03-15-02:シャトー・リフラクタ/少年の事情
シオンを見送ったステラは2枚目のクッキーをかりりと齧りつつ、そう言えばと話を切り出す。
「ハシントさん、1つ質問してよいか? シオン君の事なのだが」
「まぁ……」
ハシントが嬉しそうに手を合わせて微笑む。一体何だというのか。
「彼自身ではなくて公爵家に関する家族関係のほうな」
「あら……」
ハシントが残念そうに胸に手を当てた。一体何だというのか。
「いや、ちょっと事情があって知る必要があるんだよ。シオン君も承知の上だ」
「そうなのですか?」
「うむ。ヴァルディッシュ君に一泡吹かせねばならんのだ」
「まぁ……」
ハシントが表情を崩さずニコリと答える。ただ其処には何の感情も乗っておらず、やはり思う所があるのだろうか。
「良ければ聞かせてもらえるだろうか。その事情について」
「……判りました、見聞きする範囲でお話いたしますわ」
今度こそ柔らかく微笑むそれに、ステラも自然と笑みを返した。
◇◇◇
アルヴィク公国は4つの公爵家により持ち回りで統治される国だ。
現王はアドミラシオン公爵家の当主、カイル・オーヴス・アドミラシオン。言わずと知れたシオンの父である。
その妻は誰かと人に問えば、3人の名前が挙がる。
前正妻で故人のヒラソル夫人、現正妻で公王妃たるマントゥール夫人、妾としてカスミ・アルマリアの3名だ。
ヒラソル夫人はフレッサ侯爵家の、マントゥール夫人はフィギュエ伯爵家の出身だ。前者は建国当時からある由緒正しい家柄で、後者は開拓と戦いで領地を得た新興の家柄である。
なおカスミはエルフの国の出身であり、アルヴィク公国に於いて爵位は持たない。にも関わらずカスミの名が何故挙がるのか……それはカイル公の存命している子が3人しか居ないことに起因する。
故ヒラソル夫人の娘、第2子のエクレシア。
現正妻マントゥールの子、第4子ヴァルディッシュ。
そして妾であるカスミの子、シオン。彼は公爵が認知するなら第2子にあたり、エクレシア及びヴァルディッシュの兄にあたる。
このうち長女のエクレシアは既に嫁いでいるため、次期当主は直系実子のヴァルディッシュが担うのが常道となる。
しかし先日『シターの戦槌』の一件から解るように、この丸い少年は見た目通りの愚物であった。
既に民衆に知れ渡ったその様相は正に不安しか無く、彼よりはマシだろうと名前が挙がってしまっているのである。もちろん妾子であるシオンには継承権は無い。仮に出来たとしても貴族が担う責務を学んでいないため、かなり困難が伴うだろう。
ただ血を引くという1点をもって名前があがっているのだ。
さて、そんなヴァルディッシュ少年がここまで民衆に嫌われているのは、その身勝手な横暴さであるが、原因は現公王妃マントゥール夫人による教育によるものとされる。
マントゥール夫人は元々カイル公の側姫であり、非常に黒い噂のつきまとう耐えない女性である。そんな彼女が唯一溺愛するものが息子たるヴァルディッシュである。それも猫っ可愛がりの甘やかしだけを行い、叱ることをまるでしなかったらしい。
ここで臣たる者たちが苦言を言えれば、また話は変わったのかもしれない。だが彼女は諫言を具申する臣を尽く側から追いやってしまった。今では周囲に居るのは甘い言葉を囁く者達ばかりだという。
結果夫人を恐れてか誰も叱れず、誰も咎めず、腫れ物を触るよう扱った結果……あの丸い少年が出来上がったようだ。噂を恐れてか、その取り巻きも威光を傘に着る後ろ暗いものばかりとなった。
こんな惨状になるまでカイル公は手を打たなかったのかと言えば、打てなかったが正しい。
原因は最愛の妻たる前正妻ヒラソル夫人の事故死である。馬車に乗っていた彼女が道の途中で大雨に当たり、増水した河に流されてしまったのだ。当時唯一の生き残りにより持たさられた報によって、カイル公は仕事が手に付かぬほどに憔悴してしまう。死体が残らなかったのも一因であろう。
カイル公がふさぎ込む間、政務を担ったのはマントゥール夫人である。総てを任せきりにした結果がこの状態だったそうだ。
このような状態で持ち直したのは奇跡に近いが、それを成したのは既に病床にあったカスミの存在だ。力ない彼にカスミの叱責とその細腕で打ち、涙ながらに説得したのだ。その下位何もかも失う前に復活したのである。
正妻たるマントゥール夫人がこれを面白く思わないわけがない。
マントゥール夫人はカスミに付く従者達を次々追いやって、遂には今の屋敷へと追い出してしまった。恐らく病人介護にそれ程人は要りますまいと進言でもしたのだろう。
また同じく民衆の声を聞いたヴァルディッシュ少年による、シオンへの嫌がらせも始まる。その尽くは他愛もない物だが、長く続けばいやらしさがまさる。
そうした事情はカイル公も認識しているようだが有効な手は打てていないようだ。個人的な支援金も現状上手く届いておらず、唯一探索者ギルドを通したシオンへの指名依頼という面目で支援している状況だ。
◇◇◇
「――と、この様に奥様は邪険に扱われているのです」
「なんか面倒なことになってるなぁ」
語り終えたハシントは、難しく唸る彼女をじいっと見据えた。
「うーん……何となく公爵家がゴタゴタしていると言うことは分かるんだが、一概に『悪だぜェ~』と言い切れない自分がいるよ」
「それは一体……?」
「だって、それが無かったら小生……シオン君に見つけてもらってないんだよ? シオン君がカイル公から『女神の神剣』を取りに行く指名依頼を出したから、小生此処に居るわけだし。
そういう意味ではちょっと、感謝の1つはしてしまうなぁ」
「確かにそうですわね♪」
「……ふむ」
嬉しそうに笑うハシントに、何が嬉しいのかよく分かっていないステラである。
「あ。それと今ので気になる点が幾つかあるのだけど、質問して良い?」
「何で御座いましょう」
「ヴァルディッシュ少年、完全に傀儡の神輿なのでは……」
「公国に関しては、カイル公の次代は他家が担うことになりますので。アドミラシオン領については……公が何かお考えであることを祈ります」
曇った顔がその答えである。とは言えそれは政界でのことであり、此方が考えることではないと忠言してくれた。
「ヒラソル夫人ってどんな人だったの?」
「大変柔らかい印象の御令嬢でした。カスミ様との仲も宜しく、ご友人のように過ごされておりましたよ」
この様子だとマントゥール夫人はその環に無かったのだろうか。ハシントが語る内容を思う限り、その線はないように思える。
「あと最後だけど……シオン君って一体何歳なの?」
「今年で25歳ですね」
「へー25かぁ……にじゅうごぉ?! おっ、まっ、少年じゃなく?!」
確かにヴァルディッシュ及びエクレシアという子の兄なら、勿論成人はしているだろう。だが見た目は14か15の少年なのだ。
「おっ、ばっ、ちょっ、さんざん少年言ってしまったが?!」
「ハーフエルフはエルフほどではありませんが、年を取るのがゆっくりですから。
少年というのは正しいですが、何分若様は早熟であられますから」
「ゔぇあーー!」
ステラが頭を抱えて机に突っ伏した。道理で見た目にそぐわず礼儀正しいし頼りがいがある筈だ。
「はぁ……とりあえずシオンくんの界隈は凄いことになっている、ということは理解したよ」
「ステラ様もお気をつけくださいまし。貴女様はどうにも油断が多く、私はそれが心配でなりません」
「そこはまぁ……拐われたら酷いことされるのは流石に理解してるよ?」
そう、エロ同人のように。
故に対抗策は幾つか考えてあり、使えそうな切り札はいくつも構築してある。これは見えてる地雷原だ、カードはあるだけ用意すべきだろう。
勿論出番がないに越したことはないのだが、株式会社
「まぁ、なんだ。そんな展開早々あるわきゃないよね~ハハッ」
馬車の音、どこか嘲るような視線の使者。若君なき館に彼女の迎えが来るのは、もう間もなくのことだ。
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