03-03-05:武器を求めて怒髭地を穿つ
ステラが慌てて駆け込んで目にしたのは、プンプン怒るレヴィと合いの手を入れるアーネスト、ブルズ。そして困り果てている禿頭の赤いもっさ髭の岩めいたドワーフの姿だ。
「じぃじ、おともだちいじめたら、めっ!」
「れ、レヴィ? ……ワシゃイジメなんぞしとらん……よ……?」
「んーん! レヴィしってるもん、ステラおねえちゃんがこまってるもの!」
「す、ステラっちゅうのをワシゃ知らんのだが……」
孫の攻勢にたじたじである。隣のローヴは困惑していたが、レヴィが語る『おねえちゃん』の名前が脳裏に閃いて青ざめた。
レヴィの主張は全て冤罪でレギンは全く悪くない。イジメるのはこれからの事とはいえ、未来の罪を償わせるなどまるで道理が通っていないのだ
これはレヴィが義憤にかられて先走った結果であるが……幾ら大好きなお爺ちゃんでも、おともだちをいじめるやつは彼女の中でギルティである。
特にレギンから『曲がったことをするんじゃねえ』と薫陶を受けるレヴィである。曲がったことをしたのがおじいちゃんなら、尚更それを正すのが道理である。
レヴィの心は今、猛烈に燃え上がっている。
なお心友の少年2人はこうしたレヴィの暴走をバックアップする役であり、やりすぎない程度に補助するべく傍に控えていた。
そうした状況を一瞬で見とったステラは、激おこ状態のレヴィに声をかける。
「レヴィちゃん達そこまでだ。レギンさんは悪くない、ていうか誰も悪くない。なのでストップ。なっ?」
「おねえちゃん!」
ばっとレヴィが振り返りぱあっと笑顔になる。そこからは『どう? 偉い?』という感情が見て取れ、とても可愛くてほっこりするのだが……ステラはそれに応じてほっかり笑顔になれなかった。
逆に青ざめたのは、レヴィの背後に居るレギンの存在ゆえである。
レギンがステラを認めた瞬間、無表情になる。ついでに萎れた体がムクムクと大きくなり、髭が逆立ち青筋を立てて爆発的な赤いオーラが一人のドワーフから立ち昇る。まるで灼熱の炉が二足歩行で歩いているかのようだ。
隣のローヴが熱気に気付いて振り向いて、「ゔ」と呟いて頬を引きつらせる。正に怒髭地を穿つ様であり、ステラに対して純然と『殺す』という意思をぶつけていたのだ。
ステラはもう、固まって動くことも出来ない。其処までか、そこまで嫌いなのか。そう諦めにも似た達観を得てしまうだけの威圧がそこにはあった。
今にも飛びかからんとする彼が動いていないのは、偏にレヴィが間にいるからだ。測らずも盾にしてしまった事に唇を噛むが、こうなってしまってはどうしようもない。
パンプアップするレギンに、ローヴが押さえ込めるよう位置取りする。ここで飛びかかったなら確実に死者が出る。それは洒落にならないし、誰も幸せにならない。
(こりゃやべえ……!)
彼の誤算はレギン最愛の孫であるレヴィとステラが仲良くなっていた、その状況を想定できなかったことにある。誰もそんな予想など出来はしないのだが、その一縷を起こったことに舌を噛む。
本来ならこの頑固な師匠が、ハイエルフを見て怒りも顕に工房に引っ込むぐらいで済むはずだったのだ。
だが、レヴィという孫が絡んだ時点でその前提は崩れた。
この状況を『許した』のは結局のところローヴ自身だ。あの時突っぱねることは幾らでも出来たのだ。でもしなかったのは……持ち込んだそれを本気で労っていると解ったから。
だからなんとしても止めねばならない。彼は覚悟を決めた。
同時に後追いで工房を覗き込むシオンは、渦巻く殺気に当てられて冷や汗が止まらなかった。討伐系の依頼でも中々このクラスの殺気に遭遇することはない。
(ステラさんは大丈夫なのか?!)
眼前の彼女は固まったように動かない。レギンのそれが全て彼女に向けられている以上、倒れてもおかしくはない。だが、彼女は震えつつも真っ直ぐ立っている。
だが長くは持たないだろうことは察することが出来た。
この異常な緊迫状態にさしもの子どもたちも気付いて、特に顔色の悪いステラに声をかける。
「おねえ、ちゃん?」
「みんな、絶対にふり返るな?」
「え……」
顔が青く震えているステラはレヴィを気遣う。レヴィの無垢が、その気遣いが少しだけ心に余裕をくれたのだ。立っていられるのも一重に彼女を、いや目の前の3人の友人を心配させない為だ。
レヴィは振り返ってはならない。そこに居るのは彼女の祖父ではない、其処に有るのは明確な怨恨、淀みの内にねじれた修羅しか居ない。
だがやってはならない事をやってしまうのもまた子供である。
レヴィは振り返ってしまった。そして、ステラはそれを止める余裕が無かった。
「ッ?! おじいちゃん……?」
同じく振り返った少年達も、身体をビクリと震わせて固まった。頑固者で怖いけど、気のいいレヴィのおじいちゃんなのだ。
だから彼らはこんな彼の姿を見たことがなかった。心の底から憎む、そんな怒りを始めて見たのだ。
「レヴィ、それが『友達』なんていわねぇよな?」
「お、おともだちだよ!」
ぎん、とレヴィに目が向き、彼女が息を呑む。レヴィはこんな祖父を知らなかった。
レギンの目線がステラに向き、背後のシオンを見て事情を察する。カウンターの上のガラクタを引っ掴んで、それをステラに投げ飛ばした。
危うく顔に当たるところだったが、然しハイスペックな身体はそれを掴み取ることを可能とする。少し手がヒリヒリするが……これが真剣でないだけマシだろう。
「さっさと帰れや、糞野郎」
レヴィは彼が何故こんなに怒っているのか解らなかった。
「……すまなかったね、邪魔したよ」
レヴィは彼が何故自分を甘やかすかを知らなかった。
彼女は知らない。その理由の何もかもを彼女は知らなかった。
だからその怒りの質を理解できず、その無知故に彼女だけが動くことが出来た。
「じぃじ! なんでいじめるの?!」
「黙ってろ」
「ステラおねえちゃんはおともだちなのよ!」
「黙ってろっつったろうが!」
爆音がレヴィに刺さる。だがレヴィも負けては居ない。
「やだあっ! やだもん!!」
何も知らない。何もわからない。故に理不尽であるその怒りにレヴィは憤慨した。
ステラは何もしていない。なのにレギンは怒っている。これは『曲がったこと』だ。彼女はそれを許してはいけないのだ。
「ッ~~~!!! こん餓鬼ァああ! 黙れねぇなら出てけ!!!」
「!!」
レヴィの顔が固まり、その目からぽろぽろと涙が溢れた。レギンがしまった、と思ったときにはもう遅かった。
「じぃじなんて……大っ嫌い!!!!!」
「!」
そう言って勢い良く工房から飛び出していった。ステラやシオンが止める間も無く、彼女は韋駄天のごとく駆け抜けていったのだ。
「……ちっ」
顰め面のレギンは肩を落とし、どこか疲れたようにカウンターの椅子に腰掛けた……のを見たステラが物申す。
「おいィ待てよ、其処は追いかけろ。何故休憩しちゃってるんだ?」
「あ゛あ゛ん?!」
怒りと殺気を向けられるが、しかし精彩を欠いておりステラには届かない。
「保護者だろう、目標たる背中だろう。そう自負するなら何故立ち止まる」
「貴様にゃ関係ねぇだろうが!!」
ぎりっと歯を食いしばり動こうとしないレギンに、ステラはキレた。堪忍袋が破裂し、彼女は大きく息を吸う。
「このッッッ」
同時にローヴとシオンはぞわりと首筋を襲う怖気を感じて耳をふさぎ、アーネストとブルズは『カーチャンに叱られるときに感じる背筋がヒュンとするアレ』を感じ取り耳をふさいだ。
「――
「―――
「――――
「―~~……
「 【クソぉ戯けがァアアアアアアア!!!】 」
……~~―」
――――」
―――」
――」
「ぐぉあああ?!」
音が重奏化して無限音階のように循環する。魔法で増幅した並列する音が互いに影響して振幅を更に増幅し、束ねられたそれは一つの衝撃波と鳴り放たれた。歪むような風を伴うそれは面攻撃の打撃となってレギンという存在そのものの直撃し、彼は一瞬こらえたが圧に耐えきれず吹き飛ばされた。
まるで巨大な槌をぶつけられたようにもみくちゃにされ、壁に叩きつけられる。
無意識下で合成された
「なっ……何しやがる!」
「うるせぇ幾らハイエルフ嫌いだからってなぁあ!! おまえなぁあああ!!!
なんでレヴィちゃん泣かせてんのこの阿呆が?!!」
「て、手前ぇの知っ「黙りゃクソハゲ!!」……」
レギンは黙った。美人が激高する時、その怖さの質は彼の経験しないベクトルで威圧を掛けている。
「言うに事欠いて『出て行け』だぁ?! それは親が言っちゃ行けねぇことだろうがよォ!!」
「んだ「黙りゃクソハゲ!!!」……」
「挙句追っかけんとかマジありえん! もういいレヴィちゃんは小生が追っかける!」
「お「黙りゃクソハゲェ!!!!」……」
「お前なんてなー、おまえなんてなああああ…………あー……」
ステラが一瞬言葉に詰まり、何かを考えるように首を傾げ……ハッと気付いたようにぽんと拳を叩き、再度プンプン怒りながらぐぐぐと拳を握って天へと振りかざし、そのままバンと人差指を突きつけて、
「――……っ、そうっ! たんすの角に小指ぶつけて痛い思いとかしろォ!!!」
と怒りを露わに宣告した。
「「「んん……?」」」
いや確かに痛い。くあ~~~っってなる。確かに解るが何故それをえらんだのか、全員が首を傾げ唖然とした。
そんなポカンとした場でステラがスタスタと出口へと向かう。入り口に居たシオンの肩を叩いた。
「シオン君行こう、追っかけるぞ!」
「えっ?!」
「ウオオオ! レヴィちゃああん!!」
シオンの返答をまたず、ステラが全力で駆け出していた。彼は慌てて工房を振り返る。
唯一まともなローヴにシオンは目配せし、彼釜頷いたのを確認して彼も飛び出す。
(貴女ってひとは、自信満々に飛び出していったけど道はわかるんですかね?!)
確実に迷っているという確信の元、シオンは〘フィジカルブースト〙を展開。嵐のように駆け出した。
なお男の子たちはぺしゃんとゆかに座り込んで、
「カーチャンよりこわかった」
「でもさいごちょっとかわいかった」
「わかる」
等と割りと余裕綽々でを称え合っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます