03-07:銅級のお仕事

03-07-01:銅級のお仕事:受注編

 探索者の仕事、そのフローはまずギルドに訪れることで始まる。


 朝を告げる鐘が鳴り響くとき、その日を開始日に発注された依頼クエストがまとめて張り出される。ボードごと木札に記されたそれらは基本的に取ったもん勝ちであり、割のいい仕事から真っ先に消えていく。


「なので朝が一番混むんですよ」

「  」


 依頼は大きく7つの種類がある。


 1つ、『討伐』は魔物を狩る仕事だ。指定の種を指定の数狩り、その証明は特定部位の切り取りで証明する。探索者において最も基本的な仕事であり、大きな収入元であると言える。当然ながら死亡率が高いのも特徴だ。勿論対策を練ればリスクは低減するので、慎重な狩人ほど生き残る事ができる。


 2つ、『採集』は街の外における薬草や素材の回収を行う仕事だ。採集対象についての植生、採集方法、保管方法等の専門知識が必要となる仕事であり、ただの薬草1本でも、採り方1つで価格が万倍変わるのが特徴である。慣れれば『討伐』の副収入とする事ができるため、採集方法を覚えているものは多い。


 3つ、『護衛』は行商や商隊等の街から街へ移動する者たちの警護を行う仕事だ。また魔物以外にも山賊、野盗など対人戦が最も想定される仕事であり、『待ち伏せ』に対する戦闘が必然多くなる依頼種だ。これに関する『勘働き』があるものは依頼者、探索者共に敬意を評され頼られる。


 4つ、『調査』は少し特殊で、ソンレイルのような大都市ではまず発生しない。もっぱら開拓のための下調べとして指定地域の植生や生態を調べると言ったことや、魔物の集団的暴走スタンピードの兆候が見えた場合の裏取りなど、その知識と実力が最も必要とされる。いわゆる斥候任務だ。


 5つ、『街仕事』は言葉のとおり街や村の中での仕事だ。荷物整理や掃除など、単純に人足を必要とするものから、店番や会計計算補佐、会場警護等専門知識や経験を要するものまでピンキリとなっている。

 また住民からの信頼に呼応して受けることの出来る依頼が広がるという特徴がある。どうしても命を張る仕事ではないため、外向きの探索者は軽視する傾向にあり、めったに専属で付くことはない。


 6つ、『迷宮』はその名の通りダンジョンに関する仕事である。そう、この世界にはダンジョンが存在しており、各迷宮の特徴に合わせて上記5種類の依頼が発生する。例えばセーフエリアの維持や、未開地探索、また迷宮固有種の討伐等がこれにあたる。

 迷宮はその名の通りヒトクイの大きな魔物とも捉えられているが、しかし活かすことで莫大な利益が得られる諸刃の剣である。そんな迷宮に対する依頼は、ハイリスクハイリターン。最も稼げるが最も死亡率の高い仕事となっている。


 7つ、『指名依頼』は名の通り、探索者単体、ないしパーティーを直接指定して発注される依頼だ。そのパターンは大きく3つ。


 1つは依頼者が指定する場合。その依頼の内容に関して、この探索者を是非にと求めるもの。断ることも出来るが、依頼主は概ね大商家や貴族になるためリスクを考えるとほぼ断ることは出来ない。

 1つはギルドが指定する場合。その依頼の内容に関して、難易度や特異性から達成可能な探索者を指定するもの。受注は強制ではないものの、異変の調査や予兆に対する裏付けの依頼はこの形で発行される。断った場合のリスクは少ないが、成功した場合の評価は反対に高い。

 1つはギルドが依頼する場合。ある特定の状況において、必要とする状況を打開するために直接依頼をするもので強制依頼とも呼ばれる。



 とはいえそれが発生するのは最低でも銀級からで、名が売れたベテランに対して発行されるもの。銅級であるステラが意識するべきことではない。



「張り出された札を取って、窓口に持っていくんです。そこで札を有効にしてもらって依頼に出向きます」

「  」


 これも朝混み合う原因の1つだ。印刷技術がない故、どうしても手続きが手書きになってしまい時間がかかる。この処理待ちで大変時間を食う事、またこの混雑から逃れる意味でも皆早く依頼を受けに来て、真っ先に受付に並ぶのだ。


「依頼を完了したら、依頼者がいれば完了票を貰います。ない場合はその証明となるものを持ち込めばいいですね」

「  」


 こうした『木札』により依頼を受注する仕組みから、探索者の識字率はかなり高い。無論貴族が使うようなおべんちゃらを駆使した難解な暗号文が読めるほどではないが、日常利用する分には十分な教養を盛っている。


 しかし依頼者もそうだとは限らず、読み書きの出来ないものが発行する依頼も少なくない数存在している。


 なので依頼の完了について、ギルドが発行する依頼票と対になる完了票を依頼者は所持しておき、完了を持ってそれを回収。ギルド窓口に提出することで報酬を受け取る事ができる。


 なおこれを渋って完了票を渡さなかった場合、最終的に依頼者は死ぬ。


 どういうことかと言えば……まず発覚した時点で、ギルドが直々に事実調査を行う。結果意図的と断定された場合……以降が関与する、ほぼ全ての依頼の発注が拒否する。

 たとえばそれを村単位で行った場合、村で問題が起きてもギルドは一切助けることはしない。また何時も頼んでいるギルドがダメだからと、別の町に頼みに行っても無意味だ。


 発覚した時点で探索者ギルド全体に公布され、結果如何なる探索者もその場所に寄り付かなくなる。


 この依頼の拒否というのが難であり、その村に立ち寄る行商の『護衛』すら受けられなく成る。結果行商人が来なくなり経済が停滞、内部に店を構える商業団体各種も先がないため時置かずして撤退してしまう。


 つまり陸の上で孤立するのだ。こうした連鎖反応から結末は破滅である。とばっちりを受けた人々の末路はあえて言うまい。


 こう明言して脅している以上普通に考えて破るものはないと思うだろうが……これで滅んだ村が幾つかあるというのだから救われない。



 とまれ探索者ギルドで仕事を受け、現場で熟し、完了票を受って窓口に報告する。

 この繰り返しが探索者の仕事、その大まかな流れだ。


「まあ銅級だと張り出されたものは、ほとんど受けられませんけどね」

「  」


 ステラも以前気づいた通り、銅級は試用期間のようなものだ。受けられる依頼はかなり限られる。勿論これには抜け道もあるのだが。


「師弟を結んだりパーティーを組むなら、パーティが『鉄級』以上となって幅が広がるのですが今回はやりません」

「  」


「……ステラさんどうしたんです? さっきから静かですけど」

「いや……この混雑を見て嫌な記憶が蘇ってね」

「それは……?」


 シオンがゴクリと息を呑む。名を失うほどの経験を経た彼女が、このスシ詰めの人混みに嫌な感覚を得た。それはつまりに連なるものではなかろうか。

 そう思わせている点、ステラは上手くシオンを騙せていると言える。



「ああ……。


 夕闇の折、輝かしきはスース・マゲッートのトックヴァーイ。


 貼り付けられた刻印は3割を引き、5割を引く金貨への免罪符。


 求める者は若い女も年老いたもの、まるで獣のように群がるのだ」


 まるで魔術詠唱のようなそれにシオンがゴクリと息を呑むが、ただ特売と書いてと読む系の話である。あるいはバーゲンなる平和な商業活動に舞い降りた、過激殺伐バトルロイヤルである。負けたものは国許に帰らねばならぬ、そのものには家族がいるのだから。


「シオン君。逢魔が時とは恐ろしいものだな?」

「……そう、ですね」


 おそらくトーヨーのと察したシオンだが、単純に午後19時以降のお惣菜は安売りだよと至極カッコつけて言っているだけだ。


 そんなステラの辟易とシオンため息が喧騒に消えていき……。


「と言う訳でこの人混みに突っ込むとマッハで内蔵ひねり出されそうなので、行かな 「……行きましょう」 くぉおん……」


 刹那的切り返しでステラの耳がぺしゃんとつぶれる。途中から『これ言訳の奴だ』と気づいたシオンの差配は実に見事である。この世界がステータス/レベル制度の世界であればツッコミレベルは有頂天であったろう。


「行きましょう?」

「……マジか?」

「何時かはやらなきゃならないんです。それは今、ですよ?」


 シオンが真剣な面持ちで人差し指を立てた。それにステラは慄き、しかしフッと不敵に笑った。


「その熱い信頼……小生は応えねば成るまいな! どうか骨は拾っておくれよ!!」

「あっ!」


 言うが早いかステラは身を翻して人混みに特攻!


「グワーッ!」


 ――ああっと! すてらくんはし゛かれた!


 だが諦めない。再度身を捩り突撃し、今度は踏ん張って再度柔身をねじ込み潜り込んでいく。すると絞り出すような


「きゅエエェェェ……」


 と聞き覚えがある声色の鳥が鳴いていたが、シオンは気の所為にした。あんな鳥ぼくしらない、泣き声知らないし。シオンは真実から目をそらしている。


 そうして泣き声が2度3度響いたあと、すっかりボロボロになったステラが


「ぬ゛ぉあ゛あ゛………あ゛ぉ゛……………」


 とゾンビめいた叫びをあげつつ抜け出てきた。結った髪は解けかかり、衣服もかなり乱れている。涙目の彼女はシオンの前までやってくると、べしゃんとくずれおち身を抱くように胸を抑えた。


「ひぃー、ふひぃ~、死ぬかとっふぅぃ~、思ったんだがっ?! はひぃー」

「え、そこまで、でした?」


 シオンが思った以上に彼女は消耗していた。普通こんなにならないのだが、この短時間の内に一体何があったというのか……。


「胸が、胸が肺を! 肺を圧迫するんだ……! それで息ができない、陸で溺れるかと思ったよ……!!!!」

「あー……」


 その豊満が過密度120%を越える人混みの前で押しつぶされ、しかし逃げ場の無い圧がすべて内向して肺を潰したのだ。


 さらにステラの存在に気づいた者が運良くタッチしてしまう系のハプニングに預かろうと、人混みの中で動こうとしたので過密度は更に倍点。


 体感200%の圧がロビーのステラにかけられていた。


 最早摩擦でその巨胸が、その巨尻が擦れモゲるとステラは本気で思った。悲痛の鳥の鳴き声は主に之が原因である。


 でかいと特売で不利、ステラは貴重な実戦経験を積んだ。


「……でも、よく行きましたね? てっきり諦めるものとばかり」

「そりゃ仕事なら行くだろ」

「でも渋っていたでしょう?」

「確かにそうだが……」


 ステラが立ち上がりつつ、ふっと遠い目をする。


「……裸祭りよりはかなっ、て」


 ぐちゃぐちゃな身だしなみも合わさって、ステラから悲壮感が漂っていた。


 その気の狂った語感とこの状況から察するに、きっとに違いないとシオンは口をつぐんだ。実際ステラが説明したとして、『男たちの汗と涙と結晶で、男雲が出きまーす』などと説明されても全く理解できないだろう。


「何にせよ依頼は取れた。これで仕事ができるよ、やったねシオン君!」

「そうですね。ならツァルトさんの所に行ってみましょうか」

「おうとも、行ってくるよ!」


 意気揚々とあるきだすステラを、シオンは若干の不安を覚えつつ送り出した。今回はというルールを課している。先程助けなかったのもこれが理由だ。


(でも某かやらかすんだろうなぁ)


 シオンの信頼しんぱいは今、最高に燃え上がっていた。



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対象:銅級以上

顧客:ロックン商会

依頼:倉庫整理

内容:当商会の倉庫整理をお願いしたい。

報酬:500タブラ

期間:―

特記:力仕事、出来高により報酬増。

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