01-01-02:事の始まり、その経緯について
彼はキョトンと首を傾げる。
――死んだ?
「
――あ、うむ。な、なんとなく……だが……。
此処はどこまでも白い、それだけの空間だ。感覚だけがふわふわと漂い、存在を許可される不思議な領域。
故に対面する美しい女性に受け答えを可能とする。
豊満な胸が特徴的な女性は、ギリシア神話の神々のように肩かけのトーガを纏っている……ように見える。
彼から見て彼女は『美しい巨乳の女性』という事しか認識できないのだ。
彼の視線はそんな彼女の手の上にある、ハリウッド製SF映画で見るようなホログラムウィンドウに向けられている。今説明された今際の光景を、まるで上空から撮影したような映像がループして映されていた。
映像の上で生き残ったのは、男に突き飛ばされた高校生ただ1人。彼の目論見は叶ったらしい。
爆炎すら詳細に見とれるスペクタクルな映像は、燃え盛る車体を泣きながら見る少年を映し出していた。その体の震えすら鮮明に映し出し……ぶつりと切れて、再度初めからループしている。
――あー、小生の記憶が曖昧なのは、
「
ふむ、と頷き想起を試みると、確かに細やかな事が思い出せない。特に自分の名前などまるで思い出せず……虫食い穴に成っている事が分かる。
――小生が死んだというのなら、此処はあの世だろうか? つまり、貴女は魂の審判を行う神さま?
「
――……っ?!
特徴的な口調で話す女神はふんわりと笑った。とても素晴らしい笑顔であり、この上なく至福であると強制的に感じた。
神の微笑みとはつまりイデア論が示すアーキタイプに他ならない。
そう在るべきと意思を向けられれば、追従する感情が沸き起こるのは道理だ。つまり好意であれば笑顔を、失意であれば無念を。
きわめて静的に定義された情報が彼の魂を揺さぶった。
故に飛び跳ねたくなる衝動を、如何様にも抑えることができない。少なくとも死して塵芥に等しい彼よりは、ずっと高位の存在だと理解した。
そうなると1つ疑問が浮かぶ。
――『女神』様は、小生に一体何の用事が? 皆目見当がつかないのだが……。
「
――あの高校生の少年か?
「
――なぜ少年を助けることが、小生を呼ぶことに繋がるのだろうか……。死は普遍的に訪れ、また小生の有様が魂の存在を証明するなら、然るべき場所へと往くのが道理だろう。
「
それにより停滞状態にあった
これについて管理担当官より伝言を預かっております」
――伝言? なんだろうか。
「
[貴君が身に余る大救助を成し得た個体は後年爆発的シンギュラリティを巻き起こす特異点へと変貌する管理上原因不明事象であれど結果としてはより良い方向へと動いた主原因は明らかに事故の救助要因たる貴君の死を持って動いた事実と行動がキーとして発生した事は紛れもない事実は個の死するその時まで之の管理区を潤してくれたのは畏敬の念を持って感謝する多数個体は数多に及ぶ副次的享受により相乗効果が期待できるのは個体の二度と斯様な人為的ミスが起こらぬ決意を形と線が為の高位人工知能開発を成し遂げる個体を救出した君は停滞する管理区の活性に一石を投じたるは明らかに貢献している故に之群は君を救済し祝福することを可決した]
――以上伝達致しました」
――……えっ?
意味が前後で連なる連続した怪文を、女神は息継ぎもなく朗々と語り切る。女神はふふんと鼻息をふいて自慢げだが、当然彼の理解は追いつかなかった。
――……すまない。本当にすまないのだが、何が言いたいのか全くかわからない。
「
女神はショックを受けた。彼女のなかでこの
だが
ひとつ息をついた彼女は少し考える。
「……
――それなら解る。……ちなみに彼は何をなしとげたのだろうか?
「
所謂 |Artificial Intelligence《人工知能》 ですね。事故の発生し得ない仕組み作りを強く望み、死のその時まで考え続けていました」
――それは……偉業なんだろう。しかしトラウマに追われ続けて幸せだったのか?
彼が心配そうに問えば、女神は『しょうがありませんねぇ』と人差し指を立てた。
「
また今際には孫10名、さらに曾孫3名に囲まれて102歳の天寿を全うします。告別式は国葬扱いで国家元首自ら送辞を行ったようですね」
――大往生ではないか!
「
故に切欠たるあなたに対し、
――救済? その割に小生がここにいるのは……できなかったのか?
「
該当のシンギュラリティはあなたの死を持ってのみ発現し、確定した死はあらゆる手段を持って覆すことが出来ませんでした。
故に
この代替としてあなたを之の管理担当区へ転送し、此方で祝福を行うことに成りました。今回一時仮想領域にあなたを招いたのは、正にその処理を行うためとなります」
――転送措置? 処理? すまない、理解できない……。
「
同時に之の所持権限中、付与可能な幾つかの恩恵を贈りましょう」
――つまり……『
「
『女神』は楽しそうに笑う。
――なら、貴女の世界とはどのような場所だろうか?
「
女神が手を振ると、何処からともなくその手の上に擦り切れた本が現れた。虫食いの記憶がその本が何かを知らせてくれる。
――それ、知ってる……知ってるぞ。たしか、エルフが出て来る……そう、すきだったほん、だ!
彼の記憶に浮かび上がる楽しかった記憶の断片。擦り切れた表紙はかつて羨んだ物語そのものだ。
「
――例えば……魔法の存在だろうか?
「
なお付与する恩恵には当然魔法の利用が含まれます。また先程挙がった個体種『エルフ』は之の管理該当区に存在する種族の1つですね」
――ふむぅ、興味深い……
そう言うとふふん、と女神が自慢げに胸を張る。それは自慢の我が子に賛辞を贈られた母親のようであり、またお気に入りの玩具を褒められた子供のようでもある。
「
――うむ、魔法もエルフも気になるし、是非行ってみたい。受け取るよ。
彼の様子に女神は豊満な胸に手を当てて喜んでいるようだ。
「
――むっ、もうかい? 詳細は教えてくれないのか?
「
――まぁ……そうか、そうだな。……ありがとう『女神』様。向こうでも頑張ろうと思う。
そう言うと女神は微笑んでふわりと手をふった。同時に彼の意志はとろけて解け、どこか遠くへ落ちていく。
うすぼやけの視界の中、最後に見た女神は両手を組んで祈るように呟いた。
「あなたの行く先に星の導きがありますように」
それがやけに印象深く、微睡みのに落ちる中はっきりと耳に届いた。
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