04-02-08_BP:Digression>Everyday///グラン・クレスターの憂鬱

 潜行者ダイバーパーティー『グラン・クレスター』は、ギルドにほど近い所に店を構える潜行者ダイバー向けの宿屋、『真冬のルーヴェ亭』を定宿としている。

 現在の一行は仕事をするでもなく、宿の共用食堂でぐだりと草臥れていた。


 パーティーメンバーのほぼ全員が腑抜けており、とても戦える状態ではなかったのだ。

 特にグルトンとチャルタは深刻である。



「「はぁぁーー〜〜……」」


 同時にため息をつくのも何度目であろうか。お互い数えるのも億劫な有様である。



「湯に浸かるのがあれ程心地よい物とはなあ」


 グルトンが饒舌に湯の良さを語る。普段物静かで無口な男とされていた彼は、あれからうって変わって爽やか温泉野郎と化していた。


 最早誰てめえという状態であり、今朝も「皆おはよう! 気持ちの良い風呂日和だな!」と爽やかに挨拶していた。

 口を開けば湯、湯、湯である。最早呪いか何か。余りの事に皆引いてしまい、距離を取るしかない。


「ああ、またに浸かれないものか……」


 自ら沸かして浸かってみたが、何度試そうがあの心地よい感覚に及ばない。もはや知ってしまった彼は満足できなくなっていた。




「あーもうマジ疲れたし」


 チャルタがつらつらと寄ってくる男の愚痴を語る。もともと可愛い彼女が、何処に出しても――それこそ猫神の前シストゥーラの前でさえ――失礼のない美猫となったのだ。

 連日一目惚れしたと求婚する者が後を絶たないのである。

 条件の良い貴公子ももちろんいた。トルペからのもやぶさかではない物件である。


 だが全てお断りした。何れも撫で方がで、まったく満足できなかったのだ。


「ああ、また撫でてくれないかな……」


 トルペと過ごす夜も悪くはないが、何度試そうがあのひと撫でには及ばない。もはや知ってしまった彼女は満足できなくなってしまった。


「「はぁぁーー〜〜……」」


 何度目のため息か、調子がさっぱり出ないに対し、シオンに負けた面々はもう少しまともだ。



「俺は弱いな……」

「だ、大丈夫ですわ! トルペはまだ成長しますもの!」

「そう。今回は相手が悪かった、次勝てばいい」


 ぐったりと落ち込むトルペを甲斐甲斐しく世話するのはレントとピカロの2人だ。


「だけど……一撃も当たらなかったし」

「そこは私達がフォローすれば宜しいのです!」

「うん、その……なっ、仲間だし。ね?」


 もちろんパーティ的な役割話であり、昨夜2人がかりで『がんばれがんばれ』した件ではない。


「でも、あのプテラって魔法使いより弱いだなんて……」

「ああ……ショックで名前が歪んでますわ」

「仕方ない、は規格外すぎ」


 試合後シオンは彼にアドバイスをしたのだが、内容は情け容赦がなかった。『君、死にますよ』から始まる具体的な死亡パターンと発生期間の提示は容易に想像でき、トドメの


 『君はステラさんと魔法なしで戦っても勝てないでしょうね』


 という一言が彼の心をぽっきり折った。ひ弱な魔法使いマギノディールにさえ打ち勝てぬ、自分の存在意義とは一体。彼は現在状態だ。


「もう、どうしましょう。このままでは埒があきません……」


「も、もっとがんばればんばれ、しよう」

「そっ、それは……もっと過激に?」

「リーダーお元気になれば、全部解決!」

「が、がんばりませんとね! ええ、それはもう!!」


 おおというユウジョウであろうか。トルペが結構グッタリしているのは彼の2人だけが原因ではあるまい。


 こうして『グラン・クレスター』の面々は至福の――もとい雌伏の時を耐え忍んでいたのだが、しかし陰に佇むを良しとしない者もいる。


「あんたらいつまで落ち込んでんだい!

 シャッキリ顔洗ってさっさと仕事にいきな!!」


 そうして全員の背中を順に『スッパーン!!』と叩くのは宿を預かる女将さんその人である。きっぷの良い激励に一行は慌てて立ち上がり、いそいそと準備を始めるのだった。

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