03-16-02:レサルフラーレ/行程無難

 【鷲の目】いーぐる・あいが上空から登る日の光を捉え、すやすやと気持ちよさそうに眠るシオンの肩をとんとんと叩いて起こす。珍しく2度、3度とゆする必要があったのは、思った以上に熟睡していたがゆえだろうか。


「……おはようございまう」

「うむ、おはよう。白湯飲む? 君が寝てる間にちょっと研究したんだけど」


 そう言ってステラが、焚き火にかかるを取り、同じくに注ぎ込むと、ぼんやり眺めるシオンに手渡した。


「めっちゃ熱いから絶対ふーふーしてから飲んでね? 見た目ほど土の味はしないけど、ちょっと草っぽいからきをつけて。まぁ飲めないほどじゃないよ」

「は、はぁ……」


 手に取ったそれは確かに森の匂いがする。手に取るそれはじんわりと熱を伝えて心地よい。湯気立つそれを少し啜り――、


はちッ」

「お、おい?!」


 ちょっとやけどして完全に目が覚めた。ステラが慌てて水袋を差し出すが、シオンはそれを手で制した。


「ちょっと厚手にから手に持つよりずっと熱いんだ、気をつけてね……?」

「ええ、理解しました……」


 そうしてステラが言うとおり、確り冷ましてから少しずつ啜る。ほのかに土と草の味がするが、腐っているわけでも泥水でもない。川の側でないのに飲める水としては十分上等だろう。


「そういえばこれ、革臭くないですね。水袋を使わなかったんですか?」

「別に集めたんだよ。こういうときは節約するってのが常道だろ?」

「それは一理ありますが、手持ちのものを使う事もちゃんと考えてくださいね?」


 それにステラが疑問を呈する。確かに水袋の水はたっぷり有るので使っても問題はないだろうが……。


「勿体なくないか……?」

「同時に『重量が減る』という利点があります。ずっと重い荷物を背負ってはやはり疲れますから」

「あー、成る程なぁ」


 ステラがぽんと手を叩いて同意する。昨夜『便利ですね』等と褒められて、嬉しくなった結果がこれである。今回は悪いことではないしサバイバル技能としてはかなり有用……だがが探索者の旅程上重要なポイントが外れては効果は減じてしまう。


「それに件のアイテムポーチの魔法を秘密にするなら、こうした常識も覚えていたほうが良いでしょう」

「……よし、がんばるよ!」

「その前向きさは本当に星鉄メテオラ級ですね」

「元気は取り柄だからな!」


 ステラがビシッと朝日のなかで親指を立てる。日の当たる場所にいる彼女は薄明の似合うが……。


「(朝日が眩しくて目をぎゅっと瞑るのがなんというか、ちょっとぬけてますね)」


 締まりが無いのも彼女の味だろう。その後保存食で簡単に朝食を取って、その味にステラが顰め面をしたあと、確り後始末をしてから出発する。


 此処から先はアレボス山脈の山道に入る。足場の悪いこの未知を駆け登ることは流石にせず、しかし足早に登っていった。此処から先は【空間反響測位】えこーろけーたーは使用しない。どうしても鳴る『キン』という音がどうしても雑音になって余計なものを読んでしまうためだ。


「静かだな」

「そうですね?」


 そう、森の様子も前回同じく平静なものだ。


(いや、平静に見えていた。が正しいんだろうな)


 最初の下山時と違って感覚が研ぎ澄まされたのか得る情報が非常に多い。そのせいか思った以上に危険な道のりだった事が今なら分かる。

 耳に聞こえる風音ではない擦過音や、枝を折る音、またこちらを伺う視線は思った以上に多い。その殆どは興味や警戒と言った野生動物の視線それだが、一部危険を匂わせる視線も存在している。


 ただステラがピクリとそれに気付いたときには、シオンがその方向にじいと目を向けていた。するとその視線がフッと消えるのを知覚する。彼女の魔法に拠る物理的なレーダーではない、感覚による気配察知だ。これについてステラは余り上手く活用できていない。


(……なるほど、どうにも安全だと思ったらこういうことか)


 下山の際は大分気を使われていた事を悟り、返せぬ恩が累積していくなぁと改めて隣を歩く少年に感謝した。


 なお恩返しに関して、夜伽的な身体を使うものは選択肢にない。踏ん切り以前に説教される未来しか見えないのだ。


 例えば『大丈夫? おっぱい揉む?』等と宣った日には、10点判定の完璧で美しいバックフリップからのスタイリッシュドゲザをした所で3時間は許してもらえない。こんこんと説教を唱えることで彼の気苦労が増えて、彼女も叱られてしょんぼり度が高まる。

いくら『女神』由来のふわぱいであれど、これでは誰も幸せになどならない。



 そうして登るといつか見た古代の家屋がちらほらと目に入り、やがて街へと差し掛かった。樹木に侵略された街並みはかつての文明の残滓であり、何か大きな事件がおきた査証でもある。六花の剣が座す場所で一体何が起こったのだろう、当時の有様を見ていたイシュター大神殿さいごのとりでは、しかしその事実を語ってはくれない。


「うーむ、この街の全盛期は一体どのようなものだったのか。

 戻るときにはわからなかったが……街をゆっくり歩いていると、突如神殿の偉容が明らかとなる設計は計算された作為を感じる。

 多分巡礼地として凄く賑わってたんじゃないかな。長い旅の末にこれを見たなら、きっと神の威光を嫌追撃無く感じ取ってしまうだろう」

「今となってはそんな効果も無いようですけどね」

「それは言わない約束だよ!」


 実際森に侵食されていなければそうだったろう。しかし今や朽ちた遺跡であり、草木をかき分けた先にある大神殿は不可侵領域を思わせる。森すら受け付けないこの状態は、特別危険な場所にさえ見えてくる。


「……ステラさん、手を握りましょう」

「えっ? うん、いいよっ! でもなんでまた?」


「この結界は特定の人以外を阻害する結界が貼られています。僕は母様が『神殿都市』由来の巫女の家系ですから問題ありませんが、ステラさんはそうじゃありません。

 こうした場合、入れる人が手を取って結界を越える必要があります」

「あー。握ってくれたりしたのは、そういう理由もあったのか……」


 少ししょんぼりしつ頷くと、ステラが目の前の壁に目を向ける。目を凝らして見える多重かつ流動する白線は一本一本が魔法陣であり、複雑なその形状は確かに『人を選別する』と言われても納得するほどに繊細だ。


「じゃあ、お願いしよっかなあ~」


 そうしていつかのように差し伸べられた手をとる。一月前いつもと変わらぬ巌のような手がざらりと肌を撫でて心地が良い。引かれる力も軽く、導くように先導してくれる。最近では煩わせないように機会を減らしているが、やはり手を引いてくれるのは少し心が弾む。


(流石は25歳……人生経験もそれなりってやつだね)


 見た目は14,5歳だが、立派な大人の紳士だ。ちょっぴりエスコートしてくれるこの瞬間は心が落ち着くので好きなのだが……結界を抜ければパッと離されてしまった。


「あ。むぅ……」

「どうしました?」

「え? あ。いやなんでもないさ。早く行こう!」

「わかりました?」


 名残惜しい、と言い出せないステラであった。



◇◇◇



 神殿内部は相変わらずホコリが積もっているか、といえばそうでもない。最奥へと繋がる道筋は周辺に比べて多少はマシになっている。比較的使う道故か他より積もる汚れが著しく少ない。


 とはいえ一月前の足跡が未だにくっきりと残されており、確かにここに居た事を如実に語る。それを辿るように神殿を進むと、有る路地で足跡が二手に分かれているのがわかる。


 片方は勿論最奥たる『神託の間』への道、もう片方は……。


「……」

「ステラさん、そっちは奥じゃないですよ?」

「う、うん……解ってる。こっちはアレだよね。亡者キ 「アムル・ノワーレですね!」 あっうんそれね、それ。うん」


 ステラがびくりと震える。この分岐の先はトラウマが虎視眈々と待ち受けているのである。しかしそれはひと月も前のこと、ステラの魔法なくして生存できぬキノコも流石に死んで干からびているに違いない。……ちがいない。


「実は前回、神剣を返しに来た時にちょっと寄りました」

「……ど、どうだったんだ?」


「残念ながら成長しすぎて収穫できませんでしたね……」

「そうか! それは残念だったな!」


 残念そうなシオンに対して、ステラはとても嬉しそうだ。アレが悪化した森など出来れば見たいものではない。いやでもきっと干からびているにちがいないのだ。ちがいないのだ。


「……」

「……いやいかないよ? いきませんよ? むしろそれに時間をかけていいのか?」


「わかってます、わかってますが……」

「なら先を――」


「ちょっとだけ、見てみませんか?」

「ウッ……」


 ステラは押し黙った。これは滅多にないシオンのお願いだ。

 これを断ることは十分可能だ。カスミの危機という状況、公爵家の混乱状態、天の時。先を急ぐに足る理由は数々在る。


「……あのキノコは珍味では在ることは勿論ですが、滋養に良いことでも有名なんです」

「グッ……」


 カスミの危機は勿論だが、たしかにその予後の対応も考える必要がある。事実アムル・ノワーレは魔法薬の材料として使われることも在る食材だ。薬品としての需要、その味の需要。これが重なりこのキノコの希少度を上げる要因である。


 揺れるステラに、シオンがトドメの一撃を突きつけた。


「ステラさん、母様もアレが好物ですよ?」

「……ンぬうああああッ! もうわかった行くよ! でも見たらすぐ帰るからね!」

「はい、勿論です」


 その満面の笑みに、ステラが判断を誤ったかと顔を引きつらせた。



◇◇◇



 ヌメリの海は分岐から思うほど遠くにはなかった。むしろほど近い位置にある。あんなに怯えさせてこの距離だったのか、シオンにかけた負担が忍ばれる。


 とはいえ恐るべき異様をほこった暗黒は、今となっては、


「か、渇きおるゥ~♪」


 のである。黒の水面は尽くがひび割れた色硝子のようになり、反り立つ亡者はその頭蓋をかち割られ、また体躯の柄はしわくちゃになって岩のようになっている。

 まるで灼熱の飢饉を経たかの如き有様であり、その陣容たるや正に終末戦争を経た人類世界といった様相である。


 故に之なるは正に禁足地。かつて恐れを知らぬものがその蛮勇と作為により愚かの結末を迎えた歴史にほかならないのである。


 そう、終わってるから脅威じゃない。危機は去りて万事太平を成す。ステラの心はウキウキであった。


「おお、嘗ての異様も今と成っては死海となるか。諸行無常だなぁ……♪」

「ステラさん?」


「いやぁ残念だったねぇ、こうなっては最早人を襲うこともないよぉッフフゥ♪」

「いや襲いませんからね?」


「見給え、嘗て古代の文明人は愚かにも生物兵器に手を出し、そして滅んだのだ。そうだろぉ~♪」

「死んでませんよ?」

「え」


 ステラがびしりと固まる。


「……ほ、ほろんだのだ」

「休眠状態です」


 ステラがプルプルと震えだした。


「なんだそのみたいな! これは明らかに死んでるだろう!!」

「じゃあ試してみます? 欠片に〘ウォータ〙でもかけてやるといいです」


 動揺するステラが謎のポーズできみょうな踊りをし始めた。


「な、なんやてクドー?! ホンマかクドー! や、やるんかクドー?!?!」


「お願いします」

「う、うそだ……そんなはずがない……へへ……ありえないんだぁあはは」


 シオンに欠片を1つ取ってもらい、離れた場所で指先からチョロチョロと魔法の水をかけてやる。すると欠片はすぐにとふやけてぬめりになった。そして食指が魔法の水を求める餓鬼が群れるように広がっているのだ!


「んんぅ?!」

「ほらやっぱり」


「古代兵器! 古代兵器だよシオン君!! 眠りを妨げてはならなかったのだ!!」

「……之持って帰れませんかね?」


「畜生こいつクール野郎! 麻薬は取り締まって叱るべき! 土下座だ! ユッケ!!」

「いや麻薬じゃないですから……」


 ステラが混乱して支離滅裂にある間にも、シオンは欠片の採集を試みる。採集したサンプルは合計4つ、アイテムポーチから陶器の密閉容器にそれぞれ封じる。


「き、きみ。其れをどうするつもりだい……?」

「持って帰ります。休眠状態の欠片はステラさんの魔法がない限り休眠するようですし、密閉容器に格納すれば行けるのではないかと」


「頭おかしすぎる」

「検証のためにも、1瓶に〘ウォータ〙をかけてもらって良いです?」


「おはなしきいてよおおお!」

「はい、なのでお願いします」

「ぬあああああ!」


 ステラがやけっぱちに【流水】うぉーたをシオンがもつ容器にだぽぽと振りかけ落とす。バケツ一杯ほどを振りかけたところでとめる。

 このサンプルを軽く振ると、からからと乾いた音が帰ってくる。特に溶融してはいないようだ。


「……問題ないようですね」

「きみのしょうきをうたがいます」


「念のためあと3つほど採集しておきましょう」

「きみのしょうきをうたがいます」


「そうだ、ステラさんも1つ預かってください」

「きみのしょうきをうたがいますううう?!」


 手に持った瓶を押し付けられてあわあわする。


「リスク分散です。ご理解ください」

「……お」

「お?」


「おれはしょうきにもどったああ!!!」


 ステラの切実な悲鳴が暗い通路にこだました。


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