04-02-05:やめた方が良いですよ?
「では両者構えろ」
トルペが獲物たる大剣を正眼に構えた。ぎしりと握りから革の潰れる音がする。
対するシオンは鞘に手を当て片手でロングソードを構える。気負いの無い自然の構えだ。
「はじめ!」
「おりゃああ!」
トルペが声とともに〈フィジカルブースト〉を発動。力強い歩みで土埃をあげつつシオンに迫り、大上段からの切り下ろしを放つ。
半身引いて避けるとその勢いを利用して距離をとる。
トルペの剣は勢いのままに地面に突き刺さり、衝撃とともに小さなクレーターを作った。衝撃でぱらりと土埃舞い上がって、また振り上げる大剣で振り払われた。
(やはり彼は
フィジカルブーストは使用者の使う属性毎に効果を変える。
火属性であれば膂力の強化となり、ただの一刀を必殺の域に押し上げる。
豪快にして絢爛。一撃で相手を叩き潰すを可能とする故に、使い手は直情的な傾向になる。
かなり分かり易い性格と感じていたが、結果は予想通りであった。
轟音が何度も唸りを上げ、風を引きちぎり、地を割り、砂塵を巻き上げる。音は一向に鳴り止む様子はない。
「シオン様ーー!」
「トルペ勝てよーー! 賭けてんだからなーー!」
「シオン君いけー! ドタマかち割ったれェい!!」
ステラはちゃんと応援していたが、シオンは一言言いたい気持ちでいっぱいになった。血生臭い割に耳聞こえが良いのがまた悩ましい。
「ステラさん!」
「何だー?!」
「説教!」
「御無体ィ!」
軽く笑いが観客に起こる。茶番を熟す余裕すら見せて、彼は風舞いの蝶となって暴風をひらりひらりと避け続けた。トルペが一層苛ついて必殺が一段多く飛んでくるが、鳴り止まぬ音がその結果を証明している。
「なんで当たらない!」
シオンは彼の叫びの意味を掴みかねて首を傾げる。彼は別に挑発したいから手を出さない訳ではない。
様子見の結果、明らかにおかしい為に反撃できずにいるのだ。
火の身体強化は一撃が必殺、しかし真っ直ぐ読みやすい欠点を持つ。なら一剣は避けられない時に放つべきだ。しかし未だにそれだけが飛んでくる。つまり馬鹿正直な剣筋だけが向かってくる状態で、それ以外にフェイントと呼べるものが一切無い。
また身体魔法は詠唱魔法に比べてコストが低いとは言え、四六時中全開に出来るものではない。基本は魔力を
そもそも斬撃の刹那、其処に割り振るだけで最大効果を約束してくれるのだ。端からフルパワーで使う意味がない。
当てるための技術が熟れていないように思える。しかし名がそれなりに売れているパーティーなら、そんな基本が出来ていないなど逆にあり得ない。
(これはおかしい。何か狙いがあるに違いない……だが一体なにが……)
大言を吐くにふさわしく、また新進気鋭と言うからには評価するべき何かがあるはず。
ひと当てすれば分かるのだろうが、しかしトルペの行動は余りに不気味すぎた。
「くそお! ちょこまかうっとおしいんだよ!」
シオンは疑心暗鬼に陥っていることを自覚しつつ、その裏を読まんと観察する。だがどうしても見出だせず、得体の知れない何かと戦っているような気分に酷く気持ち悪さを覚えた。
ちらっとステラを伺えば、腕を組んでうんうんと満足そうに頷いていた。
(なにが満足?!)
単純に勝ちを疑っていない故ともとれるが、それにしては視線が余りに優しい。まるで背伸びする子供を見守る親のようであった。
実際このとき彼女は『押売り喧嘩なのにしっかり教導するとか、なんて良い奴なのか。シオン君はやはり格好いいねぇ!』と感激し、彼の評価を更に上げて頷いていただけである。
なお評価ゲージは青天井なので、幾ら積んでもオーバーフローする心配はない。
「ぜー、ふぅー、はぁー」
やがて息切れし始めた彼の剣筋は、最早目を瞑っても避けられる。少し、いや……彼はかなり辛そうにしている。
「シオン君ー! 彼そろそろ限界だぞ、ひと思いに決めてしまえ!!」
「?!」
その一言で漸く息切れするトルペが、本当に疲れ切っている事に思い至る。急かす彼女の言に従い、彼の降る一撃に合わせて一歩詰め寄った。
突然の動きに目を見開く彼の脇を抜けつつ、膝裏を叩いて掬い上げれば、
「うわあ!」
とすっころんでしまった。続けてくるりと剣を回し、喉元にぴたりと切っ先を突きつける。鉄の冷たさに唸る声がして、それきりトルペは動けなくなってしまった。
「勝負あり、だ……」
ワッと歓声がわき上がり、シオンが静かに剣を引いた。
ぜえはあと息を切らせる少年に手を貸そうとするが、考え直して身を翻す。
その役割は己の領分では無い。
背後で駆け寄る足音が3人分聞こえて、彼を介抱し始めた。なにやら罵倒する声が聞こえるが……気にするほどでも無いだろう。
少なくとも『ドタマかち割ったれ』よりは随分優しい言葉であったのだから。
「やあシオン君。鮮やかな手並みだったなあ」
「ちょっと様子を見すぎました。裏があるかと思ったんですが……」
「いや、それはないと断言できる。彼に鬼札はない」
「どう言うことですか?」
ステラがシオンの耳元に口を寄せ囁く。
「……効果的に魔力運用できてない。
「?!」
魔核が保持する魔力が枯渇すると意識を失い昏倒する。これを
安全な場所なら安静にし、魔力回復に努めれば回復は可能だが戦闘中に起こると致命的だ。
よって魔法を使う者は総じて己の限界値を知っておくのが当然なのだが……トルペはそれを知らないようだった。
シオンが混乱した原因はまさにここにある。
彼の肩をトンとたたいた彼女はすると離れていく。群衆の中でも解る甘い香りがシオンの鼻をくすぐった。
「みたとこ向こうは魔力ポーションで回復を図っているが、次はひと思いにやるべきだな」
「そうですね……」
己の失態にふぅと息をつくと、ステラが腕を組んで言いづらそうに頬をかいた。
「その、なんだ……君が優しい奴というのは知ってるからな。あまり気にするなよ?」
「はぁ……わかりました」
振り返った先で、躊躇いなくポーション――最低ランクで金貨1枚はする品物――を飲むトルペは、仲間の女の子に囲まれ汗を拭かれ励まされとちやほやされていた。
それで勝てれば格好いいのだが、実際に成し遂げるのは難しいだろう。観客もなんとなく熱が下がりつつあるように思える。
休むトルペにゼーフントが近づき、続行の有無を問いかけた。
「続けるか……?」
「うるせぇ、さっさとしろ!」
肩で息する彼は響く声で答える。
「はぁ……若いって良いですねぇ」
「それは遠回しに『おうえん』して欲しぅおン、ごめんなさいっ!!」
じとり睨むとステラがぴょいと逃げていき、見送りながらシオンは定位置に立った。1本目とは逆にトルペを待つ格好になったが、彼は揶揄せず軽く剣を構えるに留める。
ぎしりと歯を噛むトルペであるが、先程のことから少し頭を冷やしたのか不満を口には出さなかった。
2本目の勝負は観客も緩い雰囲気の者と、ぴりぴりした空気を持つ者とに分かれている。このまま行けばシオンの勝ちとなるのは目に見えているからだ。
汗一つ流さないシオンがまっすぐ切っ先をぴたりと制止させるのに対して、トルペはおちつかなげに揺れている。まだ回復しきっていないのは明らかだ。
「はじめ……!」
合図とともにトルペが一歩下がる。仲間のアドバイスにより防御に徹しようと言うのか。
ただ警戒するには余りに遅すぎた。
彼が一歩下がる以上に踏み込み、シオンが突き上げの一撃を放つ。トルペの構える大剣を得物の腹で弾き、逸れた隙間に鋭く切っ先を捩じ込んだ。
突き進む切っ先は彼の胸甲をまっすぐ突き押した。ガチンッという鎧が割れる音のあと、体重を乗せた重い一撃が肺を押しつぶして突き抜ける。
「ぐえっ」
呻いた彼は堪えきらず後ろに転がり飛んだ。防御の構えはしていたものの、こんなに早く攻撃されるとは思っていなかったらしい。
ゲホゲホと咳き込む彼を認めると、シオンはゼーフントを見る。しかし彼は巌のように不動であった。
どうやらトドメまで必要らしい。
肩をすくめた彼はトルペに歩み寄ると、観客たちがざわめいた。
「あーっと……どういうつもりです?」
立ちふさがるのは取り巻きの女の子だ。手にはそれぞれ武器が握られていた。
猫獣人の子はダガーを構えてシオンを睨む。もちろんギルド貸与の刃引きされたものだ。
「トルペはまけてない!」
「いやそういう事じゃなく……なぜ介入を?」
今度は魔人族の魔法使いが真剣な面もちで対峙する。彼女は杖を携えているが……『刃が無い』という意味では刃引きと言えなくもない。
「1対1じゃないから」
「確かにルール上は問題ないんですがね……」
最後は弓持ちの翼人の娘だ。彼女は静かに微笑んでいるが、孕む雰囲気は怒りの一色である。
「では問題ございませんね?」
「その上で忠言します。やめた方が良いですよ?」
シオンの心の底からの親切は、しかし彼女たちには届かない。静観をもっていた鎧の戦士もため息を付いて前に進み出て、決定的になった。
これで5対1、ルール上も問題ないとなれば勝負の行方は分からない。いや、むしろシオンが圧倒的に不利であろう。
数の絶対値は覆し用もなく大きく、またパーティとして機能する『グラン・クレスター』ならば勝ち目はあるのだ。
「良いんじゃないか?」
進み出たのは、フードを被ったステラである。
「ステラさん……?」
「つまり小生も参加していいんだよね。ならいいじゃないか?」
にこっと笑顔の彼女はマントを掴み、振り払うように脱いだ。そのまま投げ捨て……ようとしてあわてて巻き取り、丁寧に四角く叩いてフゥと額を拭う。
現れた美貌の女神が、間抜けな茶番を繰り広げる様に全員が注目する。
にへっとわらった彼女は、肩掛け鞄を取って隅にぽむぽむ叩いて置くと、その上にマントを安置した。
とてとて小走りに彼女はシオンの隣に堂々と立った。
「いや、なにしてるんです?」
「いやいや、1対5は流石にあれじゃん?」
「いやいやいや、僕1人で大丈夫ですから?」
「いやいやいやいや、バディのピンチに何もしないとかありえんし?」
「お前ら……」
突如始まったやりとりに、見かねたゼーフントが声を上げる。
「おおっと失敬。とりあえず全員参加でいいよな?
ただ一端仕切り直そうよ。シオン君もそれでいいよね?」
「構いませんが……」
シオンが『グラン・クレスター』の一行を見れば、ステラの提案に否定の色を見せない。
「じゃっ、それで! ゼーフントさん仕切っておーくれー」
「お前……ッチ、分かった……」
こうして賭けの行方は分からなくなり、観客のテンションも否応なくあがっていく。
更にチーム戦のレートが発表されると、『グラン・クレスター』優位と見てステラはお小遣い全額を自分へと投じた。
ホクホク顔で割符を抱える彼女に、シオンは眉をしかめている。
「ステラさん」
「なにかな?」
「絶対無茶しないでくださいよ?」
「分かってるよ、今回は
「本当に、本当に大丈夫ですか……?」
信用できない信頼を、目の前のステキな相棒に向けた。
「でぇじょうぶだ! このステラさんにお任せしたまえよ!」
ゴンと胸甲を叩いて見せた彼女はゲフゲフと咳き込んだ。
これはだめなやつ……シオンは彼女にさせる前にカタを付けるべきと心に誓った。
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