03-09-05:分不相応な白猫
道端の邪魔にならない場所で、ステラは装備の最終確認をしていた。
「|武器グーちゃんよし、お弁当良し、籠良し、情報良し、シオン君三原則良し」
俺によしお前によし皆によしと指差し確認して準備完了である。
「ようし、では急いで出発だ」
ステラが街をスイスイと滑るように歩いて行く。目指す南門は初めて向かう場所ではあるが、【鷲の目】の視界と書籍由来の道情報があれば迷うこともない。
下町をぐるっと回って南門へは昼を大きく過ぎた時分になった。この時間帯だと門の付近は往来はあるが、長蛇に並ぶほどの混雑はない。
(これならすぐ出られるかな)
中流町と下町を繋ぐ門とは違い、最外部のこの門は確りと手続きが必要となる。並んでいるうちにギルド証の準備をしておいたほうが良いだろう。
列に並んでしばらく。ステラは直前にフードをはずして、門番に銅級ギルド証を提示した。門番は少しだけびっくりしたようだが、ウウンと1つ咳をついて門番はその職務を全うする。
その職務にステラは唸った。
(お……凄く真面目な人だ)
特に目を見て話すのが良い。だいたいステラはちゃんと顔に目がついているのだ。断じてその豊満な谷間に目は無いし、安産型の尻にも付いてない。ましてやくびれた腰など言わずもがなだ。
仮にあったらそいつは妖怪である。いや、この世界的に言えば魔物だろう。
「おや、君は銅級? まさか1人で外に行くつもりか?」
「ええ、ちょっと薬草採集と、序にヘルメリカの採集をしようかと。
知人が病弱なので元気になってくれたらなぁと」
「ふむ、あまり勧められないが……」
「勿論魔物が出たら脱兎の如くだ。そこは師にきつく言われているからね」
門番は成る程と頷いた。恐らく師弟関係を結んだ師が訓練目的で向かわせたのだろう。
事実彼女を追うそれらしきエルフの弓師が程なく門を通るため、門番は特に疑いを持つこともなかった。
「ならこれ以上は言わないが、日が沈む頃には門が閉まるから気をつける様に」
「うむ、ありがとう門番さん!」
フードを被りつつにこりと笑って手を振ると、門番も少し嬉しそうに笑った。
ところで門番の職務は何を止めて何を通すか、与えられた裁量の元検閲する事なのだが、これにはいくつか例外がある。
例えば足元を縫うように進むその白い影を門番は咎めなかったし、また気づくこともなかった。
◆◆◆
ステラが門扉をくぐり、踏み固められた街道を軽快に歩く。街が近いだけあってかなり歩きやすい道だ。すいすい歩いていくと……その背後に2つの影があることに気づいた。
(あれ。いる、いる、いるぁ~りりさんか?)
ヘルメリカについて教えてくれたダークエルフの弓師である。はて、彼女も仕事だろうか。何にせよそれがうまく行くと良いなぁとステラはぽんやり考えた。
だがもう一つの影はいただけない。
(……白猫?)
特徴的な猫又
壁の外は魔物の闊歩する危険な場所である。仮に白猫が化け猫だとしても、看過できるものではない。
(うーん、でも猫君は猫君で用事があるのやも……)
例えば倉庫街のブッチはボス猫であり、倉庫通り一帯の元締めオヤビンである。ゆるふわワガママボディの彼は、かの粗野な男たちが猫をいじめないよう、自ら率先して好かれるように振る舞っている。
結果荷運びの男共を総じてメロメロにした彼の手腕は誠に見事なもので、猫が安心して暮らせる街作りを成し遂げていた。
ステラが見習いたい大人の一人である。なら同じように白猫にも何か思惑があるのかもしれない。
その思惑がどうにも自分なのだと気付いたのは、森への分岐を曲がってもなお付いてきていたからだ。
これはもう見逃せない。
ステラは立ち止まって振り向き、しゃがんで白猫と向き合った。白猫は気にせぬままステラの前まで歩き、ちょこんとおしりをついて座る。見上げるその青い瞳にピッと人差し指を立てた。
「
「
「
「
なんとまあ小さな
◇◇◇
……
「まった、今サラッと猫と喋りませんでした?」
「え? そうだけど?」
ツァルトとシオンが顔を見合わせた。
「失礼承知で聞きますが、ツァルトさんはできます?」
「
そもそも獣と人の違いは対話可能と御存知ですよね?」
「なら……なぜステラさんは話せているんでしょうか??」
「…………」
深刻そうにこちらを見る2人に、ステラは訝しみつつ首をひねった。
「そもそも猫って喋るものだろ?」
「「……」」
シオンは巷で囁かれる『ステラ劇場』はこれからが本番なのだと理解した。
……
◇◇◇
度重なる説得にも関わらず白猫は折れない。ステラはこの小さき
「
ステラは白猫の顎をしゃわしゃわ撫でると、気持ち良さそうにぬにゃーとする。なんとふにふにな鎧なのか、ここが外でなければ顔を埋めていたかもしれない。
「
「
「
「
猫を抱き上げくんくんと鼻を嗅ぐ挨拶をする。そっとミヨリを下ろすと、ステラが周囲を見渡した。
すると視界にちょうどよい切り株を発見した。
「
「
「
「
白猫はステラの足に身を擦り付けた。それに苦笑しつつ、そっと抱きかかえて切り株へと向かう。
今は少し曇っているがここ数日は晴れていた。切り株もカラッと乾いて座れそうだ。
「うーん、いい切り株だ! きのこたけのこは見習うべきだな」
ステラはそれに腰掛けると、白猫はその隣にストンと飛び上がった。膝の上にバスケットの端切れ肉の包みを取り出せば、それはまだ少し暖かい。
ツル紐をくいっと紐解けば、日の光に油がてらりと輝いている。
「
「
「
「
「
ステラがバッと白猫を見返す。すごく若々しく毛並みも乱れがない。猫で二十歳なら人でほぼ100歳と同じはずだ。とてもそのようには見えない。
「
「
ミヨリ曰く、この歳までほぼその食事は猫飯だったらしい。前世とは見た目だけで種が異なるのか、はたまた魔力という存在ゆえか。
僥倖であるが、多少塩気があっても問題なさそうだ。
(そういや
酒のアテとなれば、必然的に味付けも濃いものになる。玉ねぎだって出るだろう。
それを餌にしていて問題にならないなら……特に猫
「
「
「
偶然にも歯切れ肉は猫でも食べやすい細切れサイズだ。ステラがもっきゅもっきゅ食べながら、手のひらに取り分ければミヨリがはくはくガツガツと肉を喰う。
それが無くなれば残った油をザラリとした舌で舐めて催促する。
少し冷めたがいい塩梅の美味い肉で、青空の下食べているからかなんとも気分が良い。
(あー、へいわだなー)
とても魔物や山賊が出る危険域とは思えない。
ほっこりしつつお弁当をミヨリと分け合っていると、ふと【鷲の目】が銀色を捉えた。
(……はて? とか言うまでもなくイルァリリさんだな)
今居る場所からは死角になる位置で、じいとこちらを伺っているようだ。
(何か用事……いやでもなんで伺ってるんだ?)
どうも警戒しているようで、すこしだけ首筋がチリチリする。なんだろう、【鷲の目】を併用して周囲をぐるっと見回せば……現在地より遠く5キロメートル地点に3匹の小鬼がいた。
緑色の肌をしたそれは所謂ゴブリンと呼ばれる魔物だ。
シオンの教育課程で少し話に上がった代表的な魔物で……繁殖方法は伏せる。外にも中にもステラの敵はいっぱいだ。
当然向こうはこちらに気づいておらず、しかしイルァリリが警戒しているならまさしくそれが理由であろう。
ここでステラの灰色の脳細胞が天啓めいた閃きを得た。
(つまり、彼女は密やかに見守ってくれているのでは?!)
だとすれば全ての辻褄が合う。曲がりなりにも魔物が出るだろう森。紹介したのはイルァリリで、行こうとしているのはペーペーの銅級探索者たったの1人。
察した彼女は密かにステラを追っていたのだろう。
この殺気めいた視線は『油断するな』という頼もしいエールにほかならず、同時に自らの警戒を魅せる事で気配の探り方を暗に伝えているのだ。
現にステラはイルァリリの存在を以て初めてゴブリンに気づけた。これは腰を入れて学ばねばならない。
だが先輩後輩関係とはいえ、見ず知らずの人をこんなに手厚く助けるか? 普通はしない。誰だってそーする、でも彼女は違った。であるなら、
(イルァリリさんは……底抜けのお人好しッッ!!!)
にほかならない。
何という慈善、なんという慈愛。これにステラは奮起した。この採集任務、何としても成し遂げその優しさに応えねばならぬ!
ステラはぐっと拳を握りしめ、決断的に覚悟を決めた。
なお端切れ肉を手づかみした故に脂ぎっていたため、にちゃっと気持ち悪い音が鳴ったのはご愛嬌だ。
◇◇◇
……
ツァルトとシオンは両手を組み、眉間に手を当てうなだれた。その心は一つ、『お前が一番のお人好しだよ』である。
「ステラさん」
「なっ、なにかな?」
「僕にはそのダークエルフが暗殺の機会を伺っているように見えますが」
「そそそそんなことはないよ! 現に小生死んでないし、矢を射かけられてもいないし!!」
シオンがじとりとステラを見る。そういう問題じゃないと目が訴えていた。
「私からも1つお聞きしたいのですが……本当にその距離でゴブリンを見つけたのですか?」
「そうだけど?」
「……とんでもなく目がいいんですねぇ、ちょっと俄には信じがたいですが」
「いやいやホントだって。実際目元の小皺すら見――」
ツァルトがそれは素晴らしい笑顔になった。
ステラは自身が死んだとおもった。あの時トラックが追突されたのと同じ、言いようもない威圧感。過去最大級の威圧がステラを押しつぶす。
「ななななんにせよ、その時はそうだったんだよ……!
ちゃんと知らないことは教えてくれたし……話し掛けてくれる貴重な人だったし……」
話すごと長耳がぺしゃーんと垂れて行く。その落ち込み様は相当なものだ。
「……でもステラさんが無事ということは、何事も無かったってことでしょうか」
「わかりません、この人まだ隠し玉がありそう……いや、確実にあるでしょう」
かなり疲労感は強いが話は未だ半ばである。特にここから先はシオンも調べていない未知の領域、その核心はここからなのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます