04-01-05:街の様子と剣士の決意
領主館の位置は簡単な説明とステラの魔法で把握していたが、行きづらいのかシェルタが簡単な案内を申し出た。
なお眠れるヴォーパル・イェニスターは彼女の腰に落ち着いているが、彼女はお気に入りの特注剣くらいにしか考えていないらしい。
「しかし良いのかい? 時が経つほど君には不利に進むと思うが」
「ボクにも覚悟する時間ってものが必要です……!」
「……それな!」
顔の青い彼女を見るに、身震いするほど怒られるのだろう。彼女もシオンに叱られるときは相当覚悟が必要だし、思わず同意してしまった。
「てかシオン君はよく許したねぇ」
「流石に子犬が縋るような目線で来られては」
「……ほんまそれな!」
得心いったと頷くステラだが、すがる目という意味ではステラも含む。
圧倒的多数決と、直近に危険がないことでシオンが折れたという話だ。
勿論寄り道しない事を条件としているため、覚悟をする時間は殆ど伸ばせていないのだが……事実に2人は気付いている様子はない。
「では、案内をお願いしますね」
「はいですよ!」
◇◇◇
ウェルスの街は真円都市の名の通り、2重円に六芒星を描く魔法陣を、2つ入れ子にした町並みになっている。区画も星型に切られて、非常にわかりやすい街並みになるようだ。
「外側の円を『
外円は防壁、あとは通路となっている。例えば六芒星を作る直線は馬車が4台は並んで走れる大通りで、内円はロータリーのような長い通路なのだ。
また通路で切られた区画の建物は、きっちり同じサイズで立ち並んでいる。立地条件が正三角形や、扇状であるが故に規格化されているのだろう。
「外郭の円部分はは居住区画、内側の角地が商業区画になっているですよ」
言うとおり3階から4階建てのアパートメントが多く存在しており、また六芒星の頂点、大通りの入り口付近に合わせた市場が計6箇所で開かれている。七栄神になぞらえた名前の商店街として各々しのぎを削っているようだ。
六芒星を作る三角形の区画には商業に関する施設が設定されている。それぞれ『鍛冶区』『魔道区』『工房区』『医療区』『商業区』『華爛区』に分かれている。三角地は特色通りの賑わいを見せているとのことだ。
「この街は医療を奨励しているのか?」
「やっぱり怪我人がおおいですから、実践的なお医者が多いのがウェルスの特徴です」
「良い領主様じゃあないか!」
「そうでしょうそうでしょう! シオン様もそう思われますよね!」
「まあ……そうですね?」
シオンは暗に『
「魔物素材の加工は全部街で行っているですから、鍛冶屋も腕のいい人ばっかりです」
「そうなのかい?」
「……1級品の素材を扱うんですよ? ここで工房を持つ事は本当に栄誉なことです」
「でもなー買い替え予定はいまんとこないしなぁ」
「なら……シオン様はどうですか!」
「僕も今で十分ですね」
「むぅ〜……」
彼女はきっと2人の纏う素材だけを見ているのだろう。しかしこの装備を上回ると成れば、ウェルスとて一軒あるかどうか。
2人の装備は
担い手が最高のパフォーマンスを発揮するために誂えた装備は、多少良い程度の鍛冶屋では真似出来ない高性能な一品である。
「なら魔道具はどうです? 我がウェルスの品揃えはちょっとしたものですよ」
「ならアレはあるかな、認識阻害のネックレス的な」
「あるにはあるですが……王が買うようなもので、値段はつかないですよ?」
「存在はしているのか、ほーん?」
「シオン様も何かお求めのものが無いですか?」
「今のところは足りていますからね」
「むうー……!」
シオンは暗に『あとで再現しーたろっウッフフ♪』という聞き慣れた陽気な声を聞いた。絶対自慢してくるなと確信したので幾つか対策を練ることにする。
説明を受けつつ歩いていくと、のっぺりとした高く長い壁が目の前に現れた。
「あの門を抜けたら
「へー、立派な門だねぇ」
馬車4台を並列する大通りを跨ぐように聳えるアーチは、まさに圧巻の一言に尽きる。
しかもステラが睨むと、魔道具によく見られる
その太さは魔道具の比ではなく、1本1本が彼女の腰ほどの太さがある。さらに高速で循環する魔力の流れが、星の煌めきを伴い暴れ狂っている。一見危なく見えるのだが、しかし大局的に見ればそれすら誤差でしかない。
それほどの出力の魔力は一体どこから来るのか。
よく観察すれば往来する人々の流れに呼応していることがわかる。通過する人々から漏れ出る魔力を徴収しているようだ。
更に注視するなら同じ機能を持ったゲートが各所に設けられていることが解る。街を1つの生き物に見立て、また人を血脈に置き換えることでウェルスという巨大な魔道具を成立させているのだ。
「……こんな設備が必要な
「
シオン様も迷宮に潜るつもりなんですか?」
「いえ、今のところは在りませんよ」
「そうなのですか? うー、残念なような安心なような……」
ちら、とシオンを見るステラと目が合った。
2人は『ジャバウォック』という存在を示唆されている故に、街が魔獣を封じているのでは、と疑っている。シェルタが知らない来歴について調べればきっかけくらいは解るだろうが……恐らく子爵家最大の機密として、存在すら否定されるだろう。
仮に魔獣の存在が公となれば、今ある栄華が崩れないとも限らないのだから。
大門を潜るとまた街並みは見せ方を変える。大分余裕のある土地の使い方の、様々なデザインの建物が多く見えるようになるのだ。
「内側の円は『
内郭も区画運用は外郭と基本的には同じだが、迷宮入り口が近いためより潜行者にあった配備になっているようだ。
「内郭の円は居住区画ですが……主に探索者向けの宿区になるです。星の角地がギルド施設等ですね」
三角地はまず迷宮を管理する『探索者ギルド』と『領主館』の2つがある。それぞれ六芒星の対極に位置するように配置されているようだ。
さらにギルド側の三角形2つは他のギルドの支部が軒を連ね、また領主側の三角形2つは素材管理を行う倉庫区画となっていた。
外郭では住民の居住地であった円弧部分は、打って変わって大規模な宿区になっている。
三角地に近いほど高級志向のしっかりした宿に、遠いほど安宿になる。最安値では大広間に雑魚寝になるらしい。
鼻を摘む仕草から臭いも相当なのだろう。
逆に領主館側は通常の宿や、貴族向けの高級宿が増えていく。
何方を選ぶかは考え所であるが、迷宮によく潜る者はやはりギルド側の宿を重用するようだ
。
迷宮側は基本的に丸1日営業しており、何時迷宮から帰ってきても対応可能なのは非常に魅力的だろう。
反面サービスは領主館側のほうが優れており一長一短となっている。
「そういえば
「門そのものは面する6区画全てに設置されているですが、常時解放を許可しているのは探索者ギルド側の1つだけです」
「ん? 倉庫街や各種ギルド区も繋がってるの?」
「大物を引き上げる時は直接運べたほうが便利ですからね。そうした場合は特例で開放許可がされるですよ。
あっ、シオン様ならドラゴンも倒せたりしますか?」
「無理ですよ? 奴ら空飛んでいますからね」
「へぇー、そうなのですか!」
「……翼が無いやつも無理ですからね?」
「えっ?! な、なんでわかったんです?」
「なんででしょうねー本当にー」
ステラはさっと顔をそらし、ぴょろっぴっぴと口笛を吹いた。
「シオン様はなんでも知っているのですか?」
「知らないことは知りません。例えば……」
「な、なんですか?」
「シェルタ様が危ないことをしていた理由等です」
質問に彼女が一瞬身を強張らせるが、すぐに胸を張って主張した。
「ボクは最強の剣士になるのが夢なのです!」
「さ、最強ですか?」
「なので訓練に討伐してたのです!」
「あ、はい……なるほどー」
あまりの蛮勇主張にステラの頬が引きつり、シオンも目をむいてシェルタをみる。
つい最近同じように『オレ最強っすから』と主張した駄肉が居たのだ。彼は最強たる為の努力をまるでしなかったが……シェルタの場合また別の意味で危うい。
意気も気力もどうやら本気、だが剣才が欠片も無い上にあまりに無謀だ。
「少し、考え直した方が良いと思いますよ?」
「そんな文句いえないくらい強くなるのです!」
ぐっと拳を握るシェルタは引く様子がない。言葉と行動は真っ直ぐなのだが……体が全く付いてきていない。
「ああ! だからシオン様にお願いしたい事があるですよ!」
「え……僕に、ですか?」
非常に嫌な予感がシオンの脳裏によぎる。例えて言えば、
「僕に剣術を教えてほしいのですよ!」
「うーん……」
そのお願いは正直お断りしたいシオンである。仮に学びたいなら、シオンに教わらずとも自領の騎士に教えを請えば良い上に、貴族令嬢を預かれるような立場でもないのだ。
だが先程からシオンへのアピールが激しい彼女は、何故シオンに教えを請う事を望むのだろうか。
「どうして僕に?」
「ボクを助けてくれた黒い風はシオン様ですよね!」
「くっ、黒い風……ですか?」
ぽかんと目をむく彼はシェルタを見る。ステラがシオンの装束を足元から頭上に駆けて見上げると、なるほどとぽんと手をうった。
「ああ、たしかにあの時のシオン君は、正に
「シュヴァルツ・ヴィント?! す、スゴイのです!!」
「……」
その震える視線に気づいたステラが己の失言を悟る。大変まずい状況だ、これは
慌てて否定しようとした所、キラキラした目のシェルタがシオンに詰め寄った。
「やっぱりシオンは
「「え?」」
これにはステラも首を傾げる。そもそもシオンは
「剣術も見えないくらい凄いのに、螺旋模様のストーンアローを使ってたですよね! 魔力を放って足止めとかもスゴイのです!」
「「あゝ〜〜……」」
ステラとシオンの視線が交差する。どうやらあの戦いの手柄は彼1人によるものと思われているようだ。
「あー、シェルタちゃん。魔法については小生の仕事だ、シオン君は正真正銘
「でも戦ってたのはシオン様だけですよね?」
「「んん〜〜……」」
困ったようにシオンを見ると、彼もまた困って頬をかいていた。
あの戦闘ではステラが救助重視で100m――詠唱魔法の有効射程は概ね50m前後――からの狙撃を皮切りに、指向性のある衝撃魔法
これにシオンが文字通り乗っかった。一気に加速度を得て瞬きの間に接敵、あとはご存知の通り連携してオークを処理する。
最後の槍は致命打になれど、止めには至らなかったので後詰にシオンが切りかかった。そうしなければ仲間を呼ばれる恐れがあったのだが……。
これをシオンの後ろに居たシェルタから見てどう映るか。
確かに彼しか戦っていないし、魔法のタイミングも彼からしか届かない。普通に考えれば魔法騎士と見られないこともないだろう。
「だからボクを弟子にしてください!」
「ええぇ……」
すがられるシオンは困った様にステラを見るが、彼女もお手上げのようで苦笑いを浮かべている。だから彼に出来たのは、上手くはぐらかして答えを明確にしないということだけだった。
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