第2話
兵十は美味そうな味噌汁の匂いがして目を覚ました。
しかし、彼は起き上がる気力すらない。
酷く落ち込んでいた。
彼は、もう何もする気が無くなっていた。
母親が死んで一人きりになって絶望してしまった。
その母親の最後の願いすら叶えられなかった。
俺は役立たずの木偶の坊……うどの大木だ。
そう思って益々落ち込んでいった。
彼の家は、村の外れにあった。
いや、森の中にあって森の端と言い換えても良い位置かもしれない。
周りに木々が立ち並ぶ中に、ぽつんと一軒だけの民家がある。
それが兵十の家だった。
別段、彼は村八分にされている訳では無いが、世間と隔絶したかの様な住居に見えなくもない。
今の、ひとりぼっちの自分に相応しい住処だ。
兵十は、そう思った。
しかし、自分は寝ているから飯が作れない。
今、味噌汁を料理しているのは、誰だ?
茂平か?
弥助か?
いずれにせよ自分でもない男が、作った朝飯なんて気色悪くて食えるかっ!
夕食に仲間内で酒を呑みながら鍋を料理して、一緒に食べるのなら別としてもだ……。
お節介な事をする……。
ほっといてくれ。
俺は、もう何も食わずに、このまま横になった状態で飢えて死ぬつもりだ。
実際、身体なんて指一本すら動かせないくらいに、気力が抜けてしまった。
兵十は心の中で、そう愚痴った。
やがて小さな足音が、兵十に近付いてくる。
「朝ご飯が出来ました。召し上がってください」
女の声だった。
兵十は驚いて起き上がってしまう。
彼は隣の畳の上で正座している女性に首を向けて、まじまじと見詰めた。
年の頃なら兵十よりも少し若いくらいだろうか?
彼女の髪は、長くて……黒というよりは、茶に近い色をしていた。
右の耳に掛かっている一部の髪の毛だけ、色が抜け落ちた様に真っ白だった。
涼しげな少し吊り上がった目。
優しく微笑んでいる唇。
そして襟を少し曲がらせてしまうくらい大きな……。
「あんた? 何者だ?」
兵十は女性を観察した後で尋ねた。
村の者で無い事は、間違いない。
「あなたに恩義がある者です」
彼女は答えた。
「……憶えが無いが?」
「そうでしょうね……。詳しい事は何れ、お話し致します……」
女性は悲しそうな顔をして、そう答えた。
「名前は?」
名前を聞けば思い出すかもしれない。
兵十は、そう考えた。
「こん……と、申します」
答えた女性の名前は、兵十の全く心当たりの無いものだった。
「さあ……とにかく今は、力を取り戻す時です。どうぞ、召し上がって下さいな?」
女性は盆に乗せた朝食を彼に食べる様に勧めた。
不思議と食欲が抑えられなかった兵十は、味噌汁の入った
こんの作った味噌汁は、とても美味しかった。
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