04-03-02_BP-01:Digression>Watershed///サビオの決断

 その日の夜。ぶすっと不機嫌なメディエは兄たるサビオに呼び出されていた。


 不機嫌な理由は姿に他ならない。


 彼女は現在、明るい紺色のミディドレスを纏っている。背中は翼があるため大きく開いた扇情的なものだが、あしらわれたフリルや小さなリボンが可愛らしいを演出している。

 ゴシックスタイルが近いだろうか。メディエという少女の本質を存分に表す一着である。

 肩口まで伸びた髪は大きなリボンでまとめて縛られて、最早天使の人形とでも言うべきだろう。


 だからこそ不機嫌なのだ。ハーブにとってのだから。


 たどり着いたドアの前でため息を付いて、2回ノックをする。


「兄上、ボクです」

「メディエか、入れ」

「……」


 兄は自分をメディエと呼ぶ。それは違うと思いつつ、しかし彼は納得しないと言うことも理解している。彼女は兄が嫌いではないが、しかしその1点を以て相容れない。


 きぃ、と開くと執務机に兄サビオが待っていた。頷く彼の前に赴き、彼女は騎士礼をする。自信がハーブであるという証明に、兄はいつもため息を付くのだが……。


「……?」


 今日は小言もなく、じっと彼女を見ている。


「あの……何か?」

「……シェルタと、あだ名をもらったそうだね?」

「!」


 そう名付けたのはあの2人組だ。自分を救ってくれた黒い剣士と、側にいる綺麗な女性。目指すべき目標が現れたようで、胸が高鳴ったのはつい先日のことだ。


「なら、此処ではシェルタと呼ぼう。いいかな?」

「は、はいです……」


 何か普段の兄とは違う。一体何が違うのかといえばその視線だ。目を逸らさずにじっと彼女の目を見ているのである。


「……まだ、を諦める気はない?」

「も、勿論です!」

「そう、か……」


 サビオがしたためた書類を彼女に手渡す。一体この羊皮紙が何なのか、読み進める事に彼女の目が見開かれる。


「これ、は……」

「その条件でなら、許すよ」

「!!」


 再度食い入るように見つめる。

 内容は2人に師事すること、家に帰ること、門限を守ること等が書き留められており……。


探索者ハンターになる、ですか?」

「ああ、そして2人に加わること。それ以外は認められない。

 そして半年内に……銀級ズィルバまで昇格できなければ諦めなさい」


 どくん、どくんと心臓が早鐘を打つ。

 可能かどうかで言えば酷く難しい。銀級ズィルバは普通にやったなら最短でも1年は掛かる階級だ。しかし、いや、それでも――。


「ボクは、強くなりたいです」

「そう、か――」


 ふぅ、と息をつくサビオは静かに目を閉じ黙す。そして傍らの依頼書を取って、彼女に手渡した。


「それは彼らへの依頼書だよ。彼らに明日渡しなさい」

「あ、ありがとうございます兄上!」

「うん……もう下がっていいよ」

「はい……! あの、重ねてありがとうございました」


 彼女はウキウキしながら部屋から飛び出していった。それまでの不機嫌など、手元のそれで吹き飛んでしまったかのように。


 久々に見るその浮かれた姿を見送るサビオは深くため息をついた。


「私は……君にもっと幸せに暮らしてほしかったんだけどね?」


 かたりと静かに立ち上がり、窓の外を見る。空には2つの月が優しく夜を照らしていた。

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