03-09-06:分不相応な探索

「さて、森だ」


 その入口で仁王立ちするステラが深呼吸する。バスケットは左手に。グラジオラスを右手に。ミヨリはステラの左肩にのってにょーんとのびていた。


 守護神めいたイルァリリは、相変わらず距離をとってゆっくり付いてきている。


 準備は万端、フォーメーションも万全。そして本番はここからである。


「よし、がんばるか~」

「ミィ!」


 ふんと鼻息を荒くすれば、それに騎士ミヨリの頼もしい返事がかえる。


「しかしまぁ、ここから先は常識外の異界と心得るべきだなぁ……」

「ミィ……」


 眼前は鬱蒼として暗く、映像で見るような明るい森では断じて無い。まるで一個の魔物のように暗く、バケモノが大きく開く顎のようにさえ見える。


 ざっくばらんに生える広葉樹や針葉樹は牙であり、互いに互いを支える枝は肉であり、それを橋とする縦横無尽に巻き付く蔦はその血管だ。


(うーむ、ちょっとこわいかも)


 なによりここから先、最も頼りにしていた心象魔法【鷲の目】はその力の殆どを失うのだ。


 たとえ上空から見渡したとて、見えるのは無差別に茂る緑のみ。そうなると現在位置の特定以上の効果は見込めない。


(……視界が狭まるってこんなに怖かったのか)


 気が向けば常時起動していた魔法だ。今己の視界のみで暗がりに立てば、どこか物足りなくて落ち着かない。


 その目が豆粒のような姿さえ捉え、暗闇を見通す暗視能力を備えていても、この喪失感はどうにも不安を煽る。なんとなく不要な【光源】らいとで周囲を照らしてみるが、その不安を完全に払拭するには至らなかった。



(……一応感覚は鋭いから敵意はわかるけど、やはり探知系がないのは問題かな。念押しで魔法を拵えようか)


 そうなるとどのように周囲を探索したらよいか。方法は2つ考えられる。


(いわゆる反響定位エコーロケーションだ。

 この場合自ら音を出すアクティブソナーと、周囲の音を感知するパッシブソナーの二通りが有るな)


 ただ後者については既に標準のものがある。この神威の体は『視線から感情を感じる』という機能を持っており、この機能は獣や魔物の敵意をすぐさまステラに知らせてくれるだろう。

 まぁ、それが日常でも常時起動しており、一々気にすると狂う程の情報量を寄越すので使い所が難しいのだが。


 となればアクティブソナーのような形が望ましいだろう。単純に視界を広げるという目的にも叶っている。


(あとはいつもことを考慮しつつ……と言って何時もやらかすんだよね。たまには普通に行ってみようか。

 アクティブソナーを想起、聞き耳を心象……【空間反響測位】えこー・ろけーたー


 グラジオラスがキンと音を立てると、そのしゅんかんからみえるせかいがぶわっとひろがっていく。



(こりゃすごい)


 目で見る範囲を更に重ねたように視界が感覚。色を捉えない仮想の瞳が、ステラを中心に360度全周、その形をはっきりと捉えた。


 この感覚は【鷲の目】とはまた異なるがある。


 前を見ているのに後ろが見える。後ろを見ているのに前が見える。みえないはずのミヨリの二股カギちっぽの存在がわかるし、遠くのイルァリリの姿さえ見て取れる。


(でも射線が通らない場所は分からないし、遠くのものほどぼやけるな)


 現に遠くのイルァリリは人の形をしている程度にしか知覚できない。存在だけを測るなら音が届く範囲を射程距離と捉えれば良いが、はっきりと見えるのは良くて100メートルほどだろう。


(その距離があれば、逃げるにも易い……)


 そう、シオンとの約束は3つ。


 危険から逃げること、深追いしないこと、目的を違えないこと。


 100メートルという距離は約束を守るに十分だ。ステラは頷くと更に森の奥へと足を踏み入れていく。



◆◆◆



「わわっ!」

「ミイ!」


 ず、と滑って転びかけるがなんとか踏ん張る。肩のミヨリはひらりとジャンプしてステラの頭の上に飛び乗った。流石は軽業の騎士ニャンコである。


「ふー、あるきづらいねぇ」


 ステラが歩くのは獣道だ。当然舗装されていない道は凸凹で歩きづらく、湿った木の根はつるつる滑って踏ん張りが効かない。


 そも原生の森は街行きローファーでくる場所ではない。そういった細かいところが抜けているステラである。


 とはいえ来てしまったものは仕方ない。靴ずれが怖いので早急に対策を練ったほうがいいだろう。


(ようはソールがガッチリ地面をつかむ……サッカーシューズのようなピックが必要だ。ならば、ギザギザを想起して石の心象で…………うーん)


 其処まで考えて魔法名が思いつかない。いや、心象魔法において魔法名は再利用のためのアセットでしかなく、応急処置的に使うなら無くても問題ないのだが……。


 なんとなく声出ししないと気持ちが悪い。


「汎化したコールサインがあったほうが良いか。なら……【懇願リクワイア】!」


 唱えつつ靴の裏を夫々グラジオラスでとんとんと叩く。


 すると靴を覆うように石が貼り付いて、硬いギザギザのソールが出来上がった。これなら滑る木の根の上でもしっかり踏ん張ることができるだろう。


「ごめんよミヨリ君、これで大丈夫だ」

「ミィ〜」


 ストンと肩に降り立ったミヨリは、前足でステラの頬をムニムニと突いた。……思った以上にぷにぷにが楽しかったのか、ぺちんぺちんと猫パンチをしてプルプル震わせて遊びだした。


(いや、いいんだけどね? ちょっと気になりますよこれは!)


 最早肉球が柔らかいのかステラの頬がやわこいのかわからない。そんなじゃれ合いをしつつステラは周囲に目を配りながら進んでいった。


「……ふーむ、しかし薬草らしい薬草が見当たらないな。にゃーにゃ?ミヨリくんはみたか?

ミュミャ?やくそーってなんだ?


 まぁ猫が人の薬を知るすべもないかとステラは納得し、再度散策を開始する。



 ステラの探索方法はその視覚による周辺の分析調査である。なまじ目がいいので生えていそうな所を一睨みするに留めているのだ。


 また【空間反響測位】は確かにその形状をかなり正確にステラへと知らせるが、所詮は視界の補助以上の機能を持たない。


 たとえば草の群生は解るがその種類はわからないし、死角に存在するものは当然発見できない。



 結果彼女の探索作業は、非常に粗が目立っていた。



 また本には書かれていない実践的知識が欠けている為、更に薬草類の発見を困難としている。特にステラが今歩いている獣道、その近辺は往来もあって薬草がほぼ存在しない。


 さらに群生する条件は知っているが、森に置いてどのような場所がそれに当たるのかを知らなかった。


 結果としてステラはを虱潰しに探し続けており、未だに1本の薬草すら……またヘルメリカのへの字も見つける事は出来ていなかった。



「ふむ……やはり1人じゃ無理だったのかなぁ」

「ミィ?」


 やはり背伸びが過ぎたのだろう。素人が森で恵みを得ようなど、どだい無理な話だった。幸いまだ森の深淵とは言えない場所である。まっすぐ帰る分には問題がない。


 ステラがふぅと息をつき、肩のミヨリをさわさわなでた。


「仕方ないにゃあかえろっか

ミィャオウわかったー



 そうして【鷲の目】を使い、道を戻ろうとしてその音を拾った。ひゅ、という風を切る音だ。付随して鋭い高音の笛の音が追随しているように聞こえる。


(なんだ?)


 それはとても遠くで聞こえ、また遠くへと消えていく。位置はイルァリリの影が居た辺りだ。だとすれば風切り音は矢音と思われ、また消えた方向に何かがいるという事になる。


(……! なるほど、そちらは危ないよという親切な警告ッ!!)


 ステラは意図を理解した。同時にシオンの教えを守るべく逃走を開始する。肩のミヨリにバスケットに入るよう促し、それを左手で抱えるように持ち落とさないようにかかえた。


「にゃー!」

「ミャアオ!」


 その意気や良し! ステラは【光源】を消し、【身体強化】を用いて矢音の反対側、道なき道へと駆け出した。



◇◇◇

……



 話を聞いた2人がはぁ、とため息を付いた。


「完全に殺しに来てますね」

「そのようです」


 ステラが首を傾げ説明を求める。


「その『矢』は恐らく『鳴飛なるとの矢』です」

「ナルトの矢っていうのはまた美味しそうっていうのは一体?


「今回の場合は恐らく『魔物寄せ』の矢でしょうね。魔物にだけ効く不快音をだして、おびき寄せるのです」

「ほへー、そんな矢があるんだねぇ」


 いやはや文明の利器は素晴らしいな。等と頷いていると、2人が呆れたようにステラを見ていた。


「『寄せる』ということは、つまり誘導する矢だ。一概に襲わせる為に放ったと決めつけるのは良くない」

「ステラさん……」


 むふー、と息をついてステラは腕を組んだ。


「何にせよその真意を知るすべは無い。本人に聞くしか無いだろうが……」

「ええ、今のところその行方はわかりません」


 そう言うツァルトの目は鋭く細められている。だが何か、思い当たるフシでもあるのだろうか。怪しく光るそれは少し危うく見える。


「ツァルトさん、何ぞよく分からんが危ない真似はしないでおくれよ? 最初に真相を目にした登場人物は、大体静かにフェードアウトするのが天の定めフラグなのだから」

「フラグ、ですか?」

「ジンクスみたいなものだな」


 フム、とステラが顎に手を当てる。


「例えばー……独身女性がいるとしよう」

「は、はあ……」


「それが3人集まって、飲み屋に繰り出し愚痴を言い合う」

「まぁよくある話ですね」


「そしてこんな話をするんだ。


 『あーいい男いないわー』

 『わっかるーマジ気が利かないの』

 『あーあ、ステキな王子様でも現れないかなー』

 『プッ、王子様って笑えるわ』

 『アンタだってそうでしょう!!』


 するとどうなると思う?」


 ツァルトがゴクリと生唾を飲み込んだ。


「結婚できません。出会いもないでしょう。星の巡りはフラグが殴り寄せません」

「!!!!!!!!」


「これが独身フラグだね。強力なフラグなので、おまじないを容易に跳ね除けるから、注意が必要だ」

「……」


 ツァルトの顔が真っ青になった。何度かやっていたらしい。


「あー。まぁなんていうのか。だから、その、つまり何が言いたいかっていうとだね……。

 あまり無茶しないでねって言うお願いだよ。もしトモダチが減ったら、小生悲しいので……」


 おずおずと上目遣いに切り出せば、ツァルトが何処と無くほっこりした笑顔で此方をむいていた。


「できればステラさんはそのままで居てくださいね」

「お、おう? よく分からんがわかった」


 まぁ嬉しそうならいいか、とステラがにっこり微笑んだ。


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