04-05:眠りのフドウ

04-05-01:眠りのフドウは助けが欲しい

 『幸せの長尻尾亭』の朝食といえば、もちろんテルテリャ芋だ。最近はバターの消費が加速して、看板娘の笑顔が輝かんばかりとなっている。


(だがそれで良いのか?)


 ステラは己に問う。


 この世界における乳牛相当のウェルウェルから作られるバターは、実際濃厚で非常に旨い。


 だからこそ頼り切ってはいけない。


 ウェルウェルに依存し続ける人類は、何れ全てをウェルウェルに支配されてしまう……。なんてこった、まるでB級映画のディストピアではないか。


 故に人は立たねばならぬ。


 人が人たらんと歩み始めたのは、『ツァラトゥストラはかく語りき』のドジャアア~~ン音を背に、ほねこんぼうを振るった瞬間だ。ならば歩みの本質とは何か、もちろん工夫という武器にほかならない。


 ステラが芋の1つをぐいとて、大小の破片にすると、付け合せのスープにちゃぷんと投入した。


「おおお……」


 かーんせーい、なんちゃってお芋スープである! ヤンバーイ、朝食メニューが化けてしまった!!


(やべえ、小生なのでは……)


 確信するステラであるが、結果的に言えば失敗であった。それも成功じゃないけど失敗としては微妙という評価に困る失敗だ。


 良く言えばお上品、悪く言えば水っぽい芋。食べられないわけじゃない辺りがなお哀愁を誘う。


 そもそも湯で芋の付け合せの味付けだ、のにちょこざいな芋が増えおった。芋が、芋がスープの味を淡白にしている。


 こんなこたあ考えりゃすぐわかろうものだのに。


(やべえ、小生なのでは……)


 だが人はそうして成長するのである。この絶妙に美味しいくない経験を背にに、今日も前へと進むのだ。


「そう、失敗じゃない。成功の布石なのだよ」

「いやそんな微妙な顔をされてもですね」

「ハハハ、周りを見ろよ。『あるある』『俺もやったわ』『あれなぁ』とこちらを見ているだろ!」


 バンと宣言すると数名が気恥ずかしそうに目線をそらした。数はひの、ふの、みの、沢山!


「つまり圧倒的マジョリティなんだよ!」

「誰です魔女リティって……」


 なお沈黙使いの魔法少女であり、無言で圧を駆ける凶悪な魔女見習いである。


「ステラはなんというか、えー、そう。愛らしい……です?」


 朝食を取る2人を、お茶を飲んで待つシェルタが言葉を絞り出した。優しい笑みを浮かべたシオンは頷くが、出てきた言葉は優しくない。


「素直にバカと言っても怒りませんよ?」

「いちおー取り繕ったですが?!」


「いや実際バカだしなぁ? 優しく言っても事実は消えない。

 そして気遣いできるシェルタちゃんは、とっても優しい子である証明が今此処に成されたのだ」

「そ、そんなことないです……」


 目をそらす彼女の表情は少し暗い。


「ま、人生なんてなんだ。バカだろうが何だろうが、生きているなら自分の人生を楽しまないとね」

「ぅぅ……」

「アルェー?」


 元気づけるつもりがなんだか落ち込ませてしまった。一度死を経たがゆえの助言なのだが、どうもピーキー過ぎてウケが悪いようだ。


 どうしたものかと考えていると、ふと足元から聞き慣れぬ声が響く。


「ニャー」

「うん?」


 ステラが見下ろすと、其処に白黒ぶちの猫が居た。猫はステラのブーツをにゃんこパンチでぽてぽてと叩く。ふむと頷くステラが席から立って膝をつき猫と向き合った。


「にゃおぉー?」

「ニャアン」

「なぅぉ? にゃあにゃっ」

「ニャォゥーニャアウグルゴロロ……」

「にゃん?!」


「?!」


 猫と話すステラを初めて見たシェルタは目を丸くして……いや、食堂中がびっくりして静まり返った。 


「し……師匠、ステラがついに狂ってしまったです……」

「彼女猫と話せるので問題ないですよ」

「ええっ?!」


 驚く彼女に対して、シオンはごく普通に食事を続けていた。ステラのスープをみて、『味があるだけ随分上等なのになぁ』などと思いつつ。


「いやその、獣人族ビーストじゃないですよね?」

「事実ですよ? だってほら」


「ニャー!」

「にゃー!」


 ステラは手のひらを、猫は肉球を併せてハイタッチしていた。なお猫はぽぽぽふんと高速猫パンチの様相である。


 どこからともなく『かわいい』と声が上がり、また別の誰かが『マジな』と同意した。それが向くのは果たしてステラか猫か。真相は闇の中である。


 猫に締まりのない笑顔を向けるステラであるが、顔を2人に向けたときにはキリリと引き締まっていた。


「シオン君。フドウさん所のご主人が倒れたらしい。助けに行かないと」

「倒れたですって? それにフドウさんとは……」

「ご想像どおりだよ。倒れたのはお婆ちゃんみたいだから急がねば」


 ステラはすっくと立ち上がると、残った朝食をガボガボと飲み込んだ。お残しは可能な限り厳禁である。


「小生先行するから、2人は後から追ってきて?」

「解りました。案内は?」

「すぐ来るってさ。じゃっ!」


「えっ?!」


 シェルタの困惑を置いて、ステラはサッと入り口へ駆けていってしまった。同時にぶち柄の猫も居なくなっている。


 シオンも残った朝食をかきこむように咀嚼し、残った皿を重ねて返却した。



「あの、師匠。訳が分からないんですけど……」

「気持ちはわかりますが、猫の依頼ですからねぇ」


 しみじみ語るシオンは、嘗てまみえた猫神シストゥーラの姿を思い出す。


 猫がステラを頼るのは、何も彼女が無類の猫好きだからというだけではない。猫達が信奉する神からしてステラに好意を寄せている故だ。トップからして好意を寄せて、誰彼構わず構ってくれるなどである。


 そして依頼猫もシストゥーラの使徒たる6猫の一角、『眠りのフドウ』とくれば止めようがないのである。


「さて、僕らも行きましょうか」

「行くって……どこにです?」

「ほら、案内が来てますよ」


 シオンの指差す先に一匹の猫が居た。ぶちではないまた別の猫がシオンの仕草に、


「ニャ~~ォ!」


 と愛嬌たっぷりに鳴いた。それに食堂に居た宿泊客達の目尻がとろんと緩む。


 シオンが膝をついて頭を撫でると、目が『練度が足りぬ』と語っていた。

 やはり剣を振るってゴツゴツした手ではお気に召さないらしい。


「あー、その。よろしくお願いしますね?」

「ニャー」


 鳴いた猫がトコトコあるきだす。シオンが追うようにあるき出したので、シェルタもあわててついて行った。



◇◇◇



 ウェルスのズビャッと引いた大通りは迷いづらいが、しかし急いで駆けるには向いていない。大通りとは即ち主道。


 人が、馬車が、鳥が、荷物が、縦横無尽にごった返しているのだ。


 さらに歩行者右側通行なんては誰もしないため、言わば人壁の迷路のようになっている。


 故に人が通らぬ細道回り道こそが最短であり、猫達が使う道なき道こそが最速である。


 ステラが先行した理由は正にこれだ。


 猫の道は日向にあって日陰の道。『えっそこ行くの?』という針穴に付いてこれる者は少数だ。


 ニンジャめいたシオンを以てして、付いていくには苦労する道である。足場選びはいいとしても、ルートの見極めが猫基準のため戸惑うのである。


 そんな道をシェルタが通れるはずもなく、5秒で迷子大安定であった。



ニャーッこっち!」

にゃぅっはいよぉ!」


 三次元的に動く猫は、路地裏の小さい取っ掛かりを跳ねた。足をかける広さはあれど、人が通る事を想定しないルートは歪に過ぎてが指をさした。


 四肢を使って跳ねて飛び、掴んで蹴って、弾いて寄せる。しなやかな猫の動きに完全に追従して進んでいく。

 重ねて心象魔法による【身体強化】ふぃじかる・ぶーすとを併用すれば、遅れる理由が何一つ見当たらない。


 こうしてウェルスに『魔女急行』の七不思議を刻みつつ、ステラは猫の道を駆け抜ける。



◇◇◇



 すたりと降り立つ目の前にある店、掲げた看板に記された『アガート雑貨店』の文字を認め見つつ、ステラは入口のドアを開けた。


「おおーい、大丈夫ですかぁ~!」


 声を上げるも返事はない。


 だが此処には優秀な助手ねこが居るのだ。とととっと店の奥へ誘うと、特徴的な野太い鳴き声が聞こえてくる。


な゛ぉおーこっちだ

にゃんゃうわかった!」


 鳴き声に従い奥へ飛び込むと、其処に脂汗を流し倒れる老婆が倒れていた。


「う、うう」

「大丈夫ですか?」

「こ、腰ぃが……」


 見れば木箱が無残に転がっている。それで『グギっ』とやってしまったらしい。下手に起こすと『あひっ』と激痛を伴うのは明白だ。


 虫食いの記憶が『これヤベーやつ』『ガチだから』『ガイアが囁く』と訴えている。


 どうしたものかと悩んでいると、ふと老婆に見覚えがある事に気づいた。


「あっ! 貴女はもしや……インテグラさんか?」

「なんでアタシの名前を……」


「つい先日『ヴァイセ治療院』ですれ違ったんだ。となると……治療院に運べば良いかな?」

「い、良いのかい?」


「勿論だとも、このステラにお任せあれ! ちょっとだけ我慢してね」

「あっ、痛たたたた……おや?」


 ステラが彼女をおんぶする。


 同時にこっそりと【浮遊】ふろーとで補助し、なるべく体に負荷がかからないようにした。それにびっくりしたのか、インテグラがフゥと息をついた。


「大丈夫です?」

「な、なんとかね。それよりアンタ、随分と……背負うのが上手いじゃないか」

「そいつぁよかった! 腰はきついもんなぁ~……」


 しみじみ言えば、背の老婆がため息をついた


「アンタ……まあいいさ、助けてくれるってのに詮索するのも野暮だったね」 

「え? 詮索って……あ、そうだよね。腰やっちゃったのは秘密な? 分かってる分かってる。じゃあ顔を伏せておいてね?」

「い、いや違っ……いたた!」 


 絞る声はつらそうで、傷みは未だ老婆の腰を重点鞭打っていた。早く治療院に向かったほうが良いだろう。足元のフドウもしきりにステラの足を引っ掻いている。


にゃおおぅおフドウさんはどうする?」

な゛ぉーもちろんいくとも


にゃっ?あっ にゃぉぅあぉぅお……でもおみせはだいじょうぶかな

な゛ぉー~んウチのヤツらがまもるから だいじょうぶだ

にゃーぁ~んならいいか


 それに目をむく老婦人を背に、ステラはフドウを伴って治療院へと足を向けた。


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