03-09-04:分不相応な買物

 青空市場は今日も混沌としていた。


 前にステラの心を引いた木彫りのクマも元気よく日光を浴びているし、呪いの人形も人目がない瞬間を見取ってケタケタと笑っている。


 そんなマジ呪いも【鷲の目】の視界に全ては収まり、一瞬のうちに状況を把握することができた。


(いやー……便利だなぁ、この魔法)


 やはり周囲状況が把握できるというのは素晴らしく強力で、ステラのハイエンドな目も相まって凄まじい相乗効果を齎している。


 例えば白熊店主の言う通り『背負子』が存在しないことは一瞥して分かったし、代替のバスケットも目星をつける事ができた。


(でもこういう場所で【鷲の目】を使うのは良くないなぁ)


 青空市場は知らないモノ、わけの分からないモノを発掘するという楽しみがある。こうして見渡すのは便利だが、発見する楽しみの一切を殺してしまうことでもある。


「……とりあえずさっと買ってしまうか」


 思えば値段交渉が必要な取引は之が初めてだ。気を引き締めてかからねばならないだろう。


 ここでステラが目星を付けたのは3店。




 まず気のいいドワーフのおばちゃん――見た目は完全に少女――の店を覗き込む。


「いらっしゃいな! どうぞ見てって!」

「フム」


 この店のバスケットは硬いよしに似た素材で出来ているようだ。蓋付きでちょっとした鍵もついている。

 ステラがじいとバスケットを見ていると、饒舌に商品の説明をする。


「ウチのバスケットは頑丈だよ! 壊れ知らずでずーっと使えるんだ!」

「ほほぅ……確かに頑丈そうだ。容量も沢山入りそうだね」


「どうだい一つ? 1個500タブラだよ」


「随分安いんだねえ」

「大量に作っちまって在庫が山のようにあるのさ!」


 なるほどそれなら安いのかも知れない。確かに無駄のないバスケットだが、キラリと白く光るものがある。


「いや、他も見て回ってから決めよう」

「そうかい、そりゃ残念だよ。良ければまたきておくれ」


 気のいいおばちゃん少女と別れを告げてその場を去った。




 続いて若い翼人男性の店を覗き込む。


「おや、いらっしゃいお嬢さん。見ていってくれ、自信作だよ!」

「ふむふむ」


 この店のバスケットはとても柔らかい。よく揉まれた藁に似た素材で編まれているようだ。


「ほら、触ってご覧。とても良い手触りだほう。使っていく内にもっと使い心地は増すんだ」


 言われたとおり手で撫でると、たしかにステラの手に馴染む柔らかなバスケットだった。


「確かにサラッとしていて良いね。これで作ったラグマットの上でならよく眠れそう」

「ラグマット、そりゃいいアイデアだ! 今度そういったのも作っておくよ!」


「容量はそれなりで、腕に通して丁度いい感じだね」


「どうだね、1つ2,000タブラだよ。今なら手入れ道具もつけるぜ?」


「いや、他も見て回ってから決めるよ」

「そうか、気が向いたらまた見てくれよ?」


 翼人男性と別れて次の店に向かう。




 最後はリザードの母子がやっている店だ。母親が声を上げる中、子供の少年はしっぽをぴこぴこ動かして興味深げに周囲を見ている。


「あらいらっしゃいナ。どうかね、里の水草で編んだバスケットだヨ!」

「水草? ほほぅ、そんなので作れるんだ」

「ああ、綺麗な花を咲かせる草でネ、その茎は叩くと凄く頑丈でしなやかなのサ!」


 そう言って手に取ると、成る程細い戦意を撚り上げたものを編み込んで作っているようだ。よしとはまた違う頑丈さがあるように見える。

 また色違いの茎を使って模様が編み込まれているのもポイントが高い。


「おねえちゃん、かうノ?」

「さあ、どうだろうな。これは一つ幾らになるだろうか」

「ちょっと高いかもしれないが、1つ5,000タブラだヨ」


「ほほぅ。最後にもう少し考えてから決めることにするよ」

「そうかイ? ……まぁ気が向いたらまた来ておくれナ」

「おくレー」


 ステラは尻尾と手を振る少年に手を振りながら一度その場を後にした。



◇◇◇

……



 ここでステラがぴっと指を立てた。


「所で小生はどの店で買ったと思う? ちなみに用途は採取したヘルメリカと薬草をしまい込むためのものだ」


 シオンが手を挙げた。


「300タブラでそれなりに良い麻袋を買います。ここから値切って更に安く上がりますね」


 ステラがぶぅと頬を膨らます。


「なんでそんなこと言うのさ、ちょっとした息抜き的クイズ展開じゃないか!

 探索者的には凄く良いと思うけど、そうやって裏道探るの良くないと思います!」


「でも無駄遣いは良くありませんよ?」

「そりゃそうだけど、それで泣く人もいるんですよ?!

 特に『G』とか『M』とか付く人がね!!」


 ステラのブーイングにシオンが『使えればいいのに』と顎に手をやった。実際麻袋なら事足りるので、バスケットである必要性は皆無だ。



 続いてツァルトが手を挙げる。


「藁の柔らかいバスケットかしら。使った感覚ではは一番いいのよね」


 フッと笑うステラは勝ち誇ったようにシオンを見る。


「見給えシオン君、これだよ。こういうのだよ。

 ツァルトさんは本当に美人で優しくて素直で気立てが良い女性の鏡だよ。

 君はもっと見習ッテ!」


「僕男ですから。むしろステラさんが見習えばいいと思います」


「見事なカウンターだと感心するがどこもおかしくはないな……」


 フッと笑うステラは敗北を悟って顔を背けた。



「よし、茶番は置いといてだ……あのやわらかバスケットは不正解だよ。

 日々使うなら之一択と思う程度には良い品なんだが、野外に持っていくには脆すぎだね」


「なるほど。でも街使いならいいんでしょ? ちょっと気になるかも……」

「うむ、小生おすすめだよ。青い羽の翼人で気の良いイケメンさんだったよ」


 ツァルトは心の羊皮紙に素早くメモした。


「という訳で残るはドワーフさんのバスケットとリザードさんのバスケット。

 どちらを買ったかと言えば……小生はリザードの物を買いました」


「ドワーフの物は何故選ばなかったの? 値段が10倍近く違うじゃない」


 そこでステラがどうにもと表情を曇らせた。


「いやその。結果的に言えばリザードさんのバスケットしか選択肢がなかったんだよね」

「それってどういう……」


「実はドワーフのバスケットは魔道具だったんだよ」

「「え?」」


 2人が目を見開いてステラを見た。


「ただでさえ安いのに、そんなのおかしいだろ?

 だから憲兵さんに一言相談したら目の色変えて駆けていってね……そのドワーフのおばちゃんはアッと言う間にしょっ引かれていったよ。

 だから買えなかったんだよね」


 絵面としては幼女をとっ捕まえるゴツい鎧のオッサンであり、前世であればまず事案で晒される光景である。


 そこでツァルトがなにか閃いたのか口に手を当てた。


「3日前って、大捕物の件かしら。確か大規模な魔道具犯罪の摘発で、牢屋が大変なことになってるって聞いたけど」


 ステラが指摘した魔道具は、位置を知らせる機能と解錠……それも鍵の形を記録するような機能が付与されていた。知らずに持ち帰れば押込み強盗に遭うという訳だ。


 これをきっかけに摘発が進み、既に地下の非合法籠工場も差し押さえられているらしい。


 幾人かは取り逃したとはいえ、捕まった関係者には厳しい沙汰が言い渡されることだろう。


「なんか、とんでもない事になってるのな……」


 ステラとしてはちょっとした違和感を伝えたに過ぎない。まるでバタフライエフェクトのような連鎖性にステラは身震いする。


「そういえばステラさん。そのバスケットは幾らで買ったんです?」


「結局3,000タブラかな。初めて値切りだったから緊張したよ!

 でも初めてにしちゃいい感じだと思わないかい? ちょっとした布もサービスしてくれたんだ!」


 しししとステラが笑う。


「それ、品としては700タブラ前後ですよ。実用できる民芸品とは言え5000は攻めすぎですねぇ」


 ギギギとステラは固まった。


「……ふっ、ふぅん、な、ななひゃ、たぶら、なん、か、で、えっ? えっ?」


「ええ。市場を逐一見てないとわからないと思いますけど。

 後、買った後凄く嬉しかったんじゃないですか?」


「なん、わかっ、お、うぉぉ……」


 ちなみにくるっと回ってえへへと微笑み頬ずり3回後にヤッターと飛び上がる喜びようであった。


「なら布はサービスというより……ステラさんの喜ぶ姿に罪悪感が募りすぎて付けたんだと思いますよ」

「おぼっ、おぼぉっ?!」


 事実それを見たリザードの子供が凄ーく悲しそうな顔をして母親を見上げ、根負けした母親が安物の布地を付けたのだ。


 この場合買ったステラがバカなのだが、多少なり後ろ暗いと陽光は眩しく映るものだろう。


「まぁ勉強料だと思えば安いんじゃないでしょうか。物自体は良いものみたいですし、無駄にはならないでしょう」


「で、でもそうかぁ……しっぱいだったのかぁ……」


 随分しょんぼりしたステラに、シオンは苦笑しつつ頬をかいた。


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