03-12-07:鈍き護りとゴブリンの末路

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 その日ゴブリンのゴブは機嫌がとてもよかった。昨日、隣の2番めのゴブと3番めのゴブと後ろで弓を担いだ1番めのゴブと一緒に鹿を狩り、今朝から腹いっぱいだったからだ。


 これはめったにない幸運だ。3匹そろいの棍棒――ただ具合の良い太い枝――もなんだか具合がいいように思える。


 これでメスの1匹でもいればもっとご機嫌なのだが、生憎この群れは弱い。そのメスにありつけるとしても、相当弱った奴じゃないとだめだ。


 例えば1人で歩いてたりするやつは狙い目なのに。


「ゲギ!」


 ふと、弓のゴブが嬉しそうに声をあげた。なんだと思ってゴブが指差す方を見ると、ゴブはびっくりした。そこには念願の、しかもとびっきり良いメスが居たのだから。


 隣の2番めのゴブも「ギギ!」と笑い、3番めのゴブも「ゲギャア!」と笑った。ゴブも「ギギギ!」と嗤う。今日は運がいい、なんたってごちそうだ。


 早く捕まえて犯したいものだ。そして沢山仲間を増やさなくては。あのメスであればそうさな、50……いや100は産んでくれるだろう。でも見立てより早くからメスは弱い。だから狙い目だ。


 壊れた後は食べてしまっても良い。


 なんせ遠目から見ても食べる部分がたくさんあるのだ。ゴブはモモ肉がいいなとおもったし、2番めのゴブは胸肉が良いと思っている。3番目のゴブは尻肉だ。弓のゴブは頭がウマイとかいう変人だ。あれは苦いし灰色だから嫌いだ。強いやつは頭がおかしいとゴブはしっている。


 ああしかし仲間も増えるし食いものも増えるなんて。今日はなんて幸運なんだ。ゴブ達は背を向けて動かないメスに『しめしめ』と舌なめずりして近づいていく。


 狩りは最初が肝心だ。先ず弓のゴブが矢を射る。弓持ちだからゴブは弓がうまい。うまいから足に当たる。ゴブ達が腹いっぱいになる時は、弓のゴブが必ず矢を当てる。なんてすごいやつだ、弓のゴブは偉いし強い。


 足を止めたらゴブ達3匹が一緒に襲いかかる。まず倒れた所を頭にぽかり。気絶するまでぽかりだ。そしたらそこら辺の蔦で縛って口も塞ぐ。弓のゴブはすごいから、口を塞ぐのが正しいと言う。ゴブも凄く正しいと思う。弓のゴブは賢いのだ。


 そしたらお楽しみの始まりだ。


 最初はやっぱり弓のゴブだ。1番めは偉いから沢山楽しむのだ。弓のゴブはギャーギャー騒ぐところをのが好きと言っていた。ゴブもそうしたい。

 だって弓のゴブはいつも自慢げにのだ。奴はすごいからゴブも絶対真似して見せつけるのだ。


 でもゴブの順番の4番めになると、どうにも反応がのでなかなかその機会に恵まれない。でも楽しいには違いないし、が沢山だから具合がいい。

 特に2番めや3番めのゴブが殴るから、色んな所から血の味がして美味いし気持ちいい。こればっかりは4番めならではの特典だ。


 何にせよお腹いっぱいに成るから最高だなんたってメスだし、弓のゴブは偉い。



「ゲギギ……」


 弓を引き絞った弓のゴブが声をかける。準備ができたのだ。


 弓を引き絞ってパシンと弾いた。やった! これでメスが生まれるぞ!! ん? メスがウム? 食べる? まぁいいかとゴブは考える。


 矢は一直線にメスに飛んでいって、かつんとメスのマントを貫いた! やった、当たったから今日は肉!! すげえよゴブは!


 2番めのゴブと3番めのゴブは声をあげてメスに襲いかかる。こんな時ゴブはいつも1歩遅れてしまうから4番めなのだ。いつか1番めにヤりたい犯したい。ああ、生きのいいメスを弄んでぶちまけたい。ゴブの股間がもっこりもりあがる。


「「ギギアー!」」


 だから何か飛んで来るのを見たのはゴブだけだった。それがなんだか解らない。ヒュンと音を立てるそれは頭の上を飛んでいったから、全然全く脅威じゃない。


 あのメスてんでよわっちいぞ? とはいえ2番めのゴブと3番めのゴブに続くのがゴブの役目だから、まずは前に向かわないと。4番めでも仕事をしないと4番めにもなれないのだ。



 そう、ゴブは4番目だからとても運が良かった。


 2番のゴブはメスがなにかして、棍棒を取り落として無様にずっこけてしまった。あるある。でも失敗したからもうだめだ。そいつはもう2番じゃない。


 3番のゴブはメスがなにかして、急にゴブの前から居なくなった。あれ、どっかいって良いの? バカなの? そいつはもう3番じゃない。


 気づくとゴブは先頭にいた。あれっ、これってもしかして、ゴブが1番? つまり、1番目にお楽しみ?


 やった、ゴブが1番! 1番にヤるんだ! 沢山犯して沢山殴って悲鳴も沢山、沢山沢山沢山沢山! その喜びに股間を濡らすゴブは雄叫びを上げていた。



「ギャギィー!!」


 そう、ゴブは4番めだからとても運が良かった。


 メスの目の前にたどり着いたゴブはメスの事で頭がいっぱいだった。どうしてやろう、どう犯してやろう。股ぐらをおっ勃てたゴブは、メスが武器を持っていることに気づいていなかった。


 いや気づいていてもそうしただろう。彼は今までずっと4番めだったのだ、それを察するがない。


 ゴブはメスの何かに殴り飛ばされ、顔面に痛みを感じた。たたらを踏んで下った所で冷たい何かが首に触れる。


 そしたらなぜか動けなくなった。


 世界が廻る。くるくる回る。ああ、今日は天気が良くて幸運な日。早く犯したい。食べたい。喰らいたい。

 ゴブはそうしてその意識を閉ざしたのだった。



■■■



「ふむ……」


 結果的に言えば上々の戦果であった。


 最初はわざと発見させて、先手を譲りつつ向かい来る相手を淡々と処理する作戦である。隠密から一方的に始末可能でもあったが、シオンから


『ちゃんと相対してください』


 と言われてしまっては仕方がない。そもそも度胸を付けることと、殺しに慣れる為の訓練なので当然である。またもし不利になっても|魔法剣士のシオンが控えている。〘フィジカルブースト〙を併用した戦闘機動であれば、一瞬の内に血祭りにあげることが可能だろう。


 ゴブリンの布陣は木陰に隠れた3体と、その後ろで陣取る弓持ちの1体である。3体は粗末な木の棒で武装しているようだ。

 後の先を打つため背後を取らせたが、当然マントの下では抜剣した2剣が密やかに構えられている。


 4体はしめやかに嗤うと、ステラに向けて隠れていない隠密で距離を詰め始めた。ああ、その姿に薄く黒霧が掛かって見えるのはその結末の暗示であろうか。


 初手は弓持ちの一矢。放たれるを待って、3体が前に進み出る。それを持って黒霧は決定的に4体を包み込んでいた。


 飛来する矢を背に回したロスラトゥムによる【塔の白楯】ふぇすとぅんくで弾くと、振り向きざまに【石の矢】すとーん・あろーをクイックショット。


 加速する紡錘形の螺旋が空気を穿き、一直線に弓持ちの脳天を穿ち破壊した。衝撃で1回転したゴブリンは、その頭蓋から赤とピンクの肉をぼたぼたと零してくたりと地面に崩れた。


 肌は緑なのに血は赤いんだな、そんなことを考えつつ残りの3体に目を向ける。1体だけ出遅れているから、下卑た笑いの2体を先に始末しなければならない。



 まず向かって右のゴブリンを、グラジオラスからの【嵐の連刃】うぃんど・ぶれーど:とれすで始末する。ロスラトゥムの場合と異なり角度は変わらないが、切っ先から放たれるそれは絞られた分切れ味が相対的に増す。その切れ味は数多ある名刀にさえ引けを取らないだろう。


 その透刃がゴブリンの胸元に吸い込まれ、胸骨ごと心臓を膾切りにして破壊する。切断の瞬間こそ気づいていないようだが、走る衝撃で傷口が開く。余りに鋭いと痛みが無いと言うが果たして彼はどう感じたろう。ゴブリンは棍棒を取り落として転び、胸元を引っ掻くように震えて絶命した。



 続いて狙いにくい左のゴブリンは【水の礫】うぉーた・ぺぶるで処理する。既に基本の構えに移行している為、盾ごと向きをずらしての射撃だ。盾は存在するだけで安心感が違うけれど、やはり射界の関係で左面の対応力が下がってしまう。これは留意事項として心に刻むことにする。


 とはいえ今回はちゃんと距離を取っているから、多少遅れたとしても十分に間に合うだろうし、事実水玉は既に直撃ルートに乗っている。


 吸い込まれるようにゴブリンの腹に水玉がぶつる。その瞬間ゴブリンは殴られたかのように遠くに吹っ飛んでいった。この10cmの水球、実は高密度に圧縮さており、見た目よりずっと思いし質量も大きい。

 さらに触れた部分を起点にその圧を一瞬で開放すればご覧の通り。その衝撃は何時か彼女も経験したトラックの激突に匹敵するだろう。


 吹き飛ぶゴブリンは錐揉み回転しながら樹木の幾つかにぶつかり、それでも止まらず一本の木に張り付くように衝突し、そのまま地面に落下した。全身を軟体生物の様に捻じ曲げる緑の固まりは、そうして二度と動かなくなった。



 最後は遅れた1匹である。そいつは何か嬉しいことがあったのか、


「ギャギィー!!」


 と鳴いてステラに襲いかかる。いや、何かではない。視線を解するステラはそれを嫌でも理解してしまう。それが背筋に嫌な震えを齎した。


 を生かしはならない。ステラは直感した。


 ゴブリンが棍棒を振り上げたのに合わせて【身体強化】ふぃじかる・ぶーすとを起動。強く1歩前に進み出て【塔の白楯】ふぇすとぅんくによるシールドバッシュを叩き込む。


 タイミングをずらされ殴られたゴブリンは鼻血を噴いてたたらを踏み、さらに2歩、3歩と下がる。あまりに隙だらけのそこに、盾をずらしながらグラジオラスを横に薙いだ。

 【水の刃剣】あくあ・そーどを纏いつつ振り抜かれたそれは、なんの障害もなくつるりと首を、その頚椎を割断し、その下卑た嗤いはくるくる回って地面へと落ちていった。


 あとに残るのはビクビクと痙攣し、赤を振りまく緑の死体だけだ。


 怪我一つなく冷静に、淡々と相手を始末したステラは周囲状況を探る。念入りに探査した上でなにもないことを確認した彼女は、その2剣をそっと鞘に収めたのだった




「……最初は怯えていたので、何時飛び出そうかと思っていたのですが」


 後ろから伺って居たシオンが、ぱちんと剣を納めて転がる死体を見分する。


「初めてにしては見事です。近接戦まで持って行かれた事を差し置いても、対処できるのはは強みですね」

「……」


 だがステラはじっと黙ったまま俯いている。シオンは首を傾げその方を指先で少し叩いた。


「おぉぅ?!」

「ステラさん、大丈夫ですか?」

「あっ? おっ、おう……大丈夫、うん。大丈夫……」


「……やはりショックでしたか?」

「ショック……そうだねぇ、思ったよりのが、確かにショックかな」

「??」


 シオンが良くわからないと首をかしげるのを、ステラが苦笑しつつ回答する。


「いや何。もっと手が震えたりすると思ったんだが、ご覧の通りピクリともしない。何かを殺すなんて初めてだったんだよ? けどこんな自然に、淡々と殺せるとはなぁ」


 彼女は不安そうに腕をつかむ。頭が弾ける様、胸を貫く感覚、内蔵を破壊した衝撃、そして生体を切り裂く確かな手応え。


 全てに情動が無い。ただ当たり前を成した、それ故の違和感。



「小生、やっぱりおかしいんだろうか……これじゃあまるで、殺人鬼サイコパスじゃないか……」


 落ち込むステラに、シオンがステラの状況を回想し……一つの可能性に思い至る。


「そういえば……ステラさんは日常的にを向けられていたんですよね?」

「う? ああ、そうだね。気にして居られないってだけで」


「ときには殺意すら見えていたとか」

「うん。もうしんどいから無視したけど」


「無視しないでくださいよ?!」

「だってキツイし……」


 言う事落ち込んでしまうステラに、シオンが頭を掻いた。


「あー、そうじゃなくてですね! つまり、僕がいいたいのは!

 それでのでは、ということです」

「覚悟……できるものなのかな?」


「殺意はそれ程強い意志ですし、常に殺されるという危機感は防衛本能にひも付きます。

 ……なので、そんなに気にしないでください。ステラさんはステラさんですし、僕は殺人鬼だなんて全く思っていませんから」

「……」


 心配そうなシオンを見たステラが大きく深呼吸し、両手でパンパンと両頬を打った。


「よしッ! 気持ちを切り替える! 小生はしょうきにもどった!!」

「それが良いです。どのみちアレは生かしてもいいことが1つもありません。善行です、善行」


「せやな! ここで逃して誰かが死ぬほどレイプとかマジ許されざるよ!」

「そ、そうですね」


「よく考えたら『おいチンポしゃぶれよ』とか迫ってくるオッサンが居たらまず慈悲はない。ハイクも詠ませずエクスプロージョンで良いじゃないか!!

 次から爆破でいいんじゃないでしょうか! いいやそれがいい」

「まったそれ以上はいけない!」


 ステラのテンションは有頂天である。どことなくその金の目がぐるぐるうずを巻いているように見えなくもない。


「ハッハー!! いいぞ ベイべー! 汚物は消毒だ!!

 逃げる奴はゴブリンだ!! 逃げない奴はよく訓練されたゴブリンだ!!

 ホント闘争は地獄だぜ! フゥハハハはぶらばっ!!」


 シオンが鞘ごとステラの額をごちんとはたき、ステラが『おごぉ』とうめいて蹲った。プルプル震える様は土佐犬を前にしたチワワのようだ。


 何をするんだと見上げたそこに、ステラは鬼の姿を見た。


「落ち着きましょう。ね?」

「ばい゛……」


 涙目のステラは『小鬼ゴブリンよりシオンのが万倍怖え』と心に刻んだ。



◇◇◇



 この後シオン監修の元、魔石回収のためにゴブリンのをする事になった。切り分けたそれはグロテスクで、でろんとはみ出た臓物や、精液が吹き出て臭い立つ一物は目が痛いし鼻も曲がりそうになる。


 流石にこんなもんの解体なんて尻込みするに決まってらぁとステラは思ったのだが、


『よく考えたら内臓如き、亡者キノコアムル・ノワーレに比べたらマシじゃね?』


 と考えたら全てが問題なく鳴ったのである。あのキノコ野郎は水を掛けると深淵から這い上がってくる。だが内臓はそうではない。【流水】をかけてもちゃんと動かずそのままの臓腑のなんて可愛いことだろう! キノコはなぜそれを見習わないのか。


 このことをシオンに告げると、『絶対美味しいからいつか食べましょうね!』と鼻息荒く拳を握って主張してきた。


 この点決して相容れぬ、ステラは天を仰ぎシオンの好みをただただ嘆いた。


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