03-11-02:心の鏡/切実な頼み事
相変わらずパッチワーク楽土の食堂で、軋しむ椅子に座った2人は、相変わらず修道服なのにやたらぱつんぱつんで艶めかしいカスティーリャと……何故かクリスに対面していた。
「今日のお話はもしや、クリス君に関することなのか?」
「ええ。それも内密な話ですわぁ」
「内密? ってーと、それはどれくらい秘密なのだろうか?」
「そうですわねぇ……漏らすと命にかかわる程度でしょうか」
ステラの頬が引き攣り、しかしシオンは落ち着き払っている。予告されたがゆえの余裕であった。
「……それ、小生に話す必要ある?」
「ええ、今すぐにでも」
どこか硬い雰囲気にステラがうーむと頷き、椅子を壊さないようにそっと立ち上がった。勢い良く音を立てようものなら砕ける椅子なのだ。
「なら少し待ち給え。念の為に場を隠蔽しよう」
「ステラさん、出来るんです?」
「勿論だともシオン君! つまり『聞こえず』『視えず』の状態を作ればいいんだから……」
彼女は鞄を
「『
「!!」
カスティーリャが隠れた目を見開く。部屋の外から聞こえるべき音の一切が消え去ったのだ。まるで周囲から切り離されたかのように感じるが、驚くのはまだ早い。
「『
「きゃあ!」
一瞬で窓や隙間から差し込む光の一切が消え去り、食堂に真の暗闇が訪れた。
すぐにシオンが〘ライト〙を使い、ぽわりと明かりが暗闇に灯された。夜より深い暗黒に、怪談話をするかのごとき仄かな明かりは中々に雰囲気がある。
そんな光に映し出されたステラは……舌を出して苦笑いしていた。
「ごめんごめん、外から見えなくしたつもりが、真っ暗にしてしまった」
とはいえ之でほぼ内容は漏れないだろう、とステラが親指を立てた。
「しかしやたら可愛い悲鳴が聞こえた気がしたんだが……」
「…………」
カスティーリャが仄明るい中でもわかるくらいに顔を赤くして俯いた。その様は嘗て血塗れなどと呼ばれた戦姫には到底思えないが、秘されたそれを知るのはごく一部のみだ。
「先生は可愛いからいいんだよ」
「全く持って否定できんなぁ!」
ここがビアガーデンならワンモアしていただろう2人が軽快に笑えば、仕切り直すようにカスティーリャがううんと咳をついた。
「……分かってはいたけれど、規格外なのねぇ」
「これで隠してるつもりなんですよ彼女」
一応こっそりしたい、と言うのはわかる。でも隠せていないのが問題なのだ。特に見た目もさっぱり綺麗になる〘ピュリフィケーション〙は明らかに異常といってよい。
ただ……そう思っていなかったステラは驚愕しつつすごすごと席に戻った。
「……は、話を戻そう、そうしよう。結局その大変な秘密とは一体何なんだ?」
「……クリス」
「う、うん」
その呼びかけにクリスは目深に被っていたそのフードを外す。すると先日シオンが見たのと同じく、少し青みがかった竜の角が現れた。
白磁に似たそれは滑らかな艶のある表面でしゃらんと鳴る白髪の中で主張するように輝いている。
シオンが息を呑み、クリスは緊張の面持ちで2人をみて……ステラが1人だけぽかんと首を傾げていた。
「……あの、それがどうしたんだ? というか話って一体?」
「へ?」「あら?」「あー……」
この渾身の必殺冗句がただ滑り以前に、理解すらされなかったかのような空気。シオンだけが『やっぱりかー』と額に手を当てていた。
「ステラさん、ドラグナーと聞いて何かわかりますか?」
「参号までいる鋼鉄の鎧かな?」
「全然違います」
「デスヨネー」
「と言うことは、『ファンタズマ』も分からないのですよね?」
彼女はフッと笑って淡々と呟いた。
「『俺が消えていく……これは面倒な事に、なった……』」
それは消え入りそうに脆く、崩れ落ちそうに儚い。その者はもう泣く事すら出来はしないのだろう。
たった一言だが心を打つそれに感銘を受けるのは2人。残った1人はキレたナイフのような目で彼女を睨んでいる。
タイプ相性もばっちり決まって、こうかはばつぐんだ!!
「ごめんシオン君ほんとは知りませんのでそんな鉄砲玉がドス構えてカチコミかけるような目で見んといてくださいほんとまじ怖いっす……」
わなわな震えるステラに、シオンがため息を付いて説明する。
「クリス君は
同意するようにクリスとカスティーリャが頷いた。
「その、ファンタ妻のドラグ菜ってのは?」
「……なにか響きが違う気がしますが続けますよ?
最大の特徴はやはり
「え、ドラゴンって確か……」
「魔物です。けれどドラグナーは人類なので注意してください」
「そうなのかー」
確かに一般的なドラゴンは魔物であり、それに変身するドラグナーも嘗ては魔物に類されていた。
しかし人の形を取り、対話が可能であり……何より人との交配が可能であるが故に今では『
「……クリス君がそれって、世間的に大丈夫なのか?」
「不味いですね。バレれば理由をつけて捕まる可能性が高いです」
「おぅっふ……」
ドラグナーは『
またその子はドラグナーの因子を継ぐ、英雄格になるだろう。探索者で言えば最低でも
死する時すら竜体利用可能であり、ドラグナーには何もかも捨てるところが無いのだ。
だがクリスが孤児院に居るのは何故であろう。今日まで上手く隠れてきたならありうるが、それなら何故ここで明かすのか。
「……まった。そもそも小生は無関係、だよね?」
「いや、この角のことで関係してる」
クリスが首を降って、自身の角を指差した。
「これ、元は真っ黒で泥まみれだったって言ったら信じるか?」
「はい? 綺麗な白磁の角じゃあないか。何を言ってるんだ君」
だよなぁ、とクリスはため息を付いた。隣のカスティーリャなど困ったように頬に手を当てている。
なんだこの空気、自分は一体何をしでかしたのか。ステラは気の遅い焦りを感じ始めていた。
「あのさ、オレ……つい最近まで、その……『ミアズマ』の呪いに掛かってたんだ」
「ブフッ!」
シオンが飲んでいた白湯を吹き出した。ステラが流れる動作でハンカチを取り出し、シオンに差し出した。むせる彼の背をさすり補助することも忘れない。
「ずっ、すみませっ、けふっ!」
「お、落ち着き給え……てか大丈夫か?」
「大丈夫です、びっくりしただけですから」
今日は珍しくドジが多い気がする、もしかして調子が悪いのだろうか。そんな心配をよそにシオンがクリスに向かい合う。
「クリスくん、ミアズマって本当ですか?」
「ああ、本当だよ」
視線を向ければ、カスティーリャもコクリと頷く。どうやら……知らないのはステラだけのようだ。おずおずと目線を向ければ頷きが帰る。まったく頼りになる少年だ。
「ミアズマは別名『邪毒の呪い』と言います。
生きながらに腐り死ぬ強力な呪いです。特に身から噴出する毒が厄介で、汚泥となって滴り大地を汚染するんでよ。後には草木も生えません。
この汚泥は死後も残り続けて、呪詛地を作り上げてしまいます。非常に強い呪いなので解呪は特に難しく、成功例もほとんど無いはず……はずですよね?」
ミアズマは世界を侵す。一般的にその対処は密封容器に封印するか……あるいは等価に強い魔法により浄化するかの2つだ。この場合の浄化とは概ね『火葬』であり、言葉通りの解呪はまず取られることはない。
シオンはとても嫌な予感がした。むしろ確信か。ぎぎぎと首を向ければ、うーんと悩むステラの姿が目に入る。
「それって大丈夫なのか? 身が腐るとか尋常じゃないぞ」
「元々オレの力と呪いが拮抗してたし。どうしても漏れる毒は、ティ先生がくれた
「ほえー、強力な道具なのだなぁ……」
「呪いは最近解けたけど……い、1番気に入ってるから使うけどな」
ほぼ影響が無かったとは言え、ミアズマであることに変わりはない。彼が孤児となった理由はまさにそれであろう。
「はて、つい最近解けたと言ったがなにかあったのか?
祝福的なものと言えば、屋台通りのごはんの聖女は記憶に新しいが……」
ステラ的に仇敵判定の聖女であるが、もし人助けをしているなら『や、やるじゃない……?』と認めてやらんでもなかった。具体的には串焼き一口分の譲歩である。
「ステラさん、貴女が依頼を受けてもらった日は覚えてるかしらねぇ」
「勿論! 土壁バースデイだしな」
「そこで何をしたか覚えているかしらぁ?」
「何をって、なんだ?」
じっとステラを見つめる視線が3つ刺さり、ステラの顔色が徐々に曇る。
では真面目に考えるなら……呪いと解呪、己との関係性。その日やったこと。そして魔法。
導く答えはただ1つ。
「もしかして、
「そう、それがクリスの呪いを解いたみたいなのよぉ。原因がそれしかないのよねぇ」
「ヱ゛ヱ゛ィ゛?!」
どうやら服の洗濯をした所、命の洗濯までしてしまったらしい。
だがミアズマは『解呪が困難な呪い』だと言わなかったろうか。それが何故洗濯如きでキュキュっとキレイさんに出来たっていうのか。これでは『汚れも呪いもこれ一本!』、全国津々浦々の奥様方に大人気ではないか。
(いや、だからこそできちゃった、のか?!)
答えはいつだって胸の内にある。【浄化】を構築するにあたり、ステラは『清め』をイメージとして付与した。考えるに、いや、それ以外に原因が考えられない。
(清めはつまり、神道的には祓いだものな! ああそうだとも!!)
それが呪いを
因みにこのような解呪の御業は七栄教総本山の高位聖職者でも、ごく限られた者しか出来ない。さらに『チョイとおさんぽでも!』なんてノリで解けるのは、この世にステラただ1人だけであろう。それ故に、
(やべえ)
事はありありと理解できる。隣のシオンがどんな顔でこちらを見ているっていうのだろう? 振り返るなどとても出来やしない。
静かに冷や汗をながすステラだが、その隙を突くかのようにカスティーリャが本題を切り出した。
「あのねステラさん。そこで貴女にお願いなのだけれど……」
「おっおおう! なにかな? できることなら応えよう」
「クリスと……
「……んん?」
寝耳に水の提案に、とても間抜けな声が暗闇に響いた。
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