第17話 魂の数
「報告。コロニーD内の状況分析終了。結果を報告しますか」
そう報告してきた左腕は肘掛から外れ、両足も床から離れ、コンソールの上にあった。
今は何も思考したくない。疲れない体が、疲れた感覚を数値化しようとしていた。
まもなく地球の影に入るタイミング。
「今はいい、アーカイブしておいてくれ」
「了解。アーカイブ完了」
無機質なウェッジの声。今はその方がいい。
始まりも終わりも。そして、今も。
何か別のコトを思考しようとするが、一部メモリに空白があり、それが邪魔して前に進まない。
ワタシの中にあるはずだったアーカイブとメモリ。
リナ司令官に詰め寄ったあの出来事。
素早く体を起こし、コンソールを操作しデバイス入力可能状態にする。
手にはアデニン隊長のデータースティック。これが彼女達のメモリだとしたら、そこに……。
パネル下にあるデバイスにそれを差し込もうと伸ばした手が、
デバイスとデータースティックとの隙間は1.2cm。
この隙間の意味を、ワタシは思考せざるを得なかった。
この端末もステーションと繋がっている。ゴースト部隊専用と言っても、今やステーションなしでは運行すら出来ない。
このシップも含め全てが支配されているからこそ、安心、安全が存在する。
破滅しかけた人類にとって、あらゆる脅威から逃げ出す為には仕方なかった。
それでいい、としたはず。
なのに。
チミンの残したメッセージ。彼女の声はワタシのメモリにしかない。
プライベート領域にあるアーカイブ化されたそのデーターも、見つかればきっと削除される。
司令本部は何をしたいのか。
リナ司令官の先に見えるモノは、一体なんなのか。
「人類の為」という共通認識が、いつからか傲慢へと変化したのか。
失ったモノの始まりをワタシは見たい。
ウェッジにその決意を伝え、コンソールに指示を与える。
無機質にその命令を受け取る左腕とゴースト専用シップ。
コクピットに警戒音と音声が届く。
「こちらオペレーター
チェチィの慌てる声が聞こえた。
シップは今、ステーションへの帰還コースから反れ、地球への落下軌道を描き始めた。
「進入角度不適正。進入角度不適正。オートモード移行操作を推奨します。摩擦によるダメージ率94.969%。進入角度不適正。進入角度……」
警告アナウンスが鳴り響く中、ワタシは強引に操作し続けた。
オートモードをハッキングして、今はマニュアルモード。
墜落と思考させる為、GPS誘導はそのまま。
スタンドアローンになることで、ぎりぎりまで思考の邪魔はさせない。
いずれ司令部には分かることだが、それでもいい。
地球にさえ辿り着ければ。
「ウェッジ、飛び出すタイミングのみ表示! 後はいい!」
「了解。残り655km、脱出カウント始めます」
機体の表面温度を示す数値が1210を超えようとしていた。
摩擦によって起きる轟音が全ての音を飲み込む。コクピットの窓に映る映像も破壊され、ノイズが走る。外に取り付けてあるカメラが熱でどうにかなったのであろう。
操縦席から後方へ移動するワタシの体重は6倍以上にも膨らんでいた。
強化スーツの出力がMAXレベルに引き上げられる。
それでも、若干遅い。
壁を伝い、後部にある簡易の座席に着いて三点ベルトをする。腰元から抜き取ったレールガンを構え、躊躇うことなくハッチに連射する。
凄まじいほどの衝撃が機体に伝わり、内部にあるあらゆるモノが吸い出される。
三点ベルトだけで支えられた体以外はその勢いに逆らえず、握っていたレールガンは手元から抜け、地球の砂埃に混ざって消えていった。
「残り、5、4、3、2、1、0」
ウェッジのカウントを信じ、ベルトのボタンを押す。
体は一瞬にして、吸いだされレールガンと同じルートを辿ることになった。
周囲は砂。埃。
異常なほどの空気圧と熱量。
広げた両手両足が引きちぎられそうになる。あらゆる角度から突き刺す砂埃。
「ウェッジ、アンカーを探せ!」
そう、アデニン隊長と
無ければ、つぶれるだけ。
救出チームがそれを回収しているかどうかは、分からない。
チミンのメッセージには、触れられていなかった。
データースティックを確認すればそういった内容が残されていたかも知れないが、すべてが監視されている。その行為は削除へと繋がる。
残された僅かな情報を有効に使い切るには、最小限で挑まなければいけない。
巨大組織のAIによる推測と監視。それを裏切る為には多少、否、大いなるリスクが必要だ。
ワタシがこれからするであろう行動は、予測と名の付くモノから外れないといけない。
あの同じ色彩を持った
「確認。アンカー発見。北北西、距離113.316km。座標位置確認」
「了解。視界に映し出せ! 見失うな!」
ウェッジが示した座標が映しだされる。
赤の点がその目印。
問題はここから。
アンカーはGPSモード。ラッペリング機能はない。
自由落下を手助けしてもらうには、モードを切り替えないといけない。
「さて、上手くいくか!」
遠くの
※ ※ ※
「こちらオペレーターSSC、応答してください。AE01、応答願います」
チェチィは必死に呼びかけていた。
順調に作動していたシステムが突然警告音を発し始め、事態の急変を告げていた。
状況を把握しきれていないオペレーター達は焦り、戸惑っていた。
それでも、リナ司令官は。
「消失した座標を割り出せ! シップの追跡を始めろ!」
リナ司令官が放った一言が、司令室に再び緊張を与える。
GPS誘導はセットされたまま。セリ少尉の個体シグナルはロスト。そして、シップは地球への軌道を正確にモニターしていた。
「感染処理班及び、三個小隊を緊急発進させろ! 場所は地球のGPS誘導装置。その周辺のみを探索させろ! 他の事はするな、今よりD-0121を発令する」
予測範囲を越えた、的確な指令にチェチィは又、不安な何かを思考した。
リナ司令官の発令したファイルを入力し終えたチェチィの手が、一瞬、ほんの一時、停止した。
その後は、いつもと変わらぬ様子で、他のオペレーター達と同様に仕事をこなしていた。
発動された命令はオペレーター全員をリナ司令官の監視下に置くものだった。
チェチィやオペレーター達だけではない、ステーション全体にその力は及んでいる。
今や誰一人、リナ司令官抜きでステーション内を歩くことすら出来ない。
ある一人の人物を除いては。
「ファイルNo.D-0121か。なるほど今のステーションにはいいかもしれんが、どうしてそこまでしてヤツに
「それは監視官としての意見か。それとも私見か」
「両方、と言いたいところだが、今は前者のトップとしてだ」
「なら、進言させてもらう。今は作戦実行中だ。控えてもらおう」
「なるほど。でも、D-0121はその範疇を超えている。進言を却下する」
この二人の会話を聞いているのは、無機質なAI監視システムだけ。
D-0121が発動されたステーション内は、
個々の思考や感情といった類いのメモリは、AI監視システムによってすべて吸収、管理されようになる。除外されているのは、ステーション内のトップ二人だけ。
今、思考出来る装置といえば、AI監視システム、リナ司令官、システイン監視官、それともう一人。
それを証明するかのように、リアルタイムに状況を映し出す浮遊モニターの一つに、四つの思考プログラムが動いているコトを表す数字が並んでいた。
それはまるで、この世には四つの
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