04-02-03:ここで抜いたら一大事ですよ?

 大門からロビーに滑り込んだ2人は、2歩3歩と歩きながら足を止め、感嘆の声を上げた。磨き上げられた床、壁にはめ込まれた一枚硝子の窓、ぶら下がるシャンデリア。壁には絵画が飾られ、柱をみれば艶やかな彫刻がそこかしこに掘られている。


 驚かぬと宣告したシオンも唸るものがあったようだ。


「まるでダンスホールだなぁ、めっちゃお金かかってる」

「迷宮の恩恵を真っ先に受けるギルドですが、これほどとは……」

「で、受付はどっちだ?」


 ステラが向かって左右に目線を向けるが、左右対称故に似た作りの窓口になって判別がつかない。役割は違うようだが、一体何方に行くべきか。観察したシオンが国利と頷いた。


「受付が右、報告が左のようですね。受け側は大看板で基本的な注意書きが書いてありますよ」

「ああ、完全に分業なのか。報告側に魔石の買い取り価格が掲げてある」


「仕事の発注は別室が用意してあるようですね」

「という事は……買い取り側も商談スペースがあるのか。完全に大企業ロビーのやつだ……」


 ステラが受付に掲げる注意書きに目を向ける。迷宮探索において、ギルドが指示する最低限の縛りが記載されているようだ。階級により探索許可する階層を絞ること、また迷宮に潜る場合は必ず依頼を受けることが、ことさら強調されて記されいてる。


 きっと守らない潜行者ダイバーが無視できない数居るのだろう。


「あれ、魔石の値段が札に成ってるのって変動を見込んでるってこと? 為替なのか?」

「季節ごとに値段を一定価格で仕入れるようにしているみたいですね」

「それはそれで相場が発生しそうだな……」


 ステラには想像もできない暗黒商人腹黒キンカデナグリマス果し合いが今も行われているのだろう。クワバラクワバラと彼女は手を合わせた。


 ゴブリンから出るようなものは最低ランクだが、一個大銅貨1枚とある。他の街ならその半分でも高いぐらいなのだが。……いや、よく読めば最低納入個数が示されている。満たない端数は買い取ってはくれないようだ。


「一応価格は絵でも分かる案内が用意されていますね」

「なんだって……?」


 シオンが指さす先には絵本のような絵が書かれていた。勿論絵画職人に頼んだらしく、ゴージャスな案内板である。ゴブリンらしき姿に、討伐証の位置と魔石の位置、そして値段が記されている。


「ユーザーフレンドリーな設計だなぁ。字が読めなくても、最初は何とかなるらしい」

「読めなければ一定以上は上がれない、というのは変わりないですよ。絵で分かるのはごく一部ですし」


「……そうでもないみたいだぞ?」


 指さす先ではいくつかのパーティーが相談しているようだ。何れもリーダー格の1人が、何人かから


「パーティー単位なら読めるのは1人か2人で良い、ということなんだろう」

「うーん……問題ないといえば問題ないんですが」

「欠けたら一瞬でアウトだよな」


 迷宮の現状と同じく、起きていない問題は喫緊のリスクとは捉えづらい。ここで忠言をしたとしても、他人のうわ言以上の価値を見出さないだろう。


「ま、探索者なんてのは各々が個人事業主みたいなもんだ。向こうは向こう、我々は我々だね。じゃあさっさと受付で話を聞こうか」

「拠点申請もしておかないといけませんからね」


 拠点申請とは探索者ハンターが『その街を中心に活動する』事を明言する申請だ。しなくても仕事を受けることが可能だが、この場合ギルドから斡旋される仕事はごく限られたものになる。

 なので通り過ぎるのでなければ、必ず実施する必要がある申請だ。


「じゃあ早く行こうか」

「そうしたいんですがねぇ」

「はぁ、仕方ないねえ」


 それぞれ一歩大きく前に進むと、背後に迫った少年の手が思い切り空を切った。その息は大分荒く、全力で駆けて来たことが分かる。先程のテンプレート少年だ。


「て、テメェなに、逃げてんだ、よ!」

「あっシオン君! あの受付が空いてるぞ」


 伸びる手をくるりと回って、マントで軽く打ち払うように避ける。


「にっ、逃げんな!」

「ん。一番良い窓口ですね、そこにしましょう」


 今度は動かないシオンを狙うが、彼が半歩身を引く最小限の動作ですり抜けた。さらに追い縋るが軽くステップを踏めばで指先が触れることもかなわない。


「こざかしいんだよ!」


「何故空いてるんだろう?」

「顔が怖いからでは」

「あー、仕事は最速なのになぁ」


 ダンスホールで3人が踊る。


 ステラはくるくると、シオンはするすると動きながら、世間話をしながら前へと進んでいく。3人目だけは翻弄されて道化を演じているが、それも余興としては


 気づけば3人の周りはスペースができて、やいのやいのと声が挙がる。大体は少年を揶揄する声だ。応援する声は……今し方到着した彼のパーティーメンバーから挙がっている。


 少年は息をあらげて一度追うのを止め、2人に指を突きつけた。


「ナメやがって! 俺たち『グラン・クレスター』をしらないのか!」


 同じく足を止めた2人は顔を見合わせたが、


「え、知らんが」

「聞きませんね」


 もちろん知らない。偉大なる証明グラン・クレスターと言われても何を証明するのか見当も付かない。


「シオン君、二つ名って自称じゃなくて他称だよな?」

「そのとおりなんですが……彼の言は何か違う気がします」


「パーティー名だよ! そんなことも知らねえのか?!」


 再度2人は顔を見合わせた。


「え、知らんが?」

「聞きませんね?」


「ッッッッッッ~~~~!!!」


 テンプレ少年が顔を真赤にして怒り、また失笑が渦巻く。応援していたパーティーメンバーも少し気まずそうにして……いや、鎧戦士だけは相変わらず困った眉をしている。どこかハチワレの猫を連想したステラは1人満足そうに頷いた。


「な、舐めやがってェ!」


 カッと赤くなる少年は腰の剣に手を伸ばしたが、手にかけたきり少しも抜き放つことは叶わなかった。いつの間にか目の前に居たシオンが、掌底で剣の柄頭を押さえていたたからだ。


 ふわりとフードがまくれあがり青髪が揺れ、赤い瞳が少年の瞳をまっすぐに射抜く。


「ここで抜いたら一大事ですよ?」

「っ?!」


 一瞬の出来事に感心するざわめきが響いた。もしギルド内で抜剣すれば罰則は免れないし、行き過ぎた素行不良は文字通り事になるだろう。


 押さえる事で注目を浴びるシオンに、軈ていくつかの黄色い歓声が上がり始める。突如現れた美少年が暴漢を軽くあしらうという絵に書いたような構図だ。

 絵空でない実力が十分見て取れるとなれば、獣のような目線が向くのも当然と言えるだろう。


「離せ!」

「お断りですよ?」


 少年は縫いつけられたように動くことができない。始点を殺す故に抜くことが出来ないのだ。一方的な均衡関係は、しかし恐ろしく巨大な影の介入で終幕を迎える。



「ギルド内で悶着起こすんじゃねぇよ……」



 ドスの聞いた重低音が響く。


 滑らかな高級布で作られた制服を着たのは、魚人族ゼルマーフの受付係だ。美男美女が並ぶ中、アザラシを思わせる隻眼の巨躯はあまりに異質にすぎる。


「くだらねぇ喧嘩なら演習場でやれ……」

「ああっ?! こいつらが──」

「あ゛ぁ゛……?」


 有無を言わさぬひと睨みで少年は身がすくむ。それを確り確認したシオンはさっと拘束を解いた。トトンと3歩離れた位置まで下がると、ちょうど隣にステラが立っている。


「追ってくるとは考えたけど、まさかギルド内で手を出してくるとはなー」

「ちょっと予想外でしたねぇ……」

「絶対悪目立ちするから避けると思ったんだがねぇ」


 げんなりしていると、魚人族ゼルマーフの受付紳士が振り返る。彼は首をくいと動かし付いてくるように促した。


 その広い背中は、騒動の全てを預かると物語っていた。


「一応聞くが……受付業はいいのかい?」

「俺1人抜けた所で問題はねぇよ、なにせからよ」


「あ、あはは……」

「す、すみません……」



 2人が申し訳なさそうに縮こまり、フンとおおきく鼻息を吐いて見つめる。……いや、彼が隻眼で射抜くのはステラただ1人だ。


「小生に何か?」

「……いいや、なんでもねえ」


 じろりと彼女を睨む視線には言いしれぬ警戒が含まれている。懐かしいその視線の意味は、たしかにステラに伝わった。彼女は申し訳なさそうに小さく頭を下げると、彼は眉根を寄せてぷいとそっぽを向いた。


「行くぞ、付いてこい」


 のしりと歩く彼に従い、一行はギルドの運動場へと向かっていった。




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