラさんの様子を……教えてていただけないか?」
真摯な眼差しは何の濁りもなく、ただ純粋に老婦人を気遣う気持ちがステラには分かる。彼女は目尻を下げて『ははーん』と笑った。
「腰をやっちゃってな、今ヴァイセ医師が対応しているよ」
「そ、そうか……」
安心しきったため息をつくテナークスだが、急にはっとなって顔を上げた。
「店はどうしたのだ?」
「雑貨店の事なら猫が守ってるよ」
「ね、猫だと?」
「うん、猫。
ステラが言うと、ぐてんとした猫達が各々『なめるんじゃねえぜ』『やるときゃやるんだぜ』『あっちょうちょ』と頼もしい声を聞かせてくれる。
勿論テナークスには猫がしきりに鳴いているようにしか見えない。
「後は小生の仲間が着いた頃だし、留守居は問題ないと思うぞ?」
「仲間ですと?」
「うん。もはや強盗が入る隙なんて欠片もない完璧な布陣だね。
とはいえ我々行きずりなので、誰か人が来てくれるまでのことだけど」
実際に現在の『アガート雑貨店』は、猫がたむろして『ニャーニャー』煩い状態である。例え泥棒が居ても猫でやかましい場所に入ろうとは思わないだろう。
事情を知らずに心配になる老紳士であるが、ちょうど奥からヴァイセの呼び声が聞こえた。
「おーい、来てくれー」
声に膝ポジションを得ていた猫に謝りながら脇へとどかし、ぽんぽんと膝を払って立ち上がる。
「テナークスさんも来るかい?」
「ああ、勿論行こう」
◇◇◇
病室では横になったインテグラと、治療を終えたヴァイセが待っていた。彼はステラを認めるとやはり身を震わせたが、連れてきた老紳士を見て驚いていた。
「てっ、テナークスさん?!」
「私のことは気にしないでいい。インテグラさんは……?」
それにククと笑う声が届く。ベッドの上に横たわるインテグラだ。
「ご覧の通りさ。痛っちち……これじゃあ動けやしない」
「そ、そうですか……お大事になすってくださいよ?」
「言われるまでもない、と言いたいところだが……格好がつかないね」
恥ずかしそうに笑う老婦人に、老紳士の頬に朱が差した。ほう、と息をつくテナークスが頷くヴァイセを見る。
「どの程度掛かりそうだね?」
「2、3日休めば大丈夫だと思いますが……」
「なにかあるのか」
「腰は1回やると癖になりますからねぇ」
これにステラがぺしっと額を叩いた。
「あゝ~……わかる。忘れた頃にごきっと来るんだよねぇ」
「「「えっ?」」」
「え?」
しみじみつぶやくステラに、ぎょっとした視線が3つ刺さった。とても腰をわやしているようには見えないのだが……寧ろ肩こりがつらそうなのに腰とは如何に。
視線に気づいたステラは慌てて両手をわちゃわちゃ振って弁明する。
「き、聞いた話だからね?! 小生の腰が『ヘ』で始まって『ア』で終わるアレのアレってワケじゃないから……!」
「「「……」」」
「ほ、ほんとうなんだからね!!!」
「「「……」」」
涙目のステラが『ほんとうなのに……』としょんぼり肩を落とした。ゴホン、と咳を付いたテナークスがヴァイセの方を向く。彼は心根の清い紳士であった。
「ヴァイセ君、塗り薬は処方できないかね?」
「それが今回使った分で、丁度材料が切れてしまいまして……」
「なんだと? なら我が商会が……」
「テナークス!」
声を上げたのはイタタと口にするインテグラだ。
「アンタ馬鹿かい? これしきの事で商会を動かすんじゃあ無いよ。いい歳になって、まぁだドンと構えてられないのかい?」
「い、いや。そうは言いますがな……」
インテグラの言葉に紳士が見る間に小さくなっていく。きっぷの良さに紳士も形無しといったところか。
其処にステラが「はいはーい!」と手を上げた。ヴァイセの顔が引きつり、老人達は彼女に注目する。
「足りない材料ってのはここいらで採れるのか?」
「え、ええ……森の奥の方に分布しているリペルティアという薬草なんだですが……」
「何か問題があるのか?」
やりづらそうにするヴァイセが、なんとか息を落ち着かせて言葉を続ける。
「……採取シーズンに少し早くて、今は市場に無いんだです」
「『少し早い』という事は、森を探せば納品1単位か2単位は集まるってことかい?」
之にヴァイセは目を見開き、あっと気付いて口をパクパクと開け閉じする。
「アンタもしや……」
「ウム、ここに丁度都合が付く
腰に手をあてぐっと親指を立てる。このやり取りにテナークスも何かに思い当たったらしく、ひくりと頬を引きつらせステラを見た 。
「君は……もしかして、
「フフフ、どこからどう見ても
むっふふーと胸を張る彼女はシシシと笑う。
「パーティーとしては『シュテルネン・リヒト』って所に所属しているが、此方の等級は|鉄級(スチル)だ。
ヴァイセ医師、この条件で採取依頼は受けることが出来るだろうか?」
「ほ、本当に受けてくれるのかね?」
「仲間に相談しないといけないけど、此方としてもフィールドワークは丁度いいんだよ」
之にヴァイセとテナークスが首をかしげるが、ステラはピッと指を立てた。
「もし依頼を出すなら指名してくれ。今手続きすれば、明日朝から出られると思うから」
「わかった……すぐに手配しよう。インテグラさんのお店も私が対応しよう」
「おや、こりゃ貸しになるかねぇ」
「そ、そんなことはない。私は純粋にだな……!」
「はいはいわかってるよ」
クスクスと笑う老婆は楽しそうだが、笑った衝撃で腰に来たらしくイタタと唸った。
「ステラといったね、助けてもらって何だけど……アタシからもお願いするよ。こうも痛くちゃ店番もできやしない」
「勿論だとも! では小生は仲間に声かけしにいくね!」
「すぐに私の使いが向かうから、それまでインテグラさんの店を頼む」
「ああ、任せてくれ」
両手で親指を立てるステラはからりと笑った。
◇◇◇
その後小走りに『アガート雑貨店』に戻ってきたステラは、猫と警備をしていた2人に事情を説明した。
特にシェルタの羽根が猫達にはお気に入りらしく、しきりにジャンプしてはぽふんとハイタッチしていた。
「というわけで、フィールドワークに行こうず」
「うーん……指名依頼とはまた」
「別に構わんだろ? その予定だったんだし」
「まあ、そうですね。遅かれ早かれですか」
ステラがうむりと頷くが、シェルタは待ったをかける。
「ま、待つです! 採集依頼ってことは……いきなり実戦ですか?!」
「そうなりますね」
「もっと、訓練とか……剣術を教えてくれるとかないです?」
「ちょっと考えがありましてね」
「ひぇぇ」
さらりと言うシオンに青ざめる。
ゴブリンに囲まれて粗相したのは記憶に新しいが、その上でシオンは問題ないと判断していた。
理由は今此処にシェルタが居るという事実である。恐ろしい目にあって、然し恐ろしい事が起こる道に足を踏み入れたのだ。気を使うほうが非礼となるだろう。
しかし剣がからきしの彼女に何をさせるのかと言えば……ステラに腹案があった。
なんとなく嫌な予感しかしないのだが……話を聞くにまともな方だったので採用した次第である。
「行けるいける。我々がしーっかりとバックアップするからね」
「は、はぁ……」
心配そうな彼女に、親指を立てるステラは爽やかに笑った。
その後装備を整えるために1日かけて商店の回っると、翌日朝からの出発を約束してから一行は解散した。
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