03-04:追走!

03-04-01:追走・三者三様

(やべぇ)


 折れ直ちゃんを抱え走るステラ困っていた。それはもう大困りである。


 ここで困った時に読む系の超好都合な不可思議迷宮出土品の巻物の1つもほしいところだが、そんな都合の良いスクロールはこの世界にはない。そもそも東洋文化がないから巻物が無かった。


(レヴィちゃんを見失った上に、道がわからん……)


 シオンの懸念は速攻で回収された。もはや戻るにも道がわからない有様であり、幾ら怒りで頭が湧いていたとはいえ……とっさに駆け出した馬鹿を罵りたい気分であった。


 実際罵った所、虚無感がすごかったので止めたのだが。


(ぐぅ……シオン君が居ないのが痛いな……)


 彼女は勢い良く飛び出しシオンに同道をお願いした。此処までは良かったのだが……気付いたらはぐれていた。


 潤沢なリソースを背景とした【身体強化】はスタミナ知らず、最初からフルスロットルで駆け抜ければこうもなろう。


 ここはもう2手に分かれて探しているんだと前向きに考えてステラは駆ける。


 それに此処で足を止めてはならない。


 偶然入り込んでしまった路地、そこかしこからステラに刺さる視線が明らかに不穏である。視線から感情を察するというこの感覚が、今は危機管理の警鐘をガンガンと鳴らしていた。

 もし歩みを止めれば、それら視線の主がまろびでることは明白だ。正直怖いどころでは無い。


 なのでとにかく走るしかないのだが……。



(あぁ……予め『ソンレイル観光ガイド』を読んでいれば道の1つもわかったものを……)


 全部猫が、猫が話題の全てをかっさらったのだ。情報は大事、でも猫だから仕方なかった。そう、仕方なかったのだ。


(ええい、落ち着け。こういう時こそクールな対応が求められる!)


 パニックになればその分時間を無駄に消費するし、状況も時系列とともに悪くなる。可及的速やかに打開の策を練る必要がある。


 ただここで聞き込みなどしたらそのまま連れ込まれそうなので、解を求めるならやはり魔法だろうか。


(つまり探知系だ。でもどう探したらいい?)


 やんわりでもその結果となるイメージが無ければ心象魔法は機能しない。なので、人探しに使えない様なイメージでレヴィを探すことはできない。


 例えば大手検索エンジンを模倣したとしよう。


 それで有名人……例えば国王の住まいを探すことは出来るだろうが、その現在地やスケジュールを知ることは出来ない。ましてや無名の個であるレヴィは間違いなく引っかからないだろう。


 イメージをそのまま形にするなら、そういった探し方は出来ない。


(つまり大枠から徐々に絞り込むことは出来ない……なら逆に探すためのキーはなんだろうか。

 レヴィちゃんと小生の間に何がある? 彼女と小生は、友達だ。繋がりはか細いけど……それは確かに存在している。

 繋がりとは……縁か! 縁が結ばれている)


 概念的だが繋がりがある。それがあるのだと確信して言える。なら、あとは信じて形とするだけだ。


(よし! 縁を想起リコール――繫がりを心象イメージ――願いましてはファンクションレヴィちゃん! 【友情探査】ふれんどさーち!)


 ぴしり、とステラから繋がる細い線が可視化される。レヴィの髪の色と同じ赤は、しかし今にも切れそうな程か細い。だが命綱に等しく、頼もしい輝きを持っていた。


「うぉオン、急げぇーー!」


 すこし迷子になった分が惜しい。ステラは【身体強化】に燃料を焚べて更に加速する。未だ未完成の魔法とはいえ、ただ疾走するだけであれば十分だ。



◇◇◇



(まずいな……)


 シオンは少し焦っていた。課題は己が向かうべき先と、その方針についてである。


 あの後すぐにステラを追いかけたのだがあっという間にステラを見失った。こうなっては迷子が2人とカウントした方がいいだろう。その上で二兎を追うことは出来ない。


 そして行方が知れていない今、あまり時を掛けるのは得策とは思えない。

 この2択においてどちらを追うべきか。シオンが少しだけ考えて結を出す。


(……レヴィちゃんですかね)


 ステラは確かに心配だ。彼女はなんというか……そう、控えめに言ってアホの娘だ。だが時折鋭い事を言う……やるときはやる娘だとも認識している。


 なにより魔法を容易に作り出す力を持つ彼女は、この時間の内にレヴィを見つける魔法を作り出すことも可能だろう。無論シオンの言及するバレないようにと言う条件をクリアした上でだ。


(まったくとんでもない人だな……)


 ならどこを走ってるのか解らないステラより、普通で常人のレヴィを追いかける方が建設的だ。最終的な到達点が一緒という点でもレヴィを選ぶ以外の選択はない。


 心配があるとすればステラが『やらかす』ことだろうか。最早目の届かないところにいる彼女が何を起こすか、シオンには見当もつかない。


「というか『一緒に来て』と言いながら、何故一騎駆けするんでしょうかね……」


 最早ステラがステラだからとしか言いようもなく、シオンは道行く人に訪ねつつ着実にレヴィへと近づいていった。



◇◇◇



 レヴィはこまっていた。それはもうすごいおこまりだ。


(ここ、どこ?)


 そこは薄暗い。慣れ親しんだ金属や石炭、薬剤の匂いとは違う饐えた臭い。ボロボロの家屋に、なにかがこちらを覗き込む嫌な光。


(こわい……)


 レヴィは職人通りの子であり、其処から外へはほとんど出ない。出るとしても買い物に大通りに出るぐらいで……ましてやこんな場所に1人で来ることは通常有り得ない。


 職人通りの皆はいわば家族であり共同体だ。だから子どもたちは通りの皆で守るし、1人にならないように注意している。

 特に子供達がに向かわぬよう、皆が気を張っていたのだ。



 だがこの日はちょっぴり運が悪かった。


 彼女はレギンの言葉にとてもショックを受けて、頭がぐるぐるまわって、何者も声が聞こえなかった。


 彼女は注意をしたら注意すれば聞いてくれる良い子だった。

 彼女は約束を守る子だから、ちゃんと守ると皆が思っている。


 だから彼女が抜け出てしまったことに気づけなかった。掛けた声が届いていないなんて、蚊ほども思っていなかったのだ。


 ……故に彼女はどこをどう走ったかまるで分からず、行ってはいけないと言われた場所にたどり着いてしまった。



 その場所スラムを、人は追剥通りバンディッドと呼ぶ。



「う?!」


 怯える彼女の前に3人の男が立ちふさがった。ズタを着た彼らは、あまりに汚くその種さえ見た目にはわからない。ただギラギラと目を輝かせたそれは、まるで獣のように見える。


 思わず後ずさり振り返ると、そこにもニヤつく男たちが居た。それも5人だ。


 囲まれているという事実に気付きいたレヴィが怯える。彼女はドワーフで、子供ながらに力はあるが……しかしこの場を切り抜けるほど強いわけではない。


 それを見てニヤニヤと嘲笑わらう男たちはレヴィに迫る。


 彼女はいい服を持っている。

 彼女はきれいな肌をしている。

 彼女は持てるものだ。



 だから奪ってもいい。それは俺達のものだ。



「ヒヒヒ!」

「こ、こないで!!」


 男たちが一気に迫り、1人がレヴィの腕を掴んで釣り上げた。バタバタと暴れるレヴィの拳や足が男にガツガツと当たり鈍い音を立てる。


「はなして! はなせー!!」

「うるせぇ!」


 堪らず男が腕を振り上げ、レヴィの頬を思い切り殴った。


「ぎっ……」


 ゴキリ、という音が鳴って少女の身が跳ねぐったりする。釣られた腕そのままに、ぷらぷらとぶら下がっている。


「へへ、おとなしくなりやがった」

「おいやりすぎんなよ? せっかくのえものなのに」

「わかってるよ、ヒヒヒ」


「う……」


 呻くレヴィの顎を男がつかみ覗き込む。


「ああ、きれいなこだなァ……」

「ちっとあじみするか?」

「いいな……じゃあさっそく……」


 ずるずると引きずっていこうとする所、声が掛かった。


「味見とは?」

「そりゃおめぇくっちまうにきまって――イヒッ?!」


 男がその鈴なり声に振り返ると、そこには静かに怒る女神ディーヴァ・カーリーが居た。


「そうか。つまりお前は人食いの魔物オーガと言うわけだ。……人じゃないなら、自重はいらんよな?」


 彼女はそれは良い顔で威圧しわらった。

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