03-16:レサルフラーレ
03-16-01:レサルフラーレ/深夜急行
遅い夕食を取り終えたステラは
対面するシオンも同じく胸甲、脚甲、手甲を揃え、腰のポーチをつけた万全の状態である。佩いたロングソードが光源に輝いて頼もしい。
「ステラさん、最後に予言の内容をもう一度確認しましょう」
そう言ってシオンが1枚の紙片を取り出す。
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悠久より在りし星乱の宮
刹那より在りし星静の社
汝女神を求めるなかれ 其は女神の元にあり
以て祈りの神を見よ
降りたる光は 貫きの刃
識りて織りたるヴォーパルなり
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「示すのは『神殿都市』のイシュター大神殿だったね。あと『最奥』に剣があるのだったか。
今から行くにして日が暮れているけど、外に出られるのか?」
「外門は閉まっていますのでこっそり出ます」
「それって……行けるのか? 警邏の衛兵さんにみつかったらアウトだろ」
「なので追剥通りを経由します。あの辺りは治安が悪く夜間警邏が薄くなりますから」
それにステラがしかめっ面で答えた。
「うげぇ、あそこかぁ……。ジンバエみたいに死んでも死なない連中がたくさんいるだろう。大丈夫かなぁ」
「地上を行けばそうなります。なので〘フィジカルブースト〙で屋根を飛んでいきますよ。
いや、それすら要らないのかな……?」
「ん、要らないって?」
確かに以前は追いつかれてしまったが、今なら振り切ってしまうことも十分可能だろう。以前は余りに条件が悪すぎたのだ。
「壁はどうするんだ? 10メートル……小生5人か6人分はあるだろう」
「フック付きのロープを使いますが、半分は駆け上がれますね」
「まっ、待て、小生そんなレンジャー技能はないぞ?」
「でも問題ありませんよね?」
「あるある大アリだよ! そんなヒョイヒョイとは登れないよ?!」
するとシオンがやれやれと肩をすくめた。
「ステラさん……貴女飛べますよね?
来る時浮かんでましたし、僕に捕まればいいんですよ」
「えっ? あっ……そうだね?!」
たしかに浮遊して、シオンに呆れられていたのを思い出す。ずっと前の事のようだが、まだ一ヶ月と少ししか経っていないのだ。
「じゃあお願いしていいのかな……?」
「寧ろその方が都合が良いです。ステラさんが走った場合腐った屋根を踏み抜いて落っこちる様が目に浮かびます」
「ちょっとー! 小生そんなグズじゃない――「といい切れませんよね?」――ですよねぇえ……」
寧ろ家屋倒壊もワンチャン……そう考えるステラはがっくり肩を落として、大人しく飛んで行くことにした。
「その後はなるべく早く移動したいんですが……ステラさんはブーツを新調していませんね?」
「新調って、まだ大丈夫だろ。それに帰らずの森の1件で石のソールを付ける術を得たからな。滑るってことは無いよ」
そう、森なのでアイゼンが使える。先日の大雨のようにすっ転ぶ無様はもうないと言っていい。
「野外を長距離行軍可能な靴ではないので、靴ずれが怖いですよ?」
「怪我したら
「あー……そうでしたね、ステラさん治癒魔法を使えましたね……」
ステラはポンポン使っているが、治癒魔法は本来星属性に連なる治療魔法は早々お目にかかれるものではない。先ず七栄教団の司祭、各町の教会に詰める者がつかうような魔法であり、探索者でも使えるものはわずかだ。
「その靴、色々無茶するから大分草臥れていますよね?」
「それはー……まぁ、そうなんだが」
「いくらステラさんの魔法が凄くても、道具の消耗はどうしようも無いですよね?」
「う。はい、そのとおりです……」
そう言われて見れば大分摩耗しているような気がする。ある程度手入れはしているが、この一ヶ月の冒険による消耗は馬鹿にできないほど大きい。
今回遠征するにあたって壊れる事はないだろうが、近々誂える必要があるだろう。
「今回を乗り切ったら、お金貯めて買おうか……」
「そうして下さい。じゃあ行きましょうか」
「あ……カスミさんを見ていかなくて良いのか?」
「次に見えるときは、剣を持ってです」
「……そうだな! そうこなくっちゃ!」
頷き合う2人は、揃って屋敷を出発した。
◇◇◇
深夜の追剥通りは眠りに落ちるでも無く、明光と暗闇が入り乱れる眠らぬ街であった。ステラの耳は暴言、狂言、嬌声、悲鳴、あらゆる音を拾っている。
(うーむ、此処に突っ込むとか我ながら正気じゃなかったな)
いくら
もしステラが居なければ、レヴィはこの音の1つに成り果てていたのだから。
ステラは身震いすると、その音から意識をそらす。逐一聞いたとてそれを救い出せるわけではないのだ。せいぜい見えている範囲を足掻くのが関の山だろう。
そして今その手が伸びる先には……ヒラヒラと風に揺れるハーフマントがある。両手で握るその先には、静と押し黙って夜を駆けるシオンの姿だ。
(しっかしシオン君すげえな、こんなに足場が悪いのに全然足音がしない)
それもそのはず、彼の魔核は風属性を持つ。〘フィジカルブースト〙の効果は迅速であることと、この様に消音操作が可能となること。ステラが以前やった消音の魔法と見て良い。
ただ引っ張られるステラがやることと言えば、邪魔にならないように自身の風の抵抗を極力抑えることぐらいしか無い。
ただの銀級探索者でもここまで動ける者はそう居ないだろう。
(シオン君ってホントは何者なのだろう? 明らかにニンジャじゃん?)
下手すると鎧の隙間にスローイングナイフでも仕込んでいるのではないだろうか。いや、そもそも有効なのだろうか。少なくとも魔物には効果が期待できないかもしれない。
そんな事を考えつつ2人のエルフが密やかに街を疾駆し、壁を乗り越えて街を後にした。
運良く駆け上がる音や着地する足音は聞こえなかったが、着地時に振り回されたステラがしこたま地面に打ち付けられた。泣くのを我慢して思いっきり
町の外に出れば街道沿いに走る。今度はステラが先行しシオンがそれに追従する形だ。これはステラが暗視により月夜の下でも明確に街路を把握できること、また
宵闇に鳴る『チン、チン』という音が一陣の風となり駆け抜ける。
稀に野営する探索者を発見すれば慎重に迂回し、魔物が居れば極力戦闘を避ける。避け得ないときは――
「――ラティ、
もし対処出来ないとしても今度はシオンが前に出て、
「疾ッ……」
〘スパーダ〙の一刀が閃く事に一命が
そうして強行軍で道を行けば、まだ暗いうちに山道前にたどり着くことができた。馬並みの高速行脚であることもあるが、此処まで殆ど休みなく走ってきたことも一因だ。
ただそのせいでシオンは大分疲れを溜めてしまっているようで、肩で息をしていた。
「シオン君大丈夫かい?」
「……ち、ちょっと無理をしました」
「ちょっと待ってな……ほら、水」
ステラがカバンから革の水袋を取り出して手渡すと、がぷりと食らいつくように飲み込んでいく。どうしても残る革の臭いは仕方ない、最早探索者の友のようなものだ。
「っぷぁ……ふぅ、人心地、つきました」
「ちょっと大休止取ろうよ。小生は全然大丈夫だから休んどきな。
もうちょっと落ち着いたら
「……ステラさんは、大丈夫、なんです?」
「うむ、全く問題ない。気疲れはあるけど、身体の疲れを感じたことがないんだよね、実は」
「えっ……?」
シオンが驚いた様にステラを見る。彼が此処まで疲れている原因は深夜行というのもあるが、大きくは先導するステラが特に疲れを見せずペースメーカーのごとく等速で走り続けていたためだ。
勿論特に休憩も言い出さないため、タイミングが掴めず此処まで来てしまった……来れてしまったのだった。
あまり良い状況ではないが、距離は一気に稼げたため一概に悪いとも言い切れない。
「それって件の……?」
「たぶん……というか確実にな。実はへへへ、眠くなったことがないんだよね。恐らくこの
野営の準備は……火の番は問題ないし、日が昇ったら起こすから仮眠してもらって良いぞ?」
ステラが予備のリボンを取り出し、グラジオラスで『とん』と叩いて
その間に落ち葉を払って土の地面を露出させた後、
乾いた落ち葉を数枚と、集めてもらった細い枝を円錐状に組み上げて、
あとは飯盒でもひっかければ……と思った時点でそれがない事に気付いて苦笑した。そもそもシオンが魔道具のコンロを持っているから、お湯が欲しければそれを使えばいいのだ。
野営における焚き火は基本的に虫よけ及び夜の冷え込みを避ける目的のほうが大きい。
火が起こればその手前に
火がぱちりと安定して燃えだした当たりで、息が整ったシオンに目を向ける。そろそろ良さそうだなと断ってから、シオンに
「……その。こう言っては何ですが……野営するのに凄く便利ですね?」
「それ小生も思った! 正に『1家に1台ステラさん』てな売り文句がでそうだよね」
「なんというか、前向きですねぇ」
「いや実際便利だし? もう小生は前と違った『ステラ』という個なんだから、受け入れてかなきゃ!」
フフンと笑うステラは親指を立てて答える。その姿は神代の身体を重荷に感じる様にはみえない。
「さあ、君は休憩し給えよ。ここは小生にまかせて、ね?」
「……では、お言葉に甘えるとします」
そうしてシオンが腰の剣を鞘ごと外し、仮眠の準備をして横になる。ぱちりと火の弾ける音を耳にしながら彼はすっと眠りについた。
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