04-04-03:恵みもたらす者、あるいはキノコ博士

 シェルタはよく知った教会をシオンと共に歩いていた。先導するスエルテの案内で、程なく教会の庭へとたどり着く。


「お2人とも、こちらになります」


 声に従い扉をくぐると、ワイワイと遊ぶ子供の声が聞こえた。10人程の多種多様な子たちが寒さも何のそのと駆け回っている。


 その懐かしさに目を細めていると、シオンがピタリと足を止めて1つ箇所をじいとみているようだった。

 シェルタにはよくわからない何かが見えているのだろうか。


「皆さん! 集まって――」


 スエルテがパンパンと手を打ち子供達の注目を集める。だが動きが止まったことを機として、紹介を始める前にシオンが動いていた。


「すみません、先行します」

「「えっ?」」


 風がびゅうと走る。ととんとステップを踏んで、先程から注目していた場所へと一瞬でたどり着いた。そして彼は1人の子の手を即座に掴み押さた。


「ひゃっ?!」


 突然の事に驚く女の子は目を見開いて蒼い風を見た。風も宝石の様な赤でじっと女の子を見返している。もしこれが絵物語であれば『おお麗しき姫よ』と始まるだろうが、生憎両者とも姫でも騎士でもなかった。


 なにせ彼の視線は女の子が持つに注がれているのだから。


「ああ、やはり……」

「あぅあう……」


 段々と恐怖が勝って震える女の子に、シオンは慌てて手を放した。


「突然すみません、君が持っているそれがでしたので急いで止めました」

「えっ?」


 突然の事に目を見開いて手のキノコを見た。


「これは食べればお腹を酷く壊し、子供だと死ぬことがあるものですよ」


 ざわりと声が広がる。シェルタの隣に立つスエルテもその事実に気付いて顔を青くしているようだった。


「ああ、僕はシオンといいます。それで――」


 シオンが周囲を巡らせ、ある1点に目を留めて指をさす。


「……このキノコは、あの辺りの木立の根本。常に日陰になる場所に生えてませんでしたか?」


 キノコを持つ子はびっくりして手のキノコを取り落とす。ころころ転がるキノコはシオンが拾い上げた。


「な、なんで分かったの?」

「キノコには一家言ありますので」


「イッカゲン……?」

「若輩ですが、それなりに詳しいということですよ。これは危ないので一旦預かりますね?」


 にこりと爽やか笑顔を向ければ女の子は顔を赤くしてこくりと頷く。シオンが「良い子ですね」と言いつつ頭を撫でると、じゅうと顔を真っ赤にしてコクコクと頷いた。


 シオンは駆け寄ってきた青い顔のスエルテに件のキノコを手渡した。シェルタが脇から覗いて見た限り、薄く青い色のキノコだと分かる。


 これはたしかケルヒヤタケでは無かったろうか。火を通すと鮮やかな赤に変色する、付け合せに使うようなポピュラーなキノコの筈だ。シェルタも一度ならず食べたことが在る。


 受け取ったスエルテは手の上のそれを見て目を見開いた。


「シオンさん、この傘の赤い筋は……」

「ええ、です」


 びっくりしてシェルタもキノコをみれば、確かに幾つか赤い筋が見て取れる。言われねば気づかないほど小さい目印だ。


「良くお気づきになられましたね」

「慣れていますので……しかしどうしましょうか」


 シオンがそのキノコを見て思案する。ショックに静まる中、彼の通る声が広場に広がる。


「折角ですし、今回はキノコの話でもしましょうか?

 秋の恵みにも関連する話なので、教会としても良と思うのですが。丁度手元に教材になるものを持ってますので、使ったあとは喜捨致しますよ」

「よろしいのですか?」

「ええ、もちろんですとも!」


 嬉しそうにシオンが頷く。彼にその後を頼んだスエルテは手のキノコを睨み、シオンが指差した日陰へと歩いていった。


「さて……シェルタさんも手伝ってくださいますか?」

「え、その。ボク詳しくないですよ……?」

「それでも出来ることはありますからね」


 すると彼は腰のポーチから蔦で編んだ籠を2つ取り出した。明らかに大きさが異なるのは、それがアイテムポーチ故であろう。


 迷宮都市ウェルスにおいてはあまり珍しい物ではないが、シェルタは山盛りのキノコを仕舞っている人を始めて見た。


 かごに乗るのはリリドヒヤタケとはまた別の、くすんだ赤い傘のキノコである。


 籠の1つを受け取るとシオンの指示でこのキノコを一本ずつ全員に配った。とてもいい香りのするキノコである。

 手に2つ持つ子達は首を傾げ、然し安易に口にしなかった。先程『毒キノコが身近に存在する』ということから警戒しているようだ。之にはシオンもにっこり笑顔である。


「さて、配りました2つは同じスギタケという種のキノコです。いい香りでしょう? 実際臭いに相応しい美味しいキノコなのですよ。

 でもね?」


 シェルタも促されるままくくんと鼻を寄せると、漂うよりずっと強い香りが鼻孔をくすぐる。かいでいると蕩けそうになる良い匂いだ。


「いいかおりー」

「でもこっちのがいいにおい!」

「おなかすくなあ」


「重ねて言いますが食べちゃだめですよー、片方はですから」


 ぎょっとした目がシオンに向いた。


「し、師匠。毒を配ったんです?」

「こういうのは実物を見たほうが早いですし。それにこの毒は飲み込まない限り問題ありませんからね」


 本当は舌で微妙な加減を見るのも重要なのだが、流石に危ないので其処までは求めない。


「あ、あの。た、たべるとどーなるの?」


「いい質問です! 飲み込んで暫く……1刻後に狂ったように大笑いしますよ」


 これに聞いている子の半数が気を緩めた。猛毒と言う割には大笑いだなんて、話である。


 ただ、続く言葉でそれも凍った。


「笑いすぎて全身が痺れて痙攣し、遂には息ができなくなるんです。最後には息を吸いたくても吐くことしか出来ない。つまり……毒と言えますね。死に様はかなり凄惨なものですよ?

 その名も『イカレスギタケ』、別名[ピンクの悪魔]と呼ばれます」


 笑顔で語る様に顔を青くして固まり、手のそれに目をやる。見た目は全く一緒のものだが……一人の子がぴんと手を伸ばして興奮したように声を上げた。


「こ、これうらがピンクいろだよ!」


 声に注目が集まり、次いで自分たちのキノコに目を向ける。確かに裏返すと片方は傘がどぎついピンク色のひだびっしりと生えそろっている。


「ほんとだ、ぴんくだ」

「こっちのほうがいいにおい」

「きれいだなー」


 シオンがにっこりと――普段ならまず見ない非常に良い笑顔で――見渡しゆっくり頷いた。


「その通り、傘がピンク色がイカレスギタケですよ。ただし拳1つ分の大きさまで育たないとピンク色に染まらないので注意してくださいね」


「じゃあは?」

「此方が食べられる『カオリスギタケ』と言います。ご覧の通り、スギタケの仲間はフェイクが交じることで有名なのですよ」


「おいしいの?」

「ええ、それはもう! 今が旬の最も美味しくキノコです! 別名[秋の王様]を名乗るだけはありますよ」


 そんな中一人だけ口を抑えて眉を顰める子がいた。シオンが目ざとく見つけると悪戯っぽく笑う。


「あまり美味しくない……という顔をしてますね?」

「あっ!!」


 指摘に視線を集めた男の子は、顔を真っ赤にして手のキノコを隠した。


「その通り、スギタケの生食は総じて微妙なんですよねぇ……。

 噛み切りづらいし、途端むせる生臭さが勝って折角の香りを殺してしまうし。何をどうやっても美味しくならない。

 僕もやりましたが、期待の裏切りが凄いのですよ……」

「それわかる!」


 しみじみ語るシオンに男の子は『とカクカク頷いた。シェルタも試しにひと欠片を千切って食べてみたが確かに不味い。即刻料理長を呼ぶレベルで美味しくなく、すぐにペッと吐き出してしまった。


「師匠、ほんとにこれ美味しいんです?」

「火を通す事で旨味の真髄が花開くんですよ。香りがさらに立ち、またしんなりとした身はぷりりとして美味しいですよ!」


 懐疑的なのは子どもたちも一緒だが、しかし同意の声は意外なところから上がった。手にリリドヒヤタケを幾つか摘んだ司祭スエルテである。


「おや、カオリスギタケじゃありませんか! そうか……今がちょうど旬でしたな」

「街に来る時に少し採取しまして。折角ですから手持ちの物は振る舞おうと思うのですが、どうでしょう?」

「なんと、秋の恵みをわけて頂けるとは……」


 やはりか、とシオンは内心で頷く。


 地神イデアを信仰する教会において、大地が齎す恵みはそのままイデアの加護に相当する。秋になって実り豊かな今、恵みを集めて食べることは重要な儀式だ。


 もちろん壁の外に出る為に相応の戦力を用意する必要はあるし、シオンが見ても特に不自由した様子のない教会でそれが出来ないのはなぜか。


 嘗て彼がステラに語ったように、フィールドワークで子守の護衛をするような者が居ない故であろう。元々が難度の高い依頼だし、評価や信を気にしないなら選択肢からはどうしても外れる。


 また孤児院出身者の潜行者ダイバーが居たとしても、全員が孤児院のメンバーで固まっていない限り受ける事はできないだろう。


 恐らくあの子供が毒キノコを手にしたのも、野外に採取しにいけないがゆえだ。毒とはいえ大地が齎す恵みには他ならないのだから。


「でしたら、もうひと籠喜捨いたしますよ」

「宜しいのですか?」

「ええもちろんですよ」


 またアイテムポーチから手製の籠を取り出してみせたシオンに、子供たちもびっくりして様子を見ていた。隣のシェルタも『一体どれだけキノコが入っているんだ』と、シオンの腰のポーチを見つめている。

 ちょうどふた籠分になるカオリスギタケは、孤児たちだけではなく教会に住まう全員に行き渡る十二分な量となっていた。


「あ、イカレスギタケは危ないので回収しますよ。シェルタさんお願いします」

「わ、わかったのです」


 声に頷き合った子供たちがシェルタが持つ空っぽの籠に、イカレスギタケを積み上げていった。数もピッタリ同じで漏れはないようだ。


「ああ、あとこれも使ってください」


 更に取り出した小さな壺をスエルテに手渡す。もはや子供たちの認識では何でも持ってる不思議なおにいさんである。


「これは……バターですか?」

「ええ、スギタケならそれが1番美味しいですからね」

「おお分かっておられる……シオン様、感謝いたします」

「いえいえ、キノコの友に悪いやつは居ませんからね!」


 深く頭を下げるスエルテにニコッと笑いかけた。


「では早速調理致しましょう。シオン様も折角ですから食べていってください」

「もちろんです! 秋のキノコは美味しい……いえ、折角なので手伝いましょう! 絶妙の火加減と言うものをご覧に入れますよ」

「ほほぅ、それはまた面白いですな」


 すっかり意気投合した二人の様子にシェルタも驚いて見ている事しか出来ない。1つ言えるとすれば、


(キノコってすごいんです……)


 というただひとつの事実だ。キノコ学会員のシオンならではの話であるが、シェルタはそれを知る由もない。


「あ、シェルタさん。ステラさんを呼んでもらっていいですか?」

「ステラです? それは何でまた」

「調理するのはいいんですが、仲間はずれにすると確実に拗ねますので」

「拗ねる……?!」


 彼女から見てよっぽど大人に見えるのだが、そんなことで機嫌を損ねるのだろうか。たかがキノコではないか。だが今回はシオンに付いて居るだけで、ほとんど何もしていないのも事実である。


「うう、分かったです。連れてくるですよ」


 頷く彼女にシオンが微笑み『お願いします』と目礼した。





 そうして離れの育児室へと周りこみ、思った以上に静かな部屋にやって来たシェルタはとんでもないものを目撃してしまった。


 顔を赤くする彼女は慌てて離から飛び出してシオンが居るだろうキッチンへと逃げだした。


「あれ、どうしたんです?」

「と、取り込み中でした! 時間がかかるみたいです、それはもう!」

「うーん? まぁそれは仕方ないです、かね?」


 赤子の世話ならそれもあるか、と彼は一旦納得した。


「うう……」


 赤い顔の彼女が一体何を目撃したかは、少し時を巻き戻して観る必要があるだろう……。

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