04-01-04:未熟な剣士と選択の渾名

 程なくして治療を終えたヴァイセが、おずおずとやって来た。


「その、先程は――」

「構いませんよ、ですよね?」

「勿論だとも! というかこの場になんの悪も無かろうなのだ」


 ぐっと親指を立てると、引きつった笑顔が帰ってくる。


「な、なんてことだ。サムズアップが効かねぇ」

「いやそんな万能言語みたいなこと言われても……」


あゝかくて神話ぞ破れしか、時は人の歴へ進みたる。

 しかりて世は事も無し、万事平穏の在らん事を。


「……壮大なお話で感動的ですがは?」

「もう歌って踊るしか無ぇと小生思うんだ……」

「止めてくださいよ?!」


 仮に活動したとしたら、恐らく人気は博すだろう。だが問題となるのはその後……齎す結果が世界をどう導くか見当もつかない。

 文字通り神の偶像アイドルたりえる故の懸念である。


 割りと本気だったステラはシオンの一言で取り敢えずマイクを収めることにした。


「ヴァイセさんですね? 剣士君は大丈夫でしょうか……治療は問題なかったと思うのですが」

「あ、ああ問題ない。しっかり心得があるようだな、随分跡が綺麗だが、もしかしてポーションを使ったか?」


「――ええまぁ……わかりますか?」

「すまんな高い薬を使わせて。後で調合してやるよ」

「いえ、それには及びません。偶然譲られたものですから懐は痛くないんです」


「譲られた? それにしちゃ随分――」

「ち、ちなみにどれ位で治る見立てです?」

「ん? ああ、2日もすれば傷も残らんだろう。もう歩くのだって問題ないな」


「え、ほんとうかい?!」


 喜色のある声に、唯一医師だけがビクリと震える。


「おお、お医者先生のお墨付きをもらったぞシオン君!」

「うんうん良かったですねぇ」


「え、おい待て、治療したのはアンタじゃないのか?」

「えっへへぇい、小生だぞう!」


 にかりと笑ってピースサインをする。脂汗を流すヴァイセは脳裏で彼女の裏の裏を読もうと必死だが、完全に無意味だ。

 勿論裏もないステラはメビウス能天気、しかし存在しない真意を探してヴァイセの頭は完全にフットーしていた。


「彼女はこういう人なので、慣れたほうがいいですよ?」

「え、いやしかし……」

「せやせや! トーヨーのハイエルフはみんなこんなだぞ!」


 トーヨーとは架空の地名である。


 ステラがハイエルフと勘違いされすぎる問題より生まれた、ファンタスティック・キングダムだ。

 専守はサトゥー=マのクルーエル武士、ウサギ獣人の筆頭狂戦士の呂備井ろびいくんが斬馬刀――それは正に鉄塊である――を片手に悪人の首をピンポイントでポポンポンと殺ってくれる大変治安の良い国だ。


 シントーとか言うコトダマ術を使って呪ったりするのも大得意である。さらに空とか飛ぶし地も走る。ゴーレムが星界を渡り、角が割れてサイコ野郎が大覚醒!


 すごいぞトーヨー、かっこいいぞトーヨー!


 ……という具合にはっちゃければ、少なくとも『聖域』由来のハイエルフとは違うことに納得してもらえる。内容は狂人じみた魔境だが、だいたい合ってるし問題ないだろう。


「……とりあえず、アンタがって事はわかった」

「え、信じてくれるの?」

「こんなハイエルフ居てたまるか。それに……メディエ様の恩人、だからな」


 おや、と首をかしげて治療室が在る方を見る。彼は剣士を知っている以上に、仕える位置にある人物であるようだ。


「何があったか教えてくれないか?」

「勿論構いませんよ」


 シオンが簡単に説明すれば、語る毎にヴァイセの顔が曇り、青ざめ、蒼白に至って魂が抜けかけた。


 ハイエルフ対応とはまた違った心労を負う様子に、ステラの視線が自然と頭頂部に向かう。なお未だ萌える草原であり大安心であった。


「……よくわかった、ああ、もうよくわかった。本当に助かった、感謝してもしきれん」

「一歩間違えば慰みものだものな、っと――」


 続けようとしたステラが押し黙り、特徴的な長耳がぴこりと動いた。何事かと2人が目を向ければ、彼女はぴっと指を立てる。


「剣士ちゃんが目を覚ましたようだ。困ってるようだからはやく見に行こう」


 ステラが促し3人で治療室へと向かう。部屋では身を起こした剣士がぽんやりと中空を見つめて佇んでいた。まだ状況を把握していないらしい。


 物音に気付いて此方に目を留めると、こてんと首を傾げた。



「あれ、ヴァイセ? 何故ここに……」

「『あれっ?』じゃ無いでしょう、様。一体何してるんですか……」

「何って勿論……ってボクはですよ!!」


 突如怒り出した剣士がぐぬぬとヴァイセを睨む。全く怖くない威圧に彼は眉間を抑え項垂れた。


「この件は確り領主リンピオ様に報告させて頂きますからね」

「ひぇっ?! ちょっ、まっ、まってくださいーー!」


 顔を真っ青にして説得しようとあたふたしはじめた。

 ただ様子を見ていた2人はまた別のことを考えていた。シオンの目配せにステラが軽く屈み、こっそりと相談を始める。


「やはり良い所の子息だった様ですね」

「え? 良いとこのだろ?」

「「ん?」」


 所見が食い違い首を傾げる。言い争う2人に目を戻すと、完全に言い負かされた剣士がしょんぼりと頭を垂れていた。

 危険に飛び込んで痛い目を見たのは、完全に剣士の落ち度故に必然であるが……。


「ヴァイセさん。その子は……」


「あ、済まない……。こちらはメディエ・サフィル・ティンダー、この領主様の一人娘だよ」

「違うですよ! ボクはハーブ・サフィール・ティンダーです! ですよ!!」


 ステラとシオンは目を見合わせ、揃って眉間にしわを寄せる。


「あの、僕らはなんと呼べば?」

「メディエ様だ」「ハーブです!」


 そしてまた言い争いになる。あっちが立たねばこっちが立たず。埒が明かない現状に、シオンは星の姿を見上げた。こういう場合突拍子もない彼女に任せればとりあえず事態が動く。


 彼女は満面の笑みで頷いて、言い争う2人に声をかけた。


「ヴァイセ師ー! 面倒臭いから渾名コードネームを付けようぜー!」


「えっ、こーど、なんだって?」

「そうさなァ……彼女はさしずめ『選択』を意味するかな」

「ま、まつですよ! ボクは――」


「もしくはゲロシャブだな」

「?!」


 剣士は背筋に何か怖気が奔るのを感じた。目の前の美女は『そう』と決めたら貫き通す何かがある。そして今『ゲロシャブ』を選んだら、一生涯に渡ってゲロシャブになる確信が脳裏にひらめいた。


「し、シェルタでお願いするです……」


「じゃあ僕はシェルタ様と呼びます」

「小生はシェルタちゃんで!」


「お前たちなんです?! 何なんですか突然! 失礼とは思わないですか?!」


 指を指して怒るが全く怖くない。むしろヴァイセから放たれる威圧感のほうがよっぽど恐ろしく驚異的だ。ステラがシェルタの立場だったら、即土下座して許しを乞う所である。


「メディエ様――いえ、シェルタ様。此方のお2方は貴女を助けてくださった方ですよ?」

「えっ……?」


 シェルタが漸く、シオンの纏う黒に気付いて顔を青ざめた。彼女が最後に見たのはまさしく黒風と銀光、暴力と希望。


 朧とは言え色と形は記憶に焼き付いている。


「少年がシオンさん、女性がステラさん。2人から話は全て伺いました。1人で外に出て魔物に襲われたそうですね」

「うっ……それ、は……」


「随分危ない所だったと聞きます。その点どうお考えですか?」

「……」


「礼がなっていないのはどちらか、おわかりですね?」


 彼女がしょんぼりと肩を落とす。ただ容易に謝れないのは貴族の矜持めんどうくささ故であろう。その点は2人共解っているので、問題ないと頷いた。


「所でアンタら見たところ、外の探索者ハンターだろう?

 ならシェルタ様をお屋敷に連れてってくれないだろうか。手間賃は払うから」


 それに2人が顔を見合わせる。


「任せてもらって良いのですか?」

「ああ、アンタ等なら問題ないだろう」

「なら構いませんが……」


「ま、まって! ボクは――」

「シェルタ様。きっとお屋敷は大騒ぎです。早くお帰りになったほうが良いですよ?」

「うっ! その……はい」


 終始言いくるめられたシェルタは苦い顔をしてぐったりと項垂れた。

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