02-01-02:目覚める彼女と魔法の力

「ふー、よふぃっ。がんはうおー」


 彼女は深呼吸して落ち着いてから周囲を見回す。目に付くのは蔦の這う石レンガばかりで、何か人工施設の一室に居るようだ。


 天井は一部が崩れて青い空が見えている。異世界の空も、前世と同じく青く美しい。

 先程使った水鏡は、此処から進入した雨水なのだろう。縁をみれば一部が溶けだして鍾乳石のようになっていた。


 穴から遠ざかるごとに壁の装飾は明確に形を残し、装飾は文明の匂いを色濃く感じさせてくれる。

 興味深くはあるが良くわからない意匠が掘られるばかりで、何がなんだかさっぱりわからない。


「ここはろこ……どーっ、こーかな? にゃんかのいせきにみえうけろ……」


 振り返ると部屋の奥に通路が伸びているようだ。先は暗がりになって、天井から差し込む光は届かない。

 今居る部屋と違って劣化が激しいということもなく、穴から遠ざかる程に状態はになっている。


 何より胸をなで下ろしたのは、ここが雨風しのげる場所ということだ。転生して早々凍え死ぬなどたまったものではない。雨という奴は思った以上に危ないのである。


「ん?」


 彼女は腕を組み思案する。


 雨風をしのげるということ。大変結構なことだが、本当に安心して良いことなのか。

 安全な場所というものは、転じて誰かの縄張りなのでは?


 この世界は女神曰く『剣と魔法のファンタジー』であり、転じておそろしいぶき魔法たいこうしゅだんを必要とする世界という紛れもない事実だ。

 なら前提を成立させるが存在するはずで……いわゆる魔物や、人であれば山賊の存在が脳裏にちらつく。


 彼女は改めて再度周囲を観察した。


 この部屋は雨風がしのげるし、寒さも十分にしのげる。すきま風も少しの改修でなくせるだろう。だが普通に人が住まうにはまず選ばない。結局は遺跡であり、生活するにはとても不便に思える。


 つまりは不便でも必要とする者の塒として最適であり……例えば此処が山賊ならずものの住処でも納得である。

 このように楽観視するだけで、縄張りの真っ只中というのは在りえないだろうか。


(……小生がもし山賊野郎モヒカンだったとしよう。自分で言っちゃ何だが美女が遺跡で一人彼シャツだったらどうするだろう?)


 幾つか無駄にパターンを考えるが、収束する結末は1つ。


(まず襲うね。こんな上玉おっぱい襲わない理由がない。というかこの姿ではようにしか見えないし、明らかに丸腰だものな)


 世界の文明レベルは不明だが、人気のない遺跡に法はない。強いて言えば群れの主こそがルールであり、また娯楽も無いだろうこの場においてになるだろう。


(待て待て、それは山賊が居たパターン……って、居なかったらどうなるんだ?

 それは一般的に……というのでは?)


 事実に気づいて身を震わせる。


 仮に遺跡から脱出した後、向かう先がわからない。放置された遺跡なら、周辺も人の手の入らぬ極地という可能性もある。

 重ねて危険な野生動物に遭遇したら其れこそ対処のしようがない。現状の身一つで外に出るにはあまりに危険すぎた。


 詰み。そんな言葉が脳裏によぎる。


 彼女は取りうる手段カードがあまりに少ないことに気付いた。必死に考えて状況を打開する手段を考える。思いつかねば死に直結するのだ、重い胸を持ち上げるように腕を組みうんうんと唸る。


「そうだ……しょーせー、なにがれきるんら? だ! だ! らじゃないの、だ!」


 少なくとも此処に来る直前、恩恵ギフト使と聞かされている。既に使えるはず、一縷の望みに賭けるしかない。


(だが……この世界の魔法とはなんだろう? 呪文が必要なのか、キーワードにより発動するのか……)


 魔法という言葉から、彼女の記憶がひねり出した用法はいくつか在る。


 オーソドックスな物は『詠唱』を伴うものだが、生憎呪文を知らない。パイパイポーなり深淵より深かったりも曖昧で思い出せない。


 かといって魔法名で発動する場合も、名前が解らず使用不能だ。

 仮に知っていたとしても、


「ふぁいにゃ!! ……にゃ、って」


 発音がうまくいかないのだ。滑舌の悪さは脇に置いて、次のパターンを試す。



 例えば『スキル制度』なら、系統パークを取得していれば使えるはずだ。また取得するためのインタフェイスが用意されていたり……自身の才能を数値化した魔法が使えるのではなかろうか。

 つまりは、


「すす!!!」


 かのじょの こえ が いわにしみいる……。気恥ずかしさで頬を染めるが、目撃したものは誰もいない。



 あとは魔法書グリモワールに代表される魔道具が必要な場合もあるが、あいにく彼女の所持品は一張羅のワイシャツのみだ。左様なロマングッズは手元にない。

 魔法が既に使えるという建前上、存在しない事がそのまま間違いであることを示している。



「ふぇぇ……まほーのつかいかた、わからないぉ」


 早速頓挫してしまった。彼女はぺたんと女の子座りで崩れ落ちうなだれた。涙目で落ち込みそうに成る瞬間、ばっと頭をあげて思案する。


「うー、まて。まだあるらろ、かんがえろしょーせい! せいせい!」


 伝統と信頼のトンチをねるポーズを取る。生臭坊主の加護よ来たれ! と念じつつ思考に潜り込んでいく。



(さて、ヒントは女神の言葉だ……)


 『女神』の言う『魔法が使える』宣言を思い出す。文字通りのであるなら、既に使える状態にあるのは間違いない。

 また説明がということは、逆利で使うための情報は既に揃っているとも言える。


(……使う、という意志が重要なのかな?)


 脳裏に浮かぶのは想いや願いそのものを結果とする、魔法少女が使うような概念魔法だ。ピーリカなり、プラパパなりティロッ☆するパターンである。


(とりあえずやってみるか)


 彼女は人差し指を前にビシリと突き出し、魔法の行使を強く願う。すると胸の内から何か暖かなものが浮かび上がってくるのを感じる。


(ブルズアイ! これだ、この方向性だ!)


 暖かに身を委ねるが、どうにもあと一歩が足りない。またダメなのか、泣き出しそうになるが目をこすって気を取り直す。


(諦めるな。確かになのだ。あと少し、峠を超えれば使えるはず)


 落ち着けるため深呼吸をして再度指を前に突きつける。


(思うだけだと曖昧すぎるのか? なら願いを明確にすればあるいは……)


 彼女は息を吐き、集中する。



 まず胸の奥に暖かな力の流れ、静かなる潮騒、漣を見る。心地よい暖かさの雫をすくい取った。


 汲み出した資源リソースを燃料に火を想起リコールする。

 心象イメージはライター。着火の魔法を懇願リクワイアした。


 感覚が解けて束ねて固まり溶けて、掬った波がうねり狂い混ざってたカタチは……1つの結果となって現れた。


「わふぁん?!」


 指先からぽふん、と音を立てて大きく火が立ち上がる。ちょっとした火炎放射器並に噴出した炎を、抑えるように念じて調整トラストする。程なく人差し指に、ろうそく程度の火がちろりと踊っている状態で止まった。


「お、おぉ……まほうがっ、つかえた……!」


 指先に灯火が揺らめいて、キラキラと瞳が輝いた。とても小さな火だけれど、彼女が見た如何なる輝きよりも眩しい。


「……ほ、ほかになにか、できる? かな?」


 好奇心の赴くままに属性をためせば、本当に自在に扱うことが出来た。


 風を思えば旋が、氷を思えば冷気が、雷を思えば紫電が指先で踊る。思う限りが弾けて顕現し、森羅万象が手のひらで移ろい現れては消えていく。


「すごい……まほう、すごい! な!」


 彼女は興奮してぱちぱちと手をたたく。幻想まほうが現実、夢が真に変じて掌の上に存在している。彼女はこの世界が真にファンタジーなのだと心から理解した。


 念のため肉球のようにふにふにの頬を軽くつねると、痛みを返してくれる。


「ふぎー……いたい」


 宜しい、ならば現実だ。彼女は痛みで浮かぶ涙を袖口で拭いとった。


「よし。あとはみをまもる、つめ……ぶきがひつよう、だ……」


 何かが起きた時のため、対抗手段を1つは持っておきたい。例え素人考えであったとしても、何も手を打たないではあまりに心細かった。


(なら……『ボルト』や『ランス』がいいだろうか。遠隔攻撃は強いもんねぇ)


 記憶の断片が示す創作において、まず存在する攻撃魔法は魔法だ。


 しかし明らかな攻撃用途は失敗時のリスクが怖い。先程の『火』の想起ではを願った結果、できあがったのは火炎放射だ。

 つまり影響が小さく、かつシンプルに構成。結果彼女は『投げる』タイプの槍を試すことにする。


 投げるタイプとは一度使用属性に固めることであり、槍の状態で魔法が安定状態であると言える。

 もし不安定だとなどあり得るので、非常に重視すべき事だ。


 前提を元に影響が少ないのは……恐らくは土ないし石の槍だろう。完全に安定した物質なら、いきなり爆発したり、また溶けたりはしなさそうだ。



(ええと、イメージが大事なのだ……願いを想起して形を心象にする。つまり石を想起して……槍を心象する【石槍】を!)


 手のひらを中心に渦巻くように風が纏まり、キチキチと音を立てて螺旋状に石が生まれて伸び上がっていく。やがて手のひらにずしりと重い槍が現れた。

 螺旋の溝がすべり止めとなって握りやすく、石由来のひんやりした冷たさが何より頼もしい。


「ためして、みる……?」


 そうして彼女はやりを振りかぶり、思い切り壁に投げ……ようとしてスっぽ抜けて落とした。まだ身体の動かし方が十全でないのだ。


「ひっ」


 失敗にあわてるも、失敗を想定して石槍を選択したのだ。もし火槍なら、床に落ちた時点で爆発四散していただろう。

 リスクヘッジに成功した彼女は、心の何処かで安堵のため息を付いた。


 ……槍が床に落ちるまでは。


――ドギュアアアア!!

「う゛ぁあああ?!!」


 穂先が冷たい石の床に落ちた瞬間、石槍は突如高速回転を始める。ギャリギャリと音を立てて石畳を削る槍は、轟音とともに埋没していった。

 穴から吹き上がる猛烈な土砂の先で、石槍は地面を潜っていく。


 尻餅をついた彼女が唖然と見守る中、1分ほどで音が止み……同時に床の揺れが無くなって吹き上がる土砂も止まった。


「……ゑっ?」


 後には直径10cmの穴と彫り上げられた土砂だけが残された。なお槍は彼女の手に合わせて、直径2cm程度だったはずだ。


 ぺしぺしと石床を確かめるように蹴る。なんど叩いても固い石だ。


 つまり槍は岩盤めいた石床を掘り進んで言ったことに成る。



「…………」


 仮に槍を人間相手に突き刺したとしたら……ちょっとレーティングにGが付く光景になりかねない。正に必殺……たかが石槍と舐め腐った結果がこれである。


(……うん、魔法は気をつけて使おう)


 少し浮かれた自分を諌めて深呼吸する。前向きに考えるなら、火槍を選んでいたら四散どころか事もあり得たはず。

 ゾッと身震いする彼女は、首を振って気を取り直した。


 とりあえず全体的に螺旋しないように調整した石槍を作り出す。やはり少し捻れているのはイメージ力が足りないのか、または先程のドリル衝撃インパクトの衝撃が強すぎたからか。


 試しに地面に突き立てると、やはりドリル的な回転はしたが先程までの強烈なものではない。弱化は上手くいったようだ。


 彼女が槍を軽く振るって完全に問題ないことを確認し、ぎゅうと握りしめて部屋の奥を睨みつけた。


「よし、あとはおちついて、いこーか……」


 彼女は気合を入れ、目覚めた部屋から慎重に進むことにした。

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