03-15-07:シャトー・リフラクタ/誓約の帰路
来たときと同じ馬車で揺られたステラは無事に屋敷に戻る事ができた。ただし来るときとは違い、馬車には御者とステラの2人だけだ。
駄メイド2号は馬車の手配をすると『もう勘弁してください』と頭を下げられたので、城で手を降って分かれてきた。最後に、
『もう食べ物を粗末にするなよー』
と手を振れば、そうじゃねえんだと訴える引きつった笑顔で見送ってくれた。
しかし馬車が屋敷にたどり着く直前に日が沈んでしまったので、ハシントと約束した『日が沈むまで』には帰れなかった。
仕方ないとは言え約束を破ってしまったので、それを払拭すべく玄関から元気よく『たっだいまー』と声を上げる。すると声を聞きつけたのか、パタパタ走るハシントが、
「ステラ様!」
「?!」
目に涙を溜めて胸元に飛び込んできたのだ。とん、と軽い衝撃に思わずぎゅっと抱きしめてしまう。一体どうしたというのか、震える彼女は小さく声を押し殺して泣いているのだった。
いつか魔核を調べた時よりずっと小さく感じるハシントの頭を撫でつつ、これは一体何なのだろうと考えを巡らせる。
(約束破ったからだろうか……)
だとしたらこれほど罪悪感を齎すものもない。ステラが気不味くハシントをなだめようとあくせくしていると、胸元がもぞりと動いてハシントが見上げてきた。潤んだ瞳の彼女はその形の良い唇を震わせて、
「よく、ご無事で……」
と小さくつぶやいたのだ。余りの事にステラの魂に激震が走り、その頬にさっと朱が差す。彼女はパーフェクト可愛いお姉さんだが、よもやヒロインムーブもパーフェクトとは思うまい。所謂あざとい動作なのだが、美人が打算無くやると破壊力が途轍もない。
(ここここれは! ちょっとキスのひとつも許されるのでは?!)
それ程目の前のハシントは魅力的で、蕩けるようなアルマの香りが鼻孔をくすぐるのだ。『すげーみりょうってこういうことか』と痺れる脳が事実を導き出す。これは危ない技能だよもやハシントが
なけなしの自制心で必死に抵抗していると、ハッと気づいたハシントが顔を赤くしてステラの包容から離れた。
「も、申し訳ありません」
「イッ、イエ! 小生ハ大丈夫デス!!」
そうして恥ずかしそうに頭を下げたハシントは足早にその場を去ってしまった。残ったアルマの香りと彼女の温もりに、手持ち無沙汰になって中空を2度、3度と掴んでしまう。
その光景をいつの間にやって来たのか、呆れたシオンが見つめていた。
「……シオン君」
「なんです?」
「は、ハシントさんやばくない? ちょっと可愛すぎてどうにかなりそうなんですけど?!」
「あー、はい。まぁたしかに……」
確かに解らないでもないとシオンは思う。身長差も丁度『良い』感じに差があり、まるで騎士物語の告白シーンでも見ているかの様だ。これが舞台演劇ならさぞ黄色い声援が挙がったろうに、だが自宅の玄関ロビーでやらないで欲しいとシオンは願ってやまない。
「しかしほんの少し門限過ぎたぐらいで、取り乱しすぎじゃないか?」
「……まぁ、フツーは帰ってくるとは思いませんからねぇ」
「なんじゃあそりゃあ?」
「貴族にそういう目的で連れて行かれて、帰ってくる事自体異常ですからね?」
「まぁたしかに……っていうかその口ぶりだと君は心配してなかったのか?」
「はい、全く」
「むぅ……」
実際に慌てるハシントに反して、あくび混じりで食堂で待っていたシオンである。だが銅級とは言え帰らずの森から帰還する能力があるのだ、例え捕まってもすぐ脱出ぐらいはしてしまうだろう。
それより気になるのは『やらかした内容』である。
「さて、やったことを白状してもらいましょうか」
「え? あっ……ハイ」
不満げなステラは『白状』の一言で我に返り、びくびくしながらシオンに従って歩いていった。
◇◇◇
お茶会で起きた事、気づいたことを余すところなく語れば、当然シオンの顔が時系列的に曇っていく。
『お茶が腐った魚の味がした』『まるで腐乱死体の臭い』等とお茶を評価した当たりで首を傾げ、グッと飲み干した当たりでは思わず立ち上がっていた。
「飲み干したってどういうことです?」
「え、だから超クサイから1口だけ味わって超サイテーだったから当てつけに。いやぁ、貴族って本当に大変だよね、あんなクソ不味いものをお茶会で飲むなんて」
「不味いっていうのも眉唾なんですが……なんで無事なんです?
混ぜものって……明らかに毒ですよね?」
「そりゃあ嚥下したけど飲んでないからだよ」
「はい?」
キョトンとするシオンに、使用した
「まぁ説明するにも非常に簡単なんだがな? ほら、小生って
そうしてつつ、と中空を指でなでて入口を開く。
「これって不定の空間上に出入り口を作れる事の査証だろ?」
「ま、まさか……」
「そう。喉元に門を設けて全部其処に落としてやった」
「……喉に手でも突っ込んだんですか?」
「いや、グラジオラスをスポッターにして門を開く、
「……え、何処に持ってるんです?」
「ほれここに」
開きっぱなしの
「あー、持ち込んだんですか。いや、持ち込めちゃうんですね」
「そりゃそうだろ。無いと使えないし」
当初偽装という面目だけで握っていたグラジオラスであるが、以外にもステラの魔法を理解して上手に補助してくれている。例えば今回のような三次元的かつピンポイントで小領域を開く場合、彼女のスポッター能力が不可欠だ。
つまり武装して国家元首の妻に会いに行ったのだが……バレなかったから良かったものの、非常にデンジャー&クレイジーな行いであるのは間違いない。
「ちなみにそのお茶ってまだ残ってるんですか?」
「そうだけど、何処に捨てようか迷っている。流石に毒入りだし、臭いがアレ過ぎて場所に迷うよ……」
はぁ、とため息をついていると、シオンが少し思案した上でステラを見た。
「……それ、ちょっと出してもらっていいですか?」
「え? なんでまた……」
「飲み込んでいないにしても含んだのは確かです。念のため何の毒か検証した方がいいでしょう」
「むぅ……君が言うならそうなんだろう……わかったよ」
シオンが食堂にある水差しの隣りにあるコップを取ってステラに差し出す。顔をしかめてコップに右手をかざしストレージへと繋がる門を開いた。とぽぽと音を立てて赤色がコップに注がれていき……言い様のない臭気が漏れ出て鼻をついた。
冷めてすらこれというのは中々強烈なお茶である。
「ゔぁ~臭い立つなぁ、堪らぬ汚臭でサヨナラバイバイするものだよ……」
若干涙目のステラがカップに注ぎ終わると、顰め面でそれを差し出した。だが当の本人は不思議そうに首を傾げている。
「……其処まで嫌な臭いがします?」
「悪臭だよ。この世全ての悪みたいな臭いがする」
シオンが確かめるようにカップに鼻を近づけて精査するが、やはり首を傾げている。
「いや、そこまでおかしな臭いはしませんが」
「え、ここまで漂ってくるよ?」
「そもそも冷めたお茶ですし香るほどの匂いはありませんよ?」
「あれ、言われてみれば……?」
確かにそのお茶は冷めきっている。だがその汚臭は最初に感じたのと同じぐらい強いままだ。どうもこの悪臭はステラの知覚にだけ反応し、シオンは感じていないらしい。
「……なんだろうこの違い。ハシントさんのお茶はとっても香り立ついい匂いがするのにな」
「ステラさんにしかわからない何かあるんでしょうか」
「神世由来の何かか……うーん、分からん」
だが少なくとも毒が入っている事は確実である。一旦疑問を置いて、シオンは指を突っ込んでひと舐めした。
「おおぅ、やっぱ舌で判断するのね」
「何か問題がありましたか?」
「あー、一度飲んだモノだしねぇ。なんか微妙な気分だ」
「……そこは、その。あー……すみません」
「いや、気持ち悪いとかじゃないんだけどね?」
何となく舐めさせたという事実が罪悪感を煽るのだ。
「ま、まぁ小生のことは気にするなぃ! で、何が入ってたんだ?」
「端的に言えば即効性のある睡眠薬です。魔法薬なので、軽く1口でも飲み込んでたら眠ってしまうでしょうね」
「……ん? 軽く1口ってどれくらい?」
「ティースプーン1さじ分ぐらいでしょうか」
ステラが押し黙り、顔を青くしてか細く呟く。
「そ、それくらいなら、飲んじゃった、かも……。喉元に門つくっても、拭い去ってるわけじゃないから……」
「?!」
それにシオンの顔が青ざめる。つまり……お茶会でマントゥール婦人が動揺したのは、盛った睡眠薬が効かなかった以外にも過度に摂取したそれに驚いたからだろう。
「大丈夫なんですか?!」
「う、うん……全然眠くない。体調不良というか、おかしい点は無い……んだけど」
「これは運が良かったのか、或いは効いてないんでしょうか?」
「……うーむ、神代の身体って訳わからんな」
「少なくとも普通とは違う、そう思うしか無いですね」
そうしてため息を付く彼を見て、ステラが申し訳なさそうに顔を伏せる。
「ごめんなシオン君、こう。心配ばかりかけて……」
「本当ですよもう……放っておくと何するか本気でわかりませんね、『
「ぐぬぬ」
予言をつかった皮肉にステラの顔が悔しそうに顔を歪める。
「ああ……それで最後に1つ。公爵家に浸透作戦かけてた連中が居たんだが、今大部分が今寝込んでる」
「浸透……っていうか寝込んでいるとは?」
「なんかマントゥール夫人の使用人達なんだが、どうも彼女を通じて公爵家を調略してたみたいだぞ?
今回シオンくんを呼び立てた連中もその一派じゃないかな」
「居たらしいって……よく無事でしたね?」
「うん。連中約束守らなかったからね」
「はい?」
「んー、『針千本飲ませてやった』と言えば分かる?」
「……は?」
それにシオンがひくりと笑う。そのフレーズは、かつてシターの戦槌でレヴィと約束するときに聞いたフレーズだ。
「指切りってやつですか?」
「それに似た魔法で予防線張ったら見事に引っ掛かってなー。『50年に1度の出来栄え』的に綺麗に決まって吃驚だよ」
恐らく長年に渡りそれを日常とした故に、ステラのような破天荒イレギュラーが突如頭上からエントリーしても対処できなかったのだろう。上手く行っている時こそ|事件や事故インシデントは発生するのだ。
「まぁ黒幕はそんな感じでグダグダになっていると見ていい。
それとマントゥール夫人は小生が劇的にイメ☆チェンをキメたので、カイル公があたふたしているぞ」
「え、は? どういうことです?」
「ラスボスから純朴淑女にクラスチェンジした」
「え、えええ?」
シオンが困惑する。彼も夫人の姿は過去認めているが、そうでない彼女というのがさっぱり想像できないのだ。
「まぁなんだ……重要なのは公爵家とその対抗勢力。何方も今手が空いてないってことだよ」
「……あ」
フフフと笑うステラが指をピッと立てる。
「これは天の時だ。行くなら今だよ、シオン君?」
「!」
シオンの頷きにステラは同意し、2人は最後の予言へ向かうことを決めた。
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