03-15-06:シャトー・リフラクタ/因果の応報
フー、全くいい仕事をしたぜ。そう額を拭うステラは駄メイド2号の先導で城の出口へと向かっていた。そろそろ日が赤くなって沈もうとしているのだ。いい加減帰らないとハシントやシオンが怒るだろう……門限は守らねばならない。具体的にはおゆはんの時間を逃してはならないのだ。
(ちぃ……メイドの再配置に婦人の大改造、意外と時間がかかったからなぁ……)
そも突発的な呼出しでこの対応だ、これはちょっと褒められてもいいのではないだろうか。具体的にはおかず一品増える程度のは許される功績ではないだろうか。これは早く帰って食堂定位置に付かねば……。
夫人も公爵も今は自分達のことで一杯一杯だし、邪魔者はさっさとお暇するに限る。ステラの優先順位は先ず飯なのはご存知のとおりだ。
そんなことを考えていたら、先を歩く2号が抑揚のない声で質問する。
「……貴女は一体何なのですか?」
「何って、何が?」
「貴女の所為で全てが変わってしまいました。我々の全てが台無しです」
「我々ねぇ……」
言い分を聞くに裏で糸引くものが居たのだろうか。とすれば実際にマントゥール婦人は操り人形であり、その余波を食らったヴァルディッシュ少年も被害者ということになる。
とは言えその行いは消えることはない。ヴァルディッシュ少年は猫神の娘に危害を加え神罰を受けることになる。
ただその裁量は一泡吹かせるという曖昧さで、実質的にステラとシオンに一任されていると言って酔。思えばあの猫神シストゥーラもそれを見越して『頼み事』にしたのだろうか。
慈悲深い神の優しさに、ステラは自ずと微笑んだ。やっぱ猫は最高だぜ!
だが2号は何故今になってそれを語るのだろう。その意図だけがつかめない。
「やっぱ君もその一員なのかい?」
「そうですね……白状したので見逃してくれません? もう今回の件に手出ししないと誓いますので」
「ほあ?」
申し出にステラが驚いて前を歩く侍女を見る。
「うー? それ小生が断罪することじゃないだろ。強いて言えば公爵の仕事では」
「いいえ、貴女にこそです。これは《勘》ですが……貴女に許しを請うのが最善だと思います」
「なんか過大評価されている気がするな」
「それが1番苦労しない、楽な方法だと思います」
「ふむぅ? まぁ別に構わんが……」
苦労という一言にシオンの顔が思い浮かぶ。確かに彼は凄く苦労しているだろう。今回の件でもきっと助ける為に奔走してくれるに違いない。帰ったらちゃんと労おう……これ何度決めて果たせてないだろうとステラは嘆息をついた。
「私は……面倒が嫌いなのですよ」
「わー君もファンタズマかよォ」
「……だから関わりたくないんです」
「ふぇい??」
ステラが首を傾げて2号を見ると今度こそ黙って前に進む。何か気分を害しただろうか。鎧核兵器の絨毯爆撃はたしかに恐ろしい物があるが……種族にこだわりを持たないステラは、頭のなかから
そうして暫く静かに進んでいると、ふと2号が立ち止まった。
「……おや?」
ステラの前に大勢の男が立ちはだかっていた。嫌らしく嗤うのは使者の執事とその配下たち、及びに……追い出したメイドも幾人か潜んでいる。
「君は使者の。これから帰るところだが出迎えかい?」
「いえいえ、御持て成しがまだでございます」
心なし青筋が浮かんで見える使者を見て、ステラは2号の二の腕ををぽんと叩いて端によるように促す。彼女が無関係と主張するなら、これから起こることに巻き込むのは忍びない。
一歩進んだステラが手をひらひらとふるって戯けるように質問する。
「お茶会は終わったのにかい?」
「ええ、勿論です。大人しくしていただければ」
「え~、失礼はあると言っただろうに」
「それでも限度がありましょう」
「無礼討ちにでもするつもりかい?」
「……抵抗は無駄ですよ?」
「もうじき暗くなるようだがな」
「関係ねぇだろォそんなこたぁ……!」
段々と苛ついてきたのか声が荒くなっている。それにステラがピッと指を立てた。
「つまり……君がそうしたいだけかな?」
「アンタ、ただで帰れると思うなよ?」
突如口調が変わった彼はギラつく目をステラに向ける。もっとも初めからそのつもりだったことは初めから分かっていた事だ。それにステラが腕を組んで「うーむ」と唸る。
「一応聞くが約束を守るつもりは?」
「約束ゥ? 何の話だそりゃ? さあ、大人しく来てもらおう」
手を振ると動き出した騎士に対して、ステラが残念そうにため息をついた。
「1つ、お茶会への招待のみという事実の不履行。
2つ、失礼を許容する宣誓の不履行。
3つ、無礼討ちに関する先約の不履行。
4つ、暗くなる前に帰す約定の不履行。
再確認を行い……守る気も謝る気もないと理解した」
読み上げるように紡ぐステラに、執事の男は手を上げて手勢を止める。
「何を言ってんだお前?」
「交わした約束だよ、目を閉じて確かめてみろ。
闇に飲まれようとの事実は消えない。
知っているか? 約束を守らぬ者が負うべき債務ってやつ」
ステラが一歩前に出ると、先頭を歩いていた騎士1人がくぐもった悲鳴を上げて膝をついた。彼はうめき声をあげつつ胸をかきむしるように押さえている。
「そう……嘘をつく愚者は、針を千本飲まねばならんのだよ」
騎士はついに倒れ、狂ったように暴れだす。痛い痛いと苦痛を訴え胃液をぶちまけながら転がりまわる。
「あーあ、4つも破ったら本当に千本分だ」
一歩進む。騎士が同じく倒れる。
「痛いだろうに、小生だったら御免だね~」
一歩進む。騎士が倒れ、数名が後ずさる。
「謝るでも無く守るつもりがないなら仕方ないなー」
最早ステラは止まらず歩き続ける。
「悔いる必要はないよ? 守らない自分が悪いのだから」
今度こそ全員が倒れ胸をかきむしる地獄絵図が出来上がる。あとに残ったのは目を見開いて怯える駄メイズたちだ。婦人の部屋から追い出された彼女たちは、足を震わせてステラを見ている。
それはまるで化物でも見るかのような怯えであるが……普段うんざりするほど感情にさらされる彼女からすれば蚊に刺されたようなものだ。そもそも畏れられると解っているのだから今更慄くことでもない。
これは契約魔法を模倣した
勿論約束は約束だから、契約ほどの拘束力は持たない。応報は一度のみで基本的に『こらしめる』類のものだ。故にちゃんと詫びたり、代理を立てるなど回避手段は幾らでもある。
だからこの死屍累々の惨状もその実……
またステラの言い方を含めれば、本当に胃の中に針が存在するような錯覚を得るだろう。
(まぁ、そんな事は分からんと思うがねー)
恐怖に濡れた目で胃液を撒き散らすそれが這いつくばっていた。治癒魔法が無くとも2~3日安静にすれば治る程度のものだが、それを態々教えてやるほどステラは優しくない。
ステラは通路脇で引きつる笑顔の駄メイド2号に手を降った。
「じゃあ2号ちゃん行こうか」
「い、行こう、とは?」
「何言ってんだ、小生じゃ出口が分からん。君の力が必要だ」
「……は、はぁ」
若干畏れの見える彼女に付いて歩く。倒れる男たちを避け、モーゼのごとく道を開けるメイドの花道を進み……最後に一度だけ振り返る。
「それではおっ大事にぃ~♪」
とても爽やかな笑顔で手を振れば、メイドの何人かは引きつけを起こしたように崩れ落ちていた。そして2号は己の勘が正しい事を悟り、怯えを内に押し込めてこの恐るべき怪物を案内するのだった。
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