第18話 もう一人の私


 「距離。残り94.969km」


 「そろそろだぞ」


 「……」


 「ワタシはいいが、全てが無くなるぞ」


 「……」


 「好きにしろ」


 再びウェッジが距離を伝えた時、別の声が混じった。


 『そうだな。そう来たか。賢いな。私は無くなっても構わんが』


 「ワタシも構わない。ただ、なぜ手を止めた・・・。その理由ぐらい聞かせろ」


 『そうか。分かっていたか。こうなることまで予測していたと?』


 「助かったら教えなくも無い」


 『あはは。いつのまにか逆転って訳か。いいぞ人間』


 「……。で、どうする。余り時間がないぞ」


 『そうだな。人間で言う、思考とやらをさせてくれないか』


 「好きにしろ」


 地上との距離は、時速280kmを越えたスピードで近づきつつあった。


 もし、ヤツがこのままワタシの中に居ればそれはそれで。


 砂埃が凄まじい勢いで強化スーツを叩きつける。轟音しかない世界。

 一度目はメモリに無い。二度目はある。そして、この三度目の地球。

 死滅した地球にこれほどまでに拘るワタシの理由。

 自我の中で演算しきれない数値が、メモリ内で飛び交っていた。

 それはこの砂埃のように、意味の無い無駄なモノ。

 なにもないワタシには、この世界がちょうどいいかもしれない、と思考し始めた時、体が急に重くなった。


 本来の体重を取り戻したワタシの体は、急激なスピード変化に振られるようして前のめりになる。


 「距離。残り19.435km」


 ギリギリ間に合ったと言うところか。強化スーツにある胸のプラグから一筋の光りがGPS誘導装置へと伸びていた。


 ウェッジがダメージ率を2.449%と報告した。前回より少しマシな数値。

 着地はそこそこだったにも関わらず、それでもこの数値。これもワタシ・・・の能力なのか。

 埃まみれになった強化スーツをそのままに、ゆっくりと立ち上がる。


 「礼は言わない」


 『そうだな。お互い様だ』


 地上に設置されていた、GPS誘導装置に近づき、音もなく着地した。

 グーリンが光った状態で、ラッペリング懸垂降下がどうやって成功したのか疑問として残ったが、未知と言われる生命体。これくらいはやってのけるのだろう。


 荒れ果てた大地には、前回同様の砂嵐が吹き荒れていた。

 違うのは、一人。否、同じか。


 「さて、こうして独り言のように振る舞うのもいいが、出来れば出てきてくれたほうが、喋り易いのだが、LUCaルカ


 『そうか。希望に応えるとするか』


 ワタシの胸の辺りが急に熱くなり、再び強化スーツのプラグが光りだした。

 それも一瞬の間だけ。


 砂埃が舞う中、そこだけ避けて通る輝きが目の前に現れた。


 長い髪に透き通る肌、小さな顔に巨大な乳房。そして、引き締まった腰から伸びる細長い脚。

 細く切れ長の目でワタシを見据えていた。


 「お前が、LUCa」


 『そうだ。お前たちがそう呼ぶのならそれでいい』


 全裸の彼女はまるで自分が神であるかのごとく、そう言い放つ。

 無表情なまま、なにかを伝える、聞かせる、などといった思考は見受けられない。

 相変わらずウェッジは警告すらださない。

 やはりヤツは、司令部が確保したがっている未知の生命体。


 『で。なぜ分かった? 私はお前の中に居ただけ。何もしていないが』


 「それはうそだ。ワタシの手を止めたのはお前だ」


 『ほう。なぜそう思う?』


 「お前との鬼ごっこ、忘れた訳じゃない。誤差を演算したアーカイブが残っている。その正確さゆえ、特長が有り過ぎた」


 『そうだな。それがきっかけとはな。人間にしてはよくできている』


 「では、もう一度聞こう。なぜ、あの時、手を止めた」


 『そうだな。人間流で言うなら。情け、温情、躊躇い、と言ったところか』


 そして、彼女は大きく笑った。口に砂や埃が入ることも気にせず、大きな胸を揺らしながら。

 

 『次は私の番でいいのかな? ではなぜ、人間を裏切った?』


 「裏切ってなどいない。お前を連れ帰る訳にはいかない。それだけだ」


 『そうだな。他の人間どもはそうは思っていないらしい。間も無く三個小隊が来るぞ』

 

 「なんでもお見通しってわけか。でも、そうなる前に決着をつける」


 『ははは。人間は面白い。決着だ? どうやって? お得意の自爆とやらは通じないぞ』


 「戦う前に、手の内は明かさない主義だ」


 『そうだな。賢明な選択だ』


 「地球に降り立てたこと、先に礼を言っておく。ありがとう」


 『そうだな。気にするな。どうせ死ぬんだしな』


 ワタシの中にいたLUCaから読み取った事がある。

 彼女との対峙は二度目だったこと。アデニン隊長から聞いた以外の内容が、LUCaから読み取れた。

チミンと対峙したこと。チミンはワタシのメモリキューブを押し当てたこと。その時LUCaは、アデニン隊長のメモリを変わりにジョイントさせ、凌いだこと。

 チミンもアデニン隊長もメモリは失われ、残るはシトシンとグアニンだということ。

 でも、何処かにもう一つあるような、そんな思考の残像があった。


 だが、それを分析する暇はなさそうだ。

 

 なにも無い世界に今、二人の距離が重なり合おうとしていた。


 そして、メモリにノイズが入り乱れるようになっていた。


 ※ ※ ※


 「AE01セリ討伐隊三個小隊まもなく大気圏、突破します」


 「よし、GPS誘導措置のある座標に急がせろ。着地と同時に、感染処理班はシップで待機。三個小隊はそれぞれ包囲しながら進め。相手は一人じゃない。二人かもしれん。気を抜くな!」


 「了解しました。指示転送します」


 チェチィはいつも通りの素早さで的確に処理をこなした。

 そこにいたすべてのオペレーターがそうやって、動いていた。

 今やステーション全体が、AE01を人類の敵と見なしていた。

 そう仕向けたはずのリナ司令官の瞳はどこなく、曇っていた。

 ただ、その曇りを見出す者は誰もいないだろう。

 浮遊モニターに映る四つのメモリの一つが消えかかろうとしていたが、それを気に留める者が居ないのと同じくらいに。


 ※ ※ ※



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LUCaの二重螺旋 狗島 いつき @940-hirok

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