女神のエルフは旅をする

水縹F42

01:プロローグ

01-01:事の始まり

01-01-01:事の始まり、その悲劇について

――‥・・・


 その日、彼はてくてくと道を歩いていた。晴れた日差しがポカポカと心地よく、気持ちのいい天気だった。


「フ~~仕事仕事っと」


 呟き歩くのは極一般的な会社員、現在独身30歳の男性である。最近結婚した妹が子供を産んだと耳にして、どことなく居心地が悪い普通のオッサンだ。


 強いて挙げるとすれば、幼い頃から物語ファンタジーを好んでいる事くらい。狂おしいほどに好む切っ掛けは、ごく在り来たりな勇者と魔王の物語であった。

 今なお書店の棚に乗る幻想を今でも度々読み返している。


 中でも一番好きなキャラクターが、勇者の仲間のエルフだ。


 風のように早く、自在に魔法を使う。ひょうきんでうっかり者だが、エルフのくせに弓がてんで下手。


 だが本当に大切なことを決して違えない。


 わき役でもいぶし銀。エルフの活躍は、男の目にとても格好良く映ったものである。



 ふと平凡なオッサンの前に、肩を落として歩く男子高校生が居た。


 着ている服は地域にある公立高校の制服ものだ。今時分は授業中のはずなのだが、なぜこんなところに? 周囲を見回しても同じ制服を見つけることは出来ない。となればサボりであろうか。


 いや……それにしては様子がおかしい。煤けた背は何か思いつめているように見える。



 それ故だろうか、彼は異変にすぐ気づくことが出来た。



 少年の身体から漏れ出る薄く黒い霧、項垂れる陰気臭さを具現したような揺らめき。彼は纏わり付く泥を『』と呼んでいる。


 出現する理由は病気、事故、寿命などなど……。生けるものがたどり着く終焉が形となって、また近づく程に色濃い霧となって捉える事ができる。


 だがそれ以上ではなく、単に死の気配が視覚化するだけの異能であった。


 見た限り少年は健康そうにみえる。なら如何なる要因で死の霧を纏っているというのか。

 彼は思わず駆け寄ろうとして……少年の向こうに大きな車両トラックを認めて中断する。


 運転がどうにも危ういのだ。


 目を凝らして見れば運転手がハンドルに寄りかかって俯いている。また姿を覆い尽くすほど黒く濃い霧が吹き上がっていた。

 不味いと思った瞬間には霧が弾けて、何事も無かったかのように透明に書き消えた。彼の背筋が凍る。


 黒い霧は予兆を報せるなら、結果が導かれた後はどうなるのか。解答はすぐに迫って来る。



 崩れ落ちた運転手はハンドルに引っかかって急回転し、車体という矛先を彼へと向けた。

 急加速して絶叫する車体は、エンジンを唸らせ爆発的に駆動し始める。

 すると彼は明るいのに暗い、夜の帳に包まれたような違和感を感じた。ぴりりとうなじが焼けてしびれる有様は、己に降りかかる死の予兆そのものである。



 死を自覚した瞬間、時間が急激にゆっくりと進みだした。



 だが一瞬身を竦めた彼は失策を悟る。本当に些細な間隙、しかし致命的な遅れは、逃れられぬ死を否応無く理解させた。


 幾多の死を見てきた彼は当然、それが突然やってくると知っている。十二分に心得ていたはずだ。


 だが現実に降りかかればどうだ、まるで死の訪れを信じる事ができていない。

 まだ先のこと、何れの事、決して今である筈がない……どこか絵空事のように考える己は確かに居たのだ。



 彼はふと少年の姿を見て目を剥いた。凶暴な間抜け面に食われる位置にあって、然し死に行く者が持つ霧を殆ど増えていなかったである。

 一体何が? いや、それすら彼は知っている。



 その者は生と死、2つの道を示されているのだ。



 では何が少年を左右するのか、生を手繰る要素は何か。用意されたカードは、正にオッサンその人であろう。もし男が少年を押し出せたのなら、1人は助かるかもしれないのだ。


 彼は直ぐに動いた。瞬時に少年へと足を踏み込み、同時に時間が加速する。


 たた、とアスファルトを踏みしめ全力で前に出る。まるで歩くような速さの疾走で、しかしどうにか滑り込んだ。身を打つ衝撃の後、つんのめる男は目の前の少年を押し出す。


「うわっ?!」


 吃驚した声が前へと倒れ込んでいく。同時に身を押し出すドン、という音が■■■■は冷たく熱■鉄塊に押しこま■■■■。黒の霧■■■消え■いた。彼は、■■と■■音とぐち■■■いう■を聞い■■■■聞こえな■■  ■■■、振■回■れ■■  ■■後■きつ ■れた彼の意  ■絶■■■ ■■。

■■■■、■■■■■■。

■■■■   ■■ ■■    ■ ■。


■  ■     ■。



・・・‥――





「――という状況であなたは死亡しました」


 唖然とする彼の前で、美しい女性がニコリと微笑んだ。

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