03-11:心の鏡

03-11-01:心の鏡/子供達の見え方

 レポートの提出はシオンの手引きもあって非常に手早く、かつ逃げ去るように行われた。


「文字通り『風と共に去りぬ』か。ちょっと申し訳ない感じがするねぇ」

「寧ろ呼び出されるまでスルーしましょう。どのみち上手く説明できませんし」

「まぁ確かに……寧ろしたくない感じだ」


 とはいえ遠からずその必要性は出てくるだろう。事実ステラが穿った怪文書は、早々にギルド内部で湧き上がっているのだ。


 曰く『やっぱハイエルフは意味分からん』

 曰く『これが正気なのか……?』

 曰く『かぎちっぽ最高すぎかよ』


 他にも各々が読み上げた文章に首を傾げ困惑し、調査の必要性、猫かわいい、妥当性、この乙女ちゃんの存在とは、また過去の文献との比較検討などを始めている。


 ちなみにこの作業、司書ジンツウの超大規模資料室整理の直後もあって非常にスムーズかつ速やかに行うことが出来た。


 実に機能的に情報が流れ行くさまに、感激の鼻血を噴出する司書ジンツウは『甚だヵ遺憾である』とのコメントを残している。今後もソンレイル探索者ギルド資料室の未来は明るい。


 このレポートになぜここまで湧くかと言えば、一重に帰らずの森のであるが故だ。無論裏付け等含めて、資料全体の統制ができるまで時間がかかるだろう。



 ……ところでこのレポートとギルドの状態に体調不良となった職員が1名居る。ソンレイル探索者ギルドマスター、パライソその人である。


 彼の悩みを表すなら、偏に『どうしてこうなった』であろうか。


 今まで帰らずの森からの帰還者は、その尽くが狂っていた。一体彼らは何を見てきたのか、察するに恐ろしいが、しかしその狂しき叫びは念のためにと記録されていた。


 真偽はどうあれ森の情報であり、集める価値はあった。少なくともソンレイル探索者ギルドでは、古くからそのような方向で動いている。

 そうして指向性のない、バラバラの情報ゴミの山がホコリをかぶって積み上がっていた。


 そこにステラの怪文書を紐付け、無為に意味があると考えた職員がいた。最初は軽い冗談だったのだが、見返すと一致する箇所が幾つか散見される。


 まるでパズルのピースが組み合うように、狂気の山が理解の裾野へ降りてきた。勿論怪文書に繋がるのはごく一部に過ぎないが、確かに状況を紐解くことが出来た。


 では他は?


 狂おしき叫びの塒に、一部とは言え意味が生まれてしまったなら。ゴミと積まれた情報は、果たして本当に意味がないというのか。そうして積み上げがるゴミに需要が生まれ、価値が生まれてしまった。


 これは上手く行けばギルドに莫大な利益を産む、強大なカードになる。



 なら起爆剤となったこのレポートの価値は如何程であろう。正に波紋を広げた怪文書は、如何に評価すべきなのか。


 少なくとも探索者ギルドは、彼女の功績を認めぬわけにはいかない。既にいち個人がとやかく出来る領域ではない。


 既に情報が内部で回付されており、敏い探索者の何人かは概要を掴んでいるだろう。なにより司書ジンツウが幸せそうな顔でバックアップしているのだ。


 今更秘匿したとて『何かある』という事実は隠し切ることは出来ないし、ギルドとしても鬼札たりえるこれを利用しない手はない。



 だが使いたくない。



 森の情報、それが価値あると認められた背景、司書への根回し。疑わしきはいくらでもある。

 なによりこのレポートは、暗に彼が打った手への告発に思えてならないのだ。


 だとしたら……あのハイエルフはパライソの所業のすべてを知っている、という事になる。バレる筈のないことが露見し、打ち砕くように手を打たれた現状は彼の心に深く疑心を打ち込んだ。


 自身は監視されているのでは? そんな誇大妄想が存在しない視線を彼に感じさせる。打った手が応報した今、自業自得に身を焼かれているのだ。


 挙動不審な行動に、ツァルトを筆頭とした職員の不信感が湧き上がるのも遠い話ではない。



 こうして人知れず、悪意をぶん殴り抜いてマウント取った上で喉元にナイフを突きつけ『フフフ』と笑うが如き制裁が下されたのだが……。


 当の本人はその悪意にすら気付いてはいないし、全て良かれと思ってやったことだ。そもそも彼女はパライソの名前すら知らないのである。


 だから彼女の心配はひとえに、


「うーん……正気の沙汰とは思えんレポートだし、ツァルトさん困ってないかな……」


 という懸念ただ一点である。


「十中八九困るでしょうね」

「うっ、今度お詫びをしないとだねぇ」


 寧ろ一泡吹かせてはなまる笑顔なのだが、それをステラが知る由もない。ステラはただあのふにふにネコミミおねいさんには、一体何が似合うだろうかと悩むのみである。


「ま、何はともあれ孤児院に急ぐとしよう。

 ただ……鬼ごっこはちょっと、その、勘弁してほしいところだけど」


 ステラは笑う猛獣に追い立てられた記憶を思い出し頬を引きつらせた。



◇◇◇



 途中で屋台通りを通過するため、いつかの白熊店主の屋台――シオンの言及通り、仲良さそうな女性が手伝いをしている――で手土産を見繕って、2人は境通りの孤児院へとやってきた。


「うーむぅ……」


 相変わらず隙間風の猛攻にかろうじて耐えるなボロ屋である。とはいえ努力の成果は、そこかしこに見られる土の痕跡から見て取れた。


 一部は既に乾燥し始めており、やたら寒い家から寒い家へ一歩ずつ前進しているようだ。どのみち寒いじゃねえかとか、焼け石に水で溶かしてやるぜ! など口にしてはならない。


 言霊力ことだまちからで崩壊フラグが立ちかねないのだ。



「表には居ないようだ。でもここでノックしたらドアが砕けそうなんだよなぁ……」

「裏手に回ってみますか?」

「そうしよう」


 屋敷を回り込んで庭の方に出れば、今日も目深にフードをかぶったクリスを筆頭に、子供たちが作業に勤しんでいた。


「おーいクリスくーん!」

「ん? あっ!!」


 手を振れば顔を上げたクリスが小走りにやって来た……のに先んじて、旋風がシオンを取り囲んだ。


「ッ?!!」


 剣士たる彼が目を瞠る速度で駆ける、とんでもない子供達である。全力で好気を向けるそれは微笑ましい。ただその目的は、


のにーちゃんだ!!」

「おにくのにおいがする!!」

「おみやげ?! おみやげ?!!」


 であり、全員目が肉であった。口元にはキラリ光る涎つきとくれば、まるでステラが増えたかのような錯覚を得る。そう告げれば本人から断固とした抗議して認めてくるだろうが……。


 それより子供達だ。わいわい囲まれるシオンは戸惑いが隠せない。普段このようにされることはないのだ。


「フフフ、大人気じゃあないか!」


 みればステラがニコニコとシオンを見ている。見ていないで助けてくれと訴えれば、苦笑しつつパンパンと強く手を打った。


 大きく響くその音に全員がステラに注目し、子供達を見まわす彼女はニコリと笑う。


「ほらほら落ち着き給え! このすごーく面倒見の良くて、めっちゃ気が利く上に、超素敵なおにーさんがお土産を分けてくれるぞ! 全員分あるからな、みんなー並びたまえよ~!」

「「「はーい!!」」」


 と元気よく答えれば瞬時に列が形成された。非常に訓練された動作であるが、これは院長カスティーリャの教育の賜であろう。唖然とするシオンにステラがぽんと肩を叩く。


「ほら、みんな待ってる。分けてあげなよ」

「え。あ、はい」


 生返事をしたシオンが包みを紐解こうとした所に、ステラがぱちんと指を打ってストーンウォールの小さなテーブルを作ってやる。子供達から『か、かっこいい!』と言われて鼻が高いステラである。


 さらに指を弾いて水球を生み出す。並んだ子が順番に手を洗えるような気配りである。そんけいの眼差しに更に鼻が高い。


 とはいえステラを真似して〘ウォーター〙を浮かべる子が何人も出てきたので、ステラの神話は間もなく崩壊した。


 でも上手く出来ない子もいるので、辛くも頼りになるお姉さん格は……かろうじて保たれたので大安心である。


 シオンは出来たテーブルにオーランフェブの包みを解いて、並んだ子供達に串焼きを配る。小さな手がそれを取る毎、シオンに真っ直ぐ『ありがとう!』と返してくれる。


 これには顰め面ばかりのシオンも、気づけば柔らかく微笑みを浮かべていた。


 全員に行き渡ったところで庭を見渡せば、それぞれがそれぞれ一番『美味い』と思う食べ方で串と向かい合っていた。


 ある子は一気に、ある子は削ぐように、ある子は持ち手側から。またある子は……真ん中だけを抜くように食べていた。端は特別だから後回しだそうだ。


 多種多様な食べ方でもっきゅもっきゅと笑顔で齧る、なんとも長閑な光景だ。


 残りの串は包み直してクリスに預けると、彼は申し訳なさそうに頭に手をやる。


「ありがとよ、シオンのにーちゃん」

「この程度なら構いませんよ」


 申し訳無さそうなクリスに自然な笑みで返す。


「いやぁシオン君男前! イヨっ、トーヨー男児!」

「僕バーサーカーじゃないですよ?!」


 朗らかに笑うステラに神速のツッコミを入れる。自身は首大好き狂戦士では断じて無いのだ。ただ打てば返るその反応に、ステラはたいへんご満悦である。


「さて、クリス君。小生話があると聞いて来たのだが、そろっと案内してくれるかな?」

「解った。こっちだよ」


 クリスの先導で、2人は孤児院の食堂へと案内された。


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