04-03:ティンダー子爵家
04-03-01:ティンダー子爵領主館
「うーん……」
ティンダー家の待合室は非常に居心地が悪かった。
以前遭遇した調度品が支離滅裂な亜空間ではない。統一されたデザインで、均整の取れたちゃんとした貴族の部屋である。もちろん調度品のはブスカドル国固有の剣や盾のモチーフが多数見られる。
だからといって戦場の緊迫感はなく、まるでエピックのように綴られているのだ。勇猛果敢さを表すと同時に御伽話のように幻想的だ。素人のステラからみても品物のよさを見て取ることが出来る。
金持ちが正しく贅沢したモデルケースを見せられているようだ。
テーブルに乗るカップには極上の香茶が用意され、香る湯気はなんとも気分が安らぐ。
また座っているソファーもふかふかのほわほわだ。もし猫の1匹でもいれば台無しになる事はまず間違いないだろう。
だからこそ居心地が悪いのだ。
「なんというか、格の違いを見せつけられている感が凄い……」
「そういう物だと思いますが?」
「それな! だというのに嫌らしくないんだよ。むしろ納得のレイアウトで非常に居心地が良いなれば……こう、なぁ?」
「……あー、つまり」
「すっごい負けた気がするんだ……!」
ぐぬぬと拳を握る彼女は本当に悔しそうで、シオンは思わず吹き出してしまった。
「……ステラさんはやはり、とても良い客ですね」
「む? どう言うことだ?」
彼はステラに微笑みかけた。
「ずっとそのままで居てくださいってことです」
「おっ、おう……?」
後光でも発しそうな清いオーラにステラがどぎまぎするが、その言葉にはたと気づいて深く考え込む。
「どうしました?」
「いや……ずっとそのままと言うことは、だよ?」
「凄く嫌ぁ~な予感がしますが。よろしい、聞きましょう」
「毎日おやつ食べられるって事じゃああるまいか?!」
どぅっふふぇ~いと笑うので、シオンもにこっと笑いかけた。
「やっぱり今日の約束は反故にしましょうか。バタークッキーはなしの方向で」
「なっ……シオン君の
「いやそんな代官居ませんからね?」
「えっおらんのか? 私腹を肥やして至福に浸るデブのオッサンとか」
きょとんと首を傾げるステラに、やれやれと眉間にしわを寄せる。
「居たら街が回りませんよ……。民は領主の奴隷ではありませんが、領主はそういう側面はありますし。
なにより私腹だけ肥やして無事に過ごせるわけないじゃないですか。そんな領地があるなら見てみたいものです」
「お、おおう? ってことは、腰帯……は無いから、お嬢さんのリボンタイを掴み抜いて、
『よいではないかぁ、うぇっふえふぇふぇ!』
『ああっおやめくださいっ、おやめくださいましぃ』
『良い声で鳴くのう、うぇっふえふぇふぇ!』
『ああっごかんべんを、ごかんべんをぉお~』
とか非実在性存在なのか?」
相変わらず迫真に迫る演技で主張する。もちろんシオンは額に手をやり唸っている。
「まず1つ言えるのは……あってたまるかですかねッ!」
「ふむん。常識的に考えて週3人も4人も有力者が死んでたら、やっぱ国が回らないよな」
「物騒どころじゃない?!」
「悪代官 ニコリ笑えば おしおきだ!
悪事をはたらく輩が居ると、どこからともなく何かが現れてな。悪事の悉くを聞いた後にずんばらばっさり
「何それ怖いんですが。っていうかステラさんの国どうなってんですか、というか何かって明らかにアサシンですよね?」
「アサシンってーとニンジャが該当するが違うぞ。
旗本三男将軍とか、隠居副将軍とか、昼行灯衛兵とか、三匹の自由騎士とか、月影の仮面剣士とか、天狗妖精貴族が主な所だな。睨まれたら絶対に逃れられんのだ」
「何それ怖いんですが……?」
「ああ。シオン君も悪事で手を染める時は程々にな?」
「言えそういう問題じゃないと思うんですがね?!」
しかも全員馬に乗りパカラってくる。ヒヒンと鳴く嘶きこそ悪意の断罪その序章にほかならない……はずだとステラは思う。
さすがに天狗妖精は居ねえよと思うのだが、そういう光景が脳裏に浮かぶのも確かなのだ。アリガトーアリガトー! と手を振る群衆は果たして誠か否か。
自分でも意味が分からなくなりつつある彼女の記憶の断片は、最近参考にならないことが多い。
「それ……冥神レイスの騎士なのでは」
「ああペイルライダーか。
「うわあ」
うれしそうに語るステラに、シオンが口を開け愕然と固まった。
「ステラさんの国がこわいすぎる……」
「まぁ悪代官が何人死のうが1週間で復活するんだがな」
「そもそも殺害の心配をする執政をしなければよいのでは」
「悪代官だから仕方ないよ」
「……ちなみにサビオ様は良く治めておいでなので、悪代官などとは絶対言わないでくださいよ?」
「錆男様か?」
シオンの眉がぴくりと動いた。
「……いまなんて? ちょっと違う感じに聞こえましたが?」
「……」
いぶかしむ視線を意に介さず、用意された香茶に口を付ける。また品の良い香りと、舌にちょうどいい苦みが何とも美味い。こうして貴族は権力を誇示するのだなぁと茶を濁すものの、シオンは視線をずらしてくれなかった。
むしろより一層睨んでいるような気さえするが、もちろん気のせいではない。
「……1つ質問です」
「なっ何かな?」
「サビオ様はティンダー家で、どの位置にあるのか分かりますか?」
「…………フフフ?」
優しくほほえむ彼女はつつっと汗を流した。それはそれは深いため息を吐いた後、眉間をもみほぐして顔を上げる。
「一度おさらいしましょうか」
「おっ、お願いします」
しょぼんと肩を落としつつ、おずおずと頭を下げた。
◇◇◇
ティンダー家はシオンの調べたとおり武家として発足した貴族家である。もちろん
とはいえ現在は迷宮による利益故か商家としての側面が強い。ウェルスの街には倉庫街が2区画あるが、権利を握っているのはティンダー家である。また輸入輸出も子爵家の許可無く行うことは出来ない。
さらに迷宮資産を背景にした莫大な資金力を王政に深く食い込んでいる。現状のティンダー家は、『成金』と陰口を言われる立場にあるようだ。
現当主はリンピオ・ガルデ・ティンダー。彼はブスカドル国の王都に出向いており、現在ウェルスにはいない。
そのため街の執政は正妻の子であり嫡子となる、サビオ・コイズ・ティンダーが行っている。
勿論若い彼が全てを担える訳ではなく、運営は叔父のアルビオが支えているようだ。勿論本来の官僚も執務に励んでいる。
最後はシオンに師事を求めるシェルタことメディエ・サフィル・ティンダー。彼女はティンダー子爵の第三子で側室の娘となる。
「あれ、最後って……もう1人居るよね?」
「メディエ嬢の言う『ハーブ・フローラ・ティンダー』ですね?
彼は側室の子で、ティンダー子爵の第2子ですね」
「実在はするんだ?」
「存在はしませんけどね」
それにステラの耳がぴこんと立ち、ゆるゆると動く。
「それってどういうこと?」
「彼は故人ですからね」
公表で半年前とのことだが、ハーブ・ティンダーは不慮の事故で亡くなっている。何にせよメディエは
「……やはり死んでたのか」
「予想してたんですか?」
「そりゃなぁ……。『シェルタちゃんがハーブという少年である』事は、今のところ彼女しか主張していない。であれば架空の人物か、あるいは故人か。
なんにせよシュレーディンガーの猫は収束した訳だが」
「ねこ……?」
「重ね合わせ、つまりどちらでもあり得るという事だよ」
しかし、とステラは腕を組み頬に指を当てる。
「一体何が起きたのだろう? 彼女は一体なぜハーブを名乗るのだろうか」
「分かりませんが……少なくとも此処で話し込む事ではないでしょう」
「え、一体なぜ?」
「何故って……子爵家に仕えるメイドが見てますし」
「ふむん?」
目を向けると、待合室で給仕を担当してくれたメイドが目礼する。
「あっ。ああ~~。そうだよな、仕える主家を目の前で探ってたら気分悪いよね、ごめんよメイドさん……」
「そうじゃないんですがー……まぁ今更ですか」
なおメイドさん微笑みを持って許してくれた。なんという淑女度であろう。ステラは心の素敵なおねえさん帳に彼女のことを記録した。
ふと彼女のみがぴこんとウサギのように立つ。
「そろそろ来るね?」
コンコンとノックの音とともに、メイドが1人こちらへやってきた。しずと頭を下げる彼女は通る声で2人を招く。
「お待たせいたしました、どうぞこちらへ」
頷きあった2人は、立ち上がるとそのメイド付いて歩いていった。
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