03-17:ヘクラリトアス
03-17-01:ヘクラリトアス/アウェイト・トラップ
街にたどり着いたのは丁度日が暮れて門が閉まった直後であった。明かりの1つもない門外にすれば、夜の帳に包まれれば真っ暗に成るが……これはこれで来たときと同じように侵入すれば好い。
「真面目な話、密偵とかガバガバ入れそうなんだが」
「普通は壁超え出来る人が居ないんですよ」
10メートルといえば3階建てのアパートメントの背丈と同じだ。確かに風属性の〘フィジカルブースト〙を用いれば出来る高さではあるが、隙間なく積み上がる石壁を駆け上がるとなれば途端難しくなる。
如何に膂力が、如何に神速を誇ろうが、足がかりも無く壁を走るなど尋常の技ではない。
さらに行きは追剥通りの屋根の分高さを稼げたが、帰りは見たままを駆け上がる必要がある。探索者でも垂直跳びなら未補助で1メートル、強化込みで3メートルが関の山だろう。
それをシオンは事も無げに駆け上がるというのだから堪ったものではない。ステラのニンジャ疑惑度は10%から37%へと引き上げられている。
「でも今回はシオンくんを
「それは何故……」
「
「……」
それにシオンがひくりと笑う。今さっきの恐怖体験は未だ彼の心の臓にしこりを残しているのだ。ぶるりと震えた彼は、ふうと息を整えてから頷いた。
「……ぜ、絶対高くしないでくださいね?」
「勿論!」
「絶対ですよ!」
「大丈夫だって……」
なお
特に誰にも見られていないはずだが、そっと屋根の上に下ろすまでは油断できない。相変わらず足音もなく着地したシオンの後ろに、ふわっと着地したステラはそのまま
来たときと同じようにマントを掴むと、ふわふわ浮かびながらシオンの後を浮かび引っ張られていった。
◇◇◇
夜の帳もしめやかに、2人はこっそりアルマリア邸の裏口から戻る。ここはキッチンの勝手口であり、神のレシピを持つ料理長ヴァグンの領域だ。
「あ……」
調理台の目につきやすい所にバスケットが置いてあった。差し込まれたカードを見ると、帰宅を見越してのお夜食の差し入れである。
「シオン君シオン君! サンドイッチだって!」
「よかったですねぇ」
しかも冷えても美味しい具材で作られた、ステラも満足な詰め合わせだ。また布でくるんで保温した円筒ポットには、まだ暖かいスープが残されている。
食事にしては上等も上等、神の食卓にも迫るラインナップと言える。嬉しくなって笑顔になるステラがバスケットの取っ手を撫でながら言う。
「シオン君、祖国では之を『おもてなし』と言うのだ。相手の心を汲んで心を砕く。ヴァグンさんは本当に出来る男だよね」
ステラがえへえへと笑いながらバスケットの被せ布を開くと、すぐに覆いを被せた。その顔は先程とは違い表情が欠落した無表情である。
「……」
「ステラさん?」
もう一度布を開いて、クンクンと匂いを嗅ぐ。
「……臭い」
「えっ?」
「お茶と同じ嫌な汚臭がする」
「なんですって?」
ぎょっと目をむいてシオンも見やるが、しかしそんな臭いは感じられない。シオンの感じられない何らかの異常だ。
つい先日のお茶会騒動では、ステラの嗅ぎ分けた汚臭は睡眠薬として現出した。つまり何らかの細工が、このサンドイッチにも為されている可能性が高い。
「……何か紛れているんでしょう?」
「解らない……でも幸せの香りもするんだよ。どっちも等しく存在していて、なんか言い争っているように思える。全く分からん……」
「普通に考えたらヴァグンの仕込みですが」
「馬鹿言うな、彼がそんな外道をするはずないだろ。同じくハシントさんもだ」
「それは僕も同意しますが……これは食べないほうが良いでしょうね」
「……」
その一言にふつふつと湧き上がるものを感じるステラが周囲を伺うが、此方を伺うような視線はない。シオンに目を向ければ首を横に振る。どうやらこれを成した犯人は付近には居ないだろう。
「……許せんなぁオイ」
「ステラさん?」
「小生、食べ物を粗末にするやつが一等嫌いだ……。ましてや相手の笑顔を想って作った物に茶々をいれるなど言語道断。違うか?」
髪がゆらりと逆立ちつつ在る。激高の前触れに慌ててシオンが二の腕を掴んで止めにかかる。
「……ステラさん、落ち着いて下さい。ここで暴れたら思うツボですよ?」
「何でそんなに冷静なのさ……」
「この仕掛けが巧妙なので」
「仕掛けって? 何さ? 言ってご覧よ?」
目の座ったステラだが、故にシオンは淡々と事実を告げる。
「もしそのまま食べれば薬が効いて後はそのまま。
食べなければステラさんが怒って扱いやすくなります」
「つまり……?」
「どっちに転んでも相手に都合がいいのです」
それを聞いて、ステラの怒気はぽしゅんと空気が抜けたように萎れ抜けた。
「え、つまりハメられたのかい?」
「貴女はわかりやすいですからねぇ。まず深呼吸して冷静になるべきです」
「うぅ、わかったよ……」
恨みがましくサンドイッチを見て、ステラは深呼吸して気持ちを落ち着ける。ただやったやつは許さないぞという気持ちだけは心に刻んで忘れないようにする。
「そしてステラさんが怒った場合、確実に二の矢が準備されているでしょう」
「それって一体?」
「屋敷に罠が多数仕込まれているかと」
「……え゛?」
唖然とシオンを見て押し黙る。彼の言う事はつまり、相手の侵入を許してかつ要塞化が為されているというのだ。
「あ、う……ヴァグンさん達大丈夫かな……?」
「大丈夫だと思いますよ? 目的は僕らというか、ステラさんだと思いますし」
「えっ、小生? 小生なの?」
「民衆が知る『聖餐の聖女』に加え『予言の巫女』でも在る。おまけに美人で器量良し、加えて魔力も十分以前にハイエルフ並。とどめにお馬鹿とくれば捕まえないわけないですね。一旦捕まって囲ってしまえば、聖域のハイエルフは蔑んで口出ししないでしょうし。
後はー、公爵家での騒動が1枚噛んでる気がしますが」
「おいおいてんこ盛りかよ……仮に捕まっても即逃げ出すって」
「毎日ごはんが美味しかったら文句ありますか?」
「あるよ、それシオン君居ないじゃん」
即座に断じるステラにシオンがピクリと固まる。
「そもそも仲良く出来ない人と食べても、まったく美味しくないだろ」
「……そ、そうですね」
「うむ、そうなのだよ」
誇らしく胸を張るステラを息を整えてから睨むと、彼女は慌てたように『ちゃんと気をつけるのは勿論だ』と取り繕った。
「そ、それでどうするつもりだ?」
「母様の部屋を目指します」
「カスミさんのか……一応白ヘビ君は健在だな。どう行くつもり?」
それにシオンが静かに嘲笑った。
「正面突破、しましょうか」
「え……何だその、君らしくない脳筋コースなんだが? スマートに窓から入るとか、屋根裏からエントリーしないの?」
「時と場合によって、そうするのが最善であるケースはままありますよ?」
ニコッと笑う彼に、ステラは悪魔の影を見て怯えた。
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