03-07-03:銅級のお仕事:受注編・改

 何度か仕事をこなすなか、流石に懲りたので朝のラッシュから少しだけ時間を外してやってきた探索者ギルド。


 それにしてはどうにも人が多いように見える。依頼を取るでもなく、窓口に並ぶでもなく、何かを待っているようだ。

 ステラは疑問に思いつつ、しかし張り出されたその依頼票という最大の興味の前に首をかしげていた。



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対象:銅級以上

顧客:七栄教会・境通り孤児院

依頼:屋根の修理依頼

内容:孤児院施設の修理をお願いします。

報酬:

期間:―

特記:できれば屋根の上に登れる方でお願いします。

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「どうしましたステラさん」

「シオン君、この依頼を見てくれ。報酬がやたら低いようだが」


 倉庫整理では1日働いて500タブラ稼げるところ、孤児院は銅貨7……たった7タブラである。串焼き一本も買えない額だ。

 つまり完全に赤字になる依頼でありはずなのだが、ギルドを通した――依頼内容は勿論監査される――以上あまり不審なわけもなし。つまりこの依頼票は全く持って正規のものということになる。


「ああ、慈善依頼じゃないですか」

「じぜんいらい?」


 ステラが首をさらにかしげようとして……真横になりそうだったので反対に傾げた。


「ええ。ご覧の通りコストに見合わないのですが、助け合いの一環でこう言う依頼が出されることがあります。7枚の善行なんて言いますね。

 基本的に赤字になるものなので、余裕がある探索者が受けることが多いです」

「ほほう」


 つまりは物好きが受けるたぐいのものだろう。また神の実在する世界であるが故、こうした善行を神は観てくださると余裕がある者は率先して受けるものらしい。


「……しかし孤児院か。どうしようかな」

「受けたいなら受けてもいいでしょうが、修理できるんです?」


「問題ない。なんたって小生魔法使いマギノディールだし!」


 正確には魔法使いマギノディールなのだが、地平を広げるがごとく拡大解釈した広義であれば確かに魔法使いである。系譜は違うが魔法を使うのは確かなのだから嘘ではない。


「その謎の自信は何処から来るんですかねぇ」


「空元気も元気! みたいな理論だな。まあ大丈夫だろ。

 まず最低ランクの銅級以降に依頼をかけているから、『技術があるに越したことはない』けど『人手が足りていない』ってとこじゃないかな」


 フフンと推論を語り、ちっちと人差し指を降った。


「因みに屋根には登れますか?」

「は? どうして登れないんだ?? 登れるだろ屋根くらい」


 シオンが眉間をもんで指摘する。


「孤児院って、経営方針が場所により異なるんですが……こうした場合老朽化が進んでいるケースが多いんです」

「え、つまり?」


「よっぽどひどい場合、下手すると屋根を踏み抜いて落ちますよ」

「……!!」


 ステラが愕然としてシオンを見る。暗にステラが重いと言っているのだ。


 失礼なのは重々承知だが……彼女が屋根を踏み抜いて大穴開けた挙句、地階倉庫まで落下して怪我するよりはよっぽどマシだ。容易に想像できてしまうだけに、簡単には許可は出来ない。


 なおステラも同意見である。


「?」


 ……ふとみれば、ステラが徐に胸とお尻をさわさ和と触って気にしていた。大きなそれらはステラの繊手に押されてふにりと形をかえる。


「ステラさん、なにしてるんです……?」

「いや、ちちしりふとももが重いばかりに屋根に登れんのかな、と……」


「いや、そうなんですがそうじゃなくて……」

「実際重いぞ。遠心力でブラが弾ける程度にはなぁ! お陰で素早く動くことも出来んよ」


「えぇ……なら動かなきゃいいでしょう……」

「そういう時はいつ来るかわからんだろう?」


 ステラがニコッとわらい、しかしその表情はすぐに暗くなる。


「それに、先日肩紐が弾けたブラ、それを眺めるハシントさんを君は見たか? あれはヤバいぞ……」

「な、何がですか?」


 シオンがその剣幕に飲まれて戦く。


「なにがヤバイって、すっごく優しい笑顔だったんだ! ハシントさんはパーフェクトで可愛らしいメイドさんなのは自他共に明らかだが、これに限って本質はそうじゃない。


 『仕方ございませんわねぇ』


 っていう諦めにも似た境地だよ。アルカイックスマイルだよ。もう申し訳ねぇ気持ちでいっぱいだよ! あれは流石に胃にぴりっと来て『ゔっ!』てなったわ」


 シオンが『あれかぁー』と苦い顔をして頭を掻いた。先日なんだか元気なさそうだったのはそういうことなのだろう。


「と言う訳でこの身の罪悪感を払うという、至極退廃的かつ自己中心的な免罪符を得るため受けようと思う!」


 それって根本的に何の問題の解決にもなっていないのでは……とシオンは思ったが、彼女がそう思うならそれで良いのだろう。彼女の中ではなのだから。


「はぁ、わかりました。今回は僕もついていきます」

「え、いいのかい? 実入りはないんだろ?」

「怪我をされるよりは安上がりかと」


「なるほど……それならリスクヘッジは万全だね! 流石はシオン君、我が師だなー!」

「そういうときだけ師を仰ぐの、どうかと思います」


 元気よく応えたステラがぴしっと依頼表を持ってカウンターへ向かっていく。シオンもため息をつきつつ、それについて行った。






 ……という一連のやり取りをこっそり伺っていた探索者たちは、それぞれ満足げな顔でぞろぞろと動き出した。


 その中に耳の大きな金毛の狐顔の男とアフロの巨漢の姿があった。アフロの中にちょこんと申し訳程度に見える耳は大熊氏で、隣にいる流し目の彼は探索者の相棒だ。


「……言われて付いてきてみたが、意外と楽しめたな」

「だろ? 朝の鐘にゃぁ外れているが、そうしねえと見られねえからな」


「おう、何よりあの美人の……なんつったっけ」

「ステラな」

「おうおう、それだ! そいつがくるくる回って動くのが面白えや」

「おう、阿呆のようで頭が良いようでアホの娘だぜ」

「それ褒めてねえだろ!」


 そう、朝一のやり取りが何故か一部に広まりちょっとした朝の憩いになっていた。

 演者に敬意っぽいを払い『劇団ステラ』と呼ばれるこの一幕は、ソンレイル探索者ギルドの名物になりつつあった。


 耳狐氏がエールを煽りつつ、ふと思い返したように話をする。


「でもよ、あの依頼大丈夫かね」

「何がだ? 孤児院の修繕とか言ってたが」


「あれな、なンだよ」


「ブフォッー!!!」

「ウォオオオオ!!」


 大熊氏が飲んでいたエールを盛大に吹いて、耳狐氏が慌てて避けた。


「きったねぇ、なにしやがる!」

「わ、わりぃ……でもオンボロ孤児院じゃねぇか。何が気になるってんだ?」

「いや出処はわからん噂なんだが……あそこに〈血塗〉が化けて出るらしいんだ」


 大熊氏がひくりと頬を引きつらせた。


「そっそそんなわけねぇだろうが化けて出るなんざ馬鹿じゃねえのかおめぇそのデケェ耳は飾りかよ根拠もねぇ噂を掴みやがってあるわけねぇだろそんなこと」

「なんだとテメェ…………あ、もしかしてビビってんのか?」


 侮蔑するように笑いながら言えば、大熊氏のアフロが墓分と膨れた。


「あ゛あ?! なんだとてめぇ! やんのか!」

「上等だゴルァ!! 運動場に出やがれ!」

「吠え面書くんじゃねぇぞテメェ!!」


 そうしていがみ合う2人は運動場の使用許可を取ってから、仲良く喧嘩しながら向かっていく。


 残った探索者がさあて始まったぞとにやけながらそれについていく。こうした喧嘩は探索者の華だ。特に魔銀級ミスリルのやり合いとなれば見ごたえも十分である。


そんな彼らもまたソンレイル探索者ギルドの名物コンビであることは言うまでもない。

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