04-05-03:へっぽこ剣士の育成プラン
約束通り朝一でギルドに赴いた3人は、鬼のような笑顔のゼーフントに身を震わせることになった。
「アンタら、一体何をしでかした……?」
震え声のテナーヴォイスが小一時間問い詰める勢いである。聞くだに街の大御所商会が指名依頼を出したとかなんとか。
「テナークスさんってすごい人だったんだ?」
之にシェルタがバフォっと吹いて、咳き込む彼女の背をシオンがさする。
「て、テナークスさんです?! レントゥース商会の総帥じゃないですか!!」
「それ、良ければ教えていただけますか?」
「ウェルスの街で1番大きい商会です。街の物流が回っているのは、レントゥース商会が必要物資の交易を回しているからなんですよ?」
インフラの大部分を占めている商会らしい。また金と魔が蠢くウェルスの街でトップを張り続ける正に『化物』の頭目だ。
一体どうやったらそんな伝手が出来るのか。唖然とする3人がステラに目を向ける。
「いや、そんな目で見られてもな……普通に品が良くて可愛いお爺ちゃんじゃないの?」
「品が良い……」
「可愛いって……」
テナークスは『鬼心』の二つ名で知られ、生かさず殺さず油断なく、タフな状況でも決して諦めない事で有名な商人である。決して油断ならない恐るべき人物……の筈だ。
ぽけぽけした言い草に、姿を知る2人は唖然と固まっている。
ちなみにシオンは『そんなもんか』と涼しいものだ。なんたって王妃を魔改造して王の前に連れ立った挙句、『チッこの王マジ空気読めよ』等と言い放つ娘である。
大商人程度ではではびっくりしないだろう。
「なんだろうな、グッと疲れた……」
ひどくしゃがれた声で言うゼーフントは、受注処理した依頼票を手渡した。
===========
対象:『シュテルネン・リヒト』
顧客:テナークス・レントゥース
依頼:薬草(リペルティア)の採集
内容:季節に早いが、使用可能なリペルティアを収集してもらいたい
報酬:1束 × 3,000タブラ
期間:―
特記:出来高制、最低2束の確保を必須とする。
納品は直接『ヴァイセ治療院』へすること。
===========
◇◇◇
ギルドを後にした3人は、薬草が採れる森へ向けて進行していた。現在は街道を少しそれた林の中にいる。
道行く最中、シェルタは緊張しっぱなしだった。途中からずっと腰のヴォーパル・イェニスターの柄をぎゅっと握って離していない。強く握りしめたては真っ白になっている。
「まー気負いしないでいこうよ」
「警戒は僕らで出来ていますしね」
「そ、そうは言ってもですね……!」
シェルタの様子にステラはふむりと頷く。
確かに粗相するほど怖かったはずだが、今は不安な顔をするのみで深く拒絶してる様子もない。意外と肝は据わっているのだろうか。
「いきなり一緒に戦えなんて無茶は言いませんしね」
「そうなんです?!」
「ですので監督下でゴブリンと1対1で戦ってもらいます」
「そうなんです……」
しょんぼりと肩を落とす彼女に、シオンがシェルタを指差して続ける。
「ですがこのままだとゴブリンでも負けることは必定です。なので、シェルタさん向けの戦闘プランをステラさんが考えてくれました」
「うむ、頑張って考えたよ!」
「ステラがです……?」
むむっと唸る彼女はシオンを見た。やはり彼女は
実に分かる。最強の剣士になりたいと願うのに、何故
だからこそ
「まず教える前に前提として、君に剣才はない。これはシオン君と共通する認識だ」
「そ、そんなことないですし!」
「明確な理由は3つあるぞ」
おもったより多い理由に一瞬言葉に詰まる。
「さて、1つ目は――」
言いながらステラがそそそとシェルタに近づき、徐にお尻を掴んだ。
「ひゃあっ?!」
「ほいよっと」
更に股下に繊手を滑り込ませ、くいっと手を挙げるようにもちあげる。勢いままにステラの手を離れたシェルタは、3メートルほどを飛び上がった。
すぐに背の羽根を広げてパタパタと羽ばたかせ、ふわりと羽毛のように着地する。
「……とまあこういう訳だ」
「なにがです! 意味わからないです!」
「ハッハッハ」
手を腰に当て、ポカポカ殴られるステラは微動だにしない。胸の装甲はとても、とてもぶあつかった。
憎々しげな目線が刺さるも、ステラは大山が如く動じない。それは突如現れた繊手であっても同じだ。
「ほい」
「ふわっ?!」
ステラの手をぺしっと叩いたシェルタは反動で尻餅をついた。勿論ステラが押し退けたわけではなく、そっと添え程度の力しか篭っていない。
彼女は彼女の力で押し飛ばされ、こらえきれずに尻餅をついたのだ。ぺたん座りの彼女に手を差し伸べつつ、ステラは静かに指摘する。
「つまり、君は君が思ってる以上に軽すぎるのだよ。着ている鎧も軽量化がかけられているみたいだし、まるで重みがないから相手に攻撃が届かんのだ」
「?!」
「例え剣戟が鋭かったとしても、重みがないから通らない。
また武器を打ち合えば、弾かれるか潰されるか……まぁ、ろくな事にはならないだろうな」
シオンが訓練しなかった理由がこれである。ステラは頑強の鉄塊でぶん殴っても安心できる程頑丈だが、シェルタはつま先で小突いたら確信して死ぬ。そう思わせるほどに彼女は細く軽かった。
シオンは久々に『少女はか弱い』という事実を思い出した。
「で、でも兄様はちゃんと出来て……」
「
その上で武家を……剣士たるを名乗るなら、弱点を克服した
「それはっ……」
気まずそうに俯く彼女の様子を見るに、存在はしているようだ。
「兄上が……教えてくれなかったのです」
「まあ、そうなるな」
ステラがうんうんと頷く。そもそも戦わせたくないのなら、戦い方を教えねばよい。斜め上に壁の外に出る事件が発生しただけで、方向性自体に間違いはなかったのだ。
「では2つ目。きみは近接戦闘で最も必要な『目』を持ってない」
「そっ?!」
『そんな事』と言いかけた彼女の鼻先には、鈍色の刃が怪しく光っていた。輝きの正体はステラの得物たるロスラトゥム、抜き打ちによる寸止めである。
彼女はその後暫く留まったあと、くるりと逆手のダガーを取り回して、もとの鞘にストンと収めた。
「急にごめんね? ところで今の見えた?」
「ぶ、武器を抜いた、ですよね?」
「うんにゃ、『何をしたか』じゃない。『何をしようとしたか』だよ」
「え……?」
困り顔のシェルタは回答できずに押し黙る。
「因みに今のは……。
まず頬を殴り、怯んだところを組み伏せて、死ぬまでマウント取り続けるコースだな」
「とんでもないです?!」
「つまり答えは初動にあたる『殴られる』、だ。近接戦闘やるなら、少しでも理解できてないと不味い。常在戦場とは言わんがな」
「……」
「もし剣士を目指すなら、今のに反応できないと正直キツイです。
「えっ……」
実際にステラがシオンに今の技をかけた場合、返しのアームロックで『がああああ』と吠える事になる。
「でも『身動きすら出来ない』となると、危ういどころか死にますね」
「っ!」
シェルタの顔が真っ青になるが、ダメ出しは続く。
「さて……3つ目だ。君は『身体強化の魔法』は使える?」
「もっ、勿論です!」
「じゃあ、ちょっくら使ってみて。剣を降ってみてもいいぞ」
「い、いいですよ」
イェニスターを抜くシェルタを、ステラの目が射抜き見通す。体を滞りなく流れる美しい魔力の動線は淀みの1つもなく流れ、ふたつ、みっつと剣を振るう。
右手をくるくる回して風をきる音が心地よいが、故にステラは顔をしかめた。
「もういいよ……ありがとう」
「どんなもんですか!」
「ごめん、剣士向きではない。今ので胸を張るなら
「……ッ?!」
ふぅ、と息を吐くステラは指をピッと立てた。
「もともと
それは必要なときに、必要なだけ魔力を解放する技術。つまり身体動作に対して
「それが、どうしたって――」
「君のように均一な
シェルタちゃんのやっている事は、明らかに魔法を使う為の運用様式でしかないんだよ」
「っ……く。なら、で、出来るように……」
「いいえ、辞めたほうがいいです。中途半端に『混ざる』と、どっちつかずになります。まるで『騎士グレイのいさおし』のように」
「!!」
シオンの言う俗諺は、かつて
優秀な
しかしグレイにはあらゆる武器の才覚がなかった。道場たる道場をめぐりにめぐり、言われた言葉は『才能がない』の一言。
悲しみに暮れたグレイは
結果使う魔法も安定しなくなって、まともに使えるのは
結果グレイは何者にもなれず、何も成すことができなかった。その結末のみが彼唯一の
「シェルタさんの目指すのは、正にグレイと同じなんですよ」
「~~ッ!!」
真っ赤な頬のシェルタを見つつ、ステラはむぅと頬を掻く。
(更にシェルタちゃんは『令嬢』なんだよね……)
どうしても結婚というイベントが避け得ない以上、グレイの道に進ませると縁が霧散する。魔核の質がよくても、実際に運用できないなら『無能』のレッテルを貼られるだろう。
何よりそのような道を安易に選ぶ令嬢が、未来を担う子にささやきでもしたら大変だ。
シェルタが行こうとする道は、あらゆるモノを投げ捨て、頑張った自分だけが残る悲惨な道である。
「………ぅ」
すっかり意気消沈したシェルタは身を震わせて嗚咽を漏らしてた。
「……最強の剣士、諦められない?」
こくりと頷く。
「まだ
少し迷って首を振った。
「では、道のためなら
ぴくりと肩を揺らして、鼻面の赤い彼女が美しきエルフを見上げた。
「シェルタちゃん、重ねて問おう。
透き通る金色が、泣きはらした少女をじぃっと見ている。
「それをしたら、なれるですか?」
「ああ、極めれば世界最強の剣士にだってなれるだろうよ」
すんすんと鼻を鳴らす彼女は、コクリと小さく頷いた。
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