04-03-02_BP-02:Digression>Everyday///幸せのテルテリャ・ウース
出来上がった幾つものテルテリャ・ウースを前に、『幸せの長尻尾亭』亭主たるラソンは戦々恐々としていた。
「おい良いのか? 仕込みはしたが……」
「ええ父さん、今日に限っては間違いないわ。だってにおいがするもの」
看板娘のトゥイシは長い尻尾をひゅるりと揺らし、ご機嫌に応える。彼女は常連客には決して見せられない、企み満々の黒い笑顔を浮かべていた。
「お前が言うなら間違いないんだろうが……」
宿の食堂を預かるラソンは、妻と同じ商売人の血を濃く継いだ娘を見た。機を見るに敏なのだが、山のようなテルテリャ・ウースを前にしては流石に尻込みする。
「あとはあのお客さんが来るのを待つだけね!」
「エルフの……?」
客を目当てにしても良いものかとラソンは思う。夕食だって注文したは良いが、他で食べてくる事も十分ありえるのに。
「彼女は絶対来るわ、だって来るもの!」
フフンと笑うが心配だ。
これで店が傾くことはないが、痛手を被ることは確実だ。きっと妻と娘に無理を強いることになるし、娘はしょんぼりするだろう。
「父さんはどんと構えていればいいの!」
「上手く行けば良いのだが……」
ラソンが出来るのは、娘の企みが外れないことを祈る事だけだ。
◇◇◇
夕方に戻ってきた2人組は帰って早々テーブルに付いた。ラソンは既にテルテリャ・ウースをオーブンに入れて、焼き加減を見ている状態だ。
「さあ、最高に美味しいのをお願いね!」
「任されたが……」
本当に大丈夫だろうか。
だが厨房からでも解るほど嬉しそうな鼻歌が聞こえてくるのだ。自分の料理を楽しみにしてくれるのは正直嬉しい。でも娘の策謀の駒にされるのはなんとも忍びない。
(……すこし、おまけをつけよう)
そう思い立った彼は焼きあがったテルテリャ・ウースに、ちょっとだけ魔法をかけることにした。
熱も冷めやらぬ表面に、細かくすりおろしたチーズを振りかけたのだ。焼けたチーズととろけたチーズで非常に香りが良くなる。
(喜んでくれればよいが……)
ウースはすぐさま完成し、トゥイシを呼んで運んでもらう。魔法の答えはすぐに帰ってきた。
「ふにゃあああー!!」
「?!」
厨房からでも聞こえる悲鳴。何事かと食堂を覗き込めば、件のエルフの女性が涙ぐんでテルテリャ・ウースをかじっていた。
「むふぅーーー! むふぅーーー!」
何が彼女をそうさせるのか。口いっぱいに頬張った彼女の頬は丸く膨らんでいる。そして耳がひゅぱひゅぱ忙しなく動いて、もっしもっしと噛みしだく。
軈てごっくんと飲み込んだ彼女は。
「っぷふぇえ~~~……」
と、ふんにゃり力が抜けたようにズルズルと崩れ落ちる。しかしスプーンを取り落としそうになって慌てて起き上がった。
カッと目を見開いた彼女は「むっはーッ!」と声を上げて、今度は宝物を口にするようにそっとすくい上げ、ただ一口分を幸せそうにもっしもっしと味わうのだ。
(喜んでもらえたらしい)
余りに美味しそうに食べる様に、ラソンの胸に何か温かいものが宿った。こうして美味しそうに食べるお客がいるから、ラソンは料理を作って――。
「父さん! テルテリャ・ウース5つおねがいね!」
「は? なんだって?」
「はやーく!」
「わ、わかったが……」
突然? 5つも? それなりに良い値段なのに?
驚く間もなくラソンは一気に忙しくなった。オーブンに張り付いてウースを仕上げる魔道具と化して、妻のトゥリープも手伝いに回ってもらう。
目まぐるしくオーブンの火を見る内に、山のようにあったテルテリャ・ウースが次々と解け消えていく。
まだ営業の半ばで最後の1つが捌けたときなど、トゥイシは随分悔しがっていたけれど。
そうして閉店間際まで、過去にも見ないほど忙しく仕事をこなしていった。最後にはぐったり疲れ切っていたのだが、妻と娘はそれはもう肌ツヤ良く非常に元気であった。
「うーん、もっとウースの量を増やして」
「だめよトゥイシ。数を限らないと特別感が減ってしまうから、売上が落ちてしまうわ」
「ああっ、確かに! となるとこの数がベストかしら」
「今はそれが限界ね。となると、サッと作れるサイドのおつまみを増やしていかないと。ラソンの負担が大きいものね」
「ああん手が足りないわぁ」
そんな黄色い歓声を耳にしつつラソンは黙って皿を洗う。心配は全て杞憂だったが、売れてよかったという安心感のほうが強い。
やがて全部を洗い終えたラソンは端材から作った、まかないのテルテリャ・ウースを3つ取り出した。表面にはエルフの客に付けたのとおなじ、すりおろしたチーズをまぶして……。
「さあ、話はそれまでだ。俺たちも夕飯にしようか」
「「はい!」」
笑顔の2人に皿を出す。そしてお祈りをした後ウースに匙を突き刺して口へと運んだ。
(うん、今日も美味しいな)
同じテーブルの2人も幸せそうにウースを食べている。ラソンほくほくとしたウースを口に運びつつ、この幸せをじっくりと噛みしめて楽しむことにした。
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