03-02-04:ギルドで誕生、シプリムハンター
銅版に垂らされた血は、じゅっと音を立てて円を巡り、描かれた溝を伝ってタグへと到達。そのまま染み込むように赤が、白になって循環し、キラキラと瞬いて吸収されていった。
するとパチリ、と弾かれるように銀盤からタグが弾かれて外れた。ツァルトがそれを取り、2〜3確かめるとステラにそれを差し出した。
「これが貴女のギルド証となります。無くした場合再発行は可能ですが、その場合金貨一枚になりますのでご注意ください」
「わかった。これが小生の……」
差し出されたそれを手に取る。シオンの銀証と同じく、光をぴかぴかと返すそれは百万の宝石よりも価値がある宝物のように見えた。
銅級ギルド証を掲げ、キラキラと宝物を目にした子供のように眺める。
残っていた探索者と、なんだか懐かしそうにその様子を見ている。それは嘗て己も通った道であり、少なからず彼女に憧憬を抱いている。
「ステラさん、無くさないようにこれを」
「ん? おお、紐じゃないか。ありがとう!」
シオンが頑丈な編み込み革のヒモをステラに手渡す。ちょっとやそっとでは千切れないそれをギルド証に通し、ステラは首にかけた。
随分無骨なネックレスであるが、ステラは大変ご満悦だ。
「フフン、銅級だよシオン君!」
「はい、良かったですね」
ギルド証を見せびらかす様に、探索者たちはほっこりした。
『探索者あるある』だ。銅級なんて大したことないのに、そのときは英雄の証を手にしたように嬉しかったものだ。
「フフフ……♪」
そして散々見せびらかしている様を笑われるまでがワンセット。銅級とはどう足掻いても底辺の証明であり、それを自慢げにするのは滑稽以外の何者でもないのだ。
とはいえ嬉しそうにしている美女に水をさすのも野暮であるし、誰しも通った道である。だからあくまで密やかに。未来の英雄殿に失礼があってはならないのだ。
何より
「ふむ、なんか収まりが悪いな」
「そうですか? って?!」
徐にシュッとリボンを解き、胸元のボタンをぷちりと解いてギルド証を胸元へとしまった。
白の谷間がちらっと見えて、目の良いスカウト系探索者がガタッと立ち上がる。女神の女神を見たと彼は晴れ晴れと語り、後に袋叩きに合うのだが……その結末を彼は知らない。
素早くリボンを結び直して胸元をポンポンと叩いたステラは満足げに笑う。
その腕をポンポンと叩くのは見た事もないほど満面の笑みのシオンである。
ステラは怯えた。シオンの背中に仁王が見えたのだ。
「ステラさん」
「な、何かなっ?」
「後でマナーを叩き込みます」
「えっ、いやその、まって。なんか君怖い、ですよ?」
「いいね?」
「ハイヨロコンデー!!」
ふぅ、とシオンが額に手を当てうなだれた。何となくステラの立ち位置を察したツァルトが、労るような視線をシオンに投げている。
「あ。ツァルトさん、あと訓練場を借りていいですか? 彼女の武器適性を見るので」
「構いませんよ。皆捌けちゃいましたから、今なら誰も使っていませんしね」
「なら借りますね……ステラさん、行きますよ」
「カシコマリー!」
不思議な鳴き声をあげるステラは、今の彼に逆らっちゃいかんと肝に命じた。魂が仁王に掴まれているから仕方ないのだ。
>>>
ギルド裏手には分厚く高い防御壁で囲われた、広い運動場が用意されている。またいくつかの丸太や的になる標的が直立しており、打ち込みの訓練も出来るように設備が用意されている。
一見普通に見える運動場であるが……一部何故置いてあるかわからないオブジェがある。例えば……
(あそこに積んである石って、やはり落とすためなのかな?)
と、さり気なくハシゴや石積み、煮炊きできる竈などが見て取れる。籠城向けの備えは、ここが戦うための要塞である事を思わせた。
「ステラさんは魔法使いですが、多少は武器の心得があったほうが良い。なので扱えそうな武器種を見繕います」
「それで貸りていたのか……」
「ええ、ただし訓練用の刃引きされたものですけれどね」
シオンは多種多様な武器を抱えており、それを運動場の隅の頑丈な石のテーブルに広げる。
ショートランス、ツーハンドソード、ロングソード、ショートソード、ダガー、ナイフ、メイス、ロングボウ、ショートボウ。
小柄なシオンがこれら全てを一抱えにして持ち上げたときはぎょっとしたが、そういえば魔法剣士は〘フィジカルブースト〙が大の得意であり、身体能力向上はお手の物だ。
並んだ武器はいずれも装飾のない、最低限シンプルな練習用武器だ。意外なことに木剣ではなくすべて鉄製のようだ。
「オススメはメイスですね」
「棍棒か。たしかに『持って殴る』というシンプルさは強いよね」
「そして相手を選ばない。つまり打撃が効かない相手が少ないのもメリットですし、手入れもあまり手間ではないです。また効かない敵は剣も効きづらいですしね。
また見ただけで『痛い』と分かるので示威効果も見込めますし、女性でも威力を見込めるという点で有利ですね」
「デメリットはやはり大振りになること? 遠心力に依存するから、コンパクトに動くと威力は見込めなさそうだ」
「そこは使い方次第で隙を消す事ができますし、また頑丈な分壊れない補助具としても優秀です」
「なるほどなー」
そうして一瞥する中でとりあえず持つとするならやはり……。
「聞いといてなんだけど、こいつから試していい?」
指差したのはツーハンドソード。刃渡り150センチ。全長はステラを超える特大剣である。
「大物は重量がありますから、扱いは難しいですよ?」
「いや、振ってみたいだけ。やはり大物武器は浪漫があるじゃないか!」
「見た目映えますけどねぇ」
そう言って柄を両手で持ち、ぐっと力を込める。
「んんうううううう……!」
渾身の力を込めるが、しかしビクリとも動かない。
それはそうだ、幅広のそれは軽く見ても重量7㎏は固い。それを重心で持つならまだしも、端である柄で持ち上げようというのだ。ステラの細腕では到底持ち上げられる重さではない。
「っだぁ! 重いッ!!!」
「そりゃそうでしょうよ」
「はふー、はふーーっ……でもシオン君は持ち上げてたろ!」
「〘フィジカルブースト〙を使っていますからね」
「身体強……あっ、魔法か」
つまりパワーアシストが必要である。
「使うなら加減してくださいよ?」
「分かった、では…」
ステラは胸に手を当てて、奥底の漣に耳を傾ける。
(身体強化……落とし込むイメージはパワードスーツ。だがソレだと鎧に成りそうだから……スケルトンスーツ、あるいは、服そのものであるマッスルスーツだ。そこには補佐する装置があって、動きを補助してくれる。
鈍色の魔力が一瞬体を覆い、すぐに収束する。幾らか手を握ったり開いたり、腕をふるって確かめてから、そっと大剣の柄を握って持ち上げた。
「おっ……おおお。持ち上がったよ!」
「振るときは運動場に出て、周りを確認してからお願いします。また重さに振り回されないように気をつけてください」
「了解した!」
大剣を騎士礼の様に両手で構えて広場中央に向かい、右足を前に出して正眼に構える。腰は少し落とし堂と地に足をつける。
「ステラさん、何か武術を習ったことがありますか?」
「いや? だが物の本によれば龍狩りの英雄がこんな構えらしい」
ただし某狩りゲーとは違い、『一狩りいこうぜ!』と言えばそのまま通じるのがなんとも
「じゃあ、ふってみるよ?」
彼女が深呼吸をして、全身に力を漲らせる。腕を組むシオンが目を見開いた。
「せっ!」
全身全力でその剛剣をキュン! と音を立てて振り上げ、即座に振り下ろす!
「トゥア!!」
「?!」
【身体強化】による最大効率は剣筋さえ見えぬ一撃を齎す。まるで手に何も持っていない家のごとく剣筋が見えない。
……というか振り下ろした手には何もなかった。
「あれっ?」
ステラが首を傾げると、なにかヒョウンヒョウン! という……例えて言えばヘリコプターのブレードが風を着るような音が頭上から響いて、チリリと項が焼ける。
あっれーこの感覚は死の予ちょ
「ステラさん避けて!!」
「え?」
「ッ!!」
シオンが全力でステラに飛びかかり、ステラを抱きしめてそのまま突き飛ばし倒す。鳩尾にいいのを貰って『おごぉ!』と乙女らしからぬ悲鳴が聞こえるが気にしている場合ではない。
同時にキュイン! と天から降りて、ズン! と大地にツーハンドソードが突き刺さった。
剣身の3割を運動場にうずめるそれは、伝説の選定剣がごとく真っ直ぐ大地にそそり立っている。やあれ英雄よきたれ、抜き放つものが次代の王なるや!
倒れる二人はソレを見て、唖然とお互いを見た。
「……」
「……」
「シオン君、大剣はやめよう」
「そうですね……それより重いんですが」
「えっ?」
そう、あの一瞬で突き飛ばすだけではなく、シオンは身を捩って自分が下になるようにしていたのだ。一瞬の事だが匠の技が光る身のこなしである。
ステラが慌てて立ち上がり、手を差し伸ばしてシオンを引っ張り起こした。
「どうにも合わないみたいだねぇ。握ってもスッポ抜けるというか……」
「もう二度と重い武器をもたせたりしません。これは絶対だ」
「アハハ……ごめん」
頭をかきつつ、ステラは失敗原因を省みる。
とは言え自明なのだが、身体の動作サポートに重点を起きすぎた為、握力の調整をしていなかったからだ。
無論通常の〘フィジカルブースト〙ではそんなことは起こり得ない。生まれてすぐの【身体強化】と、武術の技にまで落とし込まれた〘フィジカルブースト〙では、積み重ねられた経験が違うのだ。
少なくとも今、【身体強化】を用いて身の丈ほどの鉄塊が如き大刀や薙刀を振り回す……なんて使い方はできそうにない。
「となると、【身体強化】を使わず持てる武器に限られるな。そうなると……シオン君一押しのメイスも一寸重いかも。あと振り回すから、ミサイルみたいにぶっ飛んでいきそうで怖い」
「ならショートソードやダガーになるでしょうか」
「ふむ……」
ダガーといえばこのエルフになった逸話の物語を思い出す。元々あの物語で主役の一人だったエルフは、魔法と二刀ダガーの使い手だった。スタイリッシュに動き回るキャラクターだったと記憶しているが……其処までは望まない。
もしステラがそのように動くと成ると……どうしても胸が
でも二刀流である。浪漫度はやはり高いし、ルネサンス剣術のように実用されていた実績もある。
「あのさ、防御用と攻撃用の2剣を使うのはありだろうか?」
「それなら盾と剣を使ったほうが良いと思いますよ?」
「いや、盾はかさばるし持ち歩くには邪魔だろ? その点2刀ならコンパクトだし、身軽で軽快だ。
魔法戦の基本は『遠隔攻撃』なら、近接防御専用の盾より、基点にできるほうが好ましいと思う」
「なら杖ではダメなんですか? いま腰に刺さっているようなスティックタイプの補助具です」
「ここで示威につながるんだよ。杖を腰に下げるのと、厳つい武器を提げるでは第一印象が違うだろ? それに補助具をがそれぞれにあれば、二重に高度な魔法を使うなんてシチュエーションも対応できる」
「あー……生活魔法なら言い訳が聞きますが、それ以上は確かに難しいですね」
ステラの魔法はどう足掻いても偽装であり、再現した結果でしか無い。その上で『おかしい』理由を積まねばならず、ならば初めから変則だからと言うことを理由にしようとしているのだ。
もし聞かれても『なんかこーすごい相乗効果めいたスゴイ効果』等とテンサイテキ説明をする腹積もりである。つまりギュっとしてドカーン、相手は死ぬ理論である。
「……となると、体術もある程度修めたほうが良いですね。習得は難しいですよ?」
「やり甲斐があるってことじゃないか。いいね、最高だよ」
「はぁ……前向きで結構。ならその方向で行きましょう」
とはいえ、と前置きをしてシオンが忠告する。
「僕はごく普通の剣士なので、そうした戦法は詳しくわかりません。基本の足さばきや体術はお教えできますが、詳しくは自分で見つけるか、他人の戦い方から見盗ってください」
「人生常に勉強だ。学ぶべきは多いな」
そうして左手に刃渡り20cm程のダガーを逆手で持ち、右手はと40cm程のショートソードを順手に持つ。
「左は順手じゃないんですか?」
「逆手は防御、または格闘向きと聞いたことが有るんだよ。また魔法利用時の役割を分けるって意味もある」
「んー、まぁ今のところは良いでしょう。軽く振ってもらっていいですか」
「了解だ!」
左手を前に、右手は切っ先を前にを軽く引いて構える。刺突に重視した構えだが、実戦では右のショートソードを杖として魔法が射出されることになる。
左手のそれは所謂ライオットシールドのような防護壁を展開する予定だ。
さらに極近接状態ならコンパクトな攻撃手段として、体術については手の延長として扱う。
左で十字、X字に何度か払うように振り、その後右手も同じように振るう。右手を前にスイッチして再度繰り返した。
風切り音はひゅんと鳴り鋭いが、それは初めてにしてはという評価であり、隙だらけだし無駄も多い。
ただ一つ重要なことは満たされている。
「どうかなシオン君?」
「ダガーとショートソードがすっぽ抜けない! これで行きましょう」
「そこか! まぁわかるけど……」
最悪眉間にブッ飛んでくるまで想像していたシオンとしては大満足である。
その後何度か降って具合を確かめ、要求する機能などを検討した後訓練は終了となった。無論突き刺さった大剣はちゃんと抜いてから、最低限の手入れをしてから返却している。一寸歪んでいる気がしたが知らない。ゆがみなんてなかった。これは錯覚で幻覚である。
後でお仕事頑張って還元しようとステラは誓った。
「次は装備を買いに行きましょうか」
「おお、武器防具屋さんか……心が踊るなァ」
「いえ、行きませんよ?」
「えっ?」
なら何処に行くっていうんだ、とステラが見やれば……。
「これから行くのは青空市場、そこで掘り出し物を探しましょう」
「なるほど、財布の紐は硬く締めねばな!」
ぐっとサムズアップで答えると、なんとなく申し訳なさそうにシオンが頬をかいた。
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