03-15:シャトー・リフラクタ

03-15-01:シャトー・リフラクタ/彼女の事情

 朝の食堂。ステラは食後のお茶をひと口含みつつ、目の前にある1枚の紙片に目を向けていた。


 それは予言の第2節、シオンが彼女を指すと予想した節だ。



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弥果いやはてより来る星騒のかんなぎ

弥先いやさきより来る星奏のかんなぎ

汝姿を求めるなかれ 其は理なり

以て無垢なる星を見よ

降りたる光は 星光の聖女

願い奉る極魔の娘なり


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 聖女である1点を解決してしまった以上、これがステラである確度は高い。その上で意味の解釈を一歩推し進めているのだ。


 例えば御伽話の『六花の騎士』を見ると、『祈りによって剣は降りる』とある。仮に経年による情報が劣化したとしても、最低限剣に乙女が必要という部分は事実だ。

 つまり彼女は巫女の位置に在るとシオンは想定している。


「巫女ならカスミさんのほうが適している気がするけどなぁ」

「ですが……」

「うん、解ってる。我々の持つカードにカスミさんは有り得ない」


 彼女の容態は良くもなければ悪くもない。ただ死んだように眠り続けて居るだけだ。


 今はカスミが好んだ診察も行っていない。やったところで仇敵くもの成長は測れなかったし、不必要に場の力を注ぐのを避ける目的もある。

 次に見える時とは即ち、決着を付ける瞬間に他ならない。


 ただ……その決意を改めるために、カスミの枯れ木のような手をそっと握る。嗄れたそれは思った以上に冷たいが、小さくも『とくん、とくん』と命が巡っている。


 この営みはいつ消えてもおかしくは無く、故にステラにある決断をさせる要因となった。


「……1つ、この予言について話しておくことがある。」

「なんでしょうか?」

「君は小生が異邦人である事、また他称で聖女と呼ばれるが故に、小生を指し示すと予想したのだよな?」

「そうですが……他にも根拠があるのですか?」

「う、うん……」


 ステラがとても気まずそうに指を組み弄りつつ、伺うようにシオンを見る。


「その、小生について……あ、あのな。シオン君を騙していた件について、話したい」


 それに彼の眉尻がピクリと跳ねる。


「騙す、とは穏やかではありませんね」

「う……その、あう……」


 言葉に詰まるステラに、シオンはやれやれとため息をついた。


「で、何を騙したんです?」

「え……怒らないのかい?」


 おずおずとシオンの様子をうかがえば、偲ぶように笑っていた。唖然として見れば種明かしと彼は語りだす。


「まあ隠し事があるのは明白ですし」

「え゛っ?!」


「記憶喪失っていうのも実際怪しいです」

「おお゛ん?!」


「トーヨーって言うのも嘘ですよね」

「それは8割真実」


「えっ?!」


「薩摩武士は実在するし、撤退時に彼我戦力差250倍の軍勢の生き残るぐらい頭おかしい」

「はぁ?!」

「あ、やっぱ頭おかしいんだねぇ」


 ステラが言うのは関ヶ原合戦における島津の退き口だが、史実はど真ん中ではなく脇のすり抜けだ。しかし戦力差はそのままだし、トカゲの尻尾を切るような捨てがまりの上で25%も生き残ったのは狂っていると言っていい。


「まあなんだ……ぶっちゃけるとだね」

「はい」

「小生、この世界の出身じゃないんだよね」

「……はい?」


 今度こそシオンは首を傾げた。



◇◇◇



 ステラが語る内容は実に眉唾である。さすがのシオンもすぐには信じきれない。


「か、神に転生してもらった、ですか? しかも前世の記憶があると」

「しかも身体は神様製だよ〜?」


 いえーいとピースサインを作る。もう言ってしまった以上、気楽にやることにしたのだ。


「……もしや貴女は、神の使徒なのですか?」

「使徒ってそんな目からN2爆弾じゃあるまいし、そんな使命帯びちゃいないよ。

 単純なお詫び案件で、自ら自由に生きなさいって言われているもの。

 でもこの体が『女神』自身をモチーフにしているのは事実だとおもう。見えた彼女にかなり似ているからな」


「そう、なのですか?」

「うむ。『女神』も超美人でおっぱい大きいし腰も細くてお尻も撫でたいぐらい艶めかしい。神は巨乳肯定派だよ、シオン君」


「似姿ということは、女神はハイエルフなのです?」

「いや? そのものを示すイデア的存在だから、概念そのものだよ。具体的に特徴は掴めないが、万人が揃って『美しい』と評価する存在だ」


 ここでステラがふと首を傾げる。


「詰まるところ見てくれだけのエルフで、ハイエンドな神代の筐体からだと言って良い。

 つまりこの世界のいずれにも属さない種族とも言えるのだけど……。

 なんでハイエルフ判定食らったんだろうか? 何もなければエルフだと思うのだが」


「エルフとハイエルフは扱う魔力が桁違いで、また魔力の質も独特なんです。

 それを判別できる専用の魔法があります」

「あー、なるほど。そういう意味ではハイエルフなのかな……」



 またについても説明する。つまりは『トーヨーというカバー』に関する情報だ。もちろん継ぎ接ぎの記憶を元にしていることは事前に伝えている。


 これにはシオンも目を見開いて驚いていた。


 特に魔法が無い、故に現象を元に世界を理解する『科学』が台頭する世界という、信じられない話を身を乗り出して聞いてくれた。


「魔法も、錬金術も使わずに成立する文明ですか……」

「此方にも『錬金術』と呼ばれるものはあったが、それは言葉通り『金を生み出そう』という試みだった。それが科学の走りとなって科学になったんだな」


「がそりんとじゅーゆ、でしたっけ? 油を精製する、という発想も興味深いです。そこから霧にした油を爆発させる車なんて、ちょっと考えられませんね」

「別の力を扱いやすい形に加工する、そのコンセプトは同じなんだがな?」


「しかし面白いですね……魔法がないと言うだけでこれだけ文化が違うとは」

「魔法の存在が普遍ではなくもっと不便なら、科学的なアプローチが増えていたと思うよ?

 人の営みと文明の進歩は、須らく『不便』が生み出すものだ。そして解決の糸口に何を選ぶかは、その時もつ技術次第になるだろう」


 ちなみにこうした魔法と科学の対比に関して話題に上がる武力……銃火器であるが、仮に持ち込めても無双は難しいだろう。


 例えばシオンのような魔法剣士マギノ・グラデアであれば、銃弾はのだ。その上で〘スパーダ〙の一刀を貰った場合、防弾繊維アラミドであっても切断される可能性が高い。


 また魔法使いマギノ・ディールは詠唱を伴う分即応性に劣れど、土魔法など使えば塹壕やトーチカ等が意味を成さない。もし穴熊でも決めた場合、そのまま崩落させることは容易だ。


 単純に採用するドクトリンの違う国と見た方が良いだろう。


 無論これは歩兵に関する話であり、航空戦力を出された場合は確実に敗北する。この世界において『空』という領域は、未だ手の度どかぬフロンティアなのだ。


(そういう意味では何時かなんて出来たら浪漫あふれるな~)


 今はまだ難しくても何れは。なんたって寿命が長いエルフなら、何時かそうしたに出会うかもしれない。



「つまるところ……ステラさんは常識が無い、と言うよりはのが正しいのですね」

「そうなるな。あー、そう言う意味では、その……もう1つ隠している事があってだなー」


「何でしょう? 今更驚くようなこともないと思いますが」

「いやー絶対驚くよ。おゆはんのおかずを1品賭けていい」

「そ、其処までの覚悟が……」


 シオンが驚愕の表情でステラを見る。


 彼女の食いしん坊気質は知るところであり、それが1品譲るというのだ。しかも料理長ヴァグンが丹念に仕込んだ料理をである。それこそ身を切るに……いや、だ。


 彼女は完全なる勝利を疑わぬゆえに賭けたのだ。ならばいかなる秘密であろう、シオンはその言葉に身構えた。


「実は小生はなー……雄なんやで?」

「……はい?」


「中身の性別、男性なんですよ。体は女性だが」

「…………なん、ですって?」


 身構えた上で愕然とするシオンに、ステラはよっしゃと拳を握った。僅かながらの可能性をすり抜けて、おかずを死守したからにほかならない。


 世の中95%の命中率はし、1%の必殺はのである。


 それをすり抜けたのだから感動もひとしおだ。これはおねだりしたら1品譲ってくれるもワンチャンッ……さもしく無い当然の権利ッ……今から夕飯がとても楽しみ、であるのだがその考えは彼の様子を見て霧散する。


 シオンが余りにもショックで震えていたからだ。


(あー……だめ、だったのかな?)


 やはり彼とてこの事実は受け入れがたいのだろうか。嬉しい気持ちが一瞬で萎んで枯れ果てた。


「シオン君。ごめんな?

 そこまでショックを受けると思わなくて……まあ、うん。気持ち悪いよな?」

「あ……いえ、ステラさんはむしろ可愛らしいですが?」

「は……?」


 それはそれで喜ぶべきか迷うステラであるが、その実迷うまでもなくのだ。


 例えば彼女の前に何かが飛び出たとしよう。ステラは飛び上がって『ひゃんっ!』と悲鳴をあげる。

 また嬉しいことがあると『むふふ~』と華咲ように笑う。

 泣くときも小動物の様に縮こまって震えるし、また寂しい時はシオンの裾をちょっとつまんで引っ張ったりする。


 の何処が男なのかさっぱり解らない。


 そこでシオンが嫌な連想に思い至ったのは、ある意味偶然にして必然である。


「ステラさんが、その……男性だとしましょう。前世の他の方もなのでしょうか」

「まあそうだな、ごく一般的な男性だと思うが」


「それって、件のサトゥー=マのバーサークウォリアーもなんです、か?」

「は?」


 ステラによる詳細情報により、サツマモノは筋骨隆々で彫りの深い頑強で毛深い熊のような汗臭い男たちと判断している。シオンが思う『首狩り』を為すに相応しい体躯を持つ、なんとも男らしいイメージだ。それは良い、シオンにも理解可能だ。


 だが返り血を浴びつつ、


『キャア! (血糊で)ぬるぬるしゅるぬうぬうしもん♡』

『えへへ、(首から)いっぱいずばっ(血潮が)でちゃったねひんでっも♪』

『はにゃぁ……わすれものしちゃったくっおえっ


 とか言うとすれば問題だ。筋骨隆々の厳しい男が。しかも性同一性障害でも、同性愛者でもなく素なのだ! この恐怖体験を前に自然と身が震えたとて仕方あるまい。


 そう説明すると、ステラもかくかく震えだした。


「やめようこの話題は刺激が怖いすぎる」

「そうですね……」



 左様なクリーチャーは居なかった。それが分かったとて乱れた心はざわめき立つ。気持ちを落ち着ける為に暫しお茶を楽しんで、2人はこの悪魔的なイメージを振り払った。



「えー、と……話を戻して。やはり予言の2節にあるのはステラさん、ということでしょうか」

「何故小生が指名されたのか分からんが、ほぼ全ての項目でベスト・マーッチ! だからなぁ……」

「神の使い、という意味ではそのままのようですけどね」


 お互いに頷きあった所で、ハシントが足早に食堂にやって来た。彼女は現在カスミに付いて看病にあたっている筈だが、一体どうしたのだろうか。


「若様……お客様がお見えです」

「誰です?」

「公爵家の使いの方です」

「うん? 一体何でしょうか……」


 シオンが首を傾げつつ席を立ち食堂を後にする。




 そうして待っている間、ハシントが『折角なので』と淹れてくれたお茶を楽しむことにした。勿論マナーチェックも忘れずにだ。


 なお霞の看病に当たっている彼女が、客分のステラに対応する余裕があるのにはわけがある。


「白ヘビ君は役立ってる?」

「ええ、とても働き者ですわ」

「そりゃあ良かった」


 そう、【式神】れぎおんの白ヘビ君がハシントに協力している為だ。

 小さいながらもニョロニョロ動く白ヘビ君は、何時からか、ハシントを助けているらしい。


 いつの間にか自意識が目覚めてたいへん驚いたのだが、思えば赤ヘビ君の時点でシオンを探し出し誘導する事を難なく熟すので今更かもしれない。


 そんな事を考えつつ目線を上げると、ハシントが驚いたようにこちらを見ていた。


「……ステラ様、何かございましたか?」

「ん、何が?」


「マナーのほうが大分落ち着いてきたようです。ほぼ及第点と言って良いかと」

「そうかな?」


 どうやら自慢の長耳はじっとする事を覚えたらしい。きっと秘密を打ち明けて気持ちが軽くなったからだろう。


(ヌフフ、これは心の4歳時が10歳時位になったとて相違ないな?)


 そううきうきすると、


「あぁ、でも油断すればすぐ崩れてしまいますわね」

「うッ!」


 鋭い指摘を受けることになった。揺れる耳がぴしっと固まる。


「心を揺るがぬよう、静かにするのが寛容ですわ」

「ご、ごもっともで……」


 苦笑いしつつその芳香を楽しんでいると、苦渋を浮かべたシオンが食堂へと戻ってきた。


「すみません、直接仕事の依頼が入りました」

「仕事? ギルドを通さなくて良いのか?」

「通常はそうですが、無いわけじゃありませんよ?」


 探索者ギルドは仲介業だ。依頼の質を自分で判断できるなら、こうしたことも可能である。


「なら……小生はどうしたらいい?」

「大人しく待っていて下さい」


 きつく言い含めるようにシオンは指を立てる。


「さ、流石にもう自分から行くような事はしないよ。

 でもなるたけ早く片付けておいでよ?」


「もちろんです。では行ってきます」

「ああ、行ってらっしゃい」


 そうしてシオンは剣を腰に差しつつ、足早に去っていった。


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