04-02-08:せっかくだから、それっぽい事をしてみせようか!

 たっぷり落ち込んだ彼女はやがてずりずりと起き上がると、ふにふにの頬をペシペシと打った。ぽいんと揺れる丸みは何とも癖になる。


「……よし! 小・生・復・活!!」


 ビシィ! と言葉に合わせて謎のポーズを取れば、しゃらりと髪が煌き光が踊った。


「なんですその奇妙な踊りは」

「猫が裁判で大逆転であるよ?」


 例え謎のポーズでも神世ボディの前では何か意味ありそうで全くないが、とにかくスゴイオーラを放つのだからステラはずるい。それはそれとて頷くシオンは、


「何時もの発作ですか」


 とさらり流した。恐らく世界で唯一、ステラが『全力ご飯おいしいよソング』を歌ったとて動じない人類であろう。


「よくわからんが、もしかしたらシストゥーラ様の天啓かも知らん」

「天啓って……だとして何を伝えたいんです?」

「いや間違いなく『あそんで!』という意味に違いない!」


「ああ、いつも通りですね」

「左様、いつも通りだ! ところでシオン君の方は何かわかったかい?」


 頷く彼は傍らの本をぽんぽんと叩いた。


「街の歴史とティンダー家について調べていましたよ」

「ほほぅ、拝聴しよう!」


「まずウェルスの街の歩みを一言で言えば、『迷宮を中心に街が生まれ発展した』に集約しますね」


「見たままそのまま繁栄しているからなぁ。街を立ち上げた発起人は先見性を持って街を組み立てたのは間違いなかろう」


「立ち上げた者は誰だと思いますか?」

「そりゃ普通に考えてティンダー家だろ」


 シオンが神妙な面持ちで首を降った。


「それが違うようなのですよ」

「ん、政権交代でもあったのかな?」


「恐らくそうじゃないかと。資料の中にを見つけましたから」

「え、痕跡って……あったのかい?」


 頷く彼は資料の表紙を撫でつつ語る。


「ウェルスを現在支配しているのはティンダー子爵家ですが、最初期は違ったようです。ただ古い資料が示すなのですけど……」


 ステラがほわんと首を傾げる。


「シオン君にしちゃ珍しく自信がないな?」

「いつだって一杯一杯ですよ?」

「それなら問題ない。此処には絶対話を聞くマンがいるからヨユーをもって居るが良い!」


 むっふふーと笑う彼女は親指を立てた。光る八重歯が頼もしいが、猫の抜け毛がちらほら付いて台無しである。毛主のリンクスはいつの間にか居なくなっていたが……彼も王なのだ。


 今日も日向ぼっこで忙しいのだろう。


「まず知ってほしいのが、ティンダー家が武家ということです。

 つまり魔法剣士マギノグラデアを排出する家系ですね」

「戦士系なのか……って、魔法使いマギノディールじゃないのか?

 こんなに巨大な街を作るなら、錬金術を修めた魔法使いマギノディールが必須だが……」


「ええ、此処までの規模なら魔法使いマギノディール主導で行わないと上手く出来ないでしょう。

 つまり街を作ったのは武家のティンダー家とは考えづらい」


 ステラがこくこくと頷き、しかし腕を組んで唸った。


「話は分かったが、ここまではただの推論だよ。もう一つ根拠となる証拠はないか? たとえば文献があるとか……」

「ありますよ」

「あるんだ?!」


 ステラが目を見開き、長耳はぴょんぴょーんと跳ねた。


「直接の記述じゃありませんが、魔石の取引に関する記述がありました。

 古い物は分類が精緻なんですが、ある一定の時期を境にランクでしか扱いをしていない」

「ふむん? それは、うー。どゆこと?」


「たとえば……うん、ここにお塩があるとしましょう」


「串焼き食いてえ(うんあるね)!」


 ステラ会心の笑みが凍った。パクパクと口を開け閉じし、あうあうと手を閉じたり握ったり、途端真っ赤になって顔を伏せた。


「後で串ものを買いましょうね……」

「うん……」


 眉根を下げてしょんぼりする彼女ははふぅとため息を付いた。


「とりあえず……此処にお塩があると思ってください。

 ステラさんなら何を連想しますか?」


「そうだなぁ。粗塩、藻塩、天塩、湖塩、岩塩。

 茶塩、胡麻塩、ハーブソルト、クレイジーソルト、

「なんか最後おかしいですね?」

「はしたないから仕方ない」


 他意無く真顔で言われてしまってはシオンも押して黙るしかない。はしたない塩、一体どんな塩なのか……。


「ステラさんの国にはそんなに塩に種類があるんですか?」

「うむ、呪詛の清めに食卓の花に。料理は古今東西使い所は千差万別、塩の使い方はだよ」


「つまりステラさんは塩に種類があり、使い分けが必須と考えている……ですよね」

「そうだな。一括りに出来るほど塩は単純じゃない」


「……武家はそれら全部、ただ一つの『塩』という単位で管理するんですよ」

「はい? どゆこと?」


「塩は塩です。其処に貴賎は無く、ただ必要な塩分が計算できればよい。つまり戦略物資以上の価値を見出さない」

「な、なんッ……?! チッ、話はわかるが納得したくない話だ……。うう勿体無い……!!」


 歯噛みして悔しがる彼女に苦笑しつつ、シオンは話を続ける。


「今はお塩で例えましたが、軍事物資なら魔石も同じことが言えます。

 魔石の取扱について、最初期はのが、途中から等級だけになっていました」

「ほえー、たしかに扱いが変わるなら証拠になる……って、何でそんなことが解るんだ? 流石に帳簿なんて置いてないだろ」


「ギルドが記録する年報ですね。記事をざっと追ったところ、魔石の扱いが変化している事が分かりました」


 シオンが重なる本の一冊を持ち上げる。決して薄くはないそれを軽々と、さも当然のように調べ上げたのだ。ステラがヒュー! と口笛を吹く。


とでも言うべきか、シオン君が有能すぎてヤバい。やはり小生はワトソンで、君こそ名探偵ホームズなのだなぁ」

「そのって昨日も言ってましたね、何なんです?」


「超有名な探偵と相棒だよ。小さな証拠は論理の表れ。集めて探って捜査を行い、須くを論理にて解決する者達で一等有名な人達だな。

 ホームズは常に斬新な理論で真実に向かい、ワトソンは振り回されつつ不可欠な存在として、相棒と共に在るんだ。


 2人の冒険はそれはそれは驚きに満ちて、人々を驚かせてきたのだよ」


 言うたびシオンが首をひねり、むふんと鼻息を吐く彼女に問いかける。


「それだとステラさんは明らかにホームズ氏なのでは?」


「うん? という意味ではかもしれんが……そうだな。

 せっかくだから、それっぽい事をしてみせようか!」

「それっぽいって……一体何の事件を捜査するって言うんです?」


 ステラがフフフと笑い、架空の鹿撃帽をピンとはねてみせた。


「その正体 見たり汝は 天邪鬼あまのじゃく

 これからを証明してみせよう」


 シオンが腕を組み眉間に手を当てる。何か嫌な予感がピリリと走ったのだ。


「あの……と言いました? もしかしなくても子供です?」

「だから今日もだろうねー」

「いや、余り聞きたくないんですが……もしや?」


「うむ。渦中の人物ことシェルタちゃんは既にいる」

「な、何故そんなことが解るんですか?」


「もちろん屋敷に居ない事を、小生が知っているからだ」

「待って下さい……僕らは朝から一緒にいましたよね?

 知るタイミングは無かったはずですが……」

「いいやあったよ? ただシオン君には見えなくて、小生には見えていただけのことだがな」


 彼女が架空のパイプをくゆらせ、紫煙をふうと吐き出した。訝しむ彼に、ステラはフニャッと申し訳なさそうに笑う。


「まぁそのなんだ。えっへへ……実はズルした結果、偶然知っただけなんだけどね。

 だがシオン君は違う、君はそうと望めばちゃんと気付けるはずだ」

「ずるい? 気づけた?」


「うむ、小生の目は本当にズルだよな? さあシオン君、1つヒントをあげよう。

 この部屋には我々を含めて何人居る?」


「僕ら2人だけでは? あ、司書さんを含めれば3人ですが」


 ステラがチッチと指を振る。


「感覚を研ぎ澄ますんだ。君なら出来る、それを小生は知っている」

「なにを言って……うん?!」


 シオンが集中すると資料棚の一画に何かが潜んで居るのがわかる。位置的に此方を伺うように立ちすくむのは確かに人、だがシオンの目は其処に何者の影も見出すことが出来ない。


「これは一体……というかまさか」

「さあ、ショウダウンと洒落込もう!」


 彼女はパチンと指を弾いた。鳴り響くそれはシオンの肌をぞわりと撫でて広がっていく。魔法を揺さぶる波が、隠されし秘め事の全てを詳らかにしていく。


「これにてタネは明かされた。出ておいでよシェルタちゃん?」


 ステラが振り返り手招きする。


 それはシオンが何かを感じ取った方向であり、ビクリと身をすくめる小柄な翼人族ウィンディアはたしかにシェルタだ。


 今は鎧を付けずに帯剣しただけで、シャツとズボンを履いたラフな格好をしている。髪は後ろで一纏めにしているが、およそ令嬢のものとは言い難い。


「な……なんでみえてるです?!」

「いやバレバレだよ? 朝から物音はするわ、変な魔力痕跡はあるわ、挙句の果てにろ」

「そっそそれはぁー……」


 目をそらす彼女ははふぅとため息を付き、おずおずとこちらにやって来た。かちりと小さく鳴る音に、シオンは彼女の首元にネックレスがある事を確認する。

 ステラを見ればにっこりと頷き、彼はなるほどと頷いた。


「ズルの意味がわかりました。シェルタ様のネックレスは、ですね?」

「御明察~! シェルタちゃんがその存在を示唆していたよね。なら産地の管理者たるティンダー家で確保してないわけがない」


「ひっ、何でわかったです?!」

「小生そういうのには敏感なんだな~」


 言うよりずっと鋭敏な目は、魔力の流動を見通すことができる。例えば隠蔽することで発生する歪みなど、彼女からすれば一目瞭然だ。


「彼女の存在にはいつ気づいたんです?」

「宿出る前くらいだなー。ヒョコヒョコついてくる様は、ヒヨコめいた可愛さがあったね」


「……つまり、シェルタ様は朝から付いてきていたんですか?」


「そうだよ~? だから大騒ぎなのだ。

 とはいえ書き置きを残したから、既に収まっているだろう」

「ああ、ケリー氏宛の葉紙ですか。となると……」

「うむ。もうじきこっちにも来るんじゃないかな?」


「ヒェッ?!」


 それを聞いたシェルタはビクリと震え後ずさる。


「あ、逃げるのはやめたほうがいい。すぐそこに迫ってるから、どのみち鉢合わせになるよ?」

「えっ?!」

「フフフ、チェックメイトだ。観念したまえ」


 ニコッと笑う彼女に青ざめ、救いを求めるシェルタはシオンを見る。だが彼の顔には冷たい鬼が張り付いていた。


「シェルタ様……貴女はまた抜け出したんですか?」

「うっ、そ、それはー……その」

「家族が心配しますよ」

「で、でも……ボクは教えを……」


 シオンが深くため息をついて、シェルタの前に立つ。そして彼女の肩に手を当て目線を合わせた。


「家族を蔑ろにして無鉄砲を働く輩は、正直好きになれません」

「っ!」


「……もし師事したいと願うなら、家族の了解を取るべきです。だから帰りましょうね?」

「はい……」


 しょんぼりした彼女の頭を撫でる。

 それが何処か兄弟のようで微笑ましいのだが、ステラはもやっとしたものを感じる。はて、正体はなんだろうと探る前にギシリギシと床鳴りが耳に届いた。


「メディエ様……!」


 現れた彼の安堵のため息に、疑問を思考の隅に追いやり彼らを招き入れるステラであった。

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