02:『神殿都市』
02-01:目覚める彼女
02-01-01:目覚める彼女と見知らぬ部屋
「う……みぅ……」
冷たい石畳の、ざらりとした感触を頬に感じつつ目が覚める。なんだか長い間眠っていたようで体が軋み、まだ微睡みの中に居るようでふわふわと浮かぶような感覚があった。
ああ、背伸びしたい。
凝り固まった体をぎゅうと前に伸ばし、勢いよく振り上げると、
――ばつん!
「んう゛ぅ?!」
胸に圧迫感を得たあと何かが弾けて胸元が楽になった。少ししてカツン、カツンと遠くで跳ねる音がして……止まる。
(な、なんだ?)
胸元を見れば立派な山が都合2ヶ存在していた。これほどの大きさを、少しきつい位の衣服で押しやったのならボタンが弾けるのも道理だ。
なーるほど、納得である。
「ふぁぃ?!」
なんだこれわ。なんなんだこれわ。
思わずわっしりと掴めばふわふわとした心地よい感触と、ほの温かい体温が帰ってきた。触られる感触も触っている感触も自分のもので、これではまるでおっぱいのようではないか。実際豊満である。
「うぇ、にゃぃこうぇー? ……うぁ?!」
困惑した可愛らしく高い声が石畳に響く。思わず喉に手を伸ばせば、細くすべすべとした喉があった。深山幽谷がごとき
最早確定的に明らかではあるが、恐る恐る自身の股に手を伸ばす。
「……に、にゃうぃ」
さらりとした毛の感触と障害無く真下まで潜り込むしなやかな手指。豊かな双丘で死角になっているが、有るべき
細い腰。大きなお尻。吸い付くような肌と、張りのある太腿。柔らかなふくらはぎに傷一つ無い手足。視界の隅に写った輝く髪に手を伸ばせば、腰まで届くアイボリーがさらりと手に踊った。
これは明らかに男ではない……。事此処に至って彼女はある確信めいた予感が脳裏に閃いた。
(……まさか)
手を伸ばして己の耳に触れる。つるつるして、ふにふにと柔らかい耳は大きく尖って、大きさ故に少し垂れ下がっていた。
ああ、見紛う事無きエルフ耳。それもハイエルフと呼ばれる類の長耳がついていた。
(あー……つまり小生は、ハイエルフの女性になったのか?)
なんど体を調べても柔らかいばかりだし、段々ジリジリと痺れて危険がアブナイと直感したあたりでもう認めざるを得ない。
信じられず周囲を見回すと……小さな水たまりが有るのを見つけた。立ち上がって歩こうとして……ぺしゃりと転んでしまう。
「あう……?」
(うまく歩けない……なんでだ?)
少し試すように動くと、記憶と身体の感覚が違うことに気づいた。造りも体幹も違うし、お尻と胸がとても重いのだ。肝に銘じてそっと立ち上がり、恐る恐る進む。何度かぺしゃりと転ぶけれど、頑張って二足歩行を試みていく。
四つん這いでもいいのだが、それはそれで負けた気がするのだ。
「ふぁっ! ほっ! うっ! よっ!」
間抜けな掛け声は仕方ないと捨て置き、ただ歩くことに集中する。ゆっくり1歩、2歩。あんよは上手と進むならばなんとか出来そうだ。
拙くも確実に歩みを進め、彼女はついに水たまりへたどり着いた。
「わにゃー……?」
水鏡にはこの世のものと思えぬ、女神のようなエルフの娘が此方を見返していた。パチリとした目に金の瞳、すっと目鼻立ちに、薄く種の指す頬に触れればぷにぷにと赤子のように柔らかい。
ああ、何処までも白く絹のような肌が芍薬を思い出させる。
そして意図的に気付いてない事にしていたが、彼女は無地のワイシャツだけを身につけていた。しかも胸部のボタンははじけ飛んで天使の小窓が出来ており、ちらりと見える白い谷間が水鏡越しでもやけに眩しい。
さらに袖は丈が長く手が出ておらず、どうにも一回り大きい
(彼って誰だ……?)
少なくとも身長が170cmを超える彼女よりは大きい彼氏であろう。彼女は唸ってうなだれた。
「ろーいぇて、ろぅにゃっらんろ……?」
思い返すと脳裏に過るのは大層機嫌の良いな『女神』の姿。エルフに関する注釈を態々加えた彼女は、『特製の身体』を創ったと公言していた。
(……そういえば聖書、だったか? 『神は自身を模して人をお創りになられた』とかなんとか)
つまり、そういうことなのだろう。
仮説を前に体をみれば、なるほど『女神』の容姿に近い気がする。顔立ちも、目に見える形に落とし込んだ側面と見てもみてもよさそうだ。
となると本当に文字通りの特製の筐体で、見た目で解る
よりアグレッシブな評価をするならば、
なんとも信じられずに身体に触れれば、やはり暖かく柔らかい感触が帰る。いや少し……癖になりそうだ。
「はぅ、ん……ハッ!」
なんだかジリジリと痺れる快感情が起こりかけて、ハッと気づいて手を止める。
(やめよう。
自戒を込めて朱のさす頬をぺちぺと叩き、よおしと頷いて心の棚に課題を棚上げする。
色々と納得できない点は多いが、叫んだところでエルフ女性であることは変えようが無い。
意図不明の彼シャツもそういう物だと認めよう。
ときにはあるがまま認めることも大事だ、というかそうしないと話が進まない。
彼女はうんと大きく頷いた。
「よし、まじゅあげんじょーはあくら……あーちがう。
ま、ずはー。げん、じょう、は、あくー、だっ! よしっ♪」
喉と頬をぬにぬにと揉み解して発音する。鈴の転がるような可愛らしい声だが、発音は幼児が如くたどたどしく上手く喋れない。
歩くことと同じく、体に慣れていないと言うことだろうか。
「うーん……」
何もかもが足りないけれど、だからといって停滞する訳にもいかない。前に進めば何某か道が開けるだろう。
故に未来へ1歩を踏み出すために、彼女は周囲の状況を改めて確認することにした。
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