03-06-07:はじめてのおつかい~The Last Mission~
時間も時間と言いつつたっぷり遊んでしまった感のあるステラであるが、ミッションはもう一つある。そのため遊び足りない三人組の誘いを辞して、こうして街を歩いている。
そのミッションとは何かといえば……。
「そう、買い物だ……」
何故少なくない金額の硬貨を持たされたのか。それは一人で買い物するという
「ああ、串焼き……」
そう目指すは焼鳥、それが敵わないなら肉の串焼きだ。へへ、うぐいす餡なんざ邪道の極みよ! ステラは未だに串モノに飢えていたのだ。
この『おつかい』をするに当たり下準備はバッチリである。
『ソンレイル観光ガイド』には屋台通りについての記載があり、名物の魔物兎『ファッテ・ラビ』の焼き物を食わずしてソンレイルは語れないとの一文を確認していた。
ところで兎の数は『1羽、2羽』と数える。そう、ブディズムホウベンロジック曰く兎は獣ではない。鳥である。つまり焼き鳥。完璧な理論だ。
だからステラは成さねばならない。この焼鳥をつかみ取り、はっふほふむっしゃもっちゅもっちゅむしゃあと貪らねばならないのだ。レギンの所でサンドイッチを控えたのは、なにも味見を済ませているからではない。
この焼鳥というシャングリラを口にするただそのためである。
人がそれを聞けば、『そんな料理上手のドワーフの料理を食っておきながら何故ジャンクフードを求めるのか』と言うかもしれない。
それにステラはこう応えるだろう。
『それはそれ!!! これはこれ!!!!』
それぞれには其々の良さがある。勇者と村人を並べて『これは同じ! 平等!』などと訴えて誰が納得するというのか。それは傲慢な差別、勇者にも村人にも失礼というものだ。
さらに言えばステラは初めて異国の通貨で買い物をすることになる。初めてお金を使うというのはどうあがいても一大イベントだ。ステラはそれを非常に大変楽しみにしていたのだ!
だというのに。
「……なぜ、閑散としているのですか? 小生それがわからない」
フード越しに見る屋台通りは、なんだかやりきった感あふれる店主たちが楽しそうに、時には悔しそうに店をたたんでいた。まだ昼を過ぎたくらいのはずだ。体感的に14時位である。
だからみんなまってくれ、店をたたむには早すぎる。ちゃんちゃらおかしいではないか、まだかきいれ時だよ。開こうお店、そして焼き鳥を我が手に。
【鷲の目】の視界と本来の視覚をフル稼働して見渡すが……どうにも、開いている店がない……。ふとステラの近くに、黙々と後始末をする店主を見かけたので声をかける。白いまんまるの耳をしたずんぐりむっくりの彼は、どうやらシロクマの獣人のようだ。
「そこの明らかに焼肉串を扱ってそうなおんちゃん! なんで皆屋台閉めてるんだ?!」
「あん? あー、なんか聖女様が現れたかららしいぜ?」
「え、聖女? どういうことなの? 凱旋するから見せしめに店閉めちゃうの?」
「ブフッ! ッゲッホゲッホ! すっ、すまねぇ。
えー、とな。よくわかんねえんだが、食事大切さを説いた聖歌を路上で歌われたらしい」
「ふむ? まあ食事は大切だが……それがどうつながるんだい? 聖歌一つで成果が出るなんておかしいだろ」
「フブゥ……! フゥーフゥー……すまねぇ。
えーとな。歌を聞いた腹減ったつって屋台通りが大賑わいでな。ウチもえらい稼がせてもらったぜ!」
「なんとォ……! 稼ぎに枷がハマったのか」
「バフォ!! ひっ、ひっ、ふぅ……」
「おんちゃん笑いの沸点低すぎないかい……? 大丈夫? 小生でも引くぐらい悲苦いギャグなんだけど」
「ふっ、ふぶうっ!! ッゲッファッゴッフォ!! やっやめろォ!!!」
「ごっ、ごめん……打てば心地よく帰って来るからつい……」
ステラが苦笑いしつつ頭を下げると、ぐぅと唸って店主が頬をかいた。
「ま、まぁまぁいいけどよ……ってなわけで誰もかれも店じまいなんだわ」
「ぐえぇー」
フードで隠れているが明らかな美女がスゴイ声をだしたもので、店主がビックリして二度見した。ステラはハッと顔を上げる。
「い、いやでも店じまいしつつストックがある系の
「この流れで売り切らねぇってよっぽどだぜ? 寧ろ在庫が無くて歯噛みしてるやつのが圧倒的だろうよ」
店主の見事な切り返しに、口をプルプルと震わせる。
「ぐ」
「あん?」
「ぐぅええぇー……」
「す、すげぇうめき声だな」
なんてことだ、我が崇高なる使命に水を指す不届きな奴め! なぜこんなジャストタイミングで楔を打ち込むのか! これは陰謀だ、その聖女は『ゴ』で始まり『ム』で終わる暗黒非合法組織の怪人に違いない! 之は絶対そうに違いないのだ!
「はぁ……でなおすしかないのか」
「なんかわりぃなあ嬢ちゃん……また来てくれや」
「うん……」
鞄のグラジオラスがもの言いたげに……いや、物凄く言いたげに黄色を返しているのだが落ち込むステラはさっぱり気づかない。
今彼女の頭の中はファッテ・ラビの串焼きが天使の羽を付けて、輝ける天へと誘う
ああ、見やれ! 少年と犬が焼き鳥を手招きしている! だが明らかに口元が涎でしゃばしゃばなのだ!!!
というわけで他に気を割く余裕はまったくなかった。
(なんか、悪ぃことしたなぁ……)
店主は去りゆくしょぼくれた背中に罪悪感を感じつつ、気を取り直して片付けを再開した。
◇◇◇
「……で、何も買えなかったんですか」
「うん……」
食堂でぺしゃんと潰れるステラは、シオンにか細い声で答えた。なお庭師デルフィからすでに報告を受けているシオンは、事の顛末とその原因などすべて把握している。
「許すまじ聖女……食い物の恨みは深淵より深く天界より高いのだ……螺旋を描くウロボロスの尾より遡り、世界樹のさえ乗り越えて打ち砕く所存……」
「其処まで恨むことですか?!」
「ああ! たべもののうらみはすごいぞ!」
(自分を許さないのかぁ……ややこしいなぁ)
完全に因果が応報してしまったパターンなのだが、己のことを『聖女』などと罷り間違っても思っていない彼女に気付く隙は一切ない。
「ま、まぁ次の機会がありますよ」
「……そうだね、串焼きは逃げないもんな! ああ、待ってておくれよファッテ・ラビの串焼き……! 必ず貴様を
息を吹き返したステラがふんすと鼻息を吐く。
「よーし、ところでシオン君。今回のお使いについてはどうだろう。リザルトとしては『まぁまぁ』じゃないかな?」
「まぁまぁ……?」
シオンの中で全く『まぁまぁ』どころではないのだが、ステラはそれに続ける。
「まず主目的の『シターの戦槌』に荷物を届けるのは達成できただろう?
副目的の『お買い物をする』は出来なかったけど、これは機会はいつでも作れる。
なら成功と言って良いんじゃないだろうか?」
某狩人遊戯も副目的達成したら帰って良い仕様だ。これはもう完璧無比、一分の隙もない。
シオンは言いたいことはたくさんあるのだが……、
「どうだろう。安心とは言えないまでも、これならシオン君も単独行動できるだろう?」
嬉しそうに笑うステラを見てはどうにも言い出せない。自分のためでもあるだろうが、同時に誰かのために動いているのだ。
どうかなどうかなと期待の目でシオンを見る彼女に、ふうと息を付いたシオンは苦笑いしながら頷いた。
なお途中光っていた事については別途説教になったのは言うまでもない。
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