04-04-02:二重に在るもの、あるいは地神イデア

 到着したイデア教会の礼拝堂で、ステラは建物の様式をまじまじと観察していた。


 彼女が思い浮かべる七栄教の施設といえば、やはり『神殿都市』にある『神託の間』を第一に挙げる。荘厳な聖域は八角形の大部屋であり、基本となる聖堂の形なのだとシオンは語った。


 だが星女神イシュター以外を祀る場合は、もう少し違った形態を取るようだ。


 イデア教会本堂にあたる四角い大部屋にはいくつも長椅子が用意され、その奥に小さなお堂が建てられている。小さく8柱で支えられた丸い屋根を備えていて、中央にはゆったりしたローブに身を包んだ美しい神の像が祀られている。


 教会の名を表す像は地神イデア、中性的な顔立ちの麗神だ。


 やんわり微笑むイデアの前には儀式のための祭壇が用意されており、その前でシオンは熱心に祈りをささげていた。


「ステラ、師匠はイデア様を信仰されているのです?」

「あー実は~……彼高いところがダメでね。地面バンザイと声高にしたからその関係じゃないかな」

「そ、そうなんですか?」

「普段は格好いいんだが、そういう少年らしさもちゃんとのこっているのだよ」


「そこ、聞こえてますからね?」


 ジト目で振り返るシオンに、ふぃふーふぃーと抜けた息の口笛で目をそらした。


「そういやあイデアについては1つ気になることがあったな。この像を見て更に疑念は確信へと進化したよ」

「うえ? 気になる所なんてあるですかね?」


「それならシェルタちゃんに聞くけどさ。イデアは? ?」

「……イデア様はイデア様ですよ? そういうのは関係ないとおもうです」

「つまり知らない、と」


 ならシオンなら知っているだろうかと声を掛けようとした所、答えは後ろから帰ってきた。


「イデア様の御身は中庸であらせられます。つまりのですよ」

「うん……?」


 振り向くと紺色の司祭服を着た細目の壮年の男性が微笑んでいた。羽織る白いケープにはイデアを示す、大地をイメージした幾何学模様の模様が刺繍されているようだ。背中に見える灰がかった羽根から翼人族ウィンディアなのだろうが、その頬はすこしこけている。


 またその後ろには同じ衣装にヴェールを被る子が付き従っていた。恐らくシスターなのだろう。

 くりっとした目の可愛らしく、頬はふっくりと丸く柔らかそうだ。藍色の髪を一つに束ねており、少し赤く染まる頬は体質なのだろうか。微笑む笑顔が妙に熱っぽくみえる。司祭と同じ色の羽根を持っており、ふわりと羽毛が中を舞った。


 現れた2人を見たシェルタがピクリと震える。となれば、彼女の知り合いとはこの2人のなのだろう。実際にシスターはシェルタを見て驚いているようだ。 


「申し遅れました。わたくしはスエルテ、この協会を預かる七栄教司祭でございます。これは我が子のシチェーカです」

「ごきげんよう、皆様」


 恭しく頭を下げる様は品があり、十分な教養を得ていることを感じさせた。


 だが此方も負けちゃいないとステラはぐっと拳を握る。漏れ出る教養力きょーよーちからは十分に練り上げられているのだ。


「僕は白金級ラティーナ探索者ハンターのシオン、彼女は銀級ズィルバのステラさんです」

「よろしくおねがいします」


 やあれ見よ、この完璧なカーテシー! ステラは最近まで『カシー』だと思っていたが過去は過去、今は今。そして未来を生きるのだ。

 しかし華麗にスルーされて彼女はしょんぼりした。ここ数日でも一等上手く出来ただけに気落ちも著しい。


「それと銅級シプリムのシェルタさんです」

「あ……その、よろしく、です……」


 おずおずと頭を下げる様にシチェーカが首を傾げた。そして口を開こうとした所にシオンが手を前に出して機先を制す。


「色々言いたいことはあるでしょうが、として御納得いただければとおもいます」

「は、はい……承知致しました」


 頷くも何か言いたげなシチェーカに対し、スエルテは変わらぬ微笑みをたたえている。シェルタを見ても表情に出さないことから、中々油断ならない人物のように見える。要注意であるとステラは心に刻んだ。


「それで本日はどのような御用件でしょうか」

「ええ。こちらの……子守の依頼をされましたよね」


 そういってシオンが木札を提示する。内容を見た司祭が糸目を少し見開いたあと、ふにゃりと嬉しそうに笑う。やはり普通の好々爺属性のおじさんではないか、ステラは心のメモを書き換えた。


「おお、受けてくださいますか。これもイデア様のお導きでしょうか……」

「シオン君は特にそうかもわからんな」


 ニコッと爽やかな怒気がステラに刺さり、ひぇいと悲鳴をあげて耳がぴょんと飛び立った。やはり高所で不覚を取ったことを相当気にしているらしい。

 今度練習を提案してみようとステラは心のメモに記した。


「でしたら、今回は表の子たちを――」

「お父様お待ち下さい。お1人はへ来ていただけると有難いのですが」

「離れですか? しかし……」


 それにステラが手を挙げて質問する。


「そのってのはなんだろうか?」

「赤子たちの育児室になります。その、なのですが……」


 フムとステラが唸り、『シュテルネン・リヒト』の2人を見る。両者ともムムムと唸っているようだ。


「なら小生が行こう。シオン君はシェルタちゃんの先導をしてやってくれ」

「いいんですか? というかんです?」


「そりゃまぁ有るかないかでいえば自信無いけどさ。結局はであるのもまた道理だろう?

 それにシェルタちゃんはんだから、小生が向かうのがベストな判断だ。

 また君も子供の相手は随分慣れたものだろうし、問題在るまいよ?」


「確かにそうですが……」


 どうも目を離すと偉いことになる相棒である。少しどころではなく心配なのであるが……。


「まぁ早々おかしなことにはなるまいよ」

「……そうですね、ではお互い頑張るとしましょう」

「よし! そうと決まれば――」


 ステラが両手を掲げてシオンに向けた。はて何を? とシェルタが思っていると、シオンが其処に同じく両手を掲げてパシーンと叩いた。


「イェーイ!」「いえーい」

「相変わらず元気ないなぁ……じゃあシェルタちゃんもやろうか!」


 同じくステラがシェルタに手を向ける。すわ何の儀式であろうや。彼女がシオンに目線を向けると、肩をすくめて『どうぞ』と目で合図した。


「あの、之は一体……」

「お互い頑張ろうって言う合図かな。元気だしてがんばろー! って感じ。なんで両手でえいやっとやっちゃおう!」

「む、むむむぅ」


 シェルタがおずおずと手を伸ばして『ぺしょっ』と手を打った。


「そしたらこう言うんだ、イェーイ!! ってね!」


「い、いぇーい?」「イェェェェェェイ!」


 1人だけやけにテンションの高い中、しかしなんとなくやる気は出てきたような気もする。満足したステラは腰に手を当てると、シオンとシェルタをじっと見た。明らかに……促しているのだ!


 目を見合わせた2人は息をつき、それぞれ手を掲げて『ぺちこ』と打ち鳴らした。


「い、いえーい」「いぇーい」

「ウム、ウム!」


 満足そうに頷いたステラは、パンと手を打って微笑んだ。


「それじゃあ各自作戦開始と行こうか!」

「では此方へどうぞ」


 頷き合う2人を認めたスエルテとシチェーカは、それぞれ仕事場へと先導を始めた。


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