04-04:イデア教会

04-04-01:街の事情、あるいは教会の悲鳴

 朝イチで仕事を受けた一行は道行きがてら依頼について話し合っていた。


 いや、ステラがと言うべきか。


「余り納得の出来る事ではないなぁ……」

「気持ちはわかりますが、は世に蔓延っていますからね?」

「そりゃ解るけど……」


「うう……」


 申し訳なさそうにうつむくのは、子爵の子たるシェルタである。


「シェルタちゃんが悪いわけではないよ。

 偶然小生の目に入ってしまって、心苦しくなったってだけでね。偽善かもしれんが、しかし知らねば気取ることすらできなかったのだ」

「あー、ステラさん?」

「何かな?」


「それ、シェルタさんを追い込んでますからね?」

「エエィ?!」


 ステラがぴょいと飛び上がり、受注票の木片がぴょいと手から飛び出た。中空に飛び出た受注票を慌ててつかみ、フゥと息をつく彼女に刺さるのはふたり分の視線である。


 にへっと笑った彼女が受注票の無事を示すためにヒラヒラと提示した。そう、全てはこの一枚に記された依頼が発端である。



◇◇◇



「ああ………こいつを見てくれ………………」


 子爵令嬢シェルタの探索者登録という想定外イベントで、心底ぐったりしているゼーフントは、一行に1枚の依頼票を提示した。


===========

対象:鉄級以上

顧客:イデア教会

依頼:子守

内容:孤児院の子供たちの対応をお願いします

報酬:5,000タブラ

期間:要相談

特記:乳幼児がいます

===========


「イデア教会の依頼ですか?」

「ああ……今紹介できるのはそれだけだ……」


 イデア教会は名が示す通り、地神イデアを主に祀る教会だ。


 七栄教は星女神イシュターを中核に据える7つの大神ザインを信仰する宗教であるが、依頼顧客にあるように大神ザインそのものを祀る教会も複数存在する。例えば鍛冶屋であれば火女神ブリードの加護を願うし、漁師は水女神ワタウミの加護を願う。


 また子守の依頼は教会から良く発行される形態の依頼だ。というのも孤児院を出た者の多くが探索者と成るケースが多く、子供の扱いを心得る探索者ハンターが相当数居るためだ。


 元々やっていた事なので、安心して任せることができるという寸法である。


 こうした場合多少報酬が低くとも――例えば7タブラで発行される慈善依頼でも――恩返しにと受ける者が現れるのだ。


 逆に言えばわざわざ斡旋するような仕事ではないとも言える。


「小生は問題ないが、何故これを?」

「新入が居るだろう……?」


 ちらっと目を向ける先にはシェルタの姿だ。建前は建前として、依然として令嬢である事実は消えない。当然依頼選びはゼーフントがかなり気を使って行っていた。


 しかしそんな依頼も、シェルタが教会という点でで顔を顰めている。


「あの教会ですか……」

「知っているのかシェルタちゃん?」

「その、知り合いが居るですよ……」


「ああ〜そりゃちょっと気まずい。でも推薦理由は成る程納得だ。

 けど鉄級指定のの依頼だが受けて良いのか?」

「アンタ等はパーティーだろう……?」


 ステラが首を傾げ仲間を見るが、疑問に思うのは彼女だけのようだ。


「シオン君、これはどういうこと?」

「確かに今まで意識していませんでしたが、パーティー単位でも探索者階級は存在します。

 今回の場合は鉄級スチルになります……ですよね?」


 その問いにゼーフントは目を見開き、にやりと笑って頷いた。


「あー、たしか所属階級の平均を取るのか……それなら銀級ズィルバじゃないのか?」

「シェルタさんが今登録したばかりの新人ですからね。あとギルド側の調整でもあります。

 鉄級では受けられる依頼も限定されますからね」


「そういうことだ……後ァパーティー名を申請してくれ……」


「ふむ? 『グラン・クレスター』みたいな名前をつけるってことか?」

「そうですね。まぁ無くてもいいですが、概ね験を担いで漬けることが多いです」


 無記名のパーティーは支部と日付を取って、例えば『ウェルス死風の2ノ3番』というラベリングになる。なおゼーフントが回付を受けた資料上、シオンとステラのバディコンビは『要取扱注意案件』のラベルで取り扱われていた。


「頻繁に変えないなら何でも宜しいでしょう」

「オイオイそりゃ無いよシオン君。って主婦が言われて一番嫌な台詞ナンバーワンじゃないか。なら小生『シュテルネン・リヒト』を推します!」

「しゅて、りひ? なんですそれ?」


「|星の明り、だな。星女神イシュターの加護よ在れ! って事だ。縁起がいいだろ~?」


 成る程とシオンが唸り、シェルタはよく解らなそうに首を傾げた。


「……まぁ、それで管理しておく。あとは何かあるか……?」

「いえ、問題ありません。受注処理をお願いします」


 ホッと胸をなでおろす彼に苦笑しつつ、シオンは受注票を受け取った。



◇◇◇



 てくてくと歩く教会への道すがら、ステラは再度依頼内容を確認していた。受けた依頼書の1点を見てうんうんと唸っている。


「何か気になるところがありましたか?」

「ん? ああ、依頼の特記事項なんだがな。何故『乳児』が明記されてるんだろうねって」


「つまり明記が必要なほど居る、ということでは」

「いやそれは流石に解るんだが……」


 ステラが腕を組み、頬に手をやってむむむと唸る。


「なんで赤ちゃんが居るんだろう?

 こんな賑わう街なら、そもそも孤児が出るのも少ない気がするのだが」

「……」


 シェルタが気まずげに目線を下げる。シオンが彼女の肩を軽く叩いてステラを見上げた。


「それはこの街が『何のための街か』が答えになるでしょう」

「そりゃ迷宮……いや、違うな。親という意味では潜行者ダイバー達か?」


「ええ。そして迷宮ラビリンスは危険な場所です。命の危険があると……まぁ、色々生存本能を刺激されるといいますか」

「あー、燃え上がって『にゃんにゃーん』的、な……」


 ステラが急に菩薩のような笑顔で微笑んだ。


 今日のお隣さんはギシギシしていなかったが、下の階からアンアンしていたのである。

 人の営みは止めることは出来ないし、声自体は遠からず慣れる筈……と思いきや、『えっ待って、ま、まさかそんな?!』と状況が常に最新にアップデートされて寝るに寝られないのだ。


 耳年増も過ぎたれば害悪であった。


「でもさ、避妊具はないの? 近藤さんとか」

「コン・ドゥサン氏は分かりませんが、避妊薬はありますよ」


「ほほぅ、経口ピル……じゃない、月のものを抑える的な?」

「いえ、女性が服用する魔法薬です。効果はその……イタしても妊娠しないというものですね」

「なんてファンタジーだこんちくしょう」


 シオンが言いにくそうに説明してくれたが、本当に効果中ならどれだけ中出しても妊娠しない効果の薬のようだ。


 しかし服用するとお腹の調子を崩すため、必ず体調回復薬を併用する必要がある。この不調は安価な避妊薬ものほど酷く、高価になるほど副作用が減る。


 いずれにしても女性の負担が大きい事に変わりなく、副作用を嫌って『使わない』選択を選ぶことがまま在るようだ。


 そこで顔を上げたシェルタが手を挙げる。


「それだけじゃないですよ? 潜行者ダイバーは子育てが出来ないんです」

「出来ないってこたあないだろう。誰だってみんな親になるときは初心者なんだから」


「そうでなくてですね……子供が生まれたら、少なくとも半年はつきっきり。

 さらに子育てで3から5年は面倒をみながらになるです。

 その間収入がなくなるですよ?」


「そりゃ流石に分かるが、誰かに預けるとかは……」

「ツテが無いです」

「あ~保育園が無いっていうか、定住してないからか……。でも生活する分にはなんとかなるんじゃ無いの? 潜行者ダイバーって分けてるとはいえ、探索者ハンターだろうに」

「だから、収入が無いのですよ」

「えっ」


 ステラがつつ、と汗を流してシェルタを見下ろした。


「ま、待て。貯金の積立はしてるだろ? してる、よな?」

「この街でしっかり財を蓄えてる潜行者ダイバーはほとんど居ないですよ? あったら使っちゃうです。……それでお金が回っている面はあるですけど」


「な、なら短期の依頼は? 食いつなぐぐらいはなんとか……」

「迷宮専属でやる潜行者ダイバーに振る仕事なんて、本当に簡単なものになるですよ。

 そうなると報酬金額がいつもの収入と段違いですから、そもそも受けないんです」


「ならダンナが頑張れば――」

「改めて言うですが、迷宮ラビリンスは危ないところですよ?

 メンバーが1人減ったら、効率が下がるーとかっていうのはよく見る光景です」

「事故が起こったり、邪魔になるからポイする可能性ィ~~……」


 加えても在るが、口にする勇気はシェルタになかった。

 ステラが眉根を寄せて眉間をグニグニと揉みほぐし、やあれ名案に気付いたりと明るく顔を上げた。


「なら子育て中だけ他の物価安いところに行くとかは? 宵越しの銭を持たないっても他の街なら多少は余裕が出来るだろ」

「無理でしょうね。少なくともウェルスに限ってはです」

「し、シオン君? それは、あの、何故?」


は信用がありませんから」


 探索者ハンターのギルド証には発行した支部が併記される。これは探索者ハンターの素性をギルドが保証するための仕組みの1つであり、同時にギルドが信用を積むためのラベルである。


 探索者ハンターが仕事を成せば『その支部』の『さる探索者ハンター』という形で評価されるのだ。これによってギルドの信用が探索者ハンターの信用に直結し、故にお互いが注意し合うようになる。


 故に支部の評判が悪いと拠点を置く街に探索者ハンターが寄り付かなくなる事態になるため、信用の維持について非常に気を使っているのだ。



 例外はこうした『信用』が無くても成立してしまう支部である。



 ウェルスの様に迷宮ラビリンスというが成立すると、まず仕事にあぶれることがない。必要なのは素材を売買するというビジネスライクな付き合いだけに収束する。


 発生する莫大な利益は、あらゆる反論を重量満載タブラ袋で2度3度とブン殴って万事解決出来てしまう。物理的にも論理的にも口出し出来る者はごく少数となるのだ。


「囲い込み 食うや食わずと 誰知らず……。ままならんなあ」


 悩むステラは己が授かった恩恵について思いを寄せる。イメージを虞軒する魔法が使えた所で出来ないことが、また至らぬことが余りに多すぎた。


 これがもし殺すだけを考えるなら今すぐにでも世界を滅ぼせるだろう。

 だが生かすことを望むなら、この力で出来ることはそう多くはない。


 以前痛感したとおり、目に見える範囲に手をのばすのが精一杯だ。結局のところステラはステラでしか無い。歯がゆいが、之が現実である。


「気持ち切り替えていきましょう。子供たちが待ってますよ?」

「……そうだな、うむ! シャッキリ・ポンでがんばらねば!」


「なんですその、しゃきーっぽん? よくわからないですが、響きはいいです」


 クスリと笑ったステラがぐっと親指を立てて笑いかける。


「笑顔は最高の調味料ってことさ」


 ふにふにと頬をもみほぐし、ぐっと手をにぎるステラは「よしゃー!」と拳を振り上げた。

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