03-07-02:銅級のお仕事:荷運編

 黄色い鳥が楽しげに駆け抜けるメロディーラインで、まるで機械のように陰鬱な仕事を淡々とこなす事を強要する歌があるらしい。


 この歌が示すのは仕事に対するそのものの見方である。それを楽しく思うか、陰鬱に思うかは結局その人の取り方次第。楽しく歌う彼女間違いなく前者である。


「しっごとしごとだァ〜しぃご~とぉ~、っほいほぃ♪」


 そんな歌を受注票を持ってきた銅級探索者の女性ハイエルフは歌いつつ、荷運びの仕事をさくさくとこなしていく。来た時着ていたフード付きマントは現在作業のジャマだからと脱いでおり、その美貌と服の下からでも判る特徴的な胸が之でもかと白日の下にさらされている。


 倉庫通りの面々はその不思議な歌に魅了されつつ、ほわんほわんと作業風景ステラを眺めていた。


 そんな中、しっかりと仕事ぶりを見ているのは現場監督その人だ。


(周りは使いもんになんねーが、彼女自身は随分まともじゃねえか)


 最初はハイエルフということで一体どうなるかと思ったが、見てみればちゃんと真面目に仕事をしてくれるいい娘であった。あと。現場監督は倉庫通りでは稀有な尻派であった。


「ほーいしょぉーい!」


 ぐいっと持ち上げる木箱は彼女が丁度一抱えするほどの大きさだ。しかし見た目と異なり大人でも持ち上げるに苦労する程度の重さがある。だが彼女は気の抜けた掛け声とともに、それを軽々と持ち上げていた。


 荷運びの男たちはその様に唖然と、または頬を緩めて眺めていた。後者は乳派である。


 なんといったって彼女の祝福が抱えた箱に乗っかっているのだ。最早木箱を運んでいるのかその乳を運んでいるのか誰もわからない。ただ目の保養にとても良いのは事実、皆がほっこりしている。


 だが監督はむしろ『グッ』と荷物を持ち上がる瞬間、スカートに浮かび上がるヒップラインが最高にグレートだと思っているので、立ち上がった後は寧ろ残念に思っている。


 とはいえ尻ばかり注目するのもよろしくない。彼は監督であり、彼女という人材を査定する義務があるのだ。個人的にはひゃくてんまんてん! なのだが、職務は果たさねばならない。


(しかし魔法使いがやるとめちゃくちゃ速いな。ウチにも1人欲しいぐらいだ)


 この倉庫の整理は商会の標準的荷運びの男で1人日かかるところ、彼女は半日と立たずにほとんどを終わらせている。さらに整理も丁寧、几帳面さが見える仕事ぶりだ。


 現場監督がなぜ二重三重に感心しているかと言えば、魔法使いマギノディールは普通こんな仕事をしないからだ。


 彼女は恐らく〘フィジカルブースト〙を利用しているのだろう、これは魔法使いにも使用可能である。だがそれを使って荷運びする位なら詠唱魔法マギノ・ワールで討伐に出たほうが遥かに実入りが良い。


 なので今までこうして仕事を受けに来ることはなかったのだが……実際目の当たりにすると想定以上だった。


(いや本当にあっと言う間だったな……)


 ぴしりと居並ぶその光景は現場監督をもってして美しいと言わしめる様で、今正に彼女が抱える箱が収まりさえすればこの仕事は文字通り『完成』するだろう。


「……ん?」


 だが彼女は最後の箱を置かなかった。それどころかそっと荷物を地面に置いてしまっている。何があったのかと見れば、ちょうど置こうとした隙間に何かが潜んでいる。


 あの特徴ぶち柄は……この倉庫近辺に住んでいる野良猫ブッチだ。


 なんだか人を殺めてそうな鋭い目、ぶちゃっと潰れたような鼻に不機嫌そうな口元。此処まで来ると子供が泣くほど凶悪面の猫なのだが、しかし付き合ってみれば寧ろ気の利く良い奴なのだ。ブッチは倉庫通りの男たちの癒し系ホープ、ぽっちゃりふわんこニャンニャンコであった。


「なにやってんだブッチの奴……」


 普段ほぼ仕事の邪魔をしないブッチが何故あんなところに。ブッチは見た目通りに重いしとても頑固者だ。一度そうと決めたら絶対に譲らない侠気あふれるふかふかニャンコである。


 とはいえ慣れていない相手に牙をむく程度の野生がブッチにだって残っている。これは手を出すべきかと現場監督が足を踏み出そうとして……とまった。


(アレ、何してんだ?)


 女性はじっとブッチを見やり、近づいてすんすんと匂いを嗅ぐ。何をしているのだろう? 現場監督は、いや、荷運びの男たちを含めて注目が集まる。



 そして見てしまった。



「にゃー、にゃー?」

「ナォォ〜……?」

(((??!?!)))


 ハイエルフが……猫なで声でブッチに話しかけている!


「にゃーぅ、なぁーお!」

「……ニャーゥニャァア」

「にゃん?」

「ニャァアオ!」

「にゃあ~ぉ」

(((!!!?!)))


 しかも会話が成立しているように見える!


「にゃぁう」

「ナォォ……ォァ」

「にゃん!」


 ふと会話が止む。するとあのブッチがのっそり立ち上がって、その場を譲ったではないか! すかさず彼女ができた隙間に荷物を収めパーフェクトな仕事がここに完成した。

 依頼の仕事はここで終わり、あとは現場監督に完了表を貰えば終わりなのだが……彼女はすぐにはそうせず、真っ先にブッチの元に駆け寄り膝をついて向き合った。


 ブッチが目の前にてこてことあるいて、膝の上に乗ってぽむんと身を横たえた。一体何が始まるというのか。


「フフン♪」


 そして彼女はブッチを優しく撫でた。それはもう思う存分撫でた。


 背中をふさふさ、うでをふにふに、あごをもしゃもしゃ、ほっぺをふーにふーにわしゃしゃっ! とその繊手がマッサージするように撫でる、撫でる、撫でまくる!


「フニャァァァンァァァォォオ……」

(((!!!!!)))


 ブッチが、あの侠気溢れるブッチが今まで聞いたことのない、とても気持ちよさそうな声で鳴いている……!


「俺が撫でてもあんな声出さねぇのに……」


 1人がポツリと呟き、俺も、俺もだと波紋が広がる。ブッチは倉庫通りのアイドル猫である。むさ苦しい男どもの心の癒しである。


「フンフーンフン♪ ここかぁここかぁ~♪ ここがええのんかぁ~♪」

「ンナァアアオォォオォ……ォォアァァァァ……」


 あいつは、あいつは少々荒っぽい俺達でも撫でさせてくれる気のいいニャンコである。ぽむぽむおなかのわがままボディが心地よいニコニコニャンコである。



 それをあんな、おなかまで見せて……あいつは露骨に我々のブッチを狙っていく。



 いやらしい。



 男たちはギシリと歯を噛んだ。


 なお余談であるが、ブッチはオスである。


「ナァオ…………ニャン!」

「にゃー?」

「ナォォウ」

「にゃん」


 それを感知したのかしないのか。ブッチがおもむろにころんと立ち上がり、ふすーと鼻から息を吐く。どうにも満足したのか踵を返してテコテコゆっさゆっさと去っていった。


「フー、強敵であった……あのモフモフ柄、覚えておこう」


 やり遂げて額を手の甲で拭うステラに現場監督が思わず駆け寄った。


「な、なぁアンタ。ブッチの事を知ってんのか?」

「おや、監督さん。さっきの猫君なら初めて合ったが、ブッチというのか……ふにふにボディのナイスニャンだったなぁ」

「……お、おう」


 ほわぁ~と恍惚とした表情に、現場監督の気が緩む。美人は笑うだけで場を支配する。ずるいがこの世の摂理である。


「ってそうだった……依頼票の仕事は此処までだったね、完了で良いのだろうか」

「そうなんだが……その、1つおしえちゃくれないか?」

「なんだろうか?」


 こてんと首をかしげる彼女に、現場監督はおずおずと切り出す。


「……その、なんだ。ブッチの撫で方を教えてくれないか? 俺達あんま上手くないみたいでよぉ」

「かまわないぞ、頼まれたことだしね」

「いいのか?!」

「かまわん、そして広がれニャンコの輪!」


 デデンと手のひらを前に突き出し、胸を張って女性は答えた。


 荷運びの男たちが『ざわ……ざわ……』する。野郎抜け駆けしやがったという嫉妬心だが、同時にブッチを撫でる方法と聞いてその耳は完全に此方に向いている。


「あ、その前に完了票おくれよ。その後のほうが都合が良かろう」

「そうだな……ほらこいつだ」

「……たしかに受け取った! では要点なのだが――」



 この後現場監督は手取り足取り猫の撫で方レクチャーを受けた。肉球に似た感触の手をでさわさわ握られた監督の顔は真っ赤になっており、それもまた荷運びの男たちの嫉妬心を煽った。いやらしい。


 これはもう決断的にいやらしいので、荷運びの男が監督の奥さんに『アイツ尻みてましたぜ』と密告するのも仕方ないことだ。なお晩ごはん抜きで済んだようだ。



◇◇◇



 ……数日後、ソンレイル探索者ギルド3F。書類が積み上がったその部屋に、受付嬢ツァルトは一枚の手紙を持ってその男に対峙していた。


 白髪眼鏡でやんわり微笑むナイスミドル。目は漆黒に白い瞳を称える彼の背中には、黒い翼が揺れている。アイロンがけされたワイシャツをピシリと着こなす彼こそ、ソンレイル探索者ギルドマスター、パライソである。


「ギルドマスター、ロックン商会から感謝状が届いています」

「感謝状?」


 首を傾げるパライソ。お祭りやら何やらでもないし、特にアクションを起こした記憶がない。であれば探索者向けの感謝状と成るのだが……続けるツァルトの言葉で顔が鋭く引き締まる。


「その、件のハイエルフの件で……」

「……見せてみなさい」


 パライソが羊皮紙の感謝状を紐解き目を通す。そこには確かに感謝の言葉が記されているようだ。


「ツァルト、之はどういうことかな?」

「現場監督の者に聞いてみた所、ブッチ――ああ、あの近辺に住んでいる野良猫です。が世話になったからと」


 え、猫? パライソは首を傾げた。


「どういうことなの?」

「猫の撫で方を教わったそうで……」


 パライソが信じられないものを見るようにツァルトを見た。


「それだけ?」

「どうもそのようですよ?」


 パライソはぽかんと戸惑ってツァルトを見る。


 余談だがあの日を堺に倉庫通り面々の猫撫スキルは急上昇しており、ブッチのナデナデ満足度は有頂天である。

 それ故か倉庫通りにはブッチ以外の野良猫もぽつぽつ増えはじめており、荷運びの男たちの癒しとやる気につながって効率がぐんとあがっていた。正に癒しこそパワーである。猫は最強であった。


 ただそこまで話の見えていない両者にそれを推し量ることは出来ない。


「どういう、こと……なの?」

「わかりません……」


 ですが、とツァルトが続ける。


「少なくとも感謝状が来るなら仕事ぶりに問題なかったはずです。寧ろまた来て欲しいと催促が来るほどですし」

「なんとまぁ……」


 パライソが頭を抱えた。自身のギルドから出た探索者としては誇らしいのだが、それを引き起こしたのが件のハイエルフというのがどうしても引っかかる。


「……あのハイエルフに関しては引き続きすることにします。ツァルト、引き続き宜しく」

「承知しました」


 そうしてツァルトが一礼してから退室した。



「……全く、は何をするつもりなのだろうか」


 感謝状を鋭く見つめるパライソは、少し疲れたように息をついた。


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