03-11-03:心の鏡/岐路を示す

「なんだって? 今『隷属』とか聞こえたんだが」

「ええ、そうよぉ」

「そ、そりゃ一体なんでまた……」


 隷属に暗黒非合法労働致死ブラックメガコーポのイメージのあるステラが、苦い顔をしてカスティーリャを見る。


 ちなみにその感覚は前世近代以降のものであり、古代においての奴隷は資産故に至極真っ当に扱わていたようだ。ファラオはとっても凄い王なのだ。



「貴女はミアズマすら解呪可能な魔法使いマギノディール、しかもハイエルフとの隷属契約となれば手を出す人は先ずいないものねぇ」

「うむぅ?」


 ほわんとカスティーリャが微笑み、その道具らしい羊皮紙とペンを取り出した。ステラが目を凝らすと白線が見えることから、これも魔道具の一種なのだろう。


 検眼どおりそれは魔法的な契約を行う道具一式である。隷属契約向けにカスタムされたそれは、確かに奴隷契約の文字を見つける事ができた。


 契約は本人のサイン、あるいは血判を以て当人を定め、最後に条項を確定する魔法名を唱えれエクセリアば完了だ。


 ちなみにお値段はそれなり、ステラのお小遣いでは買えないシロモノである。


 隣のクリスを見れば神妙にこちらを伺っているし、シオンもだんまりを決め込んでいる。少なくともこの流れ、納得の上でのものらしい。



「その、シオン君。隷属契約とは具体的にどういうものだ? 前ちょろっと聞いた使い魔とどう違う?」


「まず使い魔は主従契約になります。状況によりますが多対多の契約可能です。従魔は身1つですが、分身を行う精霊などは之に当たりますね。


 基本的に魔力等を対価とした協力関係です。契約上の制限、制約はありますが、対価がなくては動きません。また人に対して行う契約ではないですね。


 隷属契約は純然と契約で縛る関係で、隷属者はとして扱われます。これは厳密に一対多の契約です。身は1つしかありませんから。


 種類は4つ。農業に従事する農奴、戦争用途の戦奴、使用人や商業目的の使奴、犯罪者がなる犯奴です。

 また逃げ出すことは出来ませんが、犯奴以外は『買い戻す』事が可能です」


 ステラが腕を組み、トントンと指を叩いて思案する。


「契約は双方の同意に基づくのか?」

「基本的には。まぁ借金のカタにとか、食うに困って身売りした等もあります。

 なお奴隷契約は主人権を譲渡する事もできますが、その場合契約の条項はそのまま引き継がれますね」


「隷属契約を上書き、ないし追加することは可能か?」

「魔核に紐づくため二重契約は出来ません。強制解除をする場合も、契約魔法に深く通じた魔法使いでなければ難しいでしょう。それも施した術者に対抗出来る魔法使いである必要がある」


「うーん、契約を強制する事は可能なのか?」

「犯奴はそういう仕組みになります。勿論焼印などで刻印されるので、目で見て解る印が付いてしまいますけどね」


 なるほどとステラが頷きシオンの目をじっと見返した。曰く『判断は任せる』ようだ。それならなら話は早い。


 ステラは孤児院の2人をじっと見て、答えを口にした。


「結論としては、まずお断りしたい」

「……それはどうして?」


「理由は3つある。


 まず、契約すると彼を所有する事になるから。


 つまり彼の保護責任を負う事になるのだが、そもそも小生が庇護者から抜け出せていない。なので負担は全部シオンくんににっかぶさることになる。それはちょっと無理だろう」

「え? それってどういう……」


「無理を通してもになるって話だな」

「「?!」」


 『ヒモのヒモ』……なんと苛烈なパワーワードになのか。これには孤児院組も頬を引きつらせた。


「ね、ねえちゃん……前のアレって冗談じゃなかったのか」

「まあ、悪し様に言えばそうなんだよねぇ……。

 上げ膳据え膳状態だよマジ姫プレイってレベルじゃないぞ。なんとか頑張っているけど、自分の身ですら精一杯からな」


 ほんとすいませんシオンさん大感謝っすわ、とステラが深く頭を下げれば愕然とクリスが見ている。どうも気のいいハイエルフで、経済力も実際スゴイ等と思われていたのだろう。


 実際はお小遣い1タブラで『今日は串焼きが1個買っていいかもしらん、ふへへ♪』とか言っちゃう娘である。その上で歌を歌い、結局買えない残念な娘なのだ。



「次に小生一応ハイエルフであれど、盾になる『威光』バックボーンは無いんだよ。虎の威を借る以前に虎が居ない」

「そう、なの?」


「うむ、実は小生記憶喪失でなー。そうしたツテは全く無いのだ。

 だからカスティーリャさんが期待する『防壁』は殆ど無いと見ていい。事情を知らぬチンピラ相手ならまだしも、事実を知る相手ではそうもいかん」

「なるほど……」


 そもそもステラは聖域由来のハイエルフではない。木っ端貴族ならまだしも、実際のハイエルフが動くとなれば騙すことはできないだろう。



「最後にこれが最も重要なのだが……クリス君、君ぁこの話に微塵の欠片もだろ」

「えっ……?」


 問われたクリスが青褪める。


「小生、実は耳も目もすんごく良いんだけどね?

 そのせいか、小生を見る目が何を思うかなんとなく分かっちゃうんだよ。

 君のそれはなんていうのかな、諦めと後悔の入り混じって痛ましいにも程がある。とても望んでこの場にいるとは思えない」

「そ、そんなわけ」


「あるね。もしや本音を押し殺しているんじゃあるまいな?

 往々にしてある事でも、そんなの小生ゴメンだね」


 言葉が刃となって少年に刺さり、傷を広げてじくじくと血を流していく。言葉を紡ぐ毎彼は震え、俯き、歯を喰いしばっていく。


「で、でも……」


 俯くクリスは、か細い声で答える。


「……ティ先生に、迷惑かけたく、ない」

「なるほど、な……」



 ステラは腕を組み思案する。


 ドラグナーというリスク。前と今で異なる点。思いつめる主因とは何か。


(鍵はミアズマか……)


 呪いが解けたことは喜ばしき事だろうが、しかし現実はそうではない。望まぬとは言え契約を必要としている現状がある。


 ならミアズマの毒はドラグナーの力で相殺していたが、しかしてそれだけであったろうか。


(物理的なものでは無い、概念的なものも相殺していたのでは……)


 本来ドラグナーとして起こりうるリスクを、致死の呪いミアズマというリスクが殺していた。つまり致死の呪いこそが彼の生命じんせいを守っていたのだ。


 そこにステラが呪いを解いてしまったものだから、本来のリスクが伸し掛かることになる。それは影が手を伸ばすが如く、悪意があらゆる手段で彼に伸びていくことになるだろう。


(迷惑をかけるとはそういう事で、対処は側から離れるのが安直なれど効果的な解だ)


 つまり想定外の解呪が齎した結果はただ1つ。少年の人生を選択肢のない岐路に突き飛ばしたという、善意の悪逆である。


(諸悪の根源、小生じゃないか……?!)


 意図しなかったとは言え完全にクソ外道の行いである。何とかしたい思いが灰色の脳細胞を駆け巡り……、


「あっ……」


 っと閃いた。ヒントは諸悪原因たる【浄化】の心象魔法。彼女はまぶたを開き、うつむくクリスに提案する。


「隷属契約は凄く気が進まないので対案を思いついたのだが、聞くか?」

「え? なんだ案って」


 希望にすがるようにクリスが顔を上げステラを見る。その顔が固まるのはすぐのことだ。


「小生がクリス君を事だ。それを以て契約への対抗とする」

「「「?!」」」


 流石の事に全員がステラに注目した。


「ステラさん。それ、どういう事ですか? 事と次第によっては……」

「いや、トーヨーには神道シントーという術理の概念があってな。

 そこでは『呪詛』も『祝福』も同元……本質は同じと考えるんだ。ただの見え方に過ぎないとね」


 シオンの感想は『ぅゎぁトーヨー』であり、彼の知る常識外の異文化に感嘆しつつ……同時にうっかりでミアズマを解く彼女に警戒していた。ある意味で厚い信頼である。



「そんな考え方、聞いたことねーけど……。どのみち『呪い』なんだろ?」

「そうだなぁ、例えば『腐る』という機能があったとしよう。


 これを呪いとして見るなら、人を生きながらに食い殺す魔病となる。正に死そのものだ。

 しかし祝いとして見るなら、死体を崩して大地へ還す、巡る命の側面に他ならない。まさに生そのものだろう。


 『腐る』という一点は同じだが、齎す効果はまるで別だろ? だから呪は祝にして逆理なのだ」


 この世界では異端ともなる理論だが、確かに言わんとする事をクリスは理解した。

 祝福と呪詛が同じなど信じる事はできないが……可能性を感じるのも確かである。



「そもそも、呪う事が出来るってどういうことかしらぁ?」

「小生はミアズマを解いてしまったが、結果としてクリス君の人生を捻じ曲げ確定させてしまった。つまり祝いで呪った事にほかならない。

 なら同じ様に呪うことで祝うも十分可能だし、護りの祝福とするのは行けると思う」


 例えばさっきぶりに見た白熊店主は相変わらず商売繁盛、彼女も出来て幸せそうに串を売っていた。まじない程度の祝福のつもりが、ガチの幸福招来七福神である。


 ただ説明を聞くカスティーリャは汗がつつと流れるのを感じる。

 彼女はそもそも理外の存在なのかもしれない。クリスに道を示そうとしているのは確かだが、それが悪魔の囁きにも、天使の導き聞こえる。

 故に感じるまま、己の直感を信じることにした。



 そんな見られ方をしているとはつゆ知らず、当人はキョトンと首を傾げていた。


「……なぁ、みんなどうした? 一言で言うと『こいつ頭大丈夫?』的な目線で見るのはなんで?」


「いや、だって、なぁ。にーちゃん?」

「僕に振られても……」

「ステラさんは呪術師ってわけじゃないのよねぇ?」


「そりゃ勿論! ごくごく一般的な魔法使いマギノディールだよ」


 ドーンと胸を叩けばボーンと夢が跳ねる。だがごくごく一般的な魔法使いはそんなこと言わないし出来ない。ステラの常識はこの世界とはどこまでもズレていた。


「あの……ステラさん。呪いとは具体的にどうするつもりですか?」

「契約とは魔核に作用する魔法だろ? なら不本意な契約が魔核に届く前に打ち落とせば良い。

 ここでどうするかと言えば……つまり心鏡ウラカガミを作れば良いだろうな。本心で納得しないものは一律弾くというわけだ。


 一度できてしまえば、あとは今まで通り生活しても何ら問題はないだろうね」


 ね、簡単でしょ?Very Easy♪ と微笑むと、全員の心が『そりゃあお前だけだよ』と1つになった。


「よってクリス君、小生からせる導べは2つだ。


 1つ。お互い望まぬ隷属契約を結ぶ事。

 実績があって安定する分、君は死ぬまで拘束される。

 籠の鳥は内にて自由、それは牢獄の安寧だ。


 2つ。小生の魔法で呪いを受ける事。

 実績がなくリスクはあるが、君は生き方を選ぶことができる。

 空の鳥は赴くままに、それは選択の苦難だ。


 さぁ、君はどちらを選ぶ?」


「……」


 突如増えた分岐路に、少年の瞳が戸惑い揺れた。


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