04-01-03:エルフの医者と元気な老婆

 ステラが極めて局所的な【浄化】ピュリフィケーションで剣士の失態を始末したあと、彼女が剣士を背負うことにした。

 シオンが周囲警戒に注力するシフトである。


 しかし運良く魔物の襲撃はなく、2人は無事ウェルスに到達することができた。


 現在の2人はウェルスの街特有の、定規で引いたように真っ直ぐで広い街路を歩いている。


「ウェルスの門番君、思ったよりずっと感じが良かったな」

「そうですね。市政も腐っている場合行動しづらいところでした」

「うむ、街の顔に相応しい仕事ぶりだよ」


 門番は剣士の傷を目にとめると、2人にお勧めの治療院のを紹介してくれた。荒事も扱う兵士が勧めるとなれば、少なくともヤブ医者ということはないはずだ。


「それに比べてなんて視線だ、ちょっと露骨すぎるんよ?」

「僕も明確な敵意を感じますね」

「フフフ、小生はその十倍胸を見られていると思ってくれぃ」

「いや笑ってる場合ですか……」


 剣士を背負っている故にマントが開いていて、ステラの艶めかしいボディラインは白日の元にある。ふわっふぁーなフリルの衣装の下でも主張する胸、細い腰、大きな尻はどう足掻いても隠し切ることは出来ない。


 せめてフードが降りていればまだ良かったのだが、悪戯な風がフードを執拗に捲れ上げるのでおろしてしまっていた。神世の美人であるから人の目を引き、同時に隣に歩く少年も目立つことになる。なまじ美少年である彼に向くのは好奇であり、妬みであり、僻みだ。


 感覚的には嘗てステラが襲われかけた追剥通りスラムよりはマシという程度だ。路地裏に入れば確実に腰のものを抜く羽目になるだろう。


 こうなると分かっているからシオンが背負おうとしたのだが、ステラが頑なに背負う事を主張したのである。


「しかし碁盤目状で判り易い街だねぇ」

状とはどういうことです?」


「碁盤ってのはあるボードゲームの盤面だな。つまり一定ルールの元で区画整備された街ってことだ」

「ああ、ウェルスは別名『真円都市』と言われていますしね」


 ステラが首を降って空を見上げる。


「それは全くもって本質じゃないな。この街は確かに真円だが、形はと言うべきシロモノだよ」

「魔法陣……街そのものが魔道具ってことですか?」


「恐らくな。こんな大規模な仕組み、世界線が違ったら賢者の石でも生み出せたかもしれんよ……」

「賢者の石? また変なものを知っていますね」

「え……あるの?」


 ステラが目をむいてシオンを見る。幻想に名を連ねるその石は、名が表に出るだけでが起こること必至のカースドアイテムだ。

 実在するならいったい何を巻き起こすというのか。ステラがゴクリと唾を飲み込みシオンの言葉を待つ。


「賢者の石は別名『小さな大図書館』ビブリオンと呼ばれるですね」


「……え、辞書? 辞書ナンデ?!」


「はい、さる錬金術師がするための魔道具ですね」


「人の魂を生贄にしたり、楔の母から賜ったり、魔法殺人が横行したりはしないの?!」

「ちょっと物騒すぎません?!」


「だってそんなん……ええ……?

 ただのじゃん……」


 ステラのテンションが見る間に下がっていく。ロマンがスーパーで大安売りとなれば仕方あるまい。


「ちなみに魔石の質が保存量に関係するらしく、『小さな大図書館』ビブリオンはドラゴンの魔石を3つも利用していますね」

「魔石はハードディスクなのかよ……ちなみにお値段は」


「なんと城が3つも買えます。なので賢者の石とはを示す慣用句でもあります」

「む、無用の長物て……」


血なまぐさい裏事情も勘弁願いたいが、熊の置物めいた扱いというのもまた悲しすぎて辛い。もし 見かけたら優しくしてやろうと、ステラは心に刻み込んだ。



◇◇◇



「ここが治療院?」

「看板には『ヴァイセ治療院』と書かれていますね」


 見上げる建物は石造3階建てのがっしりした佇まいだ。正面に掲げられた小さな5花弁は、薬草として有名なアルヒャの花が掲げられていた。

 以前ステラが採集に大失敗したアルヒャは、刻めば傷薬、煎じて飲めば熱冷まし、練って混ぜれば薬効を高め、抽出すればポーションの基となる。

 まさに万能であり、また医療関係者にとってという目指す形そのものだ。


「兵隊さんが重用おすすめする割に、なんかこじんまりしている」

「見た目が全てでは無いですよ?」

「ああ、たしかに……掃除は行き届いているし、包帯やシーツもちゃんと洗濯しているようだ」


 ステラの【鷲の目】いーぐる・あいが悪戯な風がシーツを揺らしているのを見て取った。


 どうやらウェルスの風はヒラヒラしたものが大好きらしい。まるで子供の悪戯だが、そもそも風は子供で超元気ある。目を離せば何処へ飛んで行くかわからないのが常識であった。


 じっと見上げるのも時間の無駄とシオンが目配せするが、ステラがいやいやと手で止めた。すると程なくドアがぎしりと開いて、1人の老婆が現れたのだ。


「また来るよヴァイセ」

「健康なんだから医者に来るんじゃねぇ!」

「ハッハッハ! 寂しいくせになにいってんだか」

「あ゛ァ?!」


 ケラケラと笑う老婆は声を背に、杖をカツカツとついて玄関を閉じる。背筋がぴっと伸びた彼女は着慣れた麻のドレスを着ているのだが、ステラが見るに違和感があった。


(身のこなしが良いというか、品がある?)


 さりげない仕草の中に教養が見て取れるのだ。それが纏う素材と乖離して、生活ランクを落とした現状が読み取れてしまったのだ。


 だが不幸の人生を歩んだ訳でないことはすぐに分かる。老婆に刻まれた年輪のような皺は、その殆どが笑い皺なのだから。


「おや、あんたたち……ありゃ、怪我人じゃないか」

「うむ。応急手当はしたけど念のためね」

「門番の方にここを紹介されました」

「ああ、あの子かい。ならヴァイセは一等腕が良いからね、すぐ治してくれるよ」


 からりと雨上がりのお日様を思わせる微笑みだ。やはりいい人生を送って来たのだろう、見習うべき先人への敬意としてステラも微笑みを返す。


「じゃあ婆は行くからね、お大事におしよ?」

「ご丁寧にどうも」

「そちらも気をつけてね!」


 2人は手を降って老婆を見送った。彼女の足取りは軽く、医者が言うとおり健康そのものであるようだった。



◇◇◇



 治療院の中は独特の匂いがする。


 ただステラの記憶にある病院とは異なり、アルコールよりは草木をすりつぶす青臭い匂いが強い。また乾燥したハーブが天上に吊り下がっており、所狭しと存在を主張している。


 こぽこぽとお湯が沸く音と、薬草を刻んですりつぶすゴリゴリとした音が奥の部屋から響いていた。故にツンと漂う匂いは少しキツいが、不思議と嫌には思わない。


(ヴァイセという医者が、真剣に職務に取り組んでいる証拠だな)


 ステラの鼻が熱意を嗅ぎ取るなら、真摯さもまた等しく感じ取ることが出来る。

 命を扱う職務において、その姿勢は非常に好ましい。門番や老婆の言うとおり、ヴァイセという医者の腕が良いことは間違いないだろう。


「ごめんくださいよ~!」

「あん? 急患か?!」


「いいえー! ちょっと傷を見てもらいたくて!」

「ちょっと待てるかァー?!」


「問題ないです~!」

「じゃあ適当に待っててくれー! 今手が離せんのだ!」


 それきり声は止んで、仕事の音が変わらず聞こえてくる。


 薬剤調合はデリケートだ。いち工程の途中で止める事ができず、さすれば薬効が引き出せず失敗する。

 かと言って荒々しくもしてはならない。すりつぶす動作1つで台無しになることすら在るのだ。


 故に調薬の上手い医師は非常に重宝される。


 やがて音がやんでカチャカチャと器具を操作する音がした後、作業を中断したのか件のヴァイセはトタトタと歩いてやって来た。


「ああ、待たせファイエるっ?!」


 もちろん艦砲射撃ではない。


 顔を見せた彼はステラを見て、顔を青ざめさせた。ところどころ薬品のシミがついた白衣を着る彼の耳は長く、エルフの特徴を示している。


 冷や汗を流す彼は小さく震えている。ハイエルフという絶対者に対する恐怖がさせるのだろうが、しかし絶対者足り得ぬステラにとっては堪ったものではない。


 彼女は遼来来ぎゃあ! ちょうりょうじゃん!ではないのだから。


 しょぼんと肩をすくめる彼女はシオンに向き直った。


「……ウェルスに来て初めて言われたかも」

「探索者が集う街にハイエルフなんてまず来ませんからね。だから探知魔法も使われなかったんでしょうけど」

「え、だから皆普通に接してくれてんの? それは、ちょっとさびしい……」


 この世界においてエルフとハイエルフは大別される。聖域と呼ばれる場所で君臨するハイエルフは選民主義の塊であり、また存在が災害のように捉えられている。


 たとえば今回のように『待たせた』という事実があれば、なぶり殺しにされてもおかしくはない。


「あー、その……小生はステラ。彼はシオン君で、門番氏の推薦でここにきたんだ」

「なんですって……?」


彼はステラが背負う子供の姿を見て目の色を変え、もはや彼こそが病人と見まごうほどに白くなった。


「えっと、ね? 此方で手当はしたんだが、診てもらうことは可能だろうか?」

「も、もちろんです!」


「あとー……小生に気を使う必要は一切ないので、普通に接してくれない? 無理にとは言わないが」

「……普通、ですか?」


「うん。だからどこに運べばいい?」

「え、その……」


 助けを求めるようにシオンに目をやるが、彼は肩をすくめて頷くばかりだ。


「医者ならシャッキリ指示をしてくれ」

「ッ! こ、こちらへ」


「そうそう、それでイインダヨ!」


 まだ慣れないようでぎこちなく診療室へ案内される。様々な薬瓶が棚に並ぶ部屋の中央に木製のベッドがあった。ステラが剣士をそっと下ろしたなら、後は宜しくと声をかける。

 相変わらず怯えられるが、こればっかりは仕方ないことだ。少し寂しそうな様子にシオンはぽんと背中を叩けば、彼女は苦笑して目配せする。


「こういう時は肩を叩くんじゃないのか?」

「……へぇ、遠回しに僕が小さいと罵っているんです?」

「その分心がビックだろう、なら小さく立って巨人なのだよ」


「へーじゃあ何で頭撫でようとしてるんですかねー」

「撫でやすい位置にあるのでつい」


 がしっとステラの手をつかむシオンが、笑顔でステラをにらみあげる。


「宣戦布告ですか? 良いですよ受けますよ僕容赦しませんよ?」

「へぇ~何を容赦しないっていうんですわ? お?」

「食事のおかずが1品減ると心得なさい」


 それにステラの笑顔が凍りついた。


「おうてめぇシオンてめぇこのやろうてめぇ、

 そを言ったら戦争だろうがぃ」

「だからそう言っているでしょうに」


 一触即発のピリリとした空気は、それより早く切れた堪忍袋が吹き飛ばした。


「アンタらうるせぇ、表でやれ!!!」


「「ハイすみませんでした!!」」


「えっ?! あっその、ちがっ……」

「「ゴメンナサイ失礼します!!」」


「ちょっ、まっ――」


 示し合わせたように頭を下げた2人は、あたふたと退室していく。逃げ出した隣室でお互いに顔を見合わせ頷くと、ふうと息をついた。


「毎度思いますが、に効果はあるんでしょうか……」

「やらないよりは良いと信じよう。でもほんと、緊張解けてくれるといいがなぁ」


 ハイエルフと勘違いされて仕事にならない場合、1つ茶番を打ってお茶を濁すことにしている。完全とは行かずも効果があるのだから、茶番と手馬鹿にはできない。


「しかしその~なんだ。一応確認するけどさぁ」

「なんです?」


「……おかず1品、減りませんよね?」

「……」

「へ、へらないよね?!」


 シオンがにっこり微笑んだ。途端顔を青ざめわなわなと震えた彼女は、少し涙目に成りながら「しょんなぁ……」と小さくつぶやくのだった。




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