03-03:武器を求めて
03-03-01:武器を求めて市場を歩く
青空市場とは下町の広場でやっているフリーマーケットだ。ただし扱う品は手作りの装身具や料理といった者だけではなく剣、槍、盾、またはローブや鎧等この世界ならではのものも多種多様扱っている。特に新米の探索者でも手がとどく安価な道具が出回るのも特徴だ。
例えば探索者が買い替えなどで余った防具、くたびれて入るが十分実用出来る品などが並ぶことがある。この場合新品を買うよりはずっと安くあがるため、新人探索者には非常にありがたい品だ。これは後進育成に関して暗黙的に続くもので、探索者なら誰しも一度はそういう経験があるものだ。
もちろんそういった善意の元に売りに出されるものだけではない。最終的にはその真贋を己の目で見定めねばならない事に変わりはないのだ。
「とりあえずダガーは最低1本と、カバンは見つけたいですね」
「まずダガーなのか?」
「見せる武器として1本は携帯すべきです。ステラさんなら尚更ね」
「ほほぅ……取敢えず見てみるか」
そうして手を引かれるステラは青空市場を散策する。
市場のレイアウトは単純だ。広場に歩道分を空けてシートをひき、その上に商品が乗る楽市楽座である。値札を振るものは居るが、基本的に欲しいものは店主との交渉になる。
そこに並ぶ商品は本当の価値あるものから、本当のゴミまで多種多様だ。
銀のカトラリーの隣に刃零れした包丁が転がり、なんだかよく分からないブルーベリー色した絵画の隣に、謎の魚を漬けた瓶詰めがうず高く聳える。
明らかに何か御札めいたものが貼られた人形があれば、どう見ても握りが棘だらけの剣がある。
流石に異臭を放つ果物を売り出していた店主は、何かを喚き散らして兵士に連行されていったが。
正にカオスの極みである。
「ここやばいよシオンくん、
「目移りするのは分かりますが、目的を違えないように」
「分かっちゃいるけど、目移りはするよ。謎すぎて」
「ステラさん……」
故に目移りするステラが完全に足を引っ張っていた。
とはいえシオンも今日中に全て集められるとは思っていないし、この目移りについても納得の上だ。この市場では見極めが最も重要であり、ちゃんとしたものを見ようと思えば腰を据えて辛抱強く探す必要がある。この程度は想定内だし、寧ろ見識を鍛えるには良いと思っている。
例えば今ステラが輝かんばかりに目を輝かせて見ている置物は以ての外だ。あの熊が魚を加えたような置物は一体何なのか。置く場所に困った末に物置の肥やしになるに違いない。
「シオ「だめです」…………まだ何も言っていないのだが?」
「欲しいのですよね?」
「うんっ!」
「駄目です」
「……」
「目をうるませてもダメです」
「まぁ、そうなるな……」
がっくり肩を落とし、恨みがましく置物に目をやるステラ。宝飾品でなく凄く下らない物に興味を惹かれるあたり、まだ『3歳児』が抜ける気配は見られない。
「因みに何が琴線に触れたんですか?」
「……光ってたんだよ」
「光っていた?」
はて、と首を傾げる。宝飾品はこの市場にもあるが、少なくともあのクマの置物は光っていない。よしんば光っていたとしてもあの生々しいまでの生き様が輝いているのであって、物理的に光っているとは言えないだろう。
「ギルド証と同じだよ、凄く光っていたから気になってね」
「……なんですって?」
「ん? シオンくんには見えないのか?」
「ええ、見えませんでしたが……」
ステラが首を傾げる。確かにあの熊の置物は十字に輝く星の煌きがあった。それはギルド証にも同じく存在し、この青空市場の古道具達の中にもそうしたものが存在していた。
この光が何なのかはよく分かっていないが、少なくとも興味を引く程度には綺麗に輝いている。
「……もしかしたら、魔道具に刻まれた魔法が見えているのかもしれません」
「は? どういうことだい?」
「ギルド証が再発行に金貨1枚必要と言いましたよね。あれは魔道具だからなんです。ステラさんがギルド証に光を見たならあるいは」
「ほほー、そうなんだ。よく知ってるねぇ」
「知人にそうしたものが視える人がいるんですが、似たような事を言っていました。どう見てもガラクタの魔道具を眺めながら、これには輝きがあるとかなんとか……」
ステラがシオンの見えない光を見つめて、ふむと頷いた。
「ならあのクマも魔道具なのかもしれないのか」
「恐らくですが。……他に気になるものはありますか?」
「んー……そうだねぇ」
そうして周囲を見渡すステラが、ある露天の前でピタリと足を止めた。手を引くシオンでもびくともせず、じいとその商品を眺めている。
「ステラさん?」
「……」
少し様子がおかしい。今まではなんとなくという印象で物見遊山だったステラが、今は真剣な面持ちで露天を見ているのだ。遂には膝をついてしゃがみ、顎に手を当てて物色している。
おそらくその『光』を見つけたのだろうか。シオンは同じく露天の商品を見ることにするが……並ぶそれらは正しくガラクタばかりだ。
錆びついたナイフや、歪んだ鍋、壊れた人形、千切れた布切れ……最早ゴミといって差し支えないものを並べている。彼ならまず立ち寄らない。
見れば店主はフードをかぶった子供である。継ぎ接ぎのそれは擦り切れて、何度も手直しをされたものだとわかる。シオンはなるほどと納得する。
(彼は孤児ですね……。そして拾い集めたものを捌いているのか)
となると並べられた物品の意味も理解できる。
金属は回収を行う店に卸す事もできるが、必ず引き取ってくれる代わりにその値段は格安だ。少しでも高く売るならばこうして露天を出すのが良いのだが……。
(これじゃあ買う者は居ないだろうな)
実際鍋は黒ずみが酷く下手すると穴空である、そうでなくとも壊れそうな物品である。またナイフは錆びていて、明らかにぼろぼろである。
ステラはこの中の何に対して光るものを見つけたのだろうか。それもシオンの声が耳に届かぬ程、足を止めてまで目を引くものが。
そうしてステラはある1つの鉄塊を指差したのだ。
「シオン君、これが良い」
「それは……」
指差す先には錆びついた剣が一丁転がっている。ただそれは根本から折れ飛んでひび割れた、拵えすらない片刃の剣……その残骸だ。
正に錆折れた直刀と言うべき代物であり、シオンの眼には到底価値があるようには見えない。
「……何故これを? どう見てもガラクタですが」
「んー、この子はこの市場で特に眩しい。それに……うーん……」
「どうしたんですか?」
「笑わないかい?」
「今更でしょう?」
ステラがそれもそうかと頷いた。
「この子泣いているんだよね」
「え、泣いて……いる?」
ステラがつ、と地肌を指でなぞる。手に錆の粉がつくが構わず話を続ける。
「表現しづらいんだがどうもそんな感覚を得るんだよね。
馬鹿馬鹿しいとは思うが、聞いてしまったからなぁ……ちょっと放っておけない」
「だとしても、折れた剣なんて使い物になりませんよ?」
「うーん……」
ステラの目が真っ直ぐシオンを射抜く。泣くでも、怒るでもなく、ただ人の奥底まで見通せるような澄んだ光がそこにあった。
「……」
「……」
両者一歩も引かない。その沈黙を破ったのは店主の子供だ。
「なぁ、にいちゃん買うの? 買わねーの?」
それに瞬時にステラが乗っかった。
「そうだよシオン君、ここは買いだよ。具体的には店主の少年も含めて過半数の支持を得ているよ!」
「そうだぜ兄ちゃん。彼氏だったら甲斐性の見せ時じゃねえの?」
ステラが申し訳なさそうに少年へと振り返る。
「すまん少年、シオン君は彼氏じゃないんだ。小生は……強いて言えば彼のヒモなんだ……!」
「ま、マジかよ姉ちゃん。見た目によらず悪女だな……」
「ああ極悪だ……だからこれを買うのも仕方ないことなんだよ……」
「どう考えても正しいぜ姉ちゃん……」
そんな茶番をしつつ二人がシオンをチラッチラッと伺う。
「はぁ……解りました、解りましたよ。ですが折れた剣なんて銀貨1枚でも高いぐらいです」
「いやいやこのねーちゃんの目は正しいぜ、銀貨5枚はもらわねーと」
「だとしても錆びついた鉄塊ですしね、銀貨2」
「かー、ケチくせえな銀貨3だ」
「もう一声」
「チッ、良いだろう。2.5……2500タブラでそれ以上はまからんぜ」
「良いでしょう――……といっても相場より十分高いですよね?」
「そりゃ、まぁな」
実際物品に対しては高い買い物だが、彼が孤児院の者なら寄付と言う意味合いも出てくる。この世界の宗教である七栄教でもこうした寄付を推奨しているので、シオンとしても文句はない。
「……って、この姉ちゃんはどうしたんだ?」
「えっ?」
気付くとステラが煌めく星を目に浮かべて目で二人を見ていた。
「かっこいいなぁ、二人共!」
「は?」
「小生、こうしたNEGIRI☆BATTLEは初めてでねぇ。いやはや心臓握り潰される緊迫感があっていい、実にいいよ!」
「なぁ兄ちゃん、この姉ちゃんってどっかのオジョーサマなのか?」
「あー、まぁ箱入りなのは間違いないです」
「でも頭残念すぎねえか……?」
少年が心配そうに語るのに、ステラが猛反発した。
「ちょ待てよ! 誰が箱入り残念野郎だ!」
「えぇ……でもなぁ」
「逆に想像したまえ、箱詰めされた人間など猟奇的どころではないぞ!」
ステラがふんすと鼻息あらく主張した。
「そういう意味じゃないです……」
「そういう意味じゃねーだろ……」
息ピッタリの2人に、ステラが指をビシっと立てた。
「フフフつまりは小生が所謂世間知らずと言いたいんだろう? 小生詳しいンだ!」
ででんと胸に手を当て自慢げな彼女に、フードの少年が呆れたようにシオンに向いた。
「なんか、兄ちゃんも大変だな……ほいこれ、包みはサービスしといてやる」
「お代です。まぁ色々有るんですよ……」
「えー、ずっこいぞ二人共! なんかわかりあった 『ユユウジョウパパワー』 的なオーラを感じるのだが?」
むくれる彼女に二人は顔を見合わせ、ふうとため息を付いた。
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