04-02-04:なら『おうえん』だな!

 ウェルス探索者ギルドの広場で、受付の巨躯・ゼーフントが睨みを利かせる中で両陣営が試合の準備をしていた。

 今はルール確認のため、シオンとテンプレ少年がゼーフントの説明を受けている所だ。


 舞台となる広場は中央の芝生で覆われた運動場……ではなく土が剥き出しな普通の場所である。


 金に物言わせて芝生葺きにしているかと思いきや以外だ。シオンに聞けば踏み固めて枯れるから意味がないそうだ。

 しかし広場の端には青々とした芝生が覆い茂っており、以前試みた痕跡は見て取れる。


 きれいに一直線の緑と土の明茶色がコントラストになって、まるで絨毯のようになっていた。


 芝生の上ではを聞きつけた物達が、こぞって腰を下ろして見物している。


「姐さんは賭けないんで?」


 いつの間にか現れた潜行者ダイバーの男が問いかける。眼帯をつけた彼は種族がわからず、しかし心なしかネズミのように見えた。名は知らないが、ステラは内心で『チュー次郎』と呼ぶことにする。


「賭けって我々も一口噛んでいいのかな?」

「もちろんでさ! あっしも姐さん方に賭けるんで頑張ってくだせえよ?

 賭け比は今んとこ五分と五分ですんで」


 ステラがキョトンと首を傾げる。先程の勝負の結果を見るなら一強でも良いくらいなのだが。


「ああ、姐さん達ほんとに知らんのですな。

 『グラン・クレスター』といやぁ新進気鋭の銀級ズィルバパーティですぜ。リーダートルペはヒューマながら、剣士としての実力は目を見るものがありやす」


「それは気をつけるべき……なのかな?」


 向こう側で準備をするトルペは、ロングソードを示威的に振り回しながらウォームアップをしている。

 もし考古学者なら銃弾一発で済ませるだろうが、生憎2人共学者ではなかった。


「じゃあ後で買いに行くかな。正直負ける未来が見えないし」

「そいつはいいことを聞いた。……ではあっしはこれで」

「うむ、情報量は賭けの儲けってことにしといてくれる?」

「はは! こいつぁ商売上手だね!」



 チュー次郎と入れ替わるように、説明を受けたシオンがて戻ってきた。


「おかえりシオン君、どうだった?」


「ルールとしてはシンプルなものですね。


 1つ、刃引きした武器を使う。

 2つ、試合は2本先取の3本勝負。

 3つ、相手を殺せば即刻負けとする。


 だそうです」


「結構広義で捉えられるシンプルさだな……ああ、マントを預かろうか?」

「ならお願いします」

 

 マントの留め具を外し、畳んでステラに預ける。そして対岸のトルペを見たシオンは、少し疲れたようにため息をついた。


「おや? 元気ないなぁシオン君」

「いや、若いなぁと思って」

「なんだって……?」


 ステラが対岸を見やると、トルペがパーティメンバーの女の子3人に世話されていた。傍目からはイチャイチャしているようにしかみえない。


「いや君も若いだろ?」

「そうですか? うーん、どうなんでしょう……」

「いやいやいやいや……」


 シオンは見た目少年だが御歳25歳、ちゃんと成人した男性である。ハーフエルフ故に見た目で歳は計れないのだが、少なくとも疲れで見てうなだれるような歳ではない。


(まずい、シオン君から若さが失われておる……!)


 かくじつにドレイン的攻撃を受けてしまったにちがいない。


 斜めがけの鞄にマントをしまうと彼女は考えを巡らせ、すごい名案を思いついた。途轍もなさすぎて小生天才かと自画自賛する次第である。


 にやーっと笑ってシオンに向き直った彼女は、両手それぞれで指を立てた。


「シオン君! ここに元気づけの腹案が2つあるんだが!」

「え……一応聞きますがなんです?」


「ギャラクシー若さを歌うか、君を『おうえん』するか。さあどっち!」

「どっちもなにも1択でしょうに…‥」


「つまり……歌か!」

「応援ですよ?!」


「なんだもぅ仕方ないなあ! 少し待ってね」


 ふんふんと鼻を鳴らす彼女は徐に胸甲をパチンとはずす。金具でワンタッチ開閉できるスグレモノだ。するり抜くとひらひらのフリルが顕になり、カバンの帯に押された丸みがむにりと強調される。


「え、なにしてるんです?」

「まあまあ」


 何が『まあまあ』なのか、一抹どころでは済まない不安がシオンを襲う。

 彼女は足元にそっと置くと、シオンの正面に立った。少し前屈みになると、両手をぎゅっと握って最大祝福の胸を寄せて強調した。そして……、



「がーんばれっ♡がーんばれっ♡」

「?!」


 と軽くはねながら凄い清すぎる応援をしたのである。凶悪な重みがフリルとカバンを通してさえしていた。


 なんて清いんだ、シオンは雷撃さえ断つ最速の手刀を放った。それはちょうど良い位置にあった頭へと吸い込まれ最適打クリティカルが決まる。


「がんーらッ!」


 打ち下ろされた頭を押さえ、うずくまる彼女がプルプル震える。見上げた金の目は驚愕に彩られていた。


「な、なんです今の……なんか酷くですよ?!」

「だ、だから『おうえん』だよ!」


「応援? 僕の知ってる応援と違う……」

「だから『おうえん』な。これは男をダメにするタイプのあだイン!」


 顔をあげた彼女の額に、最速のでこぴんが放たれた。ちゃんと加減しているので一回転することはないが、額を赤くする程度の威力はある。


 彼女は額に手を当て涙目でシオンを見たが、眼前にびしりと指が突きつけられた。


「もっとやりようありましたよね?!」

「でも元気でたろ……?」

「いやまあわからんでもないですが……」


 言葉に詰まる彼の顔は少し赤い。なお全く関係ない観客はとても頑張れる気がして、なにはともなく奮起した。


「ああもう、始める前からぐったりですよ……」

「だ、大丈夫か? もっかい『おうえん』すウオオォォ!!」


 舜撃のストライクデコピンはステラ渾身のバックステップにより全力回避された。距離約5メートルを開けておびえる彼女は、額を抑えてびくびくとシオンを見ている。


「応援は、あくまで普通に、お願いします」

「ふ、ふつう、ふつうな?」

「絶対ですよ!」

「はっはいヨロコンデー!!」


 ぴぃ、と悲鳴をあげて彼女は縮こまる。



「……おい、用は済んだのか?」


 不思議と通る声に振り返ると、仁王立ちのゼーフントがこちらを見ていた。見れば相手のトルペは既に位置について、イライラと足をトントンと忙しなく動かしている。


「あ、すみません。問題ありません」


 ゼーフントに頭を下げて彼は所定位置に付く。対面するトルペは不機嫌そうにシオンを見ていた。


「あー、お待たせしましたねぇ」

「随分……余裕じゃねえか」

「そう見えます?」


 ため息混じりに応えれば、トルペの額にビキィと青筋が浮かぶ。遠目に見るステラは、彼の背後に『!』や『?!』といった文字が現れたように見えた。


「何なら変わってみますか?」

「ああ? ……っへへ、そんな必要あるわきゃねえだろ?」


 嘲笑するとたん彼は剣を突きつけて宣言する。


「俺が勝ったらあの頭の軽そうな女を貰うからな!」

「はぁ……?」


 シオンがゼーフントの方を見るが、特にアクションはない。こうした賭事は良くある事だが、仲間を賭けるのはそうそうあるものではない。


 むしろ暗黙了解的に避けるべきことなのだが……成る程ウェルスではよくあるようだ。それが潜行者ダイバーの流儀がだと言うならば、その上で勝利を勝ち取るしかない。


「言っておきますが、彼女は言う程軽くありませんよ?」

「ハッ、んなわきゃねぇだろ?」


 シオンは少しカチンと来たが、


「シオン君! 小生麻薬やってないからな!!」

「はい?!」


 という声で雲散霧消した。振り返ると決断的握り拳を突き出すステラが力強く主張している。なぜ麻薬の話をしているのだろうか。


「脳がスポンジとかヒロポンすぎかよ、小生身は潔白だから安心したまえ!」


 ダダンと腰に手を当てシオンに指を突きつけた。なお既に胸甲を付けていたので揺れないが、観客の視線は否応なくそこに集まっている。


 まったく訳がわからない。しかし斜め上の反応にシオンはくくと少し笑った。


 

「お前はどうする……?」


 声に振り返ればゼーフントがこちらを見ている。賭けならこちらも要求を天秤に載せねばならない。だが見ず知らずの相手に何を求めるというのか。


「特に要望はないんですけど?」

「そうはいかんだろう……」

「そこまで言うならー……」


 シオンは腕を組むゼーフントを指さした。


「僕が勝ったら彼の言う事をしっかり聞いてください」

「ああ、なんだそりゃ?」


 シオンがゼーフントの目をじっと見る。意外とつぶらな丸い目が更に見開かれる。


「良いですね?」

「はっ、馬鹿だぜこいつ! いいぜ勝てたら聞いてやるよ!」


 ゼーフントは深くため息をついたあと、ゆっくりと頷いた。


「さて、最後に確認だ……準備は良いか?」


 対峙する2人はそれに応じて頷いた。


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